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社畜整備士、廃棄宙域で全長二十キロの変形する家を拾う  作者:


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10/19

第十話 ブラック企業の請求書

『こちら帝国補給局所属、セリア・ヴァルトライン。医療物資コンテナ二基、冷却材一基、酸素カートリッジ二基を搬入する。港湾誘導を求めます』


 女の声だった。


 冷静。

 速い。

 余計な情緒がない。


 現場を見ている声だ。


「セリアさん、聞こえるか」


『聞こえています』


「白タグ、医療船」


『了解』


「青タグ、種子」


『了解』


「酸素、船尾」


『了解。搬送ドローンを出します』


「緑タグの種子、四分以内」


『三分四十秒で入れます』


「助かる」


『助かるかどうかは搬入後に判断してください』


「真面目か」


『補給ですので』


 補給キャリアーの背中でラックが開いた。


 白タグ。

 青タグ。

 酸素マーク。


 コンテナが射出され、港湾床へ滑り込む。

 小型搬送ドローンが底部に噛みつき、低い唸りを上げて走り出した。


 その動きに無駄がない。


 カイが港の生きている配管を探すより先に、セリアは届かせる順番を決めていた。


 白タグは医療船。

 酸素は船尾側。

 青タグは種子コンテナ。

 冷却材は最後ではなく、二番目。


 命の順番ではない。


 間に合う順番だった。


『医療コンテナは先に置きます。開封は医療船側で。こちらで開けると滅菌保証が切れます』


「細かい」


『細かくない補給は、あとで人を殺します』


 カイは補給表から目を離せなかった。


 直すだけでは駄目だった。


 届いて、開けて、使える状態でなければ意味がない。



 カイは少しだけ感心した。


 少しだけである。


 感心しすぎると仕事が増える。


《医療船:生命維持停止まで一分五十秒》

《種子コンテナ:冷却限界まで三分二十秒》

《船籍不明船:船尾破断まで一分五秒》


『医療船、下段へ流入』


 白い医療船が、港湾下段に近づいた。


 姿勢が悪い。

 右舷の裂け目から白い蒸気。

 このままでは接続口に斜めから刺さる。


「白灯だけ」


『了解』


 下段の誘導灯が一列だけ白く伸びる。


「二、四、六。受けろ」


『受動保持』


 巨大な係留アームが開く。


 医療船が、がくん、と沈む。


 係留アームが受けた。


 掴まない。

 引かない。

 押さない。


 船体が割れるからだ。


「水循環三番、酸素」


『浴場温度が低下します』


「風呂は後」


『農業区散水が停止します』


「トマトには謝る」


『待ってください』


 セリアが割り込んだ。


「何」


『水循環三番を全開にすると、医療船へ酸素は届きます。ただし農業区の散水ラインが空になります。種子コンテナを入れても、明日の散水ができません』


「代案は」


『浴場予備タンクを三分だけ吸います。湯はぬるくなりますが、散水ラインは残ります』


「風呂が怒るぞ」


『風呂にはあとで謝ってください』


「トマトには?」


『謝らなくて済みます』


「採用」


 水循環ポンプ三番が唸った。


 港湾下段の医療船接続口に、白い酸素供給表示が点く。


 セリアの白タグ医療コンテナが、接続口横へ滑り込む。


『医療コンテナ、配置完了』


「医療船、接続」


『接続完了。既存重症患者七名、搬送可能』


「新規負傷は」


『なし』


《医療船:接続完了》


「一つ」


 まず一つ。


 だが息をつく暇はない。


《種子コンテナ:冷却限界まで二分三十秒》

《船籍不明船:船尾破断まで五十八秒》


 中段外側で、グリーン・ボックス二七がコンテナを切り離した。


 灰色の箱が三つ外れる。


 中央の一つ。


 緑タグ。


 あれが駄目になると、農業区の未来が減る。


「十番アーム」


『基部に亀裂』


「九番」


『先端センサー故障』


「九番の目で十番を動かす」


『異機種間連携は未設定です』


「今やる」


 パッチワーカーの背中でケーブルドラムが回った。


 青白い線が、床から壁へ、壁から係留アームへ走る。


 九番アームの壊れかけたセンサーが、十番アームへ無理やり信号を渡す。


 精度は悪い。


 ゼロより強い。


 十番アームが伸びる。


 ぎぎぎぎ、と、老人の膝みたいな音がした。


 種子コンテナを掴む。


 掴みそこねる。


 角が滑る。


「あ」


 元海賊の誰かが声を出した。


「黙れ。まだ落ちてない」


 カイは貨物リフトを起動した。


 床の下から、巨大な灰色の台座がせり上がる。


 種子コンテナが落ちる。


 落ちた。


 貨物リフトの上だった。


 どん、と鈍い音。


 外装がへこむ。


 緑タグはまだ点いている。


『種子コンテナ、外装破損軽微。内部温度上昇継続』


「セリア、青タグ!」


『投下済みです』


 青タグ冷却材コンテナが、搬送ドローンに押されて種子コンテナ横へ滑り込んだ。


 セリアの補給キャリアーが片膝をつく。


 前面ハッチが開く。


 そこから、長身の女性が降りた。


 金髪。

 深い青の目。

 帝国補給士官服。

 肩に補給局章。

 左腰に補給端末。

 黒い箱型補給鞄を、左肩から右腰へ斜め掛けしている。


 彼女が急いで補給鞄を掛け直す。


 斜めベルトに端末ストラップが絡まり、セリアは無表情でそれを外した。


 元海賊の一人が、一歩だけ前に出た。


「重そうだな。手伝いましょうか」


 セリアは相手を見なかった。


 補給端末を指で叩く。


『作業員識別:元海賊二番。補給鞄への接触、不要。夕食配給、粥・薄味へ変更』


「すみませんでした!」


 元海賊二番が即座に頭を下げた。


 ガンツが叫ぶ。


『バカ野郎! 補給士官を怒らせるな! 飯を握ってる奴が一番強えんだぞ!』


 正しい。


 飯を握る者は強い。


 カイは補給鞄の固定部を見ていた。


「そのベルト、荷重分散が悪い。肩を痛める」


 セリアが一瞬だけ沈黙した。


「……そこを見ますか」


「他に直せるところは、今見えない」


「では、後で調整をお願いします。今は作業を」


 カイは頷いた。


 パッチワーカーの左腕を伸ばし、冷却材コンテナの接続口に緊急パッチ材を噛ませた。


 ボルト径が違う。


 嫌になる。


 規格違いは、人類の敵である。


「耐熱ボルト、M八相当。短いやつ三本」


「あります」


「なんであるんだ」


「補給ですので」


 強い。


 補給は強い。


 カイはボルトを受け取った。


 接続。


 冷却材注入。


 種子コンテナの温度表示が赤から黄へ、黄から緑へ落ちる。


『種子コンテナ、冷却成功』


《種子コンテナ:冷却成功》


「二つ」


 二つ目。


 残りは、一番嫌なやつ。


《船籍不明船:船尾破断まで四十二秒》


 港湾中段へ、船籍不明船が流れてくる。


 船尾が下がっている。

 姿勢制御が効いていない。

 港湾壁へ斜めに突っ込む軌道。


 ぶつかれば、船尾が割れる。


 そこに子どもがいる。


『船内名簿の照合が取れました』


「窓のライトの子か」


『はい。氏名、リナ。船尾区画で避難誘導中です』


 リナのライトが、窓の中で激しく振られていた。


『船尾区画、子ども十一名。うち二名、移動不能』


「リナ、聞こえるか」


 外部スピーカーを開く。


『……聞こえます!』


 細い声。


 はっきりしていた。


「ライトを船尾の裂け目に当てろ」


『はい!』


「弟から手を離すな」


『離しません!』


 窓の内側で、リナが男の子を片腕で抱き寄せたまま、ライトを振る。


 光が船尾の裂け目に当たる。


 そこだ。


 あそこを引くと割れる。


 あそこを避ける。


「ガンツ!」


『聞こえてる!』


 港湾下段と中段の境目で、ラスト・フックが立っていた。


 くすんだ橙色の大型作業キャリアー。

 背中にワイヤードラム二基。

 三本指の太い手。

 足裏のロックピンが床に刺さっている。


「ライト位置を避けろ。補強桁だけ取れ」


『見えてる! リナとかいう嬢ちゃん、いい目印だ!』


 ラスト・フックのワイヤードラムが回った。


 一本目が船腹の補強桁へ。

 二本目が船首下の太いフレームへ。


 命中。


 ワイヤーが張る。


 引けば割れる。


「引くな!」


『分かってる! 逃げる向きだけ塞ぐ!』


 ラスト・フックの足裏ロックピンが床を削った。


 火花。


 船籍不明船の船尾は、まだ壁へ向かっている。


 足りない。


 カイはノアリンクの青い地図を見た。


 三番レール、生きている。

 五番レール、反応が鈍い。

 七番レール、停止。

 隔壁十二、半分だけ動く。

 貨物リフト二、動く。


「三番、逆相」


『港湾床負荷上昇』


「五番、低出力」


『パッチワーカー右腕温度上昇』


「船尾下だけ噛ませろ」


『右手首接続爪、焼損予測』


「後で泣く」


『今抜けば防げます』


「今抜いたら人が死ぬ」


 ノアは、それ以上言わなかった。


 青白い光が強くなる。


 港湾床の磁力レールが鳴った。


 船籍不明船の船尾下に、見えない力がかかる。


 一メートル。


 三メートル。


 八メートル。


 足りない。


《船籍不明船:衝突まで十秒》


 セリアの声が割り込む。


『酸素カートリッジを船尾へ滑り込ませます』


「ぶつかる」


『ぶつけません』


 セリアの搬送ドローン二機が、酸素カートリッジを抱えて走った。


 船籍不明船の影が上から落ちる。


 無茶だ。


 必要な無茶だった。


「ガンツ、左を半巻き!」


『やりすぎるぞ!』


「半分の半分!」


『細けえな!』


 ラスト・フックが左ワイヤーをほんの少し巻いた。


 船体が傾く。


 リナのライトが揺れる。


 弟が泣く。


 船尾が港湾壁をかすめた。


 黄色と黒の警戒ラインが削れる。


 火花。


 金属音。


 割れない。


「隔壁十二、半分」


『半閉鎖』


 巨大な隔壁が降りる。


 止めるのではない。


 押すのでもない。


 逃げ道を細くして、速度だけを落とす。


 船籍不明船が、ぎし、と鳴った。


 港湾区全体が震える。


 パッチワーカーの右腕から白い煙が出た。


『右手首接続爪、熱損傷』


「まだ抜くな」


『損傷拡大』


「まだだ」


 リナのライトが、船尾の裂け目から外れた。


 別の窓に移る。


 そこに子どもたちがいた。


 小さな手。

 顔。

 白い息。


『子ども区画、位置確定』


「セリア!」


『接続します』


 搬送ドローンが酸素カートリッジを船籍不明船の緊急ポートへ叩き込んだ。


 接続。


 白い表示。


 船尾区画の圧力低下が止まる。


 同時に、ラスト・フックのワイヤーが船体を固定した。


 磁力レールが船尾の流れを押さえる。


 隔壁十二が揺れを受ける。


 貨物リフト二が船底を支える。


 船籍不明船が止まった。


『船籍不明船、係留完了』


《船籍不明船:係留完了》


『船尾区画、圧力維持』


『子ども十一名、生体反応維持』


《新規死者ゼロ》

《新規重傷者ゼロ》

《既存重症患者七名、医療区へ搬送中》

《種子コンテナ一基、外装破損軽微》

《三隻同時接触事故、回避》


 港湾区に、変な沈黙が落ちた。


 誰もすぐには歓声を上げなかった。


 身体が追いついていなかった。


 カイはようやく息を吐いた。


 パッチワーカーの右手首を抜く。


 がちん。


 端子爪の一本が焦げて曲がっていた。


「あー」


『修理が必要です』


「見れば分かる」


『整備時間、推定四時間』


「一時間でやる」


『不可能です』


「二時間」


『危険です』


「三時間」


『現実的です』


「交渉か」


『安全管理です』


 カイはコックピットで肩を落とした。


 船籍不明船のハッチが、ゆっくり開いた。


 最初に出てきたのは、リナだった。


 黒い髪。

 不揃いの前髪。

 袖の長い古着。

 右手に旧式ライト。

 左腕で小さな弟を抱えている。


 弟は港湾区の灯りを数えていた。


「いち、に、さん……」


 声が小さい。


 生きている声だった。


 リナはパッチワーカーを見た。


 つぎはぎだらけの旧式作業機。

 煙を上げる右腕。

 胸の手書き文字。


《PATCH》


 リナは何か言おうとして、うまく言えなかった。


 カイも、何か言うべきだった。


 大丈夫だ。

 もう安心だ。

 ここは安全だ。


 そういう言葉は、言った瞬間に嘘になることがある。


 カイはそれを知っている。


 だから、代わりに言った。


「飯は出る。風呂は、今ちょっとぬるい」


 そのころ、銀河外縁造船株式会社の監査窓口に、モルガ商会名義の照会が一件だけ滑り込んでいた。

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