表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/49

第三十一話 排除候補が船を止める

 ガンツの作業服には、まだ排除候補の札が貼られていた。


 それを剥がす者はいない。


 午後の港湾区では、違法回収業者の船が係留線を切りかけ、焼けたワイヤーが床を這っている。


 ここで一日働いたくらいで、札は剥がれない。


 焼けたワイヤーは床を這ったまま、次の船影が港湾外に入ってくる。


 船を止める。

 人を潰さない。

 その結果、ガンツを「排除候補」ではなく「監視付き港湾職務」に残す。


 必要なのは赦しの言葉ではなく、次の係留を失敗しない手だった。


 ガンツが排除候補になったのは、その日の午後だった。


《対象:GANZ》

《分類:元違法回収業者》

《信用度:低》

《排除優先度:中》

《処分状態:実行待機》


 それを見たガンツは、鼻で笑った。


 無精髭。


 くすんだ作業服。


 腕には古い傷。


 港湾作業機ラスト・フックの操縦士。


 元海賊。


 元違法回収業者。


 今は、係留ワイヤーの修理をしている。


「中かよ」


 ガンツは言った。


「低じゃねえのか。もっと頑張れよ帝国」


 カイは港湾区中段の床にしゃがみ、磁力レールの蓋を開けていた。


「嬉しそうですね」


「嬉しくねえよ。排除優先度、中だぞ。人間に点数つけやがって」


「信用度低は合ってますよ」


「そこは庇えよ」


「合ってるものはしょうがない」


 ガンツは笑った。


 笑ったが、目は笑っていなかった。


 その時、港湾区の端から声がした。


「あの鉤印、見覚えがある」


 小型貨客船の船長だった。


 腕に包帯を巻いている。


 昨日、港湾事故で船体を裂かれかけた男ではない。

 別の船の船長だった。

 痩せた顔で、古い帽子を握っている。


「三年前、外縁の補給航路で、同じ鉤印の機体に貨物を剥がされた。医療食だった。うちの船じゃない。隣を走っていた船だ」


 港湾区が静かになった。


 ガンツは笑わなかった。


「俺かもしれねえな」


 それから、帽子を握る船長に向けて、頭を下げた。


 ラスト・フックの操縦士席ではなく、生身の体で。


「俺だったら、すまなかった」


 港湾区がさらに静かになった。


「医療食は、戻らねえ。腹を空かせた奴も、熱を出した奴も、俺が謝って済む話じゃねえ」


 ガンツは頭を上げた。


「だから、許せとは言わねえ。ここで俺を見張れ。俺がまた奪う側に戻ったら、その時は止めろ」


 カイがガンツを見た。


 ガンツは逃げなかった。


「覚えてないんですか」


「覚えてねえ船もある。覚えてる船もある。どっちでも、やった側は楽だ。覚えてないって言えるからな」


 船長の手が、帽子を握りしめた。


「あなたを港に置くのは怖い」


「だろうな」


「でも、人手がいる」


「それも、だろうな」


 ガンツはラスト・フックを見た。


「俺は、ここで罰働きしてる。許されたとは思ってねえ。飯を食って、風呂に入って、笑ってるが、消えたことにはしてねえ」


 声は軽くなかった。


「だから、見てろ。逃げたら撃て。だが港が落ちる時は、俺を使え」


 船長は返事をしなかった。


 そこから動かなかった。


 港湾区の上段では小型艇が出入りしている。


 中段には貨物船。


 下段には大型移民船と医療船。


 黄色と黒の警戒ライン。


 磁力レール。


 コンテナ固定穴。


 係留アーム基部。


 排水溝。


 油染み。


 凹んだ床板。


 青白いノア誘導線。


 そこを、帝国港湾クルーが規格通りに歩いていた。


 規格通りに歩くのはいい。


 しかし、港湾区は規格通りに動かない。


 船が斜めに入ってくる。


 荷物は予定より重い。


 ワイヤーは伸びる。


 床は滑る。


 誰かが怒鳴る。


 誰かが聞いていない。


 青白い誘導線は、そういう無理の上に引かれている。


 その線から船体が少しでも外れた瞬間、港は本当の港になる。


 その瞬間が来る前に、ガンツだけが嫌なものを見つけた。


 中段三番レーンの係留ワイヤー。


 切れていない。

 緩んでいるだけ。

 緩み方が自然ではなかった。


 右舷側だけ、わざと泣かせてある。


 昔、違法回収業者がよく使った手だった。


 船を壊さず、事故に見せて、保険と回収権を取る。

 ワイヤーを切ると露骨すぎる。

 だから、泣かせる。

 荷重がかかった時だけ滑るようにしておく。


 ガンツは口の中が苦くなった。


 見覚えがありすぎた。


『カイ』


「今、床下」


 カイの声は遠かった。


 中段レーン下の手動制御盤に潜っている。

 港の全景は見えていない。


『三番、罠だ。違法回収の泣きワイヤーだ』


「見えるか」


『見えすぎるくらい見える』


「任せます」


 短い返事だった。


 命令ではない。


 委任だった。


 ガンツは一度だけ息を吐いた。


『港湾区、聞け。三番レーンは俺が見る。帝国機は前に出るな。標準手順だと船を落とす』


 帝国クルーがざわついた。


 その瞬間が来た。


《警告》

《貨物船H-18》

《係留姿勢異常》

《中段レーン三番》

《横滑り発生》


 低い金属音がした。


 貨物船H-18は、中型の丸い腹をした輸送船だった。


 中段レーンに固定されていたが、右舷側の係留アーム一本が外れた。


 帝国規格の綺麗なアーム。


 塗装も新しい。


 きっと書類上は完璧。


 その根元が、古い床板ごとめくれていた。


 船がゆっくり横へ滑る。


 ゆっくり。


 二千トンのゆっくりである。


 二千トンのゆっくりは、速いより怖い。


 止まらないからだ。


 貨物船の腹が、コンテナ列へ近づく。


 コンテナ列の向こうには、医療物資の搬送レーンがある。


 その先に、臨時患者搬送路。


 つまり、ぶつかると面倒である。


 ものすごく面倒である。


 人が潰れる面倒だ。


 帝国港湾クルーが叫んだ。


「係留アーム再接続!」


「磁力レール上げろ!」


「三番ロック、応答なし!」


「標準手順B-4!」


 標準手順。


 また出た。


『やめろ! 上げるな!』


 ガンツが怒鳴った。


「なぜだ!」


『上げたら滑る。泣きワイヤーは、磁力が戻った瞬間に船腹を引っ張る。船首が穴へ向く』


「根拠は」


『昔、俺がやった』


 誰もすぐには返せなかった。


 最低の根拠だった。


 現場では最高に具体的な根拠でもあった。


 ガンツが舌打ちした。


「間に合わねえ」


 管理官が叫んだ。


「排除候補者を港湾機に乗せるな! 帝国規格機で対応しろ!」


 帝国規格機が三機、前に出た。


 白灰色の作業キャリアー。


 綺麗な腕。


 綺麗なワイヤー。


 綺麗な足。


 三機は同時に貨物船へワイヤーを撃った。


 一本目は届いた。


 二本目は届かなかった。


 三本目は、古いコンテナ固定具に絡まった。


 貨物船は止まらない。


 管理官の端末が、赤く点滅する。


《標準手順B-4》

《失敗》

《原因:床磁力応答遅延》

《原因:旧式係留基部破損》

《原因:船体質量超過》


 原因が多い。


 原因が多いとき、人はだいたい間に合わない。


 ガンツは走った。


 ラスト・フックへ。


『リナ、三番レーンの腹側を白で照らせ。赤は穴だ。青は逃がし先』


『はい!』


『セリア、医療用冷却材の箱に禁止光を載せろ。俺は見落とす』


『載せます』


『帝国機、三機とも下がれ。綺麗なワイヤーはこの罠に向かねえ。切れる』


「命令権限はない!」


『権限が欲しけりゃ、船を止めてから申請しろ!』


 カイは床下から通信だけを聞いていた。


 工具を握ったまま、少しだけ笑った。


「ガンツさん、港湾指揮、継続」


『言われなくてもやってる!』


 ガンツは走った。


 ラスト・フックへ。


 くすんだ橙の港湾作業機。


 肩幅八メートル。


 黒灰色の補修装甲。


 黄色と黒の警戒ライン。


 左胸に白い鉤印。


 背中に大型ワイヤードラム二基。


 三本指の太い手。


 足裏にロックピン。


 元海賊の機体。


 危険人物の機体。


 排除候補の機体。


 そのラスト・フックが、港湾床を踏んだ。


 足裏アンカーが床へ突き刺さる。


 ガンツの声が通信に入る。


『カイ! 床磁力、三番から五番まで落とせ! 落とさねえとワイヤーが焼ける!』


「三から五、落とします」


 帝国クルーが叫んだ。


『待て! 正式命令なしで港湾床制御を変更するな!』


 カイは、磁力レールの端子に手を突っ込んだ。


「正式命令が来るまでに船が突っ込みます」


『責任は誰が取る!』


「床です」


『床?』


「床が削れます」


 カイは端子を回した。


 青白いノア表示が赤くなり、それから黄色になった。


《港湾床磁力》

《三番:低下》

《四番:低下》

《五番:低下》

《手動制御:カイ・ミナト》


 ラスト・フックの背中から、太いワイヤーが二本飛んだ。


 暗い銀色のワイヤー。


 貨物船の側面リングに、三本指のフックが食いつく。


 ガンツが吠えた。


『止まれや、デブ船!』


 デブ船は止まらない。


 二千トンあるからである。


 止まらないものは悪い。


 いや、悪くない。


 重いだけだ。


 重いことは罪ではない。


 重いものが滑るとみんな困る。


 ラスト・フックのワイヤードラム外周が赤く光った。


 過負荷。


 足裏アンカーが床を削る。


 火花が長い線になる。


 ガンツの右ワイヤーが震えた。


『カイ! 四番だけ上げろ! 今!』


「はい」


 カイは四番磁力を上げた。


 ラスト・フックの右足が床に食いつく。


 貨物船の滑りが少しだけ曲がった。


 コンテナ列の角をかすめる。


 金属板がへこむ。


 灰色のコンテナが一つ跳ねる。


 セリアの声が入った。


『そのコンテナは医療用冷却材です! 潰さないでください!』


 ガンツが怒鳴る。


『今それどころじゃねえ!』


『それどころです!』


『知るか!』


『知ってください!』


 リナのリトル・ランプが、コンテナ列の影から白い線を出した。


『ガンツさん、右の線までなら当たらない! 左はだめ!』


『見えるか、そんな細い線!』


『太くします!』


 白い線が、コンテナ床に太く伸びた。


 医療用冷却材の箱に、赤い禁止光が重なる。


 ガンツは舌打ちした。


『見えた! 文句は後だ!』


 ラスト・フックのワイヤー角度が、ほんの少し変わった。


 ほんの少し。


 その少しで、冷却材コンテナの角を外した。


 カイは三番を少し戻した。


 戻しすぎない。


 戻しすぎるとラスト・フックの左足が滑る。


 少し。


 ほんの少し。


 書類に書けば、全部まとめて誤差になる幅だった。


 けれど、ガンツはその誤差へワイヤーを通した。


 ほんの少し開ける。


 ほんの少し締める。


 ほんの少し待つ。


 ほんの少し角度を変える。


 ほんの少しの積み重ねで、死なない。


 貨物船H-18が止まった。


 ラスト・フックのワイヤーが、ぎいい、と鳴った。


 右ワイヤーの一部が切れて飛んだ。


 ガンツの機体の右腕部が火を吹く。


《RIGHT WIRE:CUT》

《RIGHT ARM:DAMAGE》

《LEFT WIRE:ONE》


 だが船は止まった。


 医療物資コンテナも潰れていない。


 臨時患者搬送路も塞がっていない。


 帝国港湾クルーは黙った。


 管理官も黙った。


 さっきまで排除候補と表示されていた男の機体が、港の真ん中で煙を上げていた。


 その機体のワイヤーに、二千トンの貨物船が吊られていた。


 ガンツが、操縦席から通信を入れた。


『排除優先度、上がったか?』


 カイは、ガンツの分類欄を開いたままにした。


《対象:GANZ》

《分類:元違法回収業者》

《信用度:低》

《排除優先度:中》

《港湾事故対応実績:追加》

《職務継続価値:高》


「職務継続価値、高です」


『なんだそりゃ』


「役に立つ危険人物ってことじゃないですか」


『褒めてんのか』


「たぶん」


 ガンツは笑った。


 今度は、少しだけ目も笑っていた。


 管理官が言った。


「監視付き職務継続が妥当です」


「排除は」


「保留します」


「保留」


「完全な信用はできません」


 ガンツが通信で笑う。


『そりゃそうだ』


 カイは、床から手を抜いた。


 指先が黒い。


 爪の間に油。


 掌に工具だこ。


「信用しなくていいですよ」


 管理官が見る。


「使い道を間違えなければ」


 カイは続けた。


「危ない人でも、港を守れる時があります」


 管理官は端末を操作した。


《対象:GANZ》

《処分変更:排除候補 → 監視付き港湾職務》

《補足:事故対応能力を評価》

《補償労働計画:作成中》


 さっきの船長が、煙を上げるラスト・フックを見ていた。


「礼は言いません」


 ガンツは通信越しに笑った。


『言われる筋合いもねえな』


「でも、今の船は止まりました」


『ああ』


「次も止めてください」


 それだけ言って、船長は帽子をかぶり直した。


 ガンツは、もう一度だけ頭を下げた。


『次は、奪わねえ。止める』


「それを見ます」


 船長は短く言った。


 船長の声に温度はなかった。


 差し出されたのは握手ではなく、次の係留番号が書かれた紙だった。


 仕事の要求だった。


 ガンツには、その方がよかった。


 管理官の端末に、新しい行が出る。


《被害船関係者意見:監視付き職務継続を条件付き許容》


 ガンツが、ふっと息を吐いた。


『罰働きでいいんだよ。俺は』


 ガンツはそれだけ言った。


 ラスト・フックの右腕は焼けていた。


 港湾床には、足裏アンカーが削った黒い溝が残っていた。


 船は止まっている。


 医療物資コンテナも潰れていない。


 その時、ノアの別画面が開いた。


《食堂区》

《統合配給開始》

《住民食事時間会話量:低下》

《児童表情ログ:低下》

《味覚満足度:未評価》


 カイは、嫌な予感がした。


 効率化は、だいたい飯に来る。


     ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ