第31話 七人で来たんですが、こっちは待ち伏せ済みです
迎撃区画へ戻る途中で、捕虜の名前を聞いた。
別に仲良くなるためじゃない。
「お前、名前は?」
「ケインです!」
「元気だな」
「ありがとうございます!」
「褒めてねえよ」
ケイン。
ガルガン商会に雇われている護衛で、今回の八人の中では一番若いらしい。年齢は二十四、俺より三つ上だ。
それなのに、さっきから俺の後ろを驚くほど素直についてきている。
「ネイラ」
「何?」
「ちゃんと来てる?」
「来てる。七人とも」
その言葉を聞いた瞬間、ケインの足がわずかに鈍った。
「どうした?」
「い、いえ!」
「仲間だろ。心配じゃないのか?」
「心配です!」
「じゃあ何でそんな元気なんだよ」
「生意気な態度を取らないようにしています!」
「何されたんだよお前!?」
ネイラを見る。
いつも通り。
リュネリアを見る。
こっちも普通に笑っている。
……もういい。今は七人だ。
迎撃区画へ戻ると、昨日決めた通りすぐ配置についた。リュネリアは左側の広い通路、ネイラは右側の細い通路。俺はその中央で両方を見られる位置につき、ケインだけはさらに奥へ下がらせる。
「ここから動くなよ」
「はい!」
「あと大声出すな。仲間にこっちのことを教えようとするのもなし」
「はい!」
「……本当に素直だな」
「ありがとうございます!」
「だから褒めてねえって!」
何だこいつ。
数分前まで敵だったよな?
その時、ネイラの耳がぴくりと動いた。
「近い」
俺も黙る。
まだ距離はあるが、複数人の足音が少しずつ近づいてくる。
「ケイン」
「はい」
「お前らの中で一番強いの誰?」
「バルドさんです。大剣を使います。正面から戦ったら、俺では勝てません」
「他は?」
「弓が二人、魔術師が一人。残り三人は剣です」
思ったより構成がしっかりしている。
こっちを攻めるために編成された部隊ではないとはいえ、正面からまともにぶつかる理由はますますなくなった。
「マスター」
リュネリアが小声で呼んでくる。
「私、誰を狙えばいいですか?」
「まだ誰も狙うな」
「はい」
返事と同時に、両手の間へ光が集まり始めた。
「……何してんの?」
「準備です」
「まだだって」
「撃ってません!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「大丈夫です。今度は出ません!」
「その『今度は』何!?」
リュネリアが黙る。
ネイラも目を逸らす。
ケインだけが、ものすごい勢いで壁際へ寄った。
「お前は何で隠れた!?」
「念のためです!」
「何があったんだよ!!」
後で絶対聞く。
今は無理だけど。
足音が近づいてきたところで、俺は声を落とした。
「リュネリア、いったん消してくれ。撃つ時は俺が言う」
「……はい」
ものすごく残念そうに光を消した。
何で残念そうなんだ。
遊びじゃないぞ。
やがて入口側から男の声が響いた。
「ケイン!」
呼ばれたケインが反応し、俺を見る。
「返事していいですか?」
「駄目」
「分かりました」
素直すぎる。
「ケイン! 聞こえるか!」
返事がないと分かると、向こうの足音も止まった。
まあ、当然だ。
仲間一人がこの辺りで消えているんだから、そのままぞろぞろ入ってくるほど馬鹿ではないらしい。
「……面倒だな」
「来ませんね」
「そりゃ来ないだろ」
このまま待てば向こうが引く可能性もある。
それは困る。
ここまで来て入口の位置だけ覚えて帰られるのが一番まずい。
少し考えたところで、後ろからケインが口を開いた。
「俺が呼びましょうか?」
「……何て?」
「見つけた、と言えば来ると思います」
俺はケインを見る。
「いいの?」
「え?」
「仲間騙すことになるけど」
ケインはそこで初めてすぐに答えなかった。
少し迷ったあと、首を横に振る。
「すみません。それはできません」
「そっか」
「……怒らないんですか?」
「何で?」
「いや……」
ケインがネイラを見る。
「俺じゃなくてそっち見んな」
ネイラが首を傾げた。
「生意気?」
「違う! 今のは違うから!」
「分かった」
ケインが明らかにほっとする。
何だこの関係。
「別にいいよ。仲間売れって命令する気はない」
むしろ断ってくれて少し安心した。
今後こいつから聞いた情報を信用するなら、何でも簡単に裏切る奴じゃない方がいい。
となると、やっぱり向こうから入ってきてもらうしかない。
その時だった。
入口側で、小石が転がるような音がした。
一つ。
続けて、もう一つ。
そして知らない男の声が響く。
「下がれ!」
直後、何かがこちらへ投げ込まれた。
床へ転がったのは、小さな筒だった。
「何これ」
「マスター、下がって!」
リュネリアが前へ出る。
次の瞬間、筒から白い煙が一気に噴き出し、視界があっという間に真っ白になった。
「うわっ!?」
毒かと思ったが、喉に少し刺激がある程度で、身体が痺れるような感じはない。
後ろからケインの声が飛んでくる。
「毒じゃありません! 煙幕です!」
「先に言えよ!」
「今気づきました!」
「役に立つのか立たねえのかどっちなんだよ!」
煙の向こうから足音が重なる。
来る。
しかも、一気に。
「ネイラ!」
返事はない。
でも、それでいい。もう動いている。
「リュネリア、まだ撃つなよ!」
「見えません!」
「だから撃つなって言ってんの!」
「はい!」
怖すぎる。
煙の中でこいつに撃たせるくらいなら、七人と殴り合った方がまだマシ……いや、それは嘘だ。
俺は絶対殴り合わない。
複数の足音が入口を越え、煙の中で広がっていく。
俺には姿は見えないが、罠の位置なら昨日何度も確認してある。
さらに一歩。
その瞬間、奥で金属音が弾けた。
「ぐっ!?」
一人かかった。
「罠だ!」
怒鳴り声と同時に別の場所でも作動音が響き、二人目が引っかかる。
だが、向こうも素人ではない。
「散れ!」
煙の中で一斉に左右へ分かれ始めた。
固まってくれた方がリュネリアには都合がいいのに、そう簡単にはいかないらしい。
「ネイラ、右!」
「分かった」
煙の向こうから短い返事が返る。
その直後、何かがぶつかる鈍い音と、短い悲鳴。
右へ逃げた一人が消えた。
さらにもう一度、足音が乱れたかと思うと、二人目の声も途切れる。
速い。
殺してはいないはずだ。
ネイラには可能なら生け捕りと伝えてある。
少しずつ煙が薄れ、ようやく前方の人影が見え始めた。
先頭には大剣を持った男。
その後ろに剣士と、杖を持った魔術師。
ケインの情報通りなら、あの大剣がバルドだ。
「リュネリア!」
「はい!」
待ってましたと言わんばかりの返事。
「左の通路! 人じゃなくて奥の壁を狙え!」
「壁ですか?」
「通路ごと潰して逃げ道塞げ!」
「分かりました!」
リュネリアが両手を前へ出し、星の光を集める。
それを見たケインが、ほとんど反射で後ろへしゃがみ込んだ。
「お前判断早いな!?」
「一度見ましたので!」
「何を!?」
聞く前に光が放たれた。
轟音が響き、左側の通路そのものが砕け飛ぶ。
狙いは完璧だった。
敵には誰一人当たっていない。
ただし、壁は抉れ、床は砕け、天井の一部まで崩れ落ちた。
「できました!」
「うん! 狙いは完璧!」
「ありがとうございます!」
「威力がおかしいだけで!!」
昨日作ったばかりなんだけどな、そこ。
いや、壊していい場所として作ったんだけど。
実際に壊されるとちょっと悲しい。
でも、これで左は塞がった。
逃げ道は中央と右。
右にはネイラ。
中央には拘束罠。
「ふざけやがって!」
大剣の男が前へ出た。
踏み込みを見ただけで、他の連中より明らかに速い。
そのまま一直線に俺へ向かってくる。
「マスター!」
リュネリアが動こうとする。
「待て!」
ここで撃たせたら俺まで死ぬ。
大剣の男は一つ目の罠を避け、二つ目も見切った。
「マジかよ!」
速い。
しかも、ちゃんとこっちへ来る。
俺は反射的に後ろへ下がった。
「お前が頭か!」
「違います!」
咄嗟に嘘をつく。
「マスターです!」
リュネリアが即座に訂正した。
「何で言うんだよぉぉぉ!!」
大剣の男の視線が完全に俺へ向く。
「やっぱりお前か!」
「今のなし! こいつ何も分かってないから!」
「分かってます!」
「黙っててくれ!!」
大剣が振り上げられる。
受ける?
無理。
俺は迷わず横へ飛んだ。
男が追ってくる。
さらに一歩踏み込んだ、その瞬間。
床が沈む。
「――なっ!?」
拘束罠が男の足首へ食いつき、前へ出ていた身体が大きく崩れた。
「よっしゃ!」
男は大剣を床へ突き立てて何とか転倒を防ぎ、そのまま拘束具を力任せに引き剥がそうとする。
金属が嫌な音を立てた。
「うそだろ!?」
壊す気かよ!
「リュネリア!」
「はい!」
言いかけて、止める。
近すぎる。
俺が。
「撃つな!」
「はい!」
リュネリアは即座に止まった。
その代わり、大剣の男の背後へ黒い影が滑り込む。
ネイラだ。
男が振り返るより早く、短剣が首筋へ触れた。
「動かないで」
「……っ」
「動いたら?」
男が低く聞く。
ネイラは少しだけ考えた。
「叩く」
「そこ!?」
殺すじゃないんだ!?
大剣の男も意味が分からない顔をしている。
後ろからケインが叫んだ。
「バルドさん! 大人しくした方がいいです!」
「ケイン!?」
「本当に大人しくした方がいいです!!」
必死だった。
何なんだよその説得力。
周囲を見ると、右へ逃げた二人はネイラに倒され、中央では二人が拘束罠に捕まっている。
魔術師はリュネリアの光を警戒し、弓持ちは狙う相手を決めきれずに止まっていた。
思っていたより、かなり有利だ。
八人まとめて来られていたら面倒だった。
最初に一人取れた。
その一人から構成を聞けた。
罠へ誘導できた。
リュネリアが逃げ道を消し、ネイラが孤立した相手から潰した。
結果、一番強い奴の首にはもう短剣がある。
「武器を捨ててくれ!」
誰も動かない。
俺は少し考えてから、横を見る。
「リュネリア」
「はい!」
「ちょっと光らせて」
「分かりました!」
両手の間へ星光が集まった。
ケインが即座に両手で頭を守る。
「そこまでしなくていい!」
「念のためです!」
その動きを見た敵側の顔が一斉に引きつる。
一人が剣を落とした。
続いてもう一人。
弓も床へ落ち、最後に魔術師が杖を手放した。
「……よし」
勝った。
今のところ、誰も殺していない。
少しだけ息を吐く。
その時。
リュネリアの光が、さらに一段強くなった。
「……リュネリア?」
「はい?」
「もう消していいぞ」
「はい!」
光が消える。
何も起きない。
俺はもう一度、今度こそ安心して息を吐いた。
「よし」
今回は出なかった。
横を見ると、ネイラも小さく頷いている。
ケインだけが、しばらく頭を抱えたまま動かなかった。




