第36話 大人数で来てくれたので、全力で歓迎することにしました
ガルガン商会が動き始めたのは、爆発から一刻も経たないうちだった。
裏の荷置き場では、まだ焦げた木材が次々と運び出され、商会の人間たちが慌ただしく行き交っている。その騒ぎの中心で、グレゴールは三人の男と向かい合っていた。
一人目は、立てかけた大盾だけで人間一人を隠せそうな大男だった。
名をドーガン。
この街を拠点に活動する上位冒険者の一人で、全身を覆う重鎧と大盾を使い、魔物の群れを真正面から押し止めることで知られている。
二人目は、痩せた中年の男――罠師兼斥候のセイル。
地下遺跡や旧坑道を専門に潜ってきた男で、足元だけでなく壁や天井、魔力を利用した仕掛けまで見抜く。
そして三人目は、灰色の外套を羽織った魔法使い、ラウゼンだった。
防御魔法を専門とし、護衛任務では複数人をまとめて覆うほどの障壁を展開できる。
ハイゼンが三人へ短く頭を下げる。
「お集まりいただき、ありがとうございます」
「話は聞いた」
ドーガンが低い声で答えた。
「地下に厄介な奴がいるそうだな」
「八人が向かい、七人が捕縛された上で解放されました」
その言葉を聞いたセイルが、僅かに目を細める。
「解放?」
「はい」
「妙だな」
その一言に、ハイゼンも静かに頷いた。
「我々もそう考えています。相手は地下の構造を利用してこちらを分断し、そのまま捕らえた。さらに、帰還した者の荷物へ気づかれないまま何かを仕込み、商会内で爆発させています」
「罠を使う相手か」
セイルの声音が少しだけ変わった。
「なら先頭は俺が見る。床だけじゃない。壁にも触るなと全員に言っておけ」
「魔法使いについては?」
今度はラウゼンが尋ねる。
ハイゼンは、バルドから聞き取った内容をそのまま伝えた。
地下の通路を、一撃で消した。
ラウゼンは少し考えたあと、静かに答える。
「術の種類は分からんが、発動前兆があるなら対処できる。正面から撃つなら、こちらも障壁を合わせる」
グレゴールは三人を順番に見た。
その後方には、商会の護衛と新たに雇い入れた傭兵、冒険者たちが集まり始めている。
合計四十七人。
ただ数だけを揃えたわけではない。
セイルが罠を潰し、ドーガンが先頭を押し開く。敵の魔法はラウゼンが止め、その三人を確実に目的地まで運ぶために残りの戦力を使う。
ハイゼンが組み立てた攻略手順だった。
「旦那様」
最後にハイゼンが確認する。
「敵はこちらが来ることを予測している可能性が高い。人数が多いこと自体が、地下では不利になる場合もあります」
「分かっている」
グレゴールの返事に迷いはなかった。
「それでも行く」
そう言って、焦げた荷置き場へ一度だけ目を向ける。
「レイドルを殺した者を、必ず連れて帰る」
◇ ◇ ◇
「四十七人」
偵察から戻ったネイラの報告を聞いて、俺は思わず聞き返した。
「……四十七?」
「うん」
「いや、多いな!?」
来るとは思っていたし、人数を増やしてくるのも予想していた。
でも四十七は聞いてない。
さすがにもう少し遠慮しろよ。
「三人、他と違う」
ネイラが続ける。
「一人は大きい盾。強そう」
「他は?」
「歩きながらずっと周りを見てる男。それと、魔力が多い人間」
そこでケインを見ると、説明を聞いている途中から既に顔が険しくなっていた。
「……何その顔。知ってる?」
「おそらく、ドーガンです」
「強い?」
「強いです。ガルガン商会が護衛で雇える中なら、かなり上です」
「聞かなきゃよかった」
さらに特徴を伝えていくと、残り二人にも心当たりがあるらしい。
罠を専門にするセイルと、防御魔法を使うラウゼン。
つまり、罠には専門家をぶつけ、リュネリアには防御魔法を用意し、その前に大盾まで置いてくる。
俺たちが前回何をしたか聞いた上で、ちゃんと対策してきたらしい。
「どうします?」
ケインが聞く。
「予定通り」
「即答ですね」
「だって強いんだろ?」
「はい」
「じゃあ、まともに戦ったら俺が死ぬじゃん」
そんな勝負するわけがない。
ドーガンが俺より百倍強かろうが、そもそも殴り合わなければ関係ないし、罠を見抜くなら見抜いたあとで困らせればいい。魔法を防げるなら、そいつに撃たなきゃいいだけだ。
そのために昨日から散々準備したんだから。
「よし」
俺は管理画面を開いた。
「四十七人まとめて歓迎してやろう」
◇ ◇ ◇
最初に異変を察知したのはセイルだった。
地下へ入ってしばらく進んだところで突然片手を上げると、先頭から順に足が止まり、その動きが後ろへ伝わっていく。事情の分からない後方から声が飛びかけたが、セイルは構わずしゃがみ込んだ。
床へ顔を近づけ、細い針を石の隙間へ差し込んでから、今度は壁へ視線を移す。
「床に仕掛けがある」
その一言で、周囲の冒険者たちが身構えた。
「解除できるか?」
ドーガンが聞く。
「待て」
セイルは慎重に床を調べ、やがて小さな石板を一枚外した。
その下から、細い糸が現れる。
「踏めば作動する。単純だ」
糸を切っても、何も起きない。
「行ける」
後続から安堵の息が漏れ、一行が再び進み始めた。
◇ ◇ ◇
「おお、普通に解除した」
監視用の表示を見ながら素直に感心すると、隣のケインが呆れたように俺を見た。
「だから言ったでしょう」
「あれ、本物ですよね?」
「本物だよ」
「解除されてますけど」
「いいんだよ。あれは解除してもらうやつだから」
「そんな罠あります?」
「今できた」
ケインが何か言いたそうな顔をしているが、気にしない。
あれは最初から、見つけられるように置いた罠だ。
専門家なら見つけるだろうと思っていたし、一つ解除できれば、次も自分なら何とかできると思う。
別にセイルと罠知識選手権をする気なんてない。
解除したければ、好きなだけ解除してくれればいい。
その方がこっちもやりやすい。
「はい、次どうぞ」
俺は次の表示へ指を伸ばした。
◇ ◇ ◇
セイルは二つ目の罠も、三つ目の罠も見つけた。
床板の沈み込み、壁に隠された射出口、細い魔力線を使った感知式の仕掛け。
種類は違っても、どれも彼の経験から外れるものではなかったらしい。
「大したことはない」
四つ目を解除し終えたセイルが立ち上がる。
「作った奴は罠を知ってはいるが、専門家じゃない」
ドーガンが前方へ目を向けた。
「なら、このまま行けるな」
「ああ。ただし俺より前へ出るな」
その先には、何も仕掛けられていない床が続いていた。
セイルは一歩ずつ進みながら確認する。
魔力反応も、可動部も、糸も穴もない。
問題なし。
「進め」
ドーガンが踏み込み、その後ろから次々と人が続いた。
十人以上が通過しても床は動かず、最後にセイル自身も渡り切る。
そのまま後続が続こうとした瞬間、背後で石壁が落ちた。
轟音が通路を揺らし、振り返ったセイルの視界を完全に塞ぐ。ほぼ同時に前方でも壁が閉じ、十数人が狭い区画へ切り離された。
「何だ!?」
セイルがすぐに床へ視線を落とす。
「罠はなかった!」
その通り。
そこには最初から何もない。
◇ ◇ ◇
「そりゃないよ。俺が今閉じたんだから」
「……そんなのありですか?」
隣でケインが呟いた。
「俺の家だぞ? ありに決まってるだろ」
床を踏めば作動する仕掛けじゃない。
セイルが通過したのを確認してから、俺が管理画面で通路を閉じただけだ。
いくら罠の専門家でも、何もない場所から罠を見つけるのは無理だろう。
「ネイラ」
「行ってくる」
「早っ! まだ何も言ってない!」
返事をした時には、もう姿がない。
まあ、分かってるならいいけど。
閉じ込めた十数人の中には、狙い通りセイルも入っている。
まず一人。
◇ ◇ ◇
「壁を調べろ!」
セイルが叫ぶ。
「解除できるか!?」
「待て! これは仕掛けじゃ――」
最後まで言えなかった。
一番後ろにいた男が突然倒れ、全員がそちらを向いた直後、今度は別の場所から悲鳴が上がる。
剣が床へ落ち、その横を黒い影が人と人の隙間を縫うように抜けていった。
「獣人だ!」
「囲め!」
周囲が武器を構えようとするほど、隣にいる人間が邪魔になる。
十数人を閉じ込めたのは、ネイラ一人に十数人を真正面から相手させるためじゃない。
十数人いること自体を、邪魔にするためだ。
ネイラは人と人の隙間を抜けながら足を払い、手首を打ち、一人ずつ戦える状態から外していく。
セイルが短剣を抜いた。
「来る方向を見ろ! 速いだけだ!」
その声が上がった直後、耳元で小さく囁かれる。
「見えてる?」
セイルが振り向いた。
遅かった。
首筋へ短剣の腹が叩き込まれ、その身体が崩れ落ちる。
それから数分もしないうちに、閉じ込められた区画から戦う音は消えた。
◇ ◇ ◇
「セイル!」
壁の向こうからドーガンが叫ぶが、返事はない。
「壁を壊す!」
大盾を背負い直したドーガンが、巨大な槌を持った男と並んだ。
二人が石壁を叩く。
一撃目で鈍い音が響き、二撃目で亀裂が走る。
そして三撃目。
石壁の一部が、そのまま崩れ落ちた。
「……は?」
思わず表示へ顔を近づける。
「いや、壊れるの!?」
ダンジョンの壁だぞ、あれ。
今までリュネリアが簡単に消し飛ばしていたせいで完全に感覚が麻痺していたけど、あいつ以外にも力ずくで壁を壊せる奴がいるらしい。
いや、いるんだ。
目の前に。
「ドーガンはあれくらいなら止まりません」
ケインが言う。
「先に言えよ!」
「強いとは言いました!」
「壁壊すとは聞いてない!」
これは覚えておこう。
今後もっとヤバい奴が来た時、壁があるから安全なんて思わない方がいい。
ドーガンたちは倒れていた仲間を回収し、そのまま先へ進んできた。
十数人は生きている。
ただし、武器だけは綺麗になくなっていた。
それを見たグレゴールの顔が歪む。
「……遊んでいるのか」
違う違う。
使える物を置いていく方がもったいないだろ。
◇ ◇ ◇
次の広間へ入った瞬間、ラウゼンが杖を構えた。
「来るぞ!」
魔力が一気に膨れ上がり、半透明の障壁が前方の二十人ほどをまとめて覆う。
その直後、広間の向こう側にリュネリアが姿を現した。
「いたぞ!」
「撃たせるな!」
ラウゼンが障壁へさらに魔力を注ぐ。
リュネリアの前に白い光が集まり始めると、障壁の表面がそれに応じるように厚みを増していった。
「防げる!」
ラウゼンが叫ぶ。
「正面なら受けられる!」
◇ ◇ ◇
「だって」
俺がそう伝えると、リュネリアは障壁をじっと見つめた。
「では、正面から壊します」
「いや撃つな!」
「なぜですか!?」
食いつくな食いつくな。
「亀! 亀の時!」
「亀?」
「跳ね返してきた奴いたろ! あれと同じことされたらどうすんだよ!」
今回の障壁にそんな能力があるかなんて分からない。
たぶん、ない。
でも確認するために撃ってみようとは一ミリも思わない。
何しろ撃つのがこいつだ。
「ですが、正面からでも壊せると思います」
「俺も思うよ! 思うけど試さなくていいの!」
「なぜです?」
「もし跳ね返ってきたら最初に死ぬの俺だからだよ!」
リュネリアは少し黙り、自分の手に集まっている光を見た。
「……マスターなら消し飛ぶと思います」
「だろ!? だからやらないの!」
何で俺が消し飛ぶところだけ、そんな綺麗に意見が一致するんだよ。
俺は広間の上を指す。
「天井。あそこ撃って」
「私の攻撃が囮なんですか?」
「違うって!」
「ですが、正面から撃たずに別の場所を攻撃するということは――」
「理屈で詰めてくるな!」
変なところで頑固だな、こいつ!
「いいか? あいつに撃って跳ね返されたら怖い。天井なら絶対跳ね返してこない。だから天井。分かった?」
「正面からでも――」
「分かった! お前なら壊せる! 強い! 凄い! だから今日は天井壊してくれ!」
少しの間があってから、リュネリアがようやく頷いた。
「……そこまで言うのでしたら」
「面倒くさっ!」
どうにも、自分が活躍できる場面で脇へ回されるのだけは気に食わないらしい。
役に立ちたい気持ちが強いのは知っているけど、こんなところでまで全力で発揮しなくていい。
「あとで壊していい場所も用意するから」
「本当ですか?」
「急に嬉しそうにするなよ!」
本当に分かりやすいな、こいつ。
リュネリアはようやく天井へ手を向けた。
ラウゼンの顔色が変わる。
「上だ! 障壁を――」
遅い。
白い光が走った。
轟音とともに天井の一部が消し飛び、支えを失った大量の岩が一気に崩れ落ちてくる。
ラウゼンは咄嗟に障壁を上へ展開し直した。
「うわ、間に合わせた!」
大量の岩が障壁へ激突し、表面を激しく歪ませる。
それでも砕けない。
ラウゼンは両腕で杖を支えながら、落石を真正面から受け止めていた。
「うおおおおっ!」
周囲から歓声が上がる。
普通に凄い。
あの量を、本当に止めた。
隣でケインも息を吐く。
「ラウゼンは防御なら――」
「よし今!」
「聞いてくださいよ!」
「あとで聞く!」
俺はそのまま管理画面を操作した。
ラウゼンは今、全力で頭上を支えている。
両手も視線も意識も、全部上だ。
だったら、下は空いてる。
「――は?」
床を消す。
ラウゼンの身体が落ち、その瞬間に障壁も消えた。
当然、その上に乗っていた大量の岩も一緒に落ちてくる。
「待っ――!」
轟音が広間を埋め尽くした。
岩が床を叩き、砕けた破片が四方へ飛ぶ。悲鳴と怒号が入り混じり、さっきまで整っていた隊列が一気に崩れていく。
何人巻き込まれたかまでは見えない。
まあ、知らん。
殺しに来た連中の安全まで、俺が保証してやる義理はない。
「マスター」
「ん?」
「……やはり私の攻撃、囮だったのでは?」
まだ言ってんの!?
「違うって! 見ろ! めちゃくちゃになっただろ!」
「なりましたね」
「お前がやったの!」
リュネリアが広間を見る。
「私が?」
「そう! お前が一番派手にやった! はい! 大活躍!」
「……一番ですか?」
「そこ確認する!?」
「では、問題ありません」
「何の問題が解決したんだよ!」
どうにも、自分の仕事がちゃんと成果として残っていれば満足らしい。
さっきまでの不満が嘘みたいに消えたので、もう何も言わないことにした。
その時だった。
崩れた岩の向こうで、大盾が動いた。
一度止まりかけた隊列を押し退けるように、ドーガンが前へ出てくる。
落石で塞がれた場所へ大盾を差し込み、石を押し退けながら、そのまま少しずつ進んできた。
「……いや、まだ来るの?」
思わず口から出た。
隣でケインが、何とも言えない顔をする。
「ドーガンですから」
「説明になってねえよ!」
そこへネイラが踏み込んだ。
ドーガンは大盾の陰から剣を振り抜き、ネイラは刃が届く寸前で身体を沈め、そのまま後方へ跳んで間合いを外す。
速さで追えているわけじゃない。
大盾で身体を守りながら、剣の届く範囲を崩さないことで、ネイラが攻撃のために踏み込める場所そのものを狭めている。
「あれ、正面から無理だな」
「うん」
戻ってきたネイラが、あっさり頷いた。
「じゃあ正面からやらなくていい」
俺は改めてドーガンを見た。
邪魔なのは、あいつ自身の強さだけじゃない。
あの大盾だ。
だったら。
取ればいい。
俺は管理画面へ手を伸ばした。




