第7話 食料を探しに出ただけなんですが、外が広すぎます
水は手に入った。
次は飯だった。
「……で」
俺は星泪泉の縁に腰掛けたまま、目の前に浮かぶ画面を眺めていた。
「食料って作れないの?」
《現在のダンジョン機能では、食料の恒常的な生産はできません》
「ですよね」
期待はしていた。
水が施設として出てきたんだから、食料だって何か都合のいい機能があるんじゃないかと思ったのだ。
《パン生成》。
《肉生成》。
欲を言えば《自動料理》。
そこまであれば最高だった。
残念ながら、俺のダンジョンはそこまで親切ではないらしい。
「DPで買うとかは?」
《一部食料は交換可能です》
「あるじゃん!」
思わず声が大きくなる。
すぐに一覧を開いた。
《保存食セット:20DP》
「安い!」
勝った。
食料問題、終了。
そう思って詳細を開く。
《内容:携帯保存食三食分》
《継続的な利用は非推奨》
「……三食」
一日分じゃん。
二人なら一日も保たない。
しかも今のDPは、さっきまで罠を作ったり作り直したりして減っている。食べるたびにDPを使っていたら、いつまで経ってもダンジョンを広げられない。
「非常食だな、これは」
「食べないのですか?」
隣に座っていたリュネリアが聞いてくる。
「食べる。腹減ってるし。ただ、これを毎日買うのは嫌だ」
「なぜでしょう?」
「DPは部屋増やしたり、罠置いたりするのにも使うからな。飯だけで減らしてたら勿体ない」
リュネリアは少し考え、納得したように頷いた。
「では、食料を探しましょう!」
「そうなるよな」
保存食を二人分交換する。
現れたのは、茶色っぽい固いパンと干し肉、それから見たことのない木の実だった。
異世界最初の食事としては夢がない。
まあ、いきなり王宮で豪華な料理を食えるとも思ってなかったけど。
パンを齧る。
「かたっ」
味も薄い。
「マスター! こちらのお肉は美味しいです!」
「マジ?」
干し肉を食べる。
「しょっぱ」
「美味しいですね!」
「お前、結構なんでも美味そうに食うな」
「はい!」
食にうるさい仲間じゃなくて助かった。
俺たちは保存食を食べ終え、とりあえず今日すぐ飢える心配だけはなくなった。
ただし、DPを食事に変え続ける生活をするつもりはない。
「外、行くか」
そう言うと、リュネリアの動きが止まった。
「外、ですか?」
「食料探さないと」
「でしたら、私が行ってまいります!」
即答だった。
「俺も行く」
「ですが――」
「ヒモにならないためにも」
「ひも?」
「こっちの話」
俺だって、さっき戦うと決めたばかりだ。
リュネリア一人を探索に出して、俺だけ泉の横で寝転がって待っていたら、いよいよ本格的に養われる男になってしまう。
しかも俺にしか見えないシステム表示がある。知らないものを見つけた時、俺がいた方がいい可能性は高い。
「危なくなったらちゃんと逃げる。だから一緒に行こう」
リュネリアは少し考えたあと、真剣な顔で俺を見た。
「……分かりました!」
お。
意外とすんなり――。
「その代わり、絶対に私から離れないでくださいね!」
「はい」
「敵がいたら、必ず私の後ろへ!」
「はい」
「危険な場所へ勝手に行くのも禁止です!」
「はい」
「それから、少しでも危ないと思ったらすぐに私を呼んでください!」
「はい」
「一人で無茶をするのも駄目ですからね!」
「…………」
あらやだ、かっこいい。
優しくて強くて、危険から守ってくれて、こっちの身を本気で心配してくれる。
素敵な彼氏かな?
俺が女だったら惚れてるわ、リュネリアさん。
「マスター?」
「いや、何でもない」
問題は俺が男で、リュネリアが女なことである。
そしてさらに問題なのは、さっきまで女の子の後ろで文句を言うヒモ男みたいになっていた俺が、今度は「勝手に危ないところ行っちゃ駄目ですよ」と注意される側になっていることだ。
どうやら俺は、ヒモから子供へ華麗なジョブチェンジを果たしたらしい。
「……同じくらい格好よくないけど、大丈夫か俺」
「何がでしょう?」
「何でもないです」
まずい。
主人としての威厳が生まれる前に死にかけている。
俺たちは入口へ向かった。
途中、岩殻大亀の死体の横を通る。
そこで俺は、ふと足を止めた。
「マスター?」
「これ、食えないかな」
リュネリアも巨大な亀を見る。
肉は大量にありそうだ。
問題は、どう見ても食材より先に建築資材っぽいことだけど。
「食べられるのでしょうか?」
「分からん。聞いてみる」
システムへ問いかける。
「岩殻大亀って食べられる?」
《一部可食》
「食えるじゃん!」
外行かなくてよかった!
俺は喜びかけた。
《解体設備、または解体技術を持つ個体による処理を推奨します》
「……解体」
巨大な亀を見る。
岩みたいな甲羅。
太い脚。
そして俺の素手。
無理だな。
「私がやりましょうか?」
リュネリアが手を上げる。
「どうやって?」
「魔法で!」
「却下」
「まだ何もしていません!」
「肉ごと消える未来が鮮明に見えた」
「今回は気をつけます!」
「『今回は』って言った!」
危ない。
食料を確保するために食料を消滅させるところだった。
「こいつは後で考えよう。腐る?」
《一定時間経過後、劣化します》
「保存する方法は?」
《該当施設が存在します》
施設。
また施設か。
食料庫。
解体場所。
寝床。
水場は手に入ったのに、一つ解決すると今度はその隣に足りないものが見えてくる。
「……ダンジョン作るのって大変なんだな」
「ですが、楽しいです!」
「主に壊してる側の意見なんだよな、それ」
「マスター!?」
入口まで来る。
牙狼が最初に現れた穴は、簡単な補修だけしてある。その先には暗い洞窟が続いていて、俺はそこで初めて、自分がこの世界について何も知らないことを実感した。
今まで俺は、この三部屋――今は四部屋か――をダンジョンだと思っていた。
でも違う。
ここは俺に与えられた、ほんの小さな場所でしかない。
その外側に何があるのか、俺はまだ何も知らない。
「……行くぞ」
「はい!」
リュネリアが先に進み、俺はその少し後ろを歩く。
洞窟は思っていたより広かった。
天井は俺の身長の倍以上あり、ところどころに青白く光る苔が生えているおかげで、完全な暗闇ではない。
しばらく一本だった道は、やがて左右に分かれた。
「もう分岐か」
右。
左。
当然、案内板なんてない。
「リュネリア、何か分かる?」
「分かりません!」
「一ミリも頼りにならない返事なのに、何でそんな自信満々なんだよ!」
「分からないことは、はっきりお伝えした方がよいかと!」
「正しい! 正しいけど今欲しかったのは誠実さじゃなくて探索能力!」
「申し訳ありません!」
「光るなよ!?」
「まだ光ってません!」
危ない。
謝罪と魔力暴走がセットになりかけている。
俺も耳を澄ませた。
右からは特に何も聞こえない。
左からは微かに水の流れるような音がしている。
「……左行ってみるか」
「はい!」
帰り道が分からなくなったら洒落にならないので、分岐の壁際へ小石を三つ積んでおく。
原始的だけど、ないよりマシだ。
異世界に来て最初の遭難理由が「食料探してたら帰れなくなりました」では、さすがに死んでも死にきれない。
しばらく左の道を進むと、洞窟の幅が少しずつ広がってきた。
水音も大きくなり、地下のはずなのに微かな風まで頬を撫でる。
「……何だ?」
前方が明るい。
俺たちは足を緩め、慎重に進んだ。
やがて通路が途切れる。
「…………は?」
俺は足を止めた。
洞窟だと思っていた。
ずっと石の通路が続いていて、そのどこかに他のダンジョンや魔物がいる。
そんなものを想像していた。
違った。
目の前に広がっていたのは、巨大な空間だった。
天井が見えない。
遥か上には青白い鉱石が星みたいに点々と光り、俺たちが立っている場所は巨大な崖の途中らしい。
そして、その遥か下には森があった。
本物の森だ。
暗い緑色の木々が見渡す限り広がり、その間を大きな川が流れている。さらに遠くには巨大な岩柱が何本も天井へ向かって伸び、その隙間を何か大きな影が飛んでいた。
鳥?
いや。
遠すぎて分からない。
森のさらに向こうには、ぼんやりと赤い光まで見える。
「あれ……何だ?」
「分かりません!」
「そこはもう知ってる!」
リュネリアがちょっとだけ頬を膨らませた。
「マスター! でも、とても広いです!」
「広いとかいうレベルじゃないだろ……」
俺は崖の端へ近づく。
下までかなりあるが、右側を見ると斜面に沿って下へ降りられそうな細い道が続いている。
その時、目の前に新しい表示が浮かんだ。
《未踏領域を確認》
《周辺情報を更新します》
簡単な地図が開いた。
俺のダンジョン。
そこから伸びる洞窟。
そして今いる場所。
その先は、ほとんど全部が黒い。
「……マジか」
俺が知っていたのは、本当に小さな一点だけだった。
この地下には、こんな場所がある。
だったら、この森の向こうは?
川の先は?
あの赤い光は?
他の候補者はどこにいる?
町とか、遺跡とか、俺がまだ想像もしていない場所だってあるのかもしれない。
「マスター?」
「いや」
怖い。
もちろん怖い。
俺はさっきまで洞窟牙狼に殺されかけていた程度の人間で、この森に何がいるのかも分からない。
それでも、目の前に知らない場所をこれだけ広げられたら――。
「……探索したくなるな、これ」
「はい!」
リュネリアも嬉しそうに頷いた。
危ない。
本来の目的を忘れるところだった。
俺たちは絶景を見に来たわけじゃない。
保存食のおかげで今は腹も満たされているが、明日も明後日もDPを飯に変え続ける気はない。
「まずは食料だな」
「はい!」
「知らない実とか勝手に食うなよ。毒あるかもしれないから」
「分かりました!」
「あと敵見つけても、いきなり撃つな」
「はい!」
「森ごと消すのもなし」
「はい!」
返事だけ聞けば完璧だ。
それが逆に怖い。
俺たちは斜面を下り始めた。
森が近づくにつれて、今まで聞こえなかった音が増えていく。
葉が擦れる音。
川の流れる音。
遠くから聞こえる、正体の分からない鳴き声。
斜面を下りきったところで、俺は森の入口へ視線を向けた。
「……止まって」
リュネリアもすぐに足を止める。
少し先の茂みが揺れた。
一度。
二度。
何かいる。
「リュネリア」
さっきまでとは違い、俺の声が自然と低くなる。
「撃つな。まだ」
「はい」
リュネリアの返事も静かだった。
茂みの奥から、ぬっ、と赤いものが突き出てくる。
「…………果物?」
人の頭くらいある、真っ赤な実だった。
「マスター! 食べ物です!」
リュネリアが一歩出る。
「待て」
果物が自分から歩いてくるわけないだろ。
次の瞬間、茂みが大きく揺れた。
赤い果実の後ろから、太い蔓が現れる。
一本だけじゃない。
二本、三本と続き、さらに茂みの奥から何本もの蔓がゆっくりと持ち上がった。
「……やっぱり」
嫌な予感しかしない。
《敵性個体を確認》
《捕食蔓樹》
《危険度:低》
《特性:擬餌》
俺は赤い果実を見る。
その向こうで、蔓が獲物を見つけた蛇みたいにこちらを向いた。
「リュネリア」
「はい」
「飯の方から来てくれたぞ」
「まあ!」
「喜ぶのは倒して食えるって分かってからにしような!?」
次の瞬間、何本もの蔓が一斉に俺たちへ伸びてきた。




