表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/45

第二十五話 帝国管理、開始十三分で止まる

 帝国暫定管理、正式運用開始。


 最初の三分で、港湾区の待機列が二本に分かれた。


 医療優先。

 一般補給。

 修理待ち。


 たったそれだけで、港湾表示板の前にできていた人だまりが三分の一になった。


 それまで、船は「とりあえず空いていそうな場所」へ寄っていた。


 とりあえず。


 この言葉は便利である。


 便利だが、港で使うとだいたい事故になる。


 帝国管理端末は、船ごとに待機番号を振った。


《医療船:M-04》

《食料輸送船:S-11》

《難民船:R-07》

《修理待機:D-03》


 味気ない番号だった。


 味気ない番号にも役目はある。


 少なくとも、誰が先に入れるのか分かる。


 港湾作業員の怒鳴り声が減った。


 元海賊たちの文句も減った。


「番号で呼ばれるのは腹立つが、割り込みを止めるには便利だな」


 ガンツが言った。


 認めたくなさそうな顔だった。


 その顔で言うなら、かなり認めている。


     ◇


 正式運用開始、五分後。


 医療区の在庫表が、初めて一枚にまとまった。


 止血パック。

 小児用鎮痛剤。

 空調フィルタ。

 滅菌布。

 そして未分類箱、十七。


「未分類箱、多いですね」


 セリアが言った。


「多いのは知ってる」


 カイは言った。


「知ってるだけだと在庫にはなりません」


「正論で殴るな」


「補給表です」


 セリアは、未分類箱を一つ開けた。


 中から、小児用吸入器が出てきた。


 医療区の看護員が息を呑んだ。


「それ、探していたものです」


「何日」


「二日」


 セリアは端末へ打ち込んだ。


 セリアは、見つけた小児用吸入器の場所と使い道を端末に入れた。


 医療区棚下段、旧予備箱。


 呼吸器症状のある子どもへ優先。


 看護員の顔が変わった。


 番号札は、患者の名前ではなく症状だけを見ていた。


 その札の下から、小児用吸入器が一つ出てきた。


 看護員はそれを胸に抱え、すぐに医療区の奥へ走った。


 カイは、開いた未分類箱の底に残った緩衝材を見た。


     ◇


 正式運用開始、九分後。


 住民登録の仮台帳が開いた。


 名前。

 船名。

 年齢。

 持病。

 家族。

 行方不明者。

 必要な食事。

 寝る場所。


 面倒な項目ばかりだった。


 リナの前で、小さな男の子が泣き出した。


 悪い泣き方ではなかった。


「おばあちゃん、医療区にいた」


 登録表の照合で、別の区画に運ばれていた祖母の所在が分かったのである。


 リナは男の子の背中をさすった。


「よかったね」


「うん」


 その横で、帝国の事務官が無表情に端末を操作していた。


 無表情だった。


 祖母のベッド番号を二回確認してから、紙にも書いた。


 紙。


 古い。


 しかし、端末が落ちても残る。


 カイはその紙を見た。


 男の子は泣きながら、紙に書かれたベッド番号を指で押さえていた。


 こういうことをされると、帝国管理を丸ごと悪く言いにくくなる。


 非常に困る。


     ◇


 正式運用開始、十三分後。


 居住区第三通路の防火扉が止まった。


 半分だけ開いた状態で固まっている。


 扉の向こうでは、老人が茶碗を持って立っていた。


「飯に行きたいんじゃが」


 正しい。


 飯には行きたい。


 非常に正しい。


     ◇


『整備主任、緊急です』


 通信が入った時、カイは農業区でトマトを見ていた。


 実の下半分は赤く、ヘタの周りだけがまだ青い。


 指で触れると、皮は張っている。


 採るには早い。


 人生でもトマトでも、早すぎる収穫はだいたいよくない。


「何」


『居住区第三通路の防火扉が停止しました。帝国標準手順に従い、中央再起動を――』


「するな」


『理由は』


「その扉、再起動すると開閉判定が逆になる」


『逆?』


「開いてるのに閉じてると思う。閉じてるのに開いてると思う。ついでに右下の青い線を抜くとトイレが逆流する」


 通信の向こうが止まった。


 カイはトマトのヘタを少し持ち上げた。


 やはり、まだ青い。


 だめだ。


『図面にありません』


「図面は飯を食わない。現場を見ろ」


『……現場確認。右下に赤線二本、青線一本。黒テープあり』


「黒テープの細い赤線を一回抜いて、三秒で戻せ。太い赤線じゃない。太い方を抜くと警報だけ鳴って何も直らない」


『細い赤線、抜線』


「一、二、三。戻せ」


『戻しました』


『防火扉、復旧』


 老人が茶碗を持って通路を渡った。


『居住者一名、通過』


「飯食わせろ」


『了解』


 通信が切れた。


 カイは隣のトマトを見た。


 こっちはヘタの根元まで色が回っていた。


 茎をひねると、実が手の中に落ちた。


     ◇


 正式運用開始、二十七分後。


 食堂ロボが止まった。


 配膳口の前で、旧式ロボが両腕を下げている。


 金属椀が二百個、棚に積まれていた。


 中身がない。


 代わりに帝国管理用の表示が出ていた。


《栄養配給効率化モード》

《標準糧食A》

《味覚補正:不要》

《嗜好品:停止》

《調味料:統合管理》


 食堂に人が並んでいた。


 ただし、列はきれいだった。


 子ども連れ。

 医療区帰り。

 港湾作業員。

 通常配膳。


 帝国管理端末が、床に四本の待機線を出していた。


 割り込みはない。


 誰かが怒鳴って順番を取る必要もない。


 昨日なら、ガンツが「後ろへ並べ」と怒鳴り、元海賊が「俺の方が腹減ってる」と言い、カイが工具箱を置きっぱなしにして怒られていた。


 今日は、それがない。


 ないことは、よい。


 椀の中身が問題だった。


 そして誰も喋っていなかった。


 食堂で人が黙る時、そこにはだいたい不満がある。


『整備主任』


 通信が入った。


 カイは今度、風呂場の排水溝を開けていた。


 髪の毛。


 ネジ。


 謎の白い塊。


 見たくないものが出てくる。


 風呂場の排水溝は、人間社会の暗部である。


「何」


『食堂ロボが配給停止しました。帝国標準配給モードへ移行したところ、旧調理機が応答しません』


「そいつ、正式登録は食堂ロボじゃない」


『では何ですか』


「備品乾燥機」


『……備品乾燥機?』


「食堂登録が落ちてたから、乾燥温度の枠で調理してる」


『意味が分かりません』


「飯が出ればいいんだよ」


 カイは排水溝から小さなネジを拾った。


 何のネジだ。


 分からない。


 分からないネジほど怖いものはない。


「背面パネルを開けろ。左下に紙がある」


『紙に、味が薄い時は左を叩く、と』


「叩け」


『正規保守手順にありません』


「だから止まってる」


 通信の向こうで、鈍い音がした。


 ごん。


『旧調理機、再起動』


 その時、別回線からセリアの声が入った。


『旧居住者メニューへ戻すなら、標準糧食Aを捨てないでください』


「食うんですか、あれ」


『そのままでは食べません。熱量と水分は使えます。旧スープラインに混ぜれば、鍋のかさ増しにはなります』


「飯になりますか」


『します』


 断言だった。


 補給士官は、ないものをあることにはできない。


 あるものを食える形に近づけることはできる。


『ガンツさん、倉庫Bの乾燥豆を持ってきてください』


『俺は港湾作業員だぞ』


『今は豆搬送員です』


『降格じゃねえか』


『急いでください』


『はいよ!』


 カイは排水溝のネジを握ったまま、少し笑った。


 飯は、カイが一人で直すものではなかった。


「棚の奥に黄色いレバーがある。帝国標準じゃなくて旧居住者メニューに戻せ」


『標準糧食Aを停止しますか』


「止めろ。あれは飯じゃない。義務だ」


『旧居住者メニュー、復旧』


 食堂の映像が端末に出た。


 旧式食堂ロボの目に薄い光が戻る。


 配膳口から湯気が上がる。


 並んでいた子どもが、鼻を動かした。


『本日の余り物鍋、提供可能』


 列の一番前で、金属椀が一つ持ち上がった。


「それを出せ」


 カイは排水溝を覗いた。


 まだ奥で何か光っている。


 嫌な光り方だった。


     ◇


 正式運用開始、四十五分後。


 医療ベッドが洗濯区へ向かった。


 患者を乗せたまま。


 非常に困る。


 医療区へ行くべきものが洗濯区へ行くと、患者も困るし、洗濯区も困る。


 困るもの同士を会わせても、良いことは起きない。


『整備主任、医療搬送ベッド三号が経路エラーを起こしています』


 通信の向こうでは、帝国技官が三人、端末を囲んでいた。


 画面には赤い警告。


《搬送先:洗濯区》


 ベッドの上には、点滴をつけた老人。


 洗濯区の自動扉は、もう開きかけている。


『標準経路補正、失敗!』


『手動停止コード、拒否!』


『搬送対象が洗濯カゴとして認識されています!』


 その頃、カイは食堂の排気ダクトに上半身を突っ込んでいた。


 油。


 埃。


 古い調味料の匂い。


 食堂の歴史が肺に入ってくる。


「行き先は」


『洗濯区です!』


「患者を洗うな」


『洗いません!』


「三号ベッドの左車輪、二回鳴ったか」


『確認します』


 少し間。


『二回鳴っています』


「それは経路エラーじゃない。左車輪の位置センサーが洗濯カゴ用に誤認してる。白いカバー外せ。中に緑の線が三本ある」


『あります』


「真ん中を抜くな。抜くとベッドが自分をカゴだと思う」


『では、どれを』


「一番右を半分だけ抜け。完全に抜くな。半分。接触不良に見せる」


『接触不良に見せる?』


「こいつは完全な正常より、少し壊れてる方が正しく動く」


『設備として間違っています』


「その通り」


 数秒後、医療ベッドは向きを変えた。


 洗濯区ではなく、医療区へ進み始める。


『経路復旧』


「患者に謝れ」


『患者へ謝罪します』


 通信が切れた。


 カイは排気ダクトから顔を出した。


 顔に黒い油汚れ。


 手に古いフィルタ。


 足元に、セリアが立っていた。


 黒い補給鞄を持っている。


「何ですか、その顔」


「食堂の歴史」


「洗いますか」


「今、洗われそうな患者を助けたところだ」


「では、あとで」


 セリアは真面目な顔で頷いた。


 真面目に言うな。


     ◇


 正式運用開始、六十二分後。


 農業区の人工太陽が止まった。


 これは本当に駄目だった。


 トマトが凍る。


 それだけなら、まだ畑の話で済む。


 散水ラインも凍る。


 凍れば膨らむ。


 膨らめば、古い配管が割れる。


 床下には旧電源ラインがある。


 水が入れば、農業区だけでは済まない。


 つまり、トマトを馬鹿にした者は艦を濡らす。


 これは思想ではない。


 配管である。


『整備主任、農業区人工太陽を低優先区画として一時停止しました』


 帝国技術班から通信が入る。


 カイは、食堂の排気ダクトを閉じた直後だった。


「点けろ」


『電力再配分上、食料生産効率の低い小規模栽培区画は――』


「点けろ」


『規定では』


「点けろ。今すぐ」


『理由を』


「散水ラインが割れる」


 通信の向こうが止まった。


「人工太陽を止めると温度が落ちる。温度が落ちると第七散水ラインが凍る。そこが割れると床下の旧電源に水が入る。そうすると低優先どころか、居住区の照明が落ちる」


『第七散水ラインの位置を確認』


「確認してる間に割れる。人工太陽、手動再起動。農業区東側の白い箱。右から二番目のレバー。黒テープは剥がすな」


『また黒テープですか』


「黒テープを信じろ」


『帝国技術班としては不本意です』


「配管も不本意だよ」


 農業区の映像。


 透明ドームの内側に、白い霜が出ていた。


 トマトの葉が少し丸まっている。


 リナの弟が、その前で数えていた。


「一、二、三……しおれてるの、三」


「数えるな。保温材持ってこい」


「はい」


 セリアが補給鞄から銀色の包装材を出した。


「廃棄扱いだった空調包装材です」


「盗んだ?」


「再分類しました」


「便利な言葉だ」


「便利です」


 白い人工太陽が再点灯する。


 霜がゆっくり消えた。


 トマトの葉が、かすかに開く。


『農業区温度、回復』


「次に畑を低優先にしたら、畑じゃなくて艦が低優先になるぞ」


『意味が』


「分からなくていい。点けておけ」


 通信が切れた。


 カイは、やっと椅子に座った。


 座った瞬間、ノアの青白い文字が出る。


『港湾区より緊急通信』


「寝たい」


『緊急度、高』


「寝たい」


『港湾アーム再同期異常』


 カイは立った。


 人生はクソである。


 労働はもっとクソである。


 管理は、その上に乗ってくる蓋である。


 ただし、その蓋がなければ、鍋の中身は飛び散ることもある。


 カイはそれも見ていた。


 港の待機列は、前より静かだった。

 医療区では、なくしたと思っていた吸入器が見つかった。

 リナの横では、祖母の居場所が分かった子どもが泣いていた。

 食堂の列からは、割り込みが消えた。


 吸入器には番号札がついている。

 祖母のベッド番号も、食堂列の整理線も、同じ冷たい書式だった。


 そこが腹立たしかった。


 完全に間違ってくれれば、蹴りやすいのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ