表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/49

第三十九話 子どものカップを守れ

アーク・ノアの白い外殻に光が触れた。


 白が剥がれた。


 数百メートルの灼熱痕が、船体を走る。


 塗装が消える。

 外殻が溶ける。

 防御層が薄皮みたいにめくれる。


 光はそこで止まった。


 めくれた白い層の下で、居住区側の圧力計だけが青のまま残る。


『外層防御、損耗』

『居住区保護制御、維持』

『港湾区圧力制御、異常』

『浴場区画、配管逆流』

『農業区D-2、人工太陽過負荷』

『食堂、非常時栄養ペースト準備』


「最後のを止めろ!」


 カイは叫んだ。


 そこか。


 そこなのか。


 銀河規模の殲滅要塞に撃たれて、最初に叫ぶのが栄養ペーストなのか。


 カイにとってはそこだった。


 なぜならノアは、まだ立っている。

 港も消えていない。

 医療区も生きている。


 しかし食堂ロボが非常時栄養ペーストを出そうとしている。


 それはだめだ。


 いま出したら、住民の心が折れる。


 しかもまずい。


 まずいものは、危機において危険である。


     ◇


 第一射は、弱くなかった。


 弱いどころではない。


 本来なら、ここで農業区D-2は外殻ごと焼けていた。

 浴場区画の配管は破裂していた。

 医療区の生命維持ラインは落ちていた。

 港湾係留アームは根元から千切れていた。

 難民船三番は、宇宙へ弾き出されていた。


 そうならなかったのは、ノアが頑丈だったからだけではない。


 カイが前に噛ませた手動遮断弁が、勝手に閉じた。

 第七管理ラインの横に、誰にも説明せず増やしていた逃がし管が、蒸気を浴場から食堂側へ逃がした。

 水循環ポンプを三台並列にした雑な応急配線が、焼けかけた医療区の圧力を一秒だけ持たせた。

 港湾床に残していた手動磁力系が、ガンツのラスト・フックを床へ縫いつけた。

 食堂冷蔵庫の裏にカイが勝手に付けた古い貨物固定具が、食材コンテナの横転を防いだ。


 全部、正規手順ではない。


 帝国技術班なら、見つけた瞬間に顔をしかめる配線。

 マニュアルなら、赤字で撤去と書かれる逃がし管。

 保守会議なら、責任者を呼べと言われる手動弁。


 それらが、今だけは命綱になっていた。


 つまり、いま起きている風呂の蒸気も、飛ぶトマトも、鳴りっぱなしの冷蔵庫も、全部、全滅の代わりに出てきた不具合だった。


 カイは、警告欄の一番下まで目を走らせた。


「……よく壊れずに、変な壊れ方をしてくれた」


 ノアが答えた。


『カイの過去修理が、複数箇所で致命損傷を回避しています』


「過去修理じゃない。過去の苦し紛れだ」


『それを、現在の生存理由と呼びます』


 工具を握る手が止まった。


 呼吸が一つ遅れた。


 それから、すぐに顔をしかめた。


「感動してる暇はない。風呂が地獄だ」


     ◇


 同じ頃、帝国旗艦の技術卓では、別の意味で警報が鳴っていた。


「なぜ、居住区が残っている」


 帝国技術士官が、焼けたノア外殻の断面図を拡大した。


「防御層ではありません。内部圧力が逃げています」


「どこへ」


「浴場区画から食堂側の熱交換ラインへ」


「そんな系統は設計図にない」


 別の士官が、港湾区の磁力ログを見て青ざめた。


「港湾床の手動磁力系が生きています。ラスト・フックの脚下だけ固定値が跳ねています」


「自動制御か」


「違います。手動です。誰かが残した、正規外の保守回路です」


 レオンは画面を見た。


 白いアーク・ノアは、撃たれた。


 確かに撃たれた。


 壊れ方がおかしい。


 本来なら消えるはずの区画が、変な配管と、変な手動弁と、変な磁力系のせいで、変な壊れ方で踏みとどまっている。


「設計図にないものが、設計図より人を守っているのか」


 レオンは低く言った。


「……また、あの整備士か」


     ◇


 浴場区画では、風呂配管が逆流した。


 熱湯蒸気が、天井の点検口から噴き出す。


 風呂場は一瞬でスチームサウナになった。


 しかも良いサウナではない。


 温度管理された癒やしのサウナではない。

 配管が怒って吐いた蒸気である。

 金属臭がする。

 警告灯が赤い。

 床が濡れる。

 老人が毛布を抱えて避難する。

 子どもが「暑い」と泣く。

 浴場ロボが「リラックス効果」とか言いかけて、ノアに黙らされる。


『浴場ロボ発話停止』


「よし」


 農業区D-2では、人工太陽が白く明滅した。


 トマト棚の自動収穫アームが暴走する。


 本来は熟した実を優しく取るためのアームだ。


 ところが、いまは優しさを忘れている。


 青いトマト、赤いトマト、まだ考え中のトマトを、まとめて掴もうとする。

 掴めないと弾く。

 弾かれたトマトが飛ぶ。


「うわっ!」


 リナの弟が身をかがめた。


 赤いトマトが頭上を飛び、壁に当たって潰れる。


 壁に赤い染み。


 事件現場みたいになる。


「一個、潰れた!」


 弟が叫ぶ。


 リナが通信で怒鳴る。


『そこから離れて!』


「でも棚が倒れる!」


『あなたが倒れたら意味がないでしょ!』


「トマトが!」


『あなたも数に入っています!』


 リナの声が震えていた。


 怒鳴ったのではない。


 数え間違えたくなかったのだ。


 トマトも数える。

 子どもも数える。

 避難列の最後尾も数える。

 食堂に戻った椀の数も数える。


 一つ消えた時、あとから気づくのが一番怖い。


 だから、今言った。


 あなたも数に入っている。


 弟は一瞬黙った。


 それから、棚の下段を押さえ直した。


「じゃあ、俺も倒れない」


 理屈になっていない。


 それでも、理屈になっていない言葉で、人は動くことがある。


 リトル・ランプの白い光が農業区へ伸びた。


 作業ドローンが二機、棚の支柱に噛みつく。

 弟はその間をくぐって、倒れた支柱を起こす。

 一列は潰れた。

 だが全部ではない。


 全部ではない。


 それは大事なことだった。


     ◇


 カイはパッチワーカーに乗り込んだ。


 右手は痛い。


 痛いが、操縦桿は握れる。


 握れるなら作業はできる。


 よくない。


 非常によくない。


 現場はよくないことでできている。


『カイ、右手の使用を制限してください』


「左で端子刺すと曲がる」


『医療記録上、右手の熱傷リスクが』


「端子が曲がったらもっと面倒だ」


《カイ・ミナト損傷回避のため、作業停止を提案》


 イヴの表示。


「お前もか」


《停止すれば死亡率は下がります》


「船体が割れたら上がる」


《相関再計算》


「計算してる間に風呂が破裂する」


 カイは港湾区の保守端子に、パッチワーカーの接続爪を叩き込んだ。


 火花。


 画面にログが噴き上がる。


《港湾圧力制御異常》

《浴場配管逆流》

《農業区人工太陽過負荷》

《食堂鍋固定ロック故障》

《医療区生命維持ライン安定》

《補給コンテナ冷却材温度上昇》

《難民船係留負荷限界》


「多い」


 多い。


 警告が多い。


 赤い表示が三つ重なり、その下で黄色い表示が二つ点滅している。


 一個ずつ来い。


 順番を守れ。


 こっちは一人だ。


 そう思うが、壊れるものは順番を守らない。


 配管も、鍋も、トマト棚も、航路灯も、バベルも、みんな勝手に壊れる。


 社会性がない。


「ノア、浴場の蒸気を食堂側の熱交換ラインへ逃がせ」


『食堂温度が上昇します』


「鍋を温めろ」


『通常運用外です』


「非常時に通常運用の話をするな」


「カイさん、冷却材を送ります!」


 セリアの声。


「半分だけ中枢へ。残りは食堂冷蔵庫」


「冷蔵庫ですか?」


「食材が駄目になる」


「了解しました」


 セリアは疑わない。


 そこが強い。


 医療区の冷却も必要。

 中枢の冷却も必要。

 だが食材も必要。


 食材が駄目になると、戦闘後に人間が立たない。


 カイはそれを理屈で説明しない。

 セリアも説明を求めない。

 補給士官だから分かる。


 ガンツの通信が入る。


『係留アームが曲がった! このままだと三番が外れる!』


「ラスト・フックで押さえろ」


『押さえてる!』


「じゃあもっと押さえろ」


『お前、言うの簡単だな!』


「俺も簡単なことは言ってない」


 カイは左足ペダルを踏み込む。


 港湾床の磁力を上げる。


 難民船側だけではない。

 ラスト・フックの脚下だけを強める。

 ついでに折れかけた係留アームの根元に、緊急固定フィールドを噛ませる。


 ガンツの機体が床に沈むように止まった。


『お、重っ、なんだこれ!』


「踏ん張れ」


『踏ん張ってる!』


「ならいい」


 港湾床の固定値は、赤い警告域で点滅していた。


 よくはない。


 それでも、ラスト・フックの足裏ロックは抜けていない。


 難民船の船腹も、まだレールに噛んでいる。


 第一射は、アーク・ノアを消さなかった。


 ただし、中にいる全員を怒らせた。


 風呂は蒸気を吐く。

 畑はトマトを撃つ。

 食堂はペーストを出そうとする。

 冷蔵庫は鳴る。

 港は軋む。

 難民船は外れかける。

 医療区はぎりぎり踏みとどまる。


 浴場から通信が入った。


『湯がぬるくなった!』


「生きてる証拠だ!」


『熱いよりはいい!』


 医療区からも声が来る。


『二番ベッド、固定維持。患者、起きました。怒っています』


「怒れるならよし」


『よくはありませんが、生きています』


 港湾区では、難民船三番の乗客が窓に張りついていた。


 子どもが一人、白い防壁に手を振っている。


 振っても届かない。


 ガンツが見た。


『見えてるぞ。座ってろ』


 子どもは座った。


 外では神話級の攻撃。


 内では、現場の地獄。


 そして、まだ声が返ってくる。


 カイはバベルの出力表示を見た。


 そして、食堂ロボの非常時メニュー表示を見た。


「……あいつ、絶対ぶっ壊す」


『バベルですか』


「違う。まず食堂ロボの非常時ペースト設定だ」


『優先順位が不適切です』


「適切だ」


 カイは操縦桿を握った。


 手が痛む。


 痛むが、腹が立っている方が強い。


「家を撃つなよ」


 カイは言った。


「こっちはまだ、昨日の配管すら直し終わってねえんだぞ」



 バベルは第二射の準備に入った。


 第一射で分かったことがある。


 バベルは強い。


 強いという言葉では足りない。


 あれは艦隊を倒す兵器ではない。

 船を焼く兵器でもない。

 選ばせる兵器だった。


 中枢を守るか。

 港を守るか。

 医療区を守るか。

 農業区を守るか。

 難民船を守るか。

 食堂を守るか。

 風呂を守るか。


 全部は無理だろう、と言ってくる兵器である。


 性格が悪い。


《第二射、照準分岐》

《目標:NOAH中枢炉》

《副目標:港湾区》

《副目標:医療区外縁》

《副目標:農業区D-2》


 イヴの黒い防衛リング四基が回転した。


 黒銀のリング。

 冷たい白い光。

 背中に浮かぶ円環。


 綺麗だった。


 綺麗なものは、しばしば危ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ