第39話 大人数で来たことを、そろそろ後悔してもらいます
開いた通路の先へ、グレゴールたちが入ってくる。
先頭の冒険者たちは、床を確かめ、壁を叩き、天井まで見上げていた。セイルも、ラウゼンも、ドーガンも消えた以上、誰か一人に任せて進むわけにはいかないらしい。
慎重なのは結構。
ただし、慎重すぎる。
「遅い」
「警戒しているんですよ」
「もう少し、こう……サクサク入れない?」
「無茶言わないでくださいよ。ここまで三人とも戻ってないんですよ?」
「そこを何とか」
「何とかする理由が向こうにないでしょう!」
それはそうなんだけど。
こっちは昨日から待ってるんだよ。
監視画面の向こうで、ようやく十人目が広間へ入った。
十五人。
二十人。
まだだ。
「マスター」
「まだ」
「まだ何も言っていません」
「どうせ柱の話だろ!」
「はい」
やっぱりか。
俺の隣では、リュネリアが広間中央の石柱をずっと見つめている。
獲物を狙う目ではない。
「あとで壊していい」と約束されたものを、律儀に待ち続けている目だ。
ラウゼンの障壁を見つけた時も、こいつは正面から壊せると言った。それを俺が止めて、天井を撃たせた。
その後もずっと我慢させている。
……合図した瞬間、変な反動が来ないよな?
『止まれ』
ハイゼンの声が広間に響いた。
一団の足が止まる。
『広すぎます。先ほどまでとは構造が違う』
「余計なことを言うなよ、あのおっさん!」
「それが仕事でしょう!」
『ここへ誘導されている可能性があります』
バレている。
いや、当然か。
ここまで露骨に誘導してきたのだから。
『進め』
グレゴールが言った。
俺は思わず拳を握る。
「よし!」
止まっていた連中が、グレゴールに続いて再び広間へ入ってくる。
二十五。
二十八。
三十。
十分だ。
最後尾が広間へ踏み込んだ瞬間、俺は入口を閉じた。
轟音とともに巨大な石壁が落ちる。
『罠だ!』
「遅い!」
思わず叫んでしまった。
ケインがこちらを見る。
「今の、必要でした?」
「気持ちよかった」
「でしょうね」
向こうには聞こえていない。
たぶん。
俺はそのまま広間の仕掛けを起動した。
床に無数の線が走り、一枚だった床がせり上がり、沈み、ずれ、広間全体が複数の細長い足場へ分断されていく。
『床が動くぞ!』
『散れ!』
「そう、それ!」
『固まるな!』
「あっ、それは違う!」
「何で向こうの動きに注文つけてるんですか!」
三十人以上が一斉に動いた。
前へ逃げようとした男が仲間にぶつかり、横へ避けた男が別の槍に引っ掛かる。その槍を避けた男が足場の端で踏み止まったところへ、さらに後ろの男が突っ込んだ。
一人が転び、避けようとした二人がぶつかり、その二人を避けた奴が別の足場へ移ろうとして、今度は後ろから怒鳴られる。
人数が多い。
だから動けない。
その光景を見た瞬間、俺は椅子から立ち上がった。
「ふはははははっ!」
「うわっ!?」
「いいぞ! もっと邪魔し合え! そうだ、それでいい! 全部計画通りだ!」
思わず両腕まで広げてしまう。
昨日、何度も床を動かして調整した甲斐があった。
四十七人?
多い?
だから何だ。
多ければ多いほど、狭い足場では隣の奴が邪魔になる!
「見ろケイン! あいつ今、味方の槍が邪魔で剣抜けてないぞ!」
「分かりましたから座ってください!」
「そっちは三人まとめて詰まった! ふはははは! 俺の勝ちだぁ!」
「まだ勝ってません!」
「今だけ言わせろ! 気持ちいいんだよ!」
完璧だ。
これだ。
俺はこれを見るために、昨日あんな面倒な仕掛けを作ったんだ!
『動くな! 同じ足場の者同士で固まれ!』
ハイゼンの指示が飛ぶ。
混乱していた連中が、少しずつ動きを止め始めた。
俺は真顔で座った。
「……あのおっさん嫌い」
「感情の落差がすごいですね」
「敵の有能は嫌いだ」
味方に欲しい。
敵にはいらない。
「ネイラ」
「うん」
「右から二番目」
ネイラの姿が消えた。
次の瞬間、悲鳴が上がる。
一人が倒れ、振り向いた二人目の懐へ潜り込み、三人目が剣を抜いた時には、もう背後に回っていた。
『いたぞ!』
『そっちだ!』
別の足場から声だけが飛ぶ。
だが、助けには来られない。
間には穴がある。
また俺の口元が上がった。
「ふっ……」
「やめてくださいね」
「まだ何もしてないだろ」
「さっき見たので」
何だよ。
笑うくらいいいだろ。
完璧なんだから。
――そう思った。
「マスター」
「まだ」
「ネイラさんがいます」
「……何?」
リュネリアが中央の柱を指した。
「今撃つと、ネイラさんも巻き込みます」
「あ」
そうだった。
「ネイラ! 一度戻って!」
「分かった」
返事が遠くから返ってくる。
直後、ネイラが別の足場へ飛び移った。
「そっちじゃない!」
「?」
「戻って! こっち!」
振り返ったネイラへ、背後から男が斬りかかる。
ネイラは身をかわし、そのまま別の足場へ着地した。
「だから、そっちへ行くなって!」
「敵がいる」
「知ってるよ!」
ネイラが男を蹴り落とす。
「今は倒さなくていい!」
「どうして?」
「リュネリアが撃てないから!」
ネイラがリュネリアを見る。
リュネリアもネイラを見る。
嫌な沈黙が落ちた。
「待て」
何か、とても嫌な予感がする。
「分かった」
ネイラが頷いた。
そして近くにいた男の襟首を掴んだ。
「何が分かった!?」
投げた。
「うわああああ!?」
「何してんの!?」
「どかしてる」
「そういう意味じゃない!」
二人目まで投げ飛ばされたところで、近くにいた男が悲鳴を上げて逃げた。
ネイラの耳が、ぴくりと動く。
「あ」
まずい。
「ネイラ!」
もう遅かった。
逃げる男を追ってネイラが走り、その男が別の集団へ飛び込む。突然飛び込んできた男に驚いた連中まで逃げ、狭い足場の上で混乱が連鎖していった。
「何で増えた!?」
「知りませんよ!」
「ネイラ! 戻って!」
「もう少し」
「何がもう少しなんだよ!?」
さっきまで俺が美しく分断した広間の右半分が、完全な鬼ごっこ会場になった。
『落ち着け! 走るな!』
「そうだぞ! 走るな!」
「何でハイゼンさんと同じこと言ってるんですか!」
「俺の計画を守ってんだよ!」
違う。
こんな予定じゃない。
もっとこう、綺麗に孤立させて、一つずつ潰して――。
「マスター」
リュネリアの声だった。
「ネイラさんが離れました」
見る。
確かにネイラは右端まで移動し、逃げた連中までそちらへ寄っている。
中央が空いた。
「今なら撃てます」
やっとか。
「よし!」
その一言を聞いた瞬間、リュネリアの表情がぱっと明るくなった。
「やっとですね!」
「……ん?」
何だ。
今の「やっと」。
「ずっと待っていました!」
「いや、待て」
「さっきも撃てませんでしたし、その前も止められましたから」
笑顔だった。
ものすごくいい笑顔だった。
俺の背中に冷たいものが走る。
「リュネリアさん、何か光ってません?」
ケインにも見えたらしい。
「おい、ちょっと待て。お前、もしかして我慢してた?」
「はい!」
「そんな元気よく認めるな!」
「でも、今度は壊していいんですよね?」
「いい! いいけど落ち着け!」
「大丈夫です」
リュネリアの周囲へ光が集まり始める。
「やっと、ちゃんと撃てます」
「その言い方怖い!」
「マスターが壊していいって言った場所です」
「言ったけど!」
「ネイラさんもいません」
「そうだけど!」
「じゃあ――」
集まる光が、一段階増した。
リュネリアが嬉しそうに笑う。
「もう我慢しなくていいんですね!」
「威力は我慢しろぉぉぉぉ!!」
閃光。
轟音。
監視画面が真っ白に染まった。




