表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/35

第十八話 水と空気と種を止めたやつ

《偽信号発信機》

《整備履歴:銀河外縁造船株式会社 第三整備課外注ライン》

《検査ログ:異常なし》

《耐熱試験:改ざん疑い》

《資金提供:ハルゼン航路開発》

《実質管理者:モルガ商会》

《承認保護:グラン・ヴァイス侯関連財団》

《関連処理:難民船給水権停止》

《関連処理:小児用空調フィルタ出荷停止》

《関連処理:生鮮種子コンテナ検疫差押え》

《関連処理:食堂用穀物パック競売保留》


 モルガ商会。


 そして、グラン・ヴァイス侯。


 商業ギルドの金の匂いと、帝国貴族の名前が同じ画面に並んだ。


 セリアが息を呑む。


「カイさん、その端子、抜けますか」


「抜ける」


「ログ保全します」


「頼む」


 カイはパッチワーカーの小型作業アームを伸ばした。


 赤い端子を掴む。


 抜く。


 黒い箱が激しく震えた。黄色い偽信号が乱れる。


 ノアが本信号を上から押した。


 航路灯の中段リングが白く燃えた。


『難民船団、本信号を受信』

『医療船、進入角度修正』

『種子輸送船、退避線へ合流』

『赤航路から離脱』

『難民船給水権停止ログ、解除要求送信』

『小児用空調フィルタ、出荷停止ログを保全』

『生鮮種子コンテナ、差押え処理を凍結』

『現時点の死者数、ゼロ』


 種子輸送船から、短い通信が入った。


『こちら種子船アステル。コンテナ温度、維持。種は生きています』


 医療船からも、声が入った。


『小児病棟用フィルタ、受け取り可能になりました。……助かります』


 助かります。


 短い言葉だった。


 ただ、ラザックの端末にあった「低回収」より、ずっと重かった。


 ゼロ。


 いい数字である。


 給料明細にあると困るが、死者数にあるとたいへんいい。


 カイは右手を開いた。


 右手首の古傷が、遅れて熱を持った。

 接続爪を握っていた指が、少しだけ震えている。


 白い点は赤い帯から離れていた。


 拡大映像の中で、避難船の窓明かりが一つ、また一つと白い航路へ戻っていく。


 カイはそれを見てから、もう一度息を吐いた。


「よし。黒い箱、回収」


「おう」


 ガンツのラスト・フックがワイヤーを巻く。

 セリアのログ保全コンテナが下から滑り込む。

 リナの照明が箱の側面を照らす。


 箱は壊さない。


 壊すより、残した方が効く。


 配線も、ログも、認証も、全部残す。


 カイは思った。


 悪い仕事は、現場に落ちている。

 そして、だいたい汚い赤い線につながっている。


     ◇


 商業ギルド航路管制支部。


 ラザック・モルドは端末の異常表示を見ていた。


《偽信号出力:遮断》

《航路灯L-77 本信号復旧》

《ログ媒体:外部保全》

《責任者認証:ラザック・モルド》


「は?」


 ラザックは端末を閉じた。


 閉じた画面の上に、ノアの公開ログが残った。


《責任者認証:ラザック・モルド》

《偽信号設定:ラザック・モルド端末》

《難民船団 赤航路誘導:ラザック・モルド承認》

《医療船:低回収》

《難民船:課金不能》

《小児用空調フィルタ:出荷停止》

《難民船給水権:未購入》

《生鮮種子コンテナ:検疫差押え》


 ラザックは、もう一度画面を閉じた。


 名前は消えなかった。


 閉じた画面の上に、さらに大きく出た。


《ラザック・モルド承認ログ、公共監査網送信済》


「待て。名前は出すな」


 その言葉だけは、初めて人間らしかった。


 だが遅かった。


 通信が鳴った。


 画面右下で、通知数が跳ねた。


 商業ギルド本部。

 医療船団組合。

 航路保険監査局。

 帝国公共航路庁。

 取引先監査部。


 同じ通知が、短い間隔で並んだ。


 水を止められた船。

 フィルタを待っていた医療船。

 種を抱えていた輸送船。


 そちらの回線の方が、ラザックには怖かった。


 ラザックは立ち上がった。


 椅子が倒れた。

 コーヒーがこぼれた。

 磨かれていた靴に黒い染みがついた。


「私は規定通りに」


 その声は、誰にも届かなかった。


 ノアのログには、言い訳を入れる欄がなかった。


     ◇


 帝国旗艦の艦橋でも、公開ログは表示されていた。


 レオン・ヴァルトは、中央後方の指揮席でそれを見ていた。


 白灰色の司令官服。

 灰青の目。

 昨日、アーク・ノアに主砲を全部折られた艦隊司令。


 彼は、主砲を折られた時にも表情を崩さなかった。


 今は少し違った。


 戦術投影の中で、医療船の白い点が赤い帯から離れた。


 その横に、カイ・ミナトの作業映像が出ている。


 旧式作業機の右腕が、黒い箱から赤い端子を引き抜いていた。


 演説ではない。

 砲撃でもない。

 命令でもない。


 一本の汚い配線を抜いただけだ。


 それで、医療船が戻った。


 レオンは公開ログの一行を見た。


《医療船:低回収》


 帝国の書類にも、似た言葉はある。


 非効率輸送。

 低優先貨物。

 暫定保護対象。


 言い方が違うだけで、中身は近い。


 レオンは拳を握った。


 危険なのは、アーク・ノアだけか。


 その問いが、初めて彼の中に残った。


 戦術投影の端に、追加ログが開いた。


《資金提供:ハルゼン航路開発》

《実質管理者:モルガ商会》

《承認保護:グラン・ヴァイス侯関連財団》


 レオンの眉が、わずかに動く。


「グラン・ヴァイス侯関連財団の航路事業を洗え。モルガ商会もだ」


 通信士が振り向く。


「司令?」


「記録を消される前にだ」


「了解しました」


 レオンは、アーク・ノアの小さな表示を見た。


 危険資産。


 その赤枠は、まだ消えていない。


 その横に別の記録が並んでいた。


《救助船団:保護》

《死者数:ゼロ》


 帝国が管理すれば安全になる。


 その前提に、細いヒビが入った。


 まだ折れてはいない。

 ヒビは入った。


 だからこそ、レオンは管理を遅らせなかった。


「アーク・ノア周辺船団に、帝国暫定監査を宣言する」


 副官が顔を上げた。


「今ですか」


「今だ。死者数ゼロの救助現場は、美談になる。美談は、次の事故を隠す」


 レオンは戦術投影を指で切り替えた。


 港湾区。

 農業区。

 食堂。

 浴場。

 元海賊作業員。

 難民船。


「一つ。食堂は標準配給を基本とする。個別メニューは補給監査後」


「住民の反発が」


「飢えないことが先だ」


「二つ。元違法回収業者は、学校区と食堂区への自由進入を制限する。監視付き職務以外は待機」


「ガンツも含めますか」


「含める」


 レオンの声は変わらなかった。


「三つ。農業区の趣味栽培は、栄養効率の確認が終わるまで撤去候補とする」


「トマト畑も」


「畑だから例外、という判断はしない」


 副官は少し黙った。


「カイ・ミナトは反発します」


「反発するだろう」


「では」


「現場が正しいなら、彼が証明する。証明できないなら、管理側が止める」


 副官の端末には、停止候補の欄が並んでいた。


 浴場入口の濡れた床。

 食堂の長い列。

 まだ数えるほどしか実っていないトマト棚。

 子どもの列の横で待機する元海賊たち。


 レオンは、その欄を一つも消さなかった。


「彼の善意を否定しているのではない」


 レオンは言った。


「善意を、制度の外に置いたままにしない」


     ◇


 医療船団と難民船団は、航路灯L-77の白い誘導線に乗ってアーク・ノアへ入港した。


 港湾区下段。


 大型移民船用ドック。


 黄色と黒の警戒ラインが剥げた床に、難民船の着陸脚が降りる。


 係留アームが七本動く。

 動かない五本は、カイがあとで直す。

 直す。

 殴って直るなら殴る。

 殴って直らないなら外す。


 医療船から、白い搬送ポッドが次々に降ろされた。


 セリアの補給キャリアーが背中のラックを開く。


 白タグの医療物資。

 青タグの冷却材。

 橙タグの耐熱ボルト。

 緑タグの食材。


 搬送ドローンが床を走る。


 ガンツが港湾作業員たちに怒鳴る。


「白タグは医療区! 緑は食堂! 青はカイに渡すな、全部使い切る!」


「聞こえてるぞ」


「聞こえるように言ってんだ」


 リナは弟を連れて、避難誘導線の横に立っていた。


 弟は窓の明かりを数えていた。


「一、二、三、四、五、六……いっぱい」


「七の次で諦めるな」


「でもいっぱい」


「いっぱいだな」


 難民船から、子どもたちが降りてくる。


 顔色の悪い子。

 毛布を抱いた子。

 泣いていないが泣きそうな子。

 大人の服の裾をつかむ子。


 ノアの青白い誘導線が、床に幅十センチで伸びる。


《医療区はこちら》

《食堂はこちら》

《風呂は感染確認後》

《走らないでください》


「風呂は感染確認後って、冷たいな」


『衛生管理です』


「分かるけど」


『湯は逃げません』


「いい言い方だな」


 その時、セリアが近づいてきた。


 補給士官服の肩に油汚れがついている。薄い黒手袋の指先には、コンテナ封印剤が白く残っていた。


「カイさん」


「何だ」


「医療区の酸素フィルタ、足りました」


「おお」


「ただし、食材はまだ不足です」


「おお……」


「ですが、種子輸送船の船長から、保管種子の一部を寄贈したいと申し出がありました」


「種子?」


「はい。トマトもあります」


 その直後、港湾床を小さな赤い光が走った。


 種子コンテナの角についていた封印札が、熱を持ち始めていた。


 紙ではない。


 薄い金属板だった。


《検疫違反候補》

《生鮮種子:焼却待機》

《処理委託:モルガ商会保全部》

《承認保護:グラン・ヴァイス侯関連財団》


 封印札の縁が赤くなっていく。


 中の種が燃えているわけではない。


 このまま放っておけば、コンテナ内の温度が上がる。


 種は、書類の上では生きていても、土に置いた時には芽を出せない。


 そういう潰し方だった。


 セリアが補給鞄から薄い金属カッターを抜いた。


「カイさん、これは切ります」


「いいのか」


「切らなければ、届きません」


 セリアは封印札の端を切った。


 ぱちん、と嫌な音がして、赤い光が消える。


 種子輸送船の船長が、胸を押さえた。


「今の、燃やされるところだったのか」


「焼却ではありません。検疫保留による品質低下です」


 セリアは真顔で言った。


「名前を変えた焼却です」


 カイは、金属板に残った名前を見た。


 モルガ商会。

 グラン・ヴァイス侯関連財団。


 水と空気と種を止めたやつの名前が、今度は実物に貼りついていた。


 カイは無言になった。


 無言というのは、言葉がない状態である。

 何もないわけではない。


 胸の中で、何かが、ぐしゃっとなった。


 それを言葉にすると気持ち悪いので、カイは言わなかった。


「……そうか」


「はい」


「あとで礼を言う」


「すでに言っておきました」


「俺が言う」


「では、二回になります」


「二回でいい」


 セリアは少しだけ笑った。


     ◇


 その日の夕方、農業区D-1で、小さな収穫祭のようなものが開かれた。


 祭というほどではない。


 音楽もない。

 旗もない。

 踊りもない。


 ただ、撃たれたトマト畑に新しい支柱を立て、種子輸送船からもらった種袋を棚に並べ、難民船の子どもたちが、小型カゴを持って待っていた。


 農業ドームの透明壁には、まだ応急パネルが貼られている。

 散水管は交換したばかりで、ところどころ色が違う。

 栽培棚三列のうち、一列はまだ空いている。

 黄色い支柱がまっすぐ立っている。

 手書きの収穫予定札が濡れて、少し曲がっていた。


 リナの弟がそれを見て言った。


「曲がってる」


「直すか」


「直す」


 弟は両手で札をまっすぐにした。


 それだけで少し偉い。


 カイは棚の奥を見た。


 一つだけ、赤くなっていた。


 大きくはない。

 少し歪んでいる。

 表面に小さな傷もある。


 赤かった。


 カイは、銀河外縁造船の休憩室を思い出した。


 灰色の壁。

 冷えた床。

 三日寝ていない手。

 自販機の「自然風味トマト味栄養バー」。


 味は、鉄粉と粉ミルクと酸味料だった。


 それを噛んで、カイは思った。

 本物のトマトも、たぶんこんなものなのだろう、と。


 違った。


 目の前の赤は、そんなものではなかった。


 自分で直した散水管の水を吸った赤だった。

 帝国艦隊に撃たれても残った株の赤だった。

 廃棄艦の中で、ようやく赤くなった赤だった。


 カイは指を伸ばした。


 茎の付け根を押さえ、少しだけひねる。


 ぷつ、と鳴った。


 それだけで、胸の奥が変なふうに詰まった。


「取れた」


 誰かが小さく言った。


 カイは掌の上のトマトを見た。


 小さい。


 重かった。


 食堂では、旧時代レシピを再現したスープが出ることになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ