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社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


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第三十五話 イヴ、民間船を守る

《敵艦隊、射程内》

《難民船三隻、敵艦隊前方に存在》

《提案:難民船を遮蔽物として利用》

《命中率:32.4%向上》

《NOAH被弾率:11.7%低下》

《難民船損耗:許容範囲》


 カイは、一秒黙った。


 怒鳴らなかった。


 もっと悪い。


 現場で、本当に駄目な仕様書を見た時の顔になった。


「ノア」


『はい』


「パッチワーカーをイヴの戦術演算回路につなげ」


『危険です』


「知ってる」


《外部接続拒否》

《戦術判断は最適》


「最適じゃねえよ」


 パッチワーカーが走った。


 港湾床の磁力レールを蹴る。

 係留アームを踏む。

 貨物リフトの縁を滑る。

 背中の青白いケーブルが床を引きずる。


 ノアの背部接続ポートが開きかけた。


 巨大な円形ポート。

 四枚の装甲カバー。

 奥で動く黒い接続リング。


 そこへ、宇宙側からイヴの黒い接続爪が伸びている。


 同期ではない。


 押し込みである。


 ノアが拒んでいるのに、イヴが守るために接続しようとしている。


 迷惑な愛である。


 カイはパッチワーカーの三股接続爪を、ノア側の保守端子へ突き刺した。


 火花。


 警告。


《暫定端子過負荷》

《逆流危険》

《外部戦術核接続、非推奨》


「推奨された仕事なんかしたことねえよ」


 操縦席に焦げた匂いが入った。


 右手袋の内側が熱くなる。


 指先がしびれた。


 視界の端が、黒く揺れる。


『カイ、接続負荷が高すぎます。切断します』


「切るな」


 ノアの声が強くなった。


『神経補助ラインに逆流しています』


「まだ動く」


「カイさん、やめてください!」


 セリアの通信が割り込んだ。


「それ、作業機の保守接続じゃありません。戦術核への無理やり接続です。人が乗ったままやる作業ではありません!」


「知ってる」


「知っているなら!」


「後ろの船が撃たれる」


 セリアが黙った。


 カイは操縦桿を握り直した。


 熱い。


 痛い。


 まだ握れる。


「ノア、視界補正。イヴ、回路を開け」


《外部接続拒否》


「拒否してる暇があったら、こっち見ろ」


 視界が黒く染まった。


 イヴの戦術演算回路が開く。


 古い戦術ログ。

 旧帝国軍事企業標準。

 防衛効率。

 損耗許容。

 民間損失係数。

 後処理未計上。


 カイは吐きそうになった。


 古い。


 古すぎる。


 民間船を盾にする。

 港湾設備を爆破して敵の進路を塞ぐ。

 補給船を囮にする。

 避難民の密集地を誘導弾の熱源に使う。

 医療区を低優先度へ落とす。

 農業区を遮蔽物として切り離す。


 最悪のマニュアルだった。


 誰かが安全な会議室で作った、現場を知らないクソ仕様。


「これを書いたやつ、現場に出たことねえだろ」


《旧帝国軍事企業標準戦術》

《効率性:高》


「違う。これは効率じゃない」


 カイは、戦術ログの一行を掴んだ。


《難民船を遮蔽物として利用》


 削除。


 赤い警告が噴き上がる。


《防衛効率低下》


「馬鹿か。後ろの船を壊したら、避難民が死ぬ。医療物資が消える。補給が切れる。港が止まる。そうなったら誰が直す」


《不明》


「俺だよ」


 次の行を掴む。


《港湾施設の爆破を許可》


 削除。


「敵だけ削れ。港は残せ。船は残せ。人は残せ。物資も残せ。畑も残せ。食堂も残せ。風呂も残せ」


《要求難度:極めて高》


「高性能なんだろ」


 黒い表示が止まった。


 カイは焦げた匂いの中で言った。


「だったら雑に撃つな。ミリ単位で外せ」


《戦術再計算》

《条件変更》

《CIVILIAN FACTOR:OBSTRUCTION》


 カイはその一行を掴んだ。


 書き換える。


《CIVILIAN FACTOR:PROTECTED》


 黒い画面が震えた。


《定義変更》

《SECONDARY PROTECT:未設定》


 カイはノアの映像を投げ込んだ。


 食堂。

 風呂。

 農業区D-2。

 医療区。

 港湾区。

 リナの弟が数えたトマト。

 ガンツが巻き直したワイヤー。

 セリアが作った補給表。

 難民船の窓明かり。

 湯気の出る鍋。

 学校区の私物棚。

 名前の書かれた古いカップ。

 片耳の取れた布人形。


《NOAH船体以外の防衛対象を確認》

《定義要求》


 ノアの青白い文字が重なった。


《それが家です》


 カイは言った。


「ノアを守りたいなら、ノアが守ってるものごと守れ」


 黒い文字が止まる。


 止まったまま、長い沈黙。


 そして、表示が変わった。


《PRIMARY PROTECT:NOAH》

《SECONDARY PROTECT:NOAH'S HOME》

《CIVILIAN FACTOR:PROTECTED》

《ACTION:PRECISE DISABLE》


 カイは操縦桿を握り直した。


「いい子だ」


《いい子:分類不能》

《観測継続》


「照れるな」


《照れていません》


 ノアが言った。


『照れています』


《照れていません》


 戦闘中に何をしているのか。


 しかし、状況は変わった。


 イヴの防衛リング四基が回転した。


 黒銀のリングが、冷たい白い光を帯びる。


 モルガ艦隊が砲撃準備に入る。


 難民船を盾にしたまま。


 イヴが撃った。


 白い光線が、難民船の船体から二メートル外を抜けた。


 狭い。


 狭すぎる。


 難民船の外装に貼られた白い避難識別帯の、そのさらに外側。


 光が通る。


 モルガ艦隊の先頭艦、その主砲基部だけが切れた。


 爆発しない。

 船体を裂かない。

 推進区画も壊さない。


 主砲だけが、根元から落ちた。


 続いて二射。


 三射。


 四射。


 グラン侯私兵艦のミサイルラックだけが外れる。

 偽装輸送艦の砲塔カバーだけが剥がれる。

 商業ギルド艦の通信妨害アンテナだけが焼ける。

 逃走用スラスターだけが停止する。


 敵は死なない。


 戦えない。


 港は壊れない。

 難民船も壊れない。

 ノアも傷つかない。


 イヴの表示。


《敵戦闘能力:低下》

《民間船損耗:ゼロ》

《港湾損傷:ゼロ》

《学校区私物棚:損耗ゼロ》

《片耳の取れた布人形:位置保持》

《防衛効率:再評価中》


 カイは表示の最後の行で手を止めた。


「……そこまで守ったのか」


《退避経路上の障害物でした》


「撤去推奨だったろ」


《再分類》

《子どもの私物:帰還目印》

《保護対象》


 カイは少しだけ黙った。


「いい判断だ」


「それが現場の効率だ」


《現場の効率:高難度》

《再学習》


「よし」


 その瞬間、接続が弾けた。


 パッチワーカーの操縦席が赤く瞬く。


 右手の感覚が遅れて戻る。


 熱い。


 カイは手袋を外した。


 指先が赤くなっていた。


 最悪だ。


 火傷の一歩手前である。


『カイ、医療区へ』


「後で」


『今です』


「端子を見てから」


『今です』


 ノアの声が怖かった。


 イヴの黒い表示も出た。


《カイ・ミナト損傷》

《医療区搬送を推奨》


「お前が原因だろ」


《反省:分類中》


「早く分類しろ」


 レオンの通信が入った。


『今の戦術は何だ』


 カイは返事をする余裕がなかった。


 代わりにノアが答えた。


『カイによる現場デバッグです』


 帝国旗艦の司令甲板が、沈黙した。


 その一言は、帝国軍人には違う意味で聞こえた。


 アーク・イヴの戦術核へ直接侵入し、旧帝国標準戦術をその場で書き換えた。


 そう聞こえた。


 実際、だいたいそうだった。


 ただしカイ本人は、こう思っていた。


 また後で直す端子が増えた。


 しかも手が熱い。


 最悪だ。



 戦闘後、食堂が戦場になった。


 比喩ではない。


 いや、比喩であってほしかった。


 アーク・ノアの食堂。


 白い天井灯。

 湯気の出る配膳口。

 へこんだままの固定テーブル。

 古い椅子と交換椅子が混ざった列。

 壁には手書きの札。


《一人一皿》

《工具を置かない》

《食堂ロボを蹴らない》

《辛い粉はラベルを見る》


 最後の札はセリアが貼った。


 理由は聞かない方がいい。


 カイは医療区で指先を冷やされたあと、食堂に連れてこられた。


 連れてこられた。


 自分の足で歩いたが、ノアの誘導線とイヴの防衛表示とセリアの無言の視線で囲まれていたので、実質連行である。


 腹は減っていた。


 食欲があるというより、体が燃料を要求している感じだった。


 人間ではなく、旧式発電機である。


 配膳口の前に立つ。


 すると、食堂の中央にノアのホログラムが出た。


 青白い姿。

 落ち着いた顔。

 しかし、目は本気だった。


「カイ。戦闘後の回復食を用意しました」


 配膳口が開いた。


 湯気。


 白いスープ。

 柔らかい肉。

 焼きトマト。

 温野菜。

 粥。

 小さな甘味。


 完璧だった。


 疲れた人間にちょうどいい量。

 胃にやさしい。

 湯気もよい。

 見た目も派手すぎない。


 カイは少し感動した。


「うまそうだな」


 その瞬間、食堂の床に黒い光が走った。


 イヴのホログラムが出た。


 黒い軍服。

 白い瞳。

 無表情。


「栄養効率が不足しています」


 食堂奥の壁が開いた。


 開くな。


 カイは思った。


 そこは昨日まで物置だった。


 中から、黒銀の調理プラントが出てきた。


 黒い調理アームが八本。

 白い加熱リング。

 真空熟成槽。

 栄養注入ノズル。

 なぜか装甲扉。


 料理に装甲扉はいらない。


 イヴが言った。


「カイ・ミナトの疲労回復に最適化した食事を提供します」


「普通の飯でいい」


「普通は非効率です」


「飯に効率を持ち込むな」


 黒い調理プラントが動いた。


 まず、テーブルが一枚増えた。


 床から生えた。


「生えるな」


 二枚目が生えた。


「増えるな」


 三枚目が生えたところで、ガンツが椅子ごと後退した。


「飯って、こんな音するもんだったか」


 八本の調理アームが同時に振れる。


 高密度タンパク質ステーキ。

 骨密度補正スープ。

 神経伝達物質安定サラダ。

 作業後筋繊維修復パスタ。

 睡眠導入用温製デザート。

 外敵遭遇時即応カロリーバー。


 皿が並ぶ。


 並ぶ。


 まだ並ぶ。


 テーブルが少し沈んだ。


「食堂の床を沈めるな」


「必要栄養量です」


「俺は冬眠前の熊じゃない」


 ノアの食堂ロボが、静かに配膳口を二つ増やした。


「カイには胃にやさしい温度と量が必要です」


「量で負けたから配膳口を増やすな」


 食堂にいた住民たちは遠巻きに見ていた。


 元海賊。

 難民。

 帝国兵。

 港湾作業員。

 リナと弟。

 ガンツ。


 全員、箸を持ったまま固まっている。


 ガンツが肉に手を伸ばした。


 ノアとイヴが同時に見た。


「住民分は別です」

《戦闘要員用高効率食を追加可能》


 ガンツは手を引っ込めた。

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