第32話 捕虜が増えたんですが、倒してなくても勝ちらしいです
最後まで杖を構えていた男が、周囲を見回してからゆっくりとそれを床へ置いた。
その隣では弓を持っていた男も諦めたように武器を手放し、拘束罠に捕まっている二人も抵抗をやめている。これで七人全員、最初に捕まえたケインまで含めれば、ガルガン商会から来た八人全員が完全に戦う意思を失ったことになる。
「……終わった?」
リュネリアが両手に集めていた光を消しながら聞いてきた。
「たぶんな。ネイラ、まだやる気ありそうな奴いる?」
ネイラは大剣使い――バルドの首筋へ短剣を当てたまま、残った男たちを順番に見回す。
「いないと思う」
俺にもそう見えた。
武器を捨てた連中はもちろん、罠に捕まった奴まで完全に大人しくなっている。というか、リュネリアが少し手を動かしただけで何人かが露骨に身構えたので、少なくとも今すぐもう一戦やろうという気概のある奴はいないだろう。
特にケイン。
こいつだけ反応が明らかにおかしい。
俺が来る前に何があったのかは非常に気になるが、今は聞かないでおこう。何となく、聞いたら余計な問題が増える気がする。
ともかく、これで終わり――。
《勝利条件の達成を確認しました》
「……ん?」
突然、目の前に文字が浮かび、その下へ見慣れた表示が続いた。
《勝者特権を発動します》
「来た!」
思わず声が出た。
「勝者特権ですか?」
「そう! ちょっと待ってろ、今大事なところだから!」
何せ、これだけは何度来ても嬉しい。
命を狙われて、罠を作って、せっかく作った通路をリュネリアに半壊させられたんだ。最後くらい気持ちよく終わらせてくれ。
強いやつ来い。
いや、強くなくてもいい。今後使えそうなやつでも、変なやつでもいい。
できれば全部欲しくなるようなのはやめてくれ。
《以下の三つから一つを選択してください》
《上位罠解放》
《迷宮宝箱》
《迷宮種子》
「おっ、今回分かりやすいな」
まず一番の《上位罠解放》から詳細を開く。
《通常建設では選択できない高性能罠を、DPを消費して設置可能になります》
《設置可能種類はダンジョン規模に応じて追加されます》
「高性能罠か……いいじゃん」
今回だって、事前に罠を用意していなければ七人まとめて相手にする羽目になっていた。
正面から殴り合うより、相手が勝手に引っかかってくれる方が圧倒的に楽だし安全だ。何より俺が戦わなくて済む。
つまり俺向きである。
期待しながら詳細を開くと、現時点で解放される三種類が表示された。
《魔力封鎖杭》
《設置必要DP:10,000》
《一定範囲内の魔力行使を阻害します》
《重圧床》
《設置必要DP:8,000》
《作動範囲内の対象へ強い加重を発生させます》
《転落転移孔》
《設置必要DP:12,000》
《作動対象を事前指定した下層区画へ強制転送します》
「…………一万?」
念のため、もう一回見た。
一万。
その下は八千。
さらに下は一万二千。
見間違いじゃなかった。
「高っ!!」
「どうしました!?」
「いや強いよ!? 魔法封じたり強制転送したり、めちゃくちゃ欲しいよ! でも一個一万って何だよ!」
一基置くだけで、今使っている罠とは文字通り桁が違う。
確かに魔法を封じられる罠なんてあれば今後かなり楽になるし、強制転送なんて使い方を考えるだけでも面白そうだ。
でも今の俺が一万DPを気軽に払えるかと言われたら、答えは当然ノーである。
「これは将来! 今じゃない!」
「選ばないんですか?」
「欲しいけど買えない機能だけ解放されても悲しくなるだろ!」
リュネリアはよく分かっていない顔をしている。
いいんだ。
金がない時に高級店の会員証だけ貰ったような気持ちは、たぶんこいつには分からない。
気を取り直して二番を見る。
《迷宮宝箱》
「……宝箱?」
《ダンジョン内の任意地点に特殊宝箱を一つ設置できます》
《侵入者による開封時、条件に応じた内容物が生成されます》
「これだろ」
「もう決めたんですか?」
「だって宝箱だぞ?」
「はい」
「ダンジョンに宝箱だぞ?」
「はい」
「……何でそんなに響いてないの?」
リュネリアが困ったように首を傾げた。
いやいや。
ダンジョンがあって、罠があって、その奥に宝箱がある。こんなの説明されるまでもなく必要だろ。
しかも開けた相手や条件によって中身まで変化するらしい。
侵入者を誘い込む餌としても使えそうだし、条件を工夫すれば別の使い道もあるかもしれない。何より俺のダンジョンに宝箱が置ける。
かなり欲しい。
というか、もうこれでいい気がする。
念のため三番も見るけど、よほどじゃなければ宝箱で――。
《迷宮種子》
《特殊な迷宮施設へ成長する種子を一つ獲得します》
《成長先は設置環境・投入資源などによって変化します》
《成長先:未確定》
「…………何これ」
「種みたいですね」
「それは名前見れば分かるよ」
問題はその下だ。
特殊な迷宮施設へ成長する。
設置環境によって変化。
投入資源でも変化。
そして肝心の成長先は未確定。
いや、そこを教えろよ。
一番大事なところだろ。
「……ずるくない?」
「何がですか?」
「分からないから気になるんだよ!」
「でも、さっき宝箱にすると」
「そうなんだけど!」
改めて考える。
一番は強いけど、今の俺には高すぎるので保留。
二番は宝箱。分かりやすいし、使い道もありそうだし、何より欲しい。
三番は何になるか分からない種。
普通に考えれば二番だ。
安定を取るなら絶対二番。
なのに《成長先:未確定》の文字が、さっきから妙に自己主張してくる。
どこに植えるかで変わる?
何を与えるかでも変わる?
じゃあ星環泉の近くならどうなる。魔物の素材を与えたら? もっと変な場所に植えたら?
……いや待て。
考えるな。
こういうのは考え始めた時点で負ける。
「マスター、決まりました?」
「今めちゃくちゃ宝箱と戦ってる」
「種とでは?」
「俺の中では宝箱と戦ってんの!」
もう一度二番を見る。
欲しい。
三番を見る。
気になる。
宝箱。
種。
宝箱。
種。
「……くそ、三番!」
《迷宮種子を選択しますか?》
「する!」
《選択を確認しました》
《迷宮種子を取得しました》
表示が消えると同時に、手のひらへ小さな黒い種が落ちてきた。
俺とリュネリアは、揃ってそれを覗き込む。
親指の爪より少し大きい程度で、表面に変わった模様があるわけでもない。知らずにその辺へ落ちていたら、たぶん普通に踏んで終わる。
「これが迷宮種子ですか?」
「……たぶん」
「どうですか?」
「…………宝箱にすればよかったかも」
「早いですね!?」
「だって見た目ただの種じゃん!」
「分からないから選んだんですよね?」
「そうだけど、選んだ直後くらい夢見させてくれてもいいだろ!」
何かこう、光るとか。
脈打つとか。
せめて「すごいものです」みたいな雰囲気を出してほしかった。
実物を見た瞬間に宝箱への未練が復活した俺は、何とも言えない気分のまま迷宮種子を収納する。
その時だった。
ふと、今回の戦いに妙なところがあることに気づいた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「今回、誰も死んでないよな?」
リュネリアが周囲を見る。
「はい。皆さん生きてます」
「私も殺してない」
ネイラもあっさり答えた。
気絶している奴はいるし、罠に捕まった奴もいる。でも八人全員生きていて、最後は残った連中が自分から武器を捨てただけだ。
それなのに、システムは確かに《勝利条件の達成》と表示した。
「……倒す必要なかったのか」
今までは勝利というからには、敵を倒す必要があるものだと思っていた。
けれど今回を見る限り、少なくとも殺す必要はない。戦える奴まで含めて全員が抵抗をやめ、こちらへ敵対する意思を失った時点で、システム上は決着したと判断されたらしい。
「それなら、毎回殺さなくてもいいんですね」
「たぶんな。どこまでやれば勝ち扱いになるのかはまだ分からないけど、降参でもいけるって分かったのはかなりでかい」
これは思っていた以上に使える。
生かして捕まえれば尋問できるし、相手の組織や外の情報も聞き出せる。場合によっては交渉材料にもなるし、ダンジョンがもっと大きくなって人手が必要になれば、仕事を任せることだってできるかもしれない。
それで《勝者特権》まで貰えるなら、わざわざ毎回殺す理由はない。
「……捕虜って、結構使い道あるな」
そこまで考えてから、少しだけ引っかかった。
以前の俺なら、全員生きていてよかったとか、殺さなくて済むならその方がいいとか、たぶん最初にそっちを考えていた気がする。
今出てきたのは、尋問、交渉、それから労働力。
「…………まあ、いいか」
使えるものをわざわざ捨てる必要はない。
生きている方が役に立つなら、生かしておけばいい。
何となく引っかかりは残ったものの、今はその結論の方がずっと自然に思えた。
「……あの」
横から声をかけてきたのはケインだった。
「何?」
「さっきから、何の話をしてるんですか?」
「ああ、そうか。お前には見えてないのか」
こいつからすれば、俺が突然「来た!」と喜んだあと、何もない空間を眺めながら一人で悩み、最後に黒い種を手に入れたことになる。
……俺だったら近づきたくないな。
「勝ったから報酬が来たんだよ」
「報酬……誰からですか?」
「知らん」
「知らない相手から?」
「俺も最初からそこはよく分かってない」
ケインの表情がどんどん怪しくなる。
「それで、三つから一個選べるんだけど、今回は種にした」
「どうして種を?」
「気になったから」
「…………」
「何その顔」
「いえ。もっと深い理由があるのかと」
「ないよ! 何になるか分からないって書いてあったら気になるだろ!」
「俺にはちょっと……」
「くそ、こいつリュネリア側か」
「私側?」
「気にしなくていい」
宝箱を捨てた傷口をこれ以上広げないでほしい。
それより問題は目の前だ。
報酬として貰えたのは、何になるかも分からない黒い種が一つ。もちろん種から都合よく牢屋が生えてくるわけもなく、ガルガン商会の護衛八人はそのまま残っている。
「……で、お前らどうしよう」
「俺たちに聞きます?」
「聞いてない。独り言」
八人を縄だけで放置するのはさすがに怖いし、ずっとネイラに見張らせるのももったいない。
仕方なく管理画面を開いて探してみると、通常の購入項目に《簡易拘束具》があった。
《購入必要DP:150》
「一人百五十か。まあ、それくらいなら――」
八人。
百五十掛ける八。
「……千二百?」
一万DPの上位罠を見た直後なら安く感じる。
でも冷静に考えると、こいつらを捕まえておくためだけに千二百DP消えるのである。
俺は何となく八人を見回した。
「お前ら、捕まっただけで俺のDP千二百も減らすの?」
バルドが呆れた顔をした。
「俺たちに言うな」
「いや誰かに文句言いたいだろ!」
「なら付けるな」
「逃げるだろ!」
「なら付けろ」
「さっきから正論しか言わねえな、お前!」
腹は立つが必要経費だ。
渋々購入を確定すると、《消費DP:1,200》の表示とともに床へ淡い光が八つ浮かび、その中から金属製の拘束具が次々と姿を現した。
そこで、それまで俺たちのやり取りを黙って見ていたケインが固まった。
「……え?」
「どうした?」
「いや、今……何もないところから出ましたよね?」
「出たな」
「それ、どうやったんですか?」
「買った」
「どこで!?」
「だからDPで」
「そのDPが何なんですか!?」
何でこいつがキレ気味なんだよ。
「ダンジョンで使える金みたいなもんだよ。俺だって詳しい仕組みまでは知らん」
「金を払ったら物が出てくるんですか?」
「そう」
「どこから?」
「知らん」
「誰が売ってるんですか?」
「知らんって!」
質問されても俺だって困る。
使えるから使っているだけで、誰がどこで拘束具を作って配送してくれているのかなんて考えたこともない。
ケインは床に並んだ拘束具を見てから、今度は周囲の通路へ視線を向けた。
「……もしかして、この場所も?」
「DP使って作ったところはあるぞ」
「罠も?」
「そう」
「部屋も?」
「作れる」
「通路も?」
「増やせる」
「…………」
とうとう黙った。
さっきまで俺たちに捕まっても妙に元気だった男が、本気で理解できないものを見る顔になっている。
何だろう。
ちょっと楽しい。
「何だよ」
「聞きたいことが多すぎて、何から聞けばいいのか分からなくなりました」
「奇遇だな」
俺は床に出現した拘束具を一つ拾い上げ、そのままケインの前で軽く揺らした。
「俺もお前に聞きたいこといっぱいあるんだよ」
ガルガン商会について。
レイドルの父親について。
こいつら八人を送り込んできた人間について。
そして、外へ戻ったボルドが今どうなっているのか。
ケインの顔が少しだけ引きつったところで、横にいたネイラがこちらを見た。
「尋問する?」
「そうだな」
「私もやる?」
「お前は待て」
「分かった」
素直に引いたネイラとは対照的に、ケインがものすごい勢いで何度も頷いた。
「お前は何でそんなに頷くんだよ!」
「いえ! マスターさんの判断は正しいと思います!」
「だから俺が来る前に何されたんだよ!?」
聞いても絶対ろくな答えが返ってこない気がする。
だったら先に、もっと大事なことを聞こう。
ガルガン商会がどこまで俺たちへ近づいているのか。
そして次に何をしてくるつもりなのか。
八人も捕虜がいるんだ。
せっかく生かして捕まえたんだから、まずはきっちり役に立ってもらおう。




