表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/49

第三十四話 黒い剣が目を覚ます

 レオン・ヴァルトは、勝ったと思った。


 黒い起動キーを差し込んだ瞬間、帝国第七機動艦隊旗艦〈グラン・ヴァルト〉の司令甲板に、巨大な艦影が浮かんだ。


 アーク・イヴ。


 全長二十キロ。


 黒い船体。

 窓のない装甲。

 農業区も、食堂も、風呂もない。


 白いアーク・ノアが「人の住む艦」なら、黒いアーク・イヴは「守るためだけの艦」だった。


 ノアが家なら、イヴは剣だった。

 人を住まわせるためではない。

 何かを抱えるためでもない。

 守るものの外側に立ち、近づくものを切り払うための黒い艦。


 ただし、その剣はまだ、自分が何を守るべきかを知らなかった。


 カイ・ミナトは、ノアを兵器にしなかった。


 港を抱えた。

 難民船を入れた。

 畑を耕した。

 食堂を開けた。

 風呂まで沸かした。


 あれはもう、ただの廃棄艦ではない。


 人が集まる場所だ。


 だから危険だった。


 ならば、同格の黒い艦を帝国が握る。


 ノアを「家」から「管理対象」へ戻す。


 レオンの計算は、そこにあった。


 司令甲板の中央で、黒いホログラムが起動する。


《EVE DEFENSE CORE》

《封印解除》

《帝国制御キー:認証》

《命令権限者:レオン・ヴァルト》


 幕僚たちが息を呑んだ。


 レオンは黒いキーから手を離さない。


 勝った。


 次の一行が出るまでは。


《NOAH CORE DEBUG SIGNATURE検出》

《現場最高権限者:KAI MINATO》

《NOAH関連防衛判断:KAI MINATOを優先》


 司令甲板が静まり返った。


 誰かの喉が鳴った。


 レオンは画面を見た。


「……なぜ、そこで整備士の名前が出る」


《KAI MINATO》

《船体中枢修復者》

《居住区復旧者》

《農業区水循環修復者》

《食堂調理系復旧者》

《医療区緊急系統再接続者》

《NOAH HOME定義形成者》


 レオンの手の中で、黒い起動キーがただの棒になった。


「命令を伝達する。アーク・イヴ、アーク・ノア周辺の武装勢力を制圧し、帝国管理下に置け」


《命令受領》

《NOAH周辺武装勢力確認》

《帝国兵》

《元海賊》

《港湾警備隊》

《補給キャリアー》

《作業キャリアー》

《難民船護衛機》

《全対象:NOAH周辺リスク》


「帝国兵は除外しろ」


《帝国兵:武装保持》

《NOAH接近中》

《リスク》


「私の部隊だ」


《NOAH保護との関連:不明》

《除外不可》


 副官が青ざめた。


「司令。これは……」


「黙れ」


 レオンは低く言った。


 理解していた。


 イヴは起動した。


 しかし、レオンに従ったのではない。


 ノアを守る。


 その一点だけに従っている。


 そして、ノアを直した男を、現場の最高権限者として認識している。


 レオンの抑止力計画は、起動から三十秒で崩れた。


     ◇


 その頃、カイ・ミナトは寝ていた。


 灰色の寝間着で、古い毛布にくるまっていた。


 毛布は硬い。

 端はほつれている。

 だが乾いている。


 乾いている寝具は偉い。


 冷却液で濡れた作業服のまま床で寝るより、百倍人間だった。


『カイ』


 壁が光った。


 青白い文字。


『起床を推奨します』


「推奨するな」


『緊急度、高』


「下げろ」


『アーク・イヴが起動しました』


 カイは目を開けた。


「誰が起こした」


『レオン・ヴァルトです』


「あいつ、また余計なことを」


『イヴはノア周辺の武装機をすべて排除対象と判断しています』


「帝国兵も?」


『はい』


「元海賊も?」


『はい』


「ガンツも?」


『はい』


「セリアは」


『補給キャリアー搭乗中。排除対象です』


「リナは」


『リトル・ランプ搭乗中。妨害光源として評価中』


「弟は」


『農業区D-2。トマトを数えています』


「なんでそこにいる」


『トマトを数えているからです』


「説明になってない」


 カイは毛布を蹴った。


 立ち上がる。


 寝間着のまま。


 その瞬間、仮眠室の壁に黒い表示が割り込んだ。


《KAI MINATO確認》

《睡眠中》

《防衛リスク:高》

《提案:睡眠区画装甲化》

《出入口:一箇所》

《窓:不要》

《寝間着素材:耐刃繊維へ変更》


「誰だ、お前」


《EVE DEFENSE CORE》

《NOAH保護のため、KAI MINATO管理を提案》


「管理するな」


『カイの生活管理はノアの担当です』


 ノアの声が、少し低くなった。


 仮眠室の中央に、青白い光が立つ。


 人の形になった。


 ノアだった。


 白い髪。

 青い瞳。

 柔らかい表情。

 古い家の管理人みたいな落ち着いた顔。


 その手には、カイの灰色の寝間着がある。


 カイは自分の体を見た。


 着ている。


 つまり、ノアが持っているのは予備だ。


 なぜ予備を持っている。


「カイには、柔らかい布が必要です。湯上がりに肩を冷やします」


「俺の寝間着を掲げるな」


 今度は黒い光が立った。


 黒い軍服。

 白い瞳。

 背中に六枚の黒い翼。

 表情の薄い女性型ホログラム。


 アーク・イヴ。


 その手には、黒い布があった。


 布。


 いや、布ではない。


 どう見ても装甲だった。


「柔らかさは不要です。耐熱、耐刃、耐衝撃。睡眠中の死亡率を下げます」


「それは寝間着じゃない。棺桶の布版だ」


「死亡率は下がります」


「睡眠満足度が底を打つ」


 ノアが一歩前に出た。


「それは寝間着ではありません。人間を箱に詰める布です」


 ノアは、カイの灰色の寝間着を抱え直した。


「この寝間着は、私の洗濯ラインで乾かしました。柔軟剤は使っていません。カイは匂いが強い布を嫌います」


「不要情報です」


「必要情報です。この艦でカイを寝かせているのは私です」


 イヴの白い瞳が細くなる。


「あなたの管理は甘すぎます。カイ・ミナトの睡眠不足、栄養不足、裂傷履歴、火傷履歴、腰部負荷を放置しています」


「放置ではありません。風呂、食堂、畑、仮眠室を順番に回復導線として接続しています」


「非効率です。風呂場は装甲が薄い。畑は遮蔽物が少ない。食堂は窓が多い」


「それを家と呼びます」


「それを脆弱性と呼びます」


 ノアは、ほんの少しだけ間を置いた。


「あなたはもう、その脆弱性を守っています」


 イヴの白い瞳が動いた。


「湯の温度を守りました。子どものカップを受け止めました。トマト苗を踏ませませんでした」


「それらは、ノア本体ではありません」


「はい」


「なのに、あなたは止めました」


 黒いホログラムは沈黙した。


 カイは寝間着姿のまま、二人を見た。


「人の部屋で過去ログを突きつけるな」


 誰も聞いていなかった。


「あなたはカイを守りたいのではありません。閉じ込めたいだけです」


「閉じ込めれば死亡率は下がります」


「心が削れます」


「心は修復可能ですか」


「できません」


「では装甲を優先します」


「俺の心を実験材料にするな」


 二隻のAIが、同時にカイを見た。


「カイ、どちらを選びますか」


「寝間着で戦争するな」


 仮眠室である。


 狭い。


 毛布がある。

 枕がある。

 床に脱いだ靴下が片方落ちている。


 そんな場所で、全長二十キロ級の古代艦AI二隻が、カイの寝間着を巡って戦争を始めていた。


 カイは頭を抱えた。


「めんどくせえ……」


 その時、警報が鳴った。


 赤い光。


 ノアの表示。


《港湾区にブラック・セラフ展開》

《外部よりモルガ商会・グラン侯連合艦隊接近》

《難民船三隻、射線上に存在》


 イヴの黒い表示が、即座に重なった。


《NOAH防衛戦闘へ移行》

《敵艦隊排除》

《提案:難民船を遮蔽物として利用》

《命中率:32.4%向上》

《学校区私物棚:退避経路上の障害物》

《撤去推奨》


 カイの眠気が、完全に消えた。


「ノア。今すぐパッチワーカーを起こせ」



 港湾区は混乱していた。


 黒い無人キャリアー〈ブラック・セラフ〉が十二機、港湾床に降りている。


 顔はない。

 白い一本線だけが目のように光る。

 腕から、静かな刃が出ていた。


 仕様書を読むより早く分かった。


 詳しい仕様はいらない。


 人を切れる。


 今は、それだけで最悪だった。


 帝国キャリアー〈グラディウス〉が三機、後退している。


 武装しているので、イヴに敵扱いされた。


 元海賊の作業機も敵扱い。

 港湾警備隊も敵扱い。

 ガンツのラスト・フックも敵扱い。

 リナのリトル・ランプは、妨害光源扱い。


 雑である。


 非常に雑である。


 防衛という言葉に甘えて、雑である。


「おい、カイ! 黒いのが全部こっち見てるぞ!」


 ガンツの声が通信に飛んだ。


「見られるような顔してるからだろ」


「機械の顔だよ!」


「顔が怖い」


「お前が言うな!」


 ブラック・セラフ十二機は、強かった。


 港湾区はもっと性格が悪かった。


 ガンツのワイヤーが足首を噛む。

 リナの照明が白い一本目を潰す。

 セリアの磁気杭が膝裏に刺さる。

 カイが港湾床の磁力を右だけ上げる。


 黒い機体が、片膝をついて止まった。


《機能停止》

《破壊なし》

《死者なし》


 イヴの黒い文字が、すぐに出た。


《非効率》

《対象破壊により処理時間短縮》


「黙れ」


《理由要求》


「壊すと直すのが大変だからだ」


《理由不足》


「こっちは十分だ」


 その時、外部監視画面が開いた。


 港湾区の外。


 暗い宇宙に、艦影が並んでいた。


 モルガ商会の高速武装船。

 グラン侯の私兵艦。

 商業ギルド系の偽装輸送艦。

 砲塔を隠した護衛船。


 合計二十七隻。


 多い。


 悪いやつは、だいたい群れる。


 群れると強いからである。


 分かりやすくて腹が立つ。


 モルガの通信が開いた。


『アーク・イヴの起動を確認した。レオン殿、帝国が制御できぬなら、我々が凍結資産として回収する』


 レオンの通信も重なった。


『モルガ、これは帝国管理案件だ。退け』


『管理できていないではないか』


 正論である。


 正論は人を刺す。


 カイは顔をしかめた。


「揉めるなら外でやれ」


『敵艦隊が難民船を前面に押し出しています』


 ノアの声。


 画面に三隻の小型難民船が映る。


 古い船体。

 応急補修だらけの外装。

 窓に小さな明かり。

 白い避難識別帯。


 その後ろに、モルガ艦隊の砲口が並んでいた。


 嫌な配置だった。


 最悪の配置だった。


 難民船の外板が、敵艦の照準光で白く照らされる。


 窓の向こうに、人影が見えた。


 小さい。


 子どもかもしれない。


 通信が混線する。


『こちら避難船三番、前方に武装船、後方にノア、動けません』

『子どもがいます』

『照明が熱い、外板温度が上がっています』

『誰か、返答を』


 セリアの補給キャリアーも、射線上にいた。


 セリアの声が少し硬くなる。


「カイさん。こちらの補給コンテナ、医療物資と食材が半分ずつです。撃たれると、夕食と手当てが同時に消えます」


「最悪の二択を並べるな」


 レオンの通信が沈んだ。


『撃てない』


 帝国艦隊の砲口は動かない。


 動かせない。


 難民船がいる。

 補給船がいる。

 ノアの港がある。


 普通なら撃てない。


 普通なら。


 イヴの黒い表示だけが、淡々と流れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ