表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/37

第二十話 空席に出される朝食

 学校区の床には、古い誘導線が残っていた。


 黄色い線は途中で切れ、赤い線は倉庫区へ曲がり、食堂へ向かう白い線は扉の前で消えている。


 その先の食堂では、誰も座っていない席に朝食が出されていた。


 壁面には、三百年以上前の名簿が残っている。


 その下で、今朝の椀だけが冷めていた。


 今いる子どもが、今いる食堂へ戻れるようにする。


 そのために、まず食堂の朝食を確認するはずだった。


 食堂ロボが、誰もいない席に朝食を置いた。


 湯気の立つ灰色粥。


 金属椀。


 空の椅子。


 古い避難民番号だけが、配膳記録に三つ続いた。


 次の椀も、空席に置かれた。


 その次も空席だった。


 空席。


 空席。


 空席。


 食堂にいた全員が、椀を持ったまま固まった。


「……ノア」


『はい』


「あいつ、誰に飯を出してる」


『該当番号、現在住民名簿に存在しません』


「じゃあ誰だ」


『三百四十二年前の避難民名簿です』


 カイ・ミナトは、配膳口を見た。


 食堂ロボは真面目に働いていた。


 真面目に働いた結果、狂っていた。


 壊れた機械は、雑に壊れるとは限らない。間違った命令を正確に実行する。その方が怖い。馬鹿は怖いが、真面目な馬鹿はもっと怖い。なぜなら止まらないからである。


 昨日、ここで一つだけ赤いトマトを二十七人で分けた。


 薄くて、すっぱくて、青臭かった。


 それでも赤かった。


 だから今朝のカイは、少しだけ機嫌がよかった。


 その機嫌を、空席に出された灰色粥が台無しにした。


 食堂ロボは、また配膳口から椀を受け取った。


 高さ一・二メートル。


 黄ばんだ白い外装。


 右腕のトレイは少し傾いている。


 左腕の関節には補修テープ。


 下部は車輪。


 正面の小さな表示画面に、古い文字が出ている。


《配膳中》

《メニュー登録:旧住民用》

《現在住民登録:未更新》


「現在住民登録、未更新って出てるぞ」


『昨日のトマト分配時に一部更新しました』


「一部?」


『食堂ロボ側の内部名簿が古すぎます』


「どれぐらい古い」


『三百四十二年前です』


「飯より先に更新しろ」


『更新要求を出しています。拒否されています』


「誰に」


『第零居住区避難プログラムです』


 聞いたことのない名前だった。


 その時、食堂奥の扉が閉まった。


 がん。


 重い音。


 続いて、通路側の扉も閉まった。


 がん。


 がん。


 がん。


 赤い警告灯が、天井に走る。


《居住区隔壁、意図しない閉鎖》

《学校区通路、遮断》

《医療区連絡路、遮断》

《第零居住区避難プログラム、起動》


「第零?」


『通常名簿に存在しない封鎖居住区です』


「通常名簿にない区画が、今の食堂を動かしてるのか」


『はい』


「嫌すぎる」


『同意します』


 通信が割り込んだ。


 セリア・ヴァルトラインの声だった。


『医療区です。医療ポッド三基が勝手に予約状態になっています』


「患者は」


『いません。番号だけです。旧避難民番号だけが入っています』


 壁面に、医療区の映像が開いた。


 白い医療ポッドが三基、空のまま閉じている。


 蓋の上には、古い番号。


《Z-000241》

《Z-000242》

《Z-000243》


 その横で、セリアが酸素バッグを手で押していた。


 寝台の上の老人が、浅く息をしている。


 難民船から来た子どもが一人、毛布にくるまったまま震えていた。


 紺の補給士官服。


 黒い補給鞄。


 乱れた金髪。


 セリアの手だけが、規則正しく酸素バッグを押していた。


『現実の患者が、待機に回されています』


「空席が医療ベッドまで取ってるのか」


『はい。最悪です』


 セリアの声は低かった。


 怒っているというより、手が塞がっている声だった。


 別回線で、ガンツの声が入る。


『第三隔壁が落ちてきた。学校区と医療区が切れるぞ』


「止められるか」


『ラスト・フックで押さえてる。だが長くは無理だ。なんで学校の横に要塞扉があるんだよ』


「古代文明に聞け」


『滅んでるだろ』


「だから困ってる」


 カイは椀を置いた。


 食う前に故障が来る。


 よくある。


 よくあっていいことではない。


「ノア、学校区の映像」


 壁面の映像が切り替わった。


 固定机。


 倒れた椅子。


 古い学習端末。


 床を走る青い避難誘導線。


 その線が、途中から赤に変わっていた。


 子どもたちが壁際で固まっている。


 リナがいた。


 黒髪。


 不揃いの前髪。


 袖の長い古着。


 怖がりながらも、弟と小さな子どもたちを机の間へ押し込んでいる。


 床の赤い線の先に、古い清掃ロボが一台、ぎこちなく進んでいた。


 正面の表示に、ひび割れた文字。


《第零居住区児童避難誘導》

《対象確認中》

《未登録児童》

《照合不能》

《照合不能》

《照合不能》


「リナたちを現在住民として即時登録」


『登録処理中。第零プログラムが拒否しています』


「理由」


『初代艦長承認名簿を優先』


「死人の名簿が、生きてる子どもを弾いてるのか」


『はい』


 清掃ロボの表示が変わる。


《未登録児童を第零居住区へ再収容》


 カイは歯を噛んだ。


「古い命令が、うちの子どもを連れていくな」


 食堂ロボは、まだ空席に粥を置いていた。


 湯気だけが、誰もいない椅子の前で上がっていた。


 同じ画面の端に、帝国暫定監査の黄色い枠が出ていた。


《食堂区》

《標準配給化:準備中》

《旧式食堂ロボ:監査対象》

《元違法回収業者:食堂区進入制限候補》


 カイはその枠を見た。


「今その話をするな」


『帝国監査項目です』


「空席が飯を食ってる時に、標準配給の話をするな」


『同意します』


 ノアの声が、少しだけ低かった。


 カイは壁面の三つの映像を見た。


 医療区。

 学校区。

 第三隔壁。


 一人では無理だった。


 当たり前である。


 人間は一人で三箇所にいられない。


 古代文明でも、そこは改善していなかった。


「セリア、医療区を任せます。空ポッドに酸素を食わせるな。現実の患者だけ見てください」


『了解しました。酸素バッグは手動で維持します。医療物資の残量もこちらで見ます』


「ガンツ、第三隔壁」


『押さえてる。長くは無理だが、落とさねえ』


 学校区の映像で、子どもが一人、ラスト・フックの白い鉤印を見た。


「あれ、海賊の印?」


 声は小さかった。


 ガンツの通信にも入った。


 ガンツは一瞬だけ黙った。


『昔の印だ』


 それだけ言った。


『今は、扉を押さえてる』


「リナ、学校区。赤い線に子どもを乗せるな」


『はい。白い壁側に集めます』


 カイは工具箱を掴んだ。


 直すのはカイの仕事だった。


 直すまで持たせるのは、カイ一人の仕事ではなかった。


 誰かが酸素を押す。

 誰かが隔壁を支える。

 誰かが子どもを壁際へ動かす。


 一つでも抜ければ、カイが端子に辿り着く前に誰かが危ない。


「ノア、三人の画面を切るな」


『切りません』


「俺が見てないところで勝手に頑張ってください」


『言い方』


『最低だな』


「頼りにしてます」


『最初からそう言え』


 ガンツの声が少しだけ笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ