第3話 初勝利したんですが、報酬の三択が全部ほしいです
二つ目の罠を選んだ。
《落とし穴:100DP》
理由は単純で、槍罠は確かに強かったものの、一度使えばそれで終わりだったからだ。
しかも、洞窟牙狼は腹と肩を貫かれてもまだ立っていた。あれを残り二体も相手にするとなると、槍だけで押し切れる保証はない。
それなら、まず動きを止めた方がいい。
「設置場所は……ここ」
中央の部屋。
入口側から伸びている細い通路の出口、その少し手前を指定する。
《落とし穴を設置しますか?》
「する」
石床に淡い光が走り、一瞬だけ床が沈んだように見えたかと思えば、すぐに元へ戻った。
見た目では、ほとんど分からない。
「おお……」
これ、知らなかったら普通に踏むな。
というか俺も踏みそう。
《設置者は罠の位置を認識可能です》
「助かる」
床の上には、俺にしか見えない薄い赤枠が浮かんでいた。
現在の残りは六百五十DP。
簡易扉が二枚、槍罠が一つ、それに今置いた落とし穴。
始まって早々、結構使った。
……いや、命を守るためなんだからケチるところじゃない。
分かってる。
分かってるけど、数字が減っていくのを見ると普通に心が痛む。
「貧乏性だな、俺……」
――ガンッ!!
背中を預けていた扉が大きく揺れた。
「うおっ!?」
中央の部屋へ閉じ込めた一体が、まだ扉へ体当たりしているらしい。
傷だらけなのに元気すぎる。
その向こう、入口側の部屋に残した二体も別の扉を殴り続けているせいで、三部屋しかない俺のダンジョン全体が妙に騒がしかった。
「いや待てよ……」
このまま扉を壊されたら意味がない。
だったら、まずは中央にいる傷ついた一体を片づける。
俺は一番奥の部屋から中央へ続く扉へ手をかけた。
怖い。
普通に怖い。
扉を開けた瞬間、そのまま飛びかかってくるかもしれない。
ゲームならHPバーでも見えるのに、現実にはそんな親切なものはない。俺に分かるのは、槍が刺さって足を引きずっていたことくらいだ。
「……いける」
自分に言い聞かせる。
いや、俺がいくわけじゃない。
罠にいってもらう。
扉を少しだけ開けて、隙間から中央の部屋を覗く。
洞窟牙狼は、こちらから少し離れた場所にいた。
傷口から血が滴り、呼吸も荒い。
それでも俺を見つけた瞬間、黄色い目だけは鋭くこちらを射抜いた。
「うわ、まだやる気満々じゃん……」
低い唸り声が響く。
俺は扉をもう少し開けた。
「来いよ」
足が震える。
格好つけてる場合じゃない。
でも、こいつには俺を追ってきてもらわないと困る。
「さっきの続きだ」
牙狼が動いた。
速い。
いや、最初よりは遅い。
後ろ脚を引きずりながら、それでも俺からすれば十分すぎる速度で迫ってくる。
俺は一歩下がり、さらにもう一歩。
床に浮かぶ赤い枠を確認する。
そこを挟んで、俺と牙狼が向かい合った。
「こっちだ!」
牙狼が床を蹴り、こちらへ飛びかかる。
そして――赤い枠を踏んだ。
床が消えた。
「うおっ!?」
分かっていたのに驚いた。
牙狼の前脚が空を掻き、その巨体が勢いのまま穴へ落ちていく。
直後、下から鈍い衝突音が響いた。
俺は恐る恐る近づき、穴の中を覗き込む。
深さは三メートルくらい。
しかも底には、尖った石が何本も突き出していた。
「……落とし穴って、そういうタイプ?」
ただ落ちるだけじゃないのかよ。
普通に殺意高いじゃん。
牙狼は底で動かなかった。
じっと見る。
耳も動かない。
「……死んだ?」
《洞窟牙狼一体を討伐》
「よし!」
思わず拳を握る。
これで、さっきから戦っていた一体目は倒した。
残るのは、入口側の扉の向こうにいる二体。
「……あと二体か」
一体減っただけなのに、全然安心できない。
むしろ、ここから同時に来られたら普通に終わる。
「あ」
そこで思い出した。
勝者特権。
一体倒した。
これって勝利になるのか?
俺は少し期待して表示を待った。
何も出ない。
「…………」
もう少し待つ。
やっぱり出ない。
「ケチ」
《明確な勝利条件を満たしていません》
「聞こえてたの?」
どうやら一体倒しただけでは足りないらしい。
残っている二体までまとめて片づけろということか。
「はいはい」
だったらやる。
むしろ分かりやすい。
俺はもう一度落とし穴へ目を向けた。
一体落としたあとでも、穴そのものは残っている。
「これ、もう一体落とせる?」
《可能》
「最高じゃん」
一回使い切りの槍罠より優秀じゃないか?
いや、相手が学習したら無理だろうけど、少なくとも今は使える。
俺は入口側の扉へ向かう。
向こうでは、残り二体がまだ体当たりを続けていた。
扉の中央が少し歪んでいる。
「結構ギリギリだな……」
ここを開ければ、二体とも入ってくる。
細い通路なら横には並べないから、先頭だけをまず落とし穴へ誘い込む。
問題は、その後ろ。
残った最後の一体だ。
俺は壁に残った槍罠の穴を見る。
さっきの槍は使い切っていて、もう動かない。
残りDPは六百五十。
もう一つ同じ罠を作ることはできる。
でも。
「もうちょい安くいけない?」
罠一覧を改めて見る。
《転倒罠:50DP》
《簡易拘束縄:80DP》
《石材落下罠:100DP》
「あるじゃん」
最初から全部見ろよ俺。
……いや、さっきは普通に死にかけてたし仕方ない。
転倒罠。
説明を読む。
床へ設置し、踏んだ相手の足を引っかけて姿勢を崩す。
殺傷能力はなし。
「これでいい」
最後の一体は転ばせる。
その先には――まだ残っている落とし穴。
「……二段構えか」
少しだけ楽しくなってきた。
いや、笑ってる場合じゃない。
向こうには俺を食い殺せそうな化け物が二体いるし、こっちは一発でもまともに噛まれたら終わる。
それでも、さっきまで何をすればいいのかすら分からなかったのに、今は自分で考えて状況を変えられている。
その感覚は悪くなかった。
俺は転倒罠を、落とし穴より少し手前へ設置する。
残り六百DP。
準備完了。
「よし」
入口側の扉へ向かい、大きく息を吸う。
開ける。
ほんの少しだけ。
向こう側に、二つの黄色い目が見えた。
「うわ、近っ!」
すぐ目の前にいた。
牙狼が隙間へ鼻先を突っ込んでくる。
「待て待て!」
俺は慌てて扉を引く。
完全に開いた瞬間、二体が一気に押し込んできた。
「来た!」
俺は中央の部屋へ走る。
先頭に一体。
そのすぐ後ろにもう一体。
やっぱり細い通路のせいで横には並べず、二体は縦に連なったまま追ってきた。
先頭の牙狼が落とし穴へ近づく。
「そのまま……!」
踏んだ。
床が抜け、牙狼の身体が視界から消える。
直後、底から鈍い音が響いた。
「あと一体!」
後ろの牙狼が止まった。
「…………」
俺も止まる。
まずい。
こいつ、見た。
仲間が落ちるところを真正面から見た。
最後の牙狼は穴の手前で足を止め、低い唸り声を響かせながらこちらを睨んでいる。
「学習するよな、そりゃ……」
簡単にはいかない。
相手は落とし穴を警戒しながら左右へ身体を動かしている。
このまま待っていても、馬鹿正直には踏んでくれそうにない。
だったら。
「……こっちから行くしかないか」
嫌だ。
めちゃくちゃ嫌だ。
でも、逃げているだけでは終わらない。
俺は落とし穴の縁まで近づいた。
穴の横には、人一人が通れる程度の細い足場が残されている。
設置者が通れるようにしてあるのか?
そこを使えば反対側へ行ける。
牙狼も気づいた。
俺を見る。
「…………」
俺、何してるんだろう。
数十分前まで普通にバイト帰りだったんだけど。
今は狼みたいな化け物と、落とし穴を挟んで睨み合っている。
人生って本当に分からないな。
牙狼が足場へ踏み出した。
「うわ、来るの!?」
俺も下がる。
こいつ、普通に頭いい。
落とし穴を避けてくる。
でも。
それでいい。
俺が欲しかったのは、こいつが足場を通ってこちら側へ来ることだ。
その先。
床に浮かぶ赤い枠。
転倒罠。
牙狼が踏んだ。
前脚が引かれ、巨体が大きく崩れる。
「今!」
俺は壁際へ飛び退く。
倒れた牙狼は勢いのまま床を滑り、そのまま落とし穴の縁を越えた。
「…………」
ドン。
底から音が響く。
俺はしばらく動けなかった。
「……いった?」
恐る恐る穴を覗く。
二体の牙狼が重なるように倒れていた。
上に落ちた方が、わずかに身体を動かす。
「まだ!?」
やめて。
もう終わって。
俺はすぐに管理画面を開いた。
残り六百。
槍罠。
いや。
穴の中へ直接置ける?
《設置可能》
「できるの!?」
反則じゃない?
でも相手に文句を言われる筋合いもない。
「槍罠、底!」
《150DPを消費します》
「やれ!」
穴の側面が変形する。
直後、何本もの槍が勢いよく飛び出した。
低い唸り声。
一度。
そして、静かになった。
《洞窟牙狼二体を討伐》
「…………」
終わった?
本当に?
俺は穴を覗いたまま待つ。
三体とも動かない。
耳も動かない。
さっきまであれだけ響いていた唸り声も、体当たりの音も完全に消えていた。
ようやく身体から力が抜ける。
その場へ座り込んだ。
「はぁぁぁ……」
怖かった。
マジで。
ゲームなら喜んで突っ込めるのに、画面越しと実物は全然違う。
牙。
唸り声。
血の匂い。
自分へ向けられる殺意。
全部、本物だった。
「……死ぬかと思った」
実際には一度もまともな攻撃を受けていない。
それでも怖かった。
たぶん、これから何度戦ったとしても、この感覚には慣れたくない。
でも。
生きてる。
俺は自分の両手を見る。
ちゃんとある。
心臓も動いている。
「勝った……」
呟いた、その瞬間。
――ピコン。
目の前が金色に染まった。
「……来た」
《勝利を確認》
《初回勝利達成》
《固有能力《勝者特権》を発動します》
さっきまでの疲れが一瞬で吹き飛んだ。
「来た来た来た!」
これだよ!
これのために!
いや、生き残るために戦ったんだけど!
でもこれも大事!
目の前に三つの光が現れる。
赤。
青。
白。
それぞれが、カードのような形へ変わっていった。
《勝利報酬候補を生成》
《以下の三種から一つを選択してください》
俺は思わず身を乗り出す。
一つ目。
《① 戦闘施設・自動迎撃室》
《侵入者へ自動攻撃を行う専用部屋を追加可能》
「強くない?」
いきなり当たり。
俺が直接戦わなくて済む。
今まさに欲しかったやつだ。
次。
《② 初期DP追加:2000》
「…………二千?」
今持っている量どころか、最初にもらった千の倍。
部屋を増やせる。
罠も作れる。
それどころか、水や食料、寝る場所みたいな生活に必要なものにも使えるかもしれない。
普通に欲しい。
「三つ目は……」
白いカードを見る。
《③ 希少個体召喚権》
《召喚対象――星霊族》
「…………」
星霊族。
何それ。
知らない。
でも。
希少個体。
その四文字だけが、妙に眩しく見える。
「……レア?」
《希少個体です》
「強い?」
《個体差があります》
「役に立つ?」
《個体差があります》
「安全?」
《個体差があります》
「何も分かんねえ!」
でも希少。
しかも種族名が格好いい。
星霊族。
絶対何かあるだろ。
星だぞ。
霊だぞ。
両方ついてる。
「いや待て」
落ち着け。
自動迎撃室はかなり実用的。
DP二千も超実用的。
星霊族は詳細不明。
普通なら一か二だ。
分かっている。
俺は合理的な人間だ。
こういうところで「レアだから」とかいう理由だけで選ぶほど子供じゃない。
「…………」
白いカードを見る。
《希少個体召喚権》
赤を見る。
《自動迎撃室》
青を見る。
《DP2000》
もう一度、白を見る。
希少。
「いや、違うぞ」
誰もいないのに言い訳が口から出た。
「別にレアだから選ぶわけじゃない」
《選択理由は求めていません》
「うるさい」
違う。
ちゃんと理由がある。
今の俺は一人だ。
罠を作れても、設置するのも使うタイミングを考えるのも全部俺がやらなきゃいけない。
じゃあ寝ている間に敵が来たら?
複数方向から攻められたら?
俺自身が怪我をしたら?
どう考えても仲間は必要だ。
つまり、これは戦力補強。
合理的。
極めて合理的な判断。
「将来性を考えたら三番が合理的ってだけだ」
《選択しますか?》
「……何だよ、その聞き方」
ただのシステムなのに、ちょっと呆れられている気がする。
気のせいだ。
絶対。
俺は白いカードへ触れた。
「三番」
《希少個体召喚権――星霊族を選択》
光が弾けた。
「うおっ!?」
思わず目を閉じる。
部屋いっぱいに白い光が広がり、その中心でゆっくりと人影が形を作っていく。
長い髪。
細い身体。
人間に見える。
……女?
光が収まった。
そこに立っていたのは、俺と同じくらいの年齢に見える少女だった。
淡く光を反射する銀白色の髪が腰近くまで伸び、その間から覗く瞳は夜空みたいな深い青をしている。
耳は人間とほとんど変わらず、白と青を基調にした見慣れない衣装の周囲には、星屑みたいな小さな光がふわりと漂っていた。
「…………」
すごい。
本当に人が出てきた。
少女がゆっくり目を開ける。
俺を見る。
数秒だけ固まったあと、その顔がぱあっと明るくなった。
「マスター!」
「え?」
少女は勢いよくこちらへ駆け寄ってきた。
「お会いできて光栄です! 星霊族のリュネリアと申します! これよりマスターのお力になれるよう、全身全霊で――」
その時。
彼女の足が、床に転がっていた小さな石へ引っかかった。
「あっ」
「え」
リュネリアの身体が前へ傾く。
反射的に両手が広がった。
そして同時に、彼女の周囲へ眩しい光が爆発的に集まり始める。
「……待って」
何か嫌な予感がする。
ものすごく嫌な予感がする。
「待て待て待て!?」
「だ、大丈夫です! 私にお任せくださ――」
「何を!?」
光がさらに膨らんだ。
俺は叫ぶ。
「お前、転んだだけだろぉぉぉ!?」
次の瞬間。
三部屋しかない俺のダンジョンが、真昼みたいな光に包まれた。




