第6話 報酬で泉を選んだら、知らない効果まで付いてきました
三つの光が、ゆっくりと形を作っていく。
「来た……!」
思わず前のめりになった。
さっきまで反射された魔法で消し飛びかけていたとか、巨大な亀に踏み潰されかけていたとか、そういう記憶が一瞬だけ頭の端へ追いやられる。
仕方ないだろ。
報酬だぞ。
しかも三択で、一個しか選べないやつだ。
《固有能力《勝者特権》》
《勝利報酬を生成します》
《以下の三種から一つを選択してください》
光が弾け、一つ目の報酬が文字へ変わった。
《特殊施設・星泪泉》
《清浄な水が絶えず湧き出す泉を備えた専用区画を、ダンジョンへ追加します》
《生成された水は飲用可能です》
「施設……」
しかも水。
説明を読んだ途端、急に喉の渇きを意識して、俺は思わず唇を舐めた。
死んで、ここで目覚めて、牙狼三体と戦って、リュネリアを召喚して、壁を三回壊されて、その直後に大亀と戦った。
振り返ってみるとかなり色々あったのに、その間、水どころか何も口にしていない。
そして何より目を引いたのは、最後の一文だった。
「専用区画を追加……ってことは、部屋ごと増えるのか?」
《肯定》
「おお……」
それはかなりいい。
今の俺のダンジョンは三部屋しかないうえ、そのうち何ヶ所かはすでに穴だらけだ。
穴の原因について考えながら隣を見ると、リュネリアと目が合った。
「マスター」
「ん?」
「なぜ私をご覧になったのでしょう?」
「何でもない」
「そうですか?」
一個目から普通に欲しい。
でも焦るな。
前回もそうだった。
《勝者特権》は、俺が一番嫌いなタイプの三択を出してくる。
全部欲しくなるやつだ。
二つ目の光が文字へ変わる。
《希少装備・反魔の黒衣》
《装備者が受ける魔力攻撃の威力を軽減します》
《一定量の魔力干渉に対する耐性を付与します》
「…………」
欲しい。
いや、ちょっと待て。
これは普通に欲しい。
さっき俺、魔法で消し飛びかけたんだぞ。
しかも敵の魔法じゃない。
味方のだ。
「リュネリア」
「はい?」
「これ」
俺は二つ目の表示を指差してから、そういえばこいつには見えないんだったと思い出す。
「あ、見えないんだった」
「はい!」
「魔法を軽減する服が出てる」
「まあ!」
リュネリアの表情が一気に明るくなった。
「マスター、ぜひそちらを!」
「食いついたな」
「先ほどのようなことがあっても、マスターをお守りできる可能性が上がります!」
「先ほどのようなことを起こさない方向で頑張ってほしいんだけど」
「もちろんです!」
「その上で?」
「備えは大切です!」
正論だった。
まさかリュネリアから備えの大切さを説かれるとは思わなかった。
でも、本当に欲しい。
性能ももちろんだが、《反魔の黒衣》という名前も少しずるい。
異世界に来て黒炎が出なかった俺に、せめて黒い装備くらい寄越してくれてもいいんじゃないだろうか。
黒い外套。
たぶん格好いい。
かなり着たい。
「…………」
「マスター?」
「何でもない」
危ない。
性能とほとんど関係ない理由で二番を選びかけた。
気を取り直して三つ目を見る。
《上位罠・千針回廊》
《既存の通路一つを専用区画へ変化させます》
《侵入した敵性個体を感知し、複数の射出口から自動攻撃を行います》
「うわ、これも欲しい」
思わず声が出た。
今の俺に一番足りないものは、どう考えても戦闘力だ。
それをダンジョン側で補えて、しかも自動で敵を攻撃してくれる。
牙狼三体を相手に、扉を閉めて、落とし穴を作って、槍を刺してと必死になった身からすると、俺が寝ている間にも働いてくれる罠なんて神々しくすら見える。
「マスター、三つ目は?」
「罠。敵が入ってきたら勝手に攻撃してくれる」
「便利ですね!」
「だよな」
水と新しい部屋。
俺を守る魔法防具。
自動で戦ってくれる強い罠。
三つ並べて眺めたところで、俺は頭を抱えた。
「……何で全部ちょうど欲しいんだよ」
「マスター?」
誰に文句を言っているのか自分でも分からない。
前回だってそうだった。
追加DPも欲しかったし、迎撃施設も欲しかった。それでも星霊族なんて書かれたら選ぶに決まってると思ってリュネリアを選び、実際こいつは強かった。
問題もあった。
かなりあった。
壁もなくなった。
でも強かった。
つまり《勝者特権》の報酬は、少なくとも今のところ全部ちゃんと当たりだ。
だから余計に困る。
「二番……いや、三番も……」
黒衣なら俺自身の生存率が上がる。
千針回廊があれば、今後また敵が来ても戦いはずっと楽になる。
それでも一番の《星泪泉》へ視線を戻した瞬間、急に現実的な問題が頭へ落ちてきた。
「……水」
俺は改めて周囲を見た。
石壁。
石床。
穴。
倒れた大亀。
星霊族。
以上。
「……リュネリア」
「はい」
「お前、喉渇いてる?」
「少し!」
「やっぱり?」
「はい!」
「俺も」
そこで、もう一つ重大なことに気づいた。
「飯もないな」
「ありませんね!」
「ベッドもない」
「ありません!」
「風呂もない」
「ありませんね!」
「トイレは?」
「…………」
リュネリアが止まった。
俺も止まる。
二人とも何となく周囲を見る。
「……考えるのやめよう」
「はい」
今考えたら負けな気がする。
ただ、水がないのだけは笑えない。
今すぐどうにかなるわけじゃなくても、生きている限り絶対に必要になる。
しかも一番は水だけじゃなく、専用区画そのものが追加される。
三部屋しかない今のダンジョンに、丸ごと新しい一室が増えるわけだ。
三から四。
数字だけ見れば一部屋増えるだけなのに、今の俺にはかなり大きい。
「防具ほしい……」
「マスター……」
「自動罠もほしい……」
「便利そうですね……」
「でも水ない……」
「はい……」
「俺、自分の命を守る装備より水選ぼうとしてる?」
リュネリアが少し考えてから、真面目な顔で答えた。
「水も、マスターの命を守るものでは?」
「正論が痛い!」
その通りなんだよ。
派手じゃない。
戦闘力も上がらない。
俺自身が強くなるわけでもない。
でも必要だ。
それに――。
俺は一番の説明をもう一度読む。
《専用区画を、ダンジョンへ追加します》
今までただの壁だった場所に、新しい場所ができる。
少しだけ。
本当に少しだけだけど、俺のダンジョンが広くなる。
「……決めた」
「どちらにされるのですか?」
「一番」
指を伸ばす。
「《星泪泉》」
《特殊施設・星泪泉を選択しますか?》
「する」
二番と三番の光が消えた。
「あああああ……」
「マ、マスター!?」
「黒衣……千針回廊……」
「消えてしまったのですか!?」
「消えた……」
自分で選んだ。
分かってる。
分かってるけど、惜しいものは惜しい。
特に黒衣。
ちょっと着たかった。
「……いや」
切り替えろ。
俺は水を選んだ。
なら、水を喜べ。
《報酬を確定しました》
《特殊施設・星泪泉を獲得》
その瞬間、足元から低い振動が伝わってきた。
――ゴゴゴゴゴ……。
「え?」
「マスター!?」
「待て待て待て! 今度は何!?」
反射。
リュネリア。
亀。
今日は地面が揺れるたびにろくなことが起きていない。
俺は身構えたが、今回は違った。
一番奥の部屋で、今までただの石壁だった場所に細い線が走り、それが縦に二本、横に一本と広がっていく。
やがて石壁の一部がゆっくり奥へ沈み、そこに一枚の扉が現れた。
「……扉?」
リュネリアが俺の横から覗き込む。
石造りの扉だった。
さっきまでなかったはずなのに、その向こうからは微かに水の流れる音がする。
「……行くぞ」
「はい!」
近づいて手を触れると、扉は抵抗もなく静かに開いた。
「おお……」
思わず声が漏れた。
石しかなかった。
本当にそれだけだった俺のダンジョンに、初めて違う景色があった。
部屋自体はそれほど大きくない。それでも中央は浅く窪み、そこへ透明な水が絶えず湧き出している。
水底には白っぽい石が並び、その隙間から淡い光が揺れていた。天井にも青白い光を放つ小さな鉱石が散らばっていて、水面に映った光が部屋の壁を静かに照らしている。
綺麗だった。
さっきまで血と穴だらけの石部屋にいたせいもあって、同じダンジョンの中とは思えないくらいだ。
「すごい……!」
リュネリアが俺を追い越し、泉の前へしゃがみ込んだ。
「マスター! 本当にお水です!」
「施設名に泉って書いてあったからな」
「とても綺麗です!」
「飲めるらしいぞ」
俺も隣へしゃがんで、手で水をすくう。
冷たい。
ちゃんと水だ。
恐る恐る一口飲んでみると、味なんてほとんどしないただの水なのに、妙にうまく感じた。
喉を通っていく冷たさで、自分が思っていた以上に乾いていたことに気づく。
「……うま」
「私もいただいてよろしいですか?」
「もちろん。リュネリアも飲めよ」
「はい!」
彼女も両手で水をすくい、一口飲む。
「おいしいです!」
「だろ?」
何だろう。
ただ二人で水を飲んでいるだけなのに、少し嬉しい。
最初は三部屋しかなかった。
何もなかった。
そこに仲間が一人増えて、今度は新しい部屋が一つ増えた。
水も手に入った。
ほんの少しずつだけど、ちゃんと俺のものが増えている。
「……悪くないな」
二番も三番も惜しかった。
死ぬほど惜しかった。
でも、これはこれでかなり――。
《特殊条件を確認》
「ん?」
新しい文字が浮かんだ。
《所属個体を確認中》
《星霊族を確認》
「…………え?」
俺は隣を見る。
リュネリアは泉の水を美味しそうに飲んでいる。
《特殊施設・星泪泉との適合を確認》
《特殊共鳴が発生しました》
「待って待って」
「マスター?」
《固有効果《星浴》を解放》
《星霊族が星泪泉に接触した状態で休息した場合、魔力回復速度がわずかに上昇します》
「…………」
もう一度読む。
星霊族。
俺はリュネリアを見る。
泉を見る。
そしてもう一度リュネリアを見る。
「……お前」
「はい?」
「なんか増えた」
「何がでしょう?」
「この泉の効果」
リュネリアが目を丸くした。
「効果があるのですか?」
「今出た。星霊族がこの泉で休むと、魔力の回復が少し早くなるらしい」
「まあ!」
リュネリアの顔が一気に輝いた。
「マスター!」
「近い近い!」
勢いよく顔を寄せてくる。
「私を選んでくださったことが、早速マスターのお役に立ちました!」
「いや、お前はさっき亀倒した時点でめちゃくちゃ役立ってるから」
「ですが、泉まで!」
自分が強くなったことより、自分がいることで俺のダンジョンに追加効果が出たことの方が嬉しいらしい。
本当に分かりやすい奴だ。
「……なるほど」
俺はもう一度表示を見る。
《特殊共鳴》
こんなの、選択肢の説明には書いていなかった。
《星泪泉》を選んだ。
リュネリアがいた。
その二つが揃ったから、選んだ後になって新しい効果が出た。
つまり仲間って、戦わせるだけじゃないのかもしれない。
種族と施設。
もしかしたら装備や罠だって、組み合わせ次第で何か変わる可能性がある。
「…………」
これ。
かなり面白くない?
「マスター?」
リュネリアが俺の顔を覗き込んだ。
「どうされました?」
「いや」
「とても楽しそうなお顔をされています!」
「してない」
「されています!」
「戦略的なこと考えてるだけだから!」
「本当ですか?」
「本当だよ!」
別に、希少種を集めたら特殊効果がいっぱい出るんじゃないかとか、特殊施設ももっと欲しいとか、そういうことを考えているわけじゃない。
これは戦略だ。
全部。
たぶん。
俺は立ち上がった。
四つになった部屋。
仲間一人。
水源一つ。
そして、知らなかった仕組みが一つ。
相変わらず小さいし、広いとは到底言えない。
それでも最初に目覚めた時より、ここは明らかに俺たちの場所になり始めていた。
「……増えてきたな」
「はい!」
リュネリアが笑う。
俺も泉を眺めながら、少しだけ口元を緩めた。
悪くない。
本当に悪くないぞ、俺のダンジョン。
そう思ったところで、静かな泉の部屋に俺の腹の音がやたら綺麗に響いた。
ぐぅぅぅぅ。
「…………」
「…………」
リュネリアが俺を見る。
俺もリュネリアを見る。
「マスター」
「言うな」
「お腹が」
「言うなって!」
水は手に入った。
次は飯だった。




