第34話 逃がすことにしたんですが、もちろんタダでは帰しません
七人を帰す。
そう決めたものの、別にこいつらを信用したわけじゃない。
ガルガン商会に戻った瞬間、俺たちのことを全部喋る可能性は普通にあると思っているし、むしろ命を助けてもらった恩だけで雇い主を裏切ってくれるなんて期待する方がおかしい。
ただ、それならそれで使い道はある。
「リュネリア」
「はい!」
「ケイン連れて、先に休憩できるところ行ってて」
「俺ですか?」
ケインが自分を指差した。
「そう。ちょっと待ってろよ」
「何かするんですか?」
「するけど、お前は知らない方がいい」
「それ余計に気になるんですけど」
「いいから行ってこいって!」
怪訝そうな顔をするケインを、リュネリアが連れていく。
「では、行きましょう!」
「いや、でも絶対何か――」
「ほら行け!」
「分かりましたよ!」
何度か振り返っていたが、やがて二人の姿が通路の向こうへ消えた。
それを確認してから、俺は管理画面を開く。
ケインは自分が捕まっても、仲間を騙して罠へ誘い込むことだけは拒否した。
俺はそこを気に入っている。
だからこそ、今からやることは見せない。
仲間に危険なものを仕込もうとしていると知れば、あいつは止めるだろう。それを無理やり黙らせたところで、こっちに残るかどうか考えている奴との関係が悪くなるだけだ。
何より、知らなければ止める必要もない。
「ネイラ」
「うん」
「ちょっと悪いことするぞ」
「分かった」
「内容聞いてから返事しようか」
ネイラが首を傾げる。
こいつに聞いた俺が悪かった。
俺は管理画面からDPショップを開き、使えそうな道具を探していく。
七人をここで殺す必要はない。
ずっと捕虜として抱えるのも面倒だし、約束を守ってそのまま消えてくれるなら、それが一番楽だ。
でも裏切るなら、その先まで利用すればいい。
ガルガン商会がどこにあるのか、誰に報告するのか、どこへ集まるのか。こっちから街を歩き回って探す必要なんてない。
帰る奴がいるんだから、案内してもらえばいい。
もちろん本人には内緒で。
「こういう時に使えるやつ……」
ショップを探していくと、思っていたより早く目当てに近いものが見つかった。
《追跡標》
《購入必要DP:300》
《設置した対象のおおよその位置を、一定範囲内で確認できます》
「あるじゃん!」
こういうのだよ!
一万DPもする派手な罠じゃなくて、今欲しいのはこういう地味に便利なやつだ。
俺は迷わず一つ購入する。
《追跡標を購入しました》
《消費DP:300》
手の中に現れたのは、爪の先ほどの小さな黒い板だった。
思ったよりずっと小さい。
「ネイラ、これあいつらの服に気づかれないように付けられる?」
ネイラは受け取ると、指先で裏表を確認した。
「できる」
「服の内側とか?」
「うん。荷物でもいい」
さすが。
俺がやったら絶対に怪しまれるけど、ネイラなら拘束具を外す時に近くへ立っていても不自然じゃない。
一人だけに付けることも考えたが、途中で別行動されたら困る。
「三人にしよう」
「三人?」
「別々の奴に付けて。同じところに行けば、そこが目的地って分かるだろ」
《追跡標×2を追加購入しますか?》
「する」
三人分で九百DP。
ここは必要経費だ。
相手の本拠地まで勝手に案内してくれるなら、ケチるところじゃない。
ネイラに三つ渡してから、俺はもう一度ショップへ視線を戻した。
追跡だけでも十分使える。
ただ、もし本当に裏切ったなら、それを確認した瞬間にこっちからも返事がしたい。
わざわざ街まで行く必要はない。
遠くから、分かりやすく。
できれば、向こうが俺を殺したくなるくらい派手に。
「……爆発するやつないかな」
「爆発?」
「そう。小さいのでいい」
ネイラが俺を見る。
「リュネリアじゃ駄目?」
「駄目。下手したらあの辺一帯が灰になって、何も残らなくなる」
ガルガン商会だけなら、それで危険がなくなるという意味では手っ取り早い。
でも、周りには何の関係もない人間だっている。そいつらまでまとめて吹き飛ばすつもりは、今のところない。
それに、人間の街そのものを潰すのも困る。
ボルドとの取引だってそうだし、物資や情報、人材まで考えれば、この先あそこから得られるものはいくらでもあるはずだ。敵が一ついるから街ごと灰にしました、ではさすがにもったいなさすぎる。
「リュネリアはここで使う」
俺は足元を軽く叩いた。
ここなら壊されて困る場所と、壊していい場所を俺が決められる。その上で撃たせれば、少なくとも街一つ消し飛ばす心配はない。
……いや、ダンジョンが消し飛ぶ心配はあるな。
そこはちゃんと考えよう。
「だから今欲しいのは、もっと小さいやつ」
しばらく探すと、ちょうど良さそうなものが見つかった。
《遠隔炸裂符》
《購入必要DP:500》
《設置地点に小規模な爆発を発生させます》
《起動可能範囲には制限があります》
《生体へ直接設置した場合、威力が大幅に低下します》
「これだ」
俺が欲しいのは七人を殺すための爆弾じゃない。
裏切った時、ガルガン商会へこっちの返事を叩きつけるための狼煙だ。
《遠隔炸裂符を購入しました》
《消費DP:500》
現れた札は追跡標より大きいが、それでも掌に収まる程度だった。
俺はそれをネイラへ渡す。
「これはバルドの荷物に入れてくれ」
「服じゃなくて?」
「人につけたままだと威力落ちるからな」
それに、七人を殺すつもりなら最初から帰す必要なんてない。
裏切った瞬間に身体へ付けた爆弾を起動して殺すなんて、それじゃ取引でも何でもなくなる。俺が欲しいのは向こうへ届く派手な合図であって、バルドの身体を吹き飛ばすことじゃない。
だったら荷物に仕込んで、商会まで運んでもらう方が都合がいい。
「できれば鞄の底とか、すぐ見つからないところ」
「分かった」
「それと、今は絶対に起動させるなよ。付けるだけだからな」
「うん」
追跡標三つと炸裂符一つ。
必要経費だ。
これで相手の居場所が分かって、裏切った時にはその場で狼煙まで上げられるなら十分だろう。
「これで準備はできたな」
俺は管理画面を閉じる。
約束を守るなら何もしない。
追跡標も途中で切ればいいし、炸裂符だって使わずに終わる。
でも、俺たちのことを喋ったと分かったら――その瞬間から話は変わる。
「向こうがやる気なら、こっちも遠慮しなくていいよな」
「戦う?」
ネイラが聞く。
「当たり前だ!」
俺たちに悪意を持って近づいてくる奴が《勝者特権》の対象になるには、今までの感じだとダンジョンの中で決着をつけるのが一番確実だ。
だったら、わざわざこっちから街まで出向いてやる理由なんてない。
「ここでやる」
俺は足元を軽く叩いた。
「ここ?」
「ああ」
グレゴールは慎重な奴らしい。
金もあるし、人もいる。必要なら冒険者や傭兵まで雇えるというなら、向こうの準備が整うまでのんびり待ってやるつもりはない。
敵になると決まったなら、さっさとこっちの土俵へ引きずり込む。
「グレゴールって慎重らしいけど、来るかな」
俺が呟くと、ネイラが首を傾げた。
「来なかったら?」
「来たくなるまで煽る」
「どうやって?」
「それを考えるのは裏切ってからでいいよ」
息子を殺した相手が好き放題煽ってくる。
しかも商会にまで喧嘩を売ってくる。
それでも冷静に部下だけ送り込めるなら大したものだ。
まあ、その時はその時で考える。
俺は七人のいる方へ目を向けた。
もし本当に戻ってくるなら、次は客じゃない。
敵だ。
だったら――。
「とっておきの部屋も用意してやるよ」
せっかく向こうから大人数で来てくれるかもしれないんだ。
帰りたくなるくらい、しっかり歓迎してやろう。
「じゃあ、頼む」
「うん」
ネイラが七人のところへ戻っていった。
俺は少し離れた場所から様子を見る。
拘束されている七人の周囲を確認するふりをしながら、ネイラが自然に一人へ近づく。何をしたのか俺にも分からないくらいの動きで離れると、そのまま二人目、三人目へ移っていった。
最後にバルドの後ろへ回り、荷物へ一瞬だけ手を添えて戻ってくる。
「終わった」
「早っ。全部?」
「三人に黒いの。バルドの荷物に札」
「気づかれてない?」
「うん」
頼もしすぎる。
「よし。じゃあケイン呼んでくる」
ここから先は、何もなかった顔をすればいい。
◇ ◇ ◇
リュネリアとケインを呼び戻し、俺たちは七人を入口近くまで移動させた。
「本当に帰すんですね」
ケインが小声で聞いてくる。
「そのための交渉だろ」
「てっきり、まだ何かするのかと」
「したよ」
「何したんですか?」
「教えない」
「やっぱり何かしたんじゃないですか!」
「お前は知らなくていいの!」
ケインが思いきり怪しんでいる。
でも、これでいい。
何も知らなければ、仲間を止める必要もないし、俺と仲間のどちらを選ぶかなんて今決めさせる必要もない。
こいつにはこいつのタイミングで決めてもらえばいい。
俺はバルドたちの前へ行き、一人ずつ拘束具を外していった。
外した拘束具はその場で消えず、試しに収納してみると普通に入る。
「……再利用できるじゃん!」
「マスター、どうしました?」
「これ使い捨てじゃない!」
八人分で千二百DP。
何度でも使えるならありがたい。
次に捕虜が出ても追加で買わずに済む。
「これ取っとこう」
「また捕まえる予定なんですか?」
ケインが聞いてくる。
「予定はないけど、せっかく買ったなら使える時は使うだろ!」
「捕虜用の道具をそんな日用品みたいに……」
「物を大事にしてるだけだよ!」
「使い道が怖いんですよ!」
失礼な。
エコと言ってほしい。
拘束具を外したあと、武器も返していく。
ただし魔法使いの杖だけは最後。
全員が帰る準備を終えてから返した。
バルドが受け取りながら俺を見る。
「信用してないな」
「するわけないだろ」
即答すると、バルドが少しだけ笑った。
「それで解放するのか?」
「だから取引なんだよ。信用してるなら条件なんて付けない」
裏切る可能性はある。
でも、それを本人たちに言う必要はない。
「条件、覚えてるよな?」
「ああ。お前たちのことは話さない。ここには戻らない。ボルドにも手を出さない」
「それでいい」
「守れば追ってこないんだな?」
「守ればな」
そこだけは本当だ。
俺は約束を守るつもりでいる。
向こうが守る限りは。
バルドが頷き、仲間たちへ声をかける。
そこで一度だけケインを見た。
「お前は?」
ケインは七人と俺たちを見比べたあと、すぐには答えなかった。
「……俺は、もう少し残ります」
「そうか」
「すみません」
「謝ることじゃない。自分で決めろ」
バルドはそれ以上何も言わなかった。
他の六人もケインを気にしていたが、無理に連れていこうとはしない。
やがて七人が歩き出す。
俺たちはその背中を見送った。
通路の奥へ姿が消えたところで、ケインが小さく息を吐く。
「……行きましたね」
「行ったな」
「本当に大丈夫なんですか?」
「何が?」
「裏切る可能性だってありますよ」
やっぱりケイン自身も分かっているらしい。
俺は肩をすくめた。
「あるだろうな」
「だったら、何で……」
「別に信用して帰したわけじゃないよ」
七人をここで抱えるより、帰した方がいい。
約束を守ればそれで終わるし、破るならガルガン商会が俺たちと敵対する意思を持っていると判断できる。
もちろん、仕込みのことまでは言わない。
「まあ、何とかする」
「軽いなあ……」
「今から悩んだって仕方ないだろ」
俺は管理画面を開いた。
ケインからは見えない。
そこには三つの小さな反応が表示されていた。
《追跡標:稼働中》
ちゃんと動いている。
「……おお」
思わず口元が緩む。
自分はここにいるのに、七人の位置だけが少しずつ遠ざかっていく。
DPさえあれば、こんなことまでできるのか。
やっぱりこのシステム、使い方を考えるの楽しいな。
俺自身が強くならないのは今でもちょっと納得いってないけど。
「何ですか?」
「何でもない」
「絶対何かありますよね?」
「気のせい」
「さっきからそればっかりじゃないですか」
知らない方がお互いのためだ。
俺は表示を端へ寄せる。
ずっと見張っていても歩く速度が上がるわけじゃない。
「飯にしよう」
「今ですか!?」
「腹減った」
「さっきまであんな話してたのに?」
「裏切るかどうか見張りながら腹減らしてても意味ないだろ」
リュネリアが嬉しそうに頷いた。
「では準備します!」
「頼む」
リュネリアが歩き出すと、ケインが僅かに身体を引いた。
「……俺も行くんですか?」
「何で嫌そうなの?」
「嫌というか……」
ケインの目がリュネリアへ向く。
ああ。
まぁトラウマレベルの奴が隣にいるとか怖いよな
「大丈夫。飯食うだけだから」
「本当ですか?」
「何を警戒してんだよ」
「だってリュネリアさんですよ?」
「ケインさん?」
「すみません!」
聞こえてたらしい。
ケインが反射で謝る。
リュネリアは不思議そうに首を傾げた。
「私、何かしましたか?」
「何もしてません!」
「いや、それは無理あるだろ」
「じゃあ何て答えればいいんですか!?」
知らん。
自分で何とかしてくれ。
俺まで巻き込まないでほしい。
◇ ◇ ◇
食事を終える頃には、三つの追跡標がかなり遠くまで移動していた。
途中で何度か止まったものの、三つともほぼ同じ方向へ進み、やがて同じ場所で動かなくなる。
俺は食後の水を飲みながら表示を確認した。
「着いたか」
「何か言いました?」
ケインが聞いてくる。
「独り言」
「今日多くないですか?」
「気にするな」
三つとも同じ場所。
時間的にも、街へ戻ったと考えてよさそうだ。
その中にはバルドへ持たせた炸裂符の反応もある。
《遠隔炸裂符:起動可能》
まだ押さない。
帰っただけなら約束違反じゃない。
商会を辞めるにしても荷物を取りに戻る必要はあるだろうし、仲間と話すことだってある。
問題はここからだ。
向こうがどう動く。
そして、七人が何を選ぶ。
俺は画面を閉じずに待った。
◇ ◇ ◇
ガルガン商会本店。
戻った七人は、そのまま奥の執務室へ通されていた。
机の向こうに座るグレゴール・ガルガン。
その隣には、番頭のハイゼン。
「報告しろ」
低い声が室内へ落ちる。
バルドはすぐには答えなかった。
帰る途中、何度も考えた。
何も見つからなかった。
そう言えばいい。
それが、解放された時に交わした約束だ。
だが、目の前にいるのは長年仕えてきた商会の主であり、死んだレイドルの父親でもある。
グレゴールの目が細くなる。
「何かあったのか」
バルドが息を吐き、やがて顔を上げた。
「……レイドル様について、分かったことがあります」
ハイゼンの視線が動く。
グレゴールは何も言わない。
その沈黙に促され、バルドは続けた。
「レイドル様は――」
その上着の内側では、誰にも気づかれていない小さな追跡標が、静かに反応を送り続けている。
そして荷物の奥には、もう一つ。
まだ起動していない炸裂符。
七人が約束を守れば、何も起きない。
だが、破ったなら。
その瞬間から、これはもう捕虜をどうするかなんて話じゃない。
ガルガン商会との戦いが始まる。




