第37話 強いなら、強さを使えなくすればいいと思います
管理画面を操作すると、ドーガンの進行方向にある床の一部が静かに切り替わった。
邪魔なのは、あいつ自身の強さだけじゃない。ネイラでも正面から入り込めないのは、あの大盾があるからだ。
だったら、正面からどうにかする必要はない。
盾ごと落とせばいい。
「よし。次、そこ入ったら落とす」
「……何をです?」
「ドーガン」
「人を『落とす』って、そんな荷物みたいに言わないでもらえます?」
「じゃあ丁寧に落とせばいいの?」
「落とし方の話じゃないです!」
何を言ってるんだ、こいつは。
向こうは俺を殺しに来てるんだぞ。
「じゃあケインが正面から止めてきて」
「落としましょう」
「判断早いな!?」
「ドーガンですよ!? 俺が行ったら止めるどころか、一緒に進行方向へ運ばれますよ!」
「じゃあ最初から文句言うなよ!」
「言いたくもなりますよ! 昨日まで俺、そっち側だったんですからね!?」
「あ」
そうだった。
こいつ、いつの間にか普通に馴染んでるから忘れてた。
「……気まずい?」
「今さらですか!?」
ケインが頭を抱えた。
「気まずいですよ! 知ってる人間がどんどん罠に消えていくのを、何で俺はこっち側から見てるんですか!」
「自分で残るって言ったじゃん」
「言いましたよ! だから残ってますけど、気まずいものは気まずいんです!」
「じゃあ見なきゃいいじゃねえか!」
「いや、残るって決めたんですから最後まで見届けますよ! そこで目を逸らしたら、一番中途半端でしょう!」
「めんどくせえ奴だな!」
「そっちが言います!?」
本人がそうしたいなら、もう好きにしてくれ。
俺としては、ドーガンの情報をくれるだけでも十分だ。
その間にも、当の本人は大盾を前に押し出しながら進んでくる。
床を沈ませれば盾を壁へ押し当てて身体を支え、足場を傾けても踏ん張り、横から丸太を飛ばせば大盾で受け止める。どれもまともに食らえば足を止めるはずなのに、多少姿勢を崩すだけでそのまま前へ出てきた。
「いや何なのあいつ!?」
「だから強いって言ったじゃないですか!」
「『強い』で済ませていい動きじゃないだろ! もっと詳しく教えとけよ!」
「聞いたじゃないですか!」
「聞いたよ!」
「何て聞きました?」
「『強い?』」
「質問が二文字だったでしょうが!」
ぐうの音も出なかった。
「……次から察して詳しく答えて」
「嫌ですよ。何で俺がそこまで気を遣うんですか」
「部下だろ!?」
「いつから!?」
あれ。
そういえば、こいつの立場まだ何も決めてなかった。
「……じゃあ何なの、お前」
「俺が聞きたいですよ!」
それは後で考えよう。
今は目の前の化け物だ。
「ネイラさんでも無理ですか?」
「正面なら面倒」
ネイラはそう答えたが、別に悔しそうではない。無理なら別の場所から入ればいいくらいにしか考えていないらしく、その辺は俺も同じだった。
「ほら、ネイラもこう言ってる」
「何でちょっと勝ち誇ってるんです?」
「つまり俺の判断は正しい」
「まだ何もしてないでしょう!」
細かいな。
勝てない相手と正面から戦わない。それだけ分かっていれば十分だ。
「じゃあ予定通りやるぞ」
「今度は何するんです?」
俺は横道の仕掛けを確認してから振り返った。
「盾もらってくる」
「……すみません。もう一回お願いします」
「盾もらってくる」
「聞き間違いじゃなかった!」
何でそんな絶望した顔するんだよ。
「ドーガンからですよね?」
「他に誰がいるんだよ」
「あのドーガンから?」
「さっきからドーガン一人しかいないだろ!」
「無理ですよ!」
「大丈夫。俺、直接戦わないから」
「でしょうね!」
即答された。
「そこは少しくらい『もしかしたら』とかないの?」
「ありません」
「少しは悩めよ!」
「自分で一番分かってるでしょう!?」
分かってるよ!
だから腹立つんだよ!
「俺は戦えないんじゃなくて、戦わなくていい方法を選んでるの!」
「それ、戦えない人が一番言うやつですよ」
「お前最近遠慮なくなってきたな!?」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
知らん。
少なくとも俺ではないと思いたい。
「とにかく、ケインはここから絶対出てくんなよ」
「それはもちろん」
「即答だな」
「ドーガンがいるんですよ?」
「……お前、俺より生存本能強くない?」
「あなたにだけは言われたくないです!」
失礼な。
俺はただ、死にたくないだけだ。
◇ ◇ ◇
ドーガンが次の通路へ踏み込んだ。
一歩、二歩と進み、三歩目を踏み出した瞬間、足元の床が大きく崩れ落ちる。
「ぬっ!」
巨体が穴へ落ちた。
だが、完全には落ちない。
ドーガンは咄嗟に大盾を横へ突き出し、その縁を床へ引っ掛けることで身体を止めていた。
全身鎧を着たあの巨体を、片腕一本で支えている。
「……ケイン」
「はい」
「あれ上がってくる?」
「たぶん」
「落とした意味は?」
「時間稼ぎですかね」
「俺が聞いてんだよ!」
何で罠に落とした側が慰められてるんだ。
ドーガンの後方から仲間が駆け寄ろうとする。
「ドーガン!」
「来るな!」
ドーガンが叫んだ。
「俺は上がれる!」
「上がるなよ!」
ほら!
本人まで上がれるって言ってるじゃん!
「ケイン!」
「だから言ったでしょう!」
「もうお前に聞かない!」
「理不尽すぎません!?」
これ以上ドーガンの情報を入れると、俺の精神衛生に悪い。
ただし、そこは昨日から準備していた場所でもある。
穴の横にある壁が静かに開き、その奥から銀色の先端がゆっくりと伸びていく。
ドーガンが眉を寄せた。
「……何だ?」
万能トング。
昨日のうちに長い柄を石造りの可動台へ通して、横へ抜けないように固定してある。
俺はその台の脇に立つと、伸びている柄の根元を掴んだ。
これなら俺自身もトングに触れたまま使えるし、重いものを動かすところだけは可動台に任せられる。
何しろ相手は、全身鎧のまま片腕でぶら下がっているような奴だ。
俺が直接引っ張り合ったら、盾を奪う前にこっちが穴へ飛んでいく。
そんな勝負は絶対にしない。
「よし、そのまま……」
管理画面を操作すると台座が前へ滑り、俺が握っている柄も手の中を押すように動いていく。
先端が大盾へ近づき、その縁を挟み込んだ。
ガチン、と重い音が響く。
「何だ、これは!」
ドーガンが反射的に盾を引いた。
その力が柄を通して一気に手元まで伝わってくる。
「重っ!? 待て待て!」
思わず身体が前へ持っていかれそうになり、慌てて踏ん張った。
いや無理無理無理!
台座に固定してなかったら、今ので俺ごと穴に落ちてるぞ!
「力強すぎだろ!」
それでも、トングは大盾を離さない。
どれだけ強く引かれても、挟んだ場所だけはびくともしなかった。
これならいける。
俺が力で勝つ必要なんてない。こいつが盾を離さないなら、そのまま一緒に引っ張ればいい。
「お前……!」
隙間の奥にいる俺へ気づいたらしい。
ドーガンがこちらを睨みつける。
「レイドル様を殺した男か!」
「いや今それどころじゃないだろ!?」
穴にぶら下がりながら話しかけてくる奴、初めて見たぞ!
「貴様だけは――」
「だから喋ってる場合じゃないって!」
ドーガンが大盾をさらに強く引いた。
柄にかかる力が増し、俺の手のひらにも振動が伝わってくる。同時に、トングを通している石台からミシッと嫌な音が鳴った。
「ちょっ、待て待て待て!」
俺は反射的に台座を見る。
「お前それ壊す気!? やめろ! そっちは俺の金かかってんだぞ!」
当然そんな事情を知るはずもないドーガンは、さらに腕へ力を込めてくる。
「だから頑張る方向そこじゃねえって!」
このまま付き合っていたら、本当に固定台ごと壊されかねない。
俺は柄を掴んだまま、管理画面を操作した。
次の瞬間、石台が後方へ滑り始める。
それに合わせて俺の手の中にある柄も動き、万能トングに挟まれた大盾が穴の縁を削りながら引かれていった。
「なっ――!」
ドーガンの腕へさらに力が入る。
その瞬間、可動台の動きが僅かに鈍った。
「……いや待て待て! 何で耐えられるんだよ!」
人間一人と綱引きしてるんじゃないぞ!?
こっちはダンジョン側から動かしてるんだぞ!
「ぐ……おおおっ!」
柄から伝わってくる振動がさらに大きくなり、石台がまた嫌な音を立てる。
やめろ。
マジでやめろ。
「壊すなって! それ昨日作ったばっかりなんだよ!」
返事の代わりに、さらに強く引かれた。
「人の話聞けよ!」
俺はもう一段、台座を後ろへ下げる。
大盾が穴の縁を削り、そのたびに細かな石片が底へ落ちていく。ドーガンの身体も少しずつ沈んでいるのに、それでも盾から手を離そうとしない。
「お前マジか!?」
ここまで来ると、強いというより怖い。
数秒とはいえ、ダンジョンの仕掛け相手に腕力だけで抵抗してる時点でどうかしている。
「もういい! もう落ちろ!」
さらに台座を動かす。
盾が大きくずれ、それまで引っ掛かっていた縁の石が砕けた。
「あ」
支えが外れた。
ドーガンの巨体が、そのまま穴の底へ落ちていく。
「おおおおおおっ!?」
声が遠ざかり、やがて姿も見えなくなった。
生きているかどうかまでは分からないし、今回はそこまで確認する気もない。
俺はしばらく穴を見下ろしてから、ようやく柄を掴んでいた手を離した。
「……疲れた」
背後からケインが顔を出す。
「本当に取った……」
「だから言っただろ」
「まさか盾を取るために本人ごと穴へ落とすとは思わないでしょう」
「効率いいだろ?」
「盾を奪う工程に人間一人の落下を組み込まないでくださいよ」
「じゃあどうやって取るんだよ」
「知りませんよ!」
「代案ないなら文句言うな!」
「何で俺が怒られてるんですか!?」
俺は石台を引き戻した。
万能トングの先には、大盾だけが残っている。
近くで見るとやっぱりでかいし、厚みもかなりある。こんなものを片腕で扱いながら戦っていたのかと思うと、改めてドーガンの腕力がおかしい。
そして何より。
「高そう」
「第一声それですか?」
「じゃあケインなら何て言う?」
「ドーガンが死んでないか確認しますよ!」
「確認して生きてたら?」
「……もう一回落とします」
「お前の方が酷くない!?」
「上がってきたら困るでしょう!」
正論だった。
こいつ、俺より順応早くない?
「まあいいや。これはもらおう」
「売るなら相場くらいは俺が見ますよ」
「え、分かるの?」
「ある程度なら」
「ケイン」
「何です?」
「お前、やっぱ残って正解だったわ」
「評価基準が金なんですか!?」
失礼な。
情報も込みだ。
俺は改めて、万能トングに挟まれた大盾を見る。
罠を見抜くセイル。
魔法を防ぐラウゼン。
そして、力ずくでダンジョンを進んできたドーガン。
わざわざ俺たちへの対策として連れてきた三人のうち、これで最後の一人も消えた。
さて。
残った連中は、どうする。
◇ ◇ ◇
その頃。
大盾の主が戻ってこない通路で、ハイゼンはようやく一つの結論へ辿り着いていた。
このダンジョンでは――強い者から先に狙われる。
そして、その強さが通用する形では絶対に戦ってもらえない。
「旦那様」
ハイゼンはグレゴールへ顔を向けた。
今なら、まだ間に合う。
「撤退を進言いたします」




