第30話 一人だけ捕まえるつもりだったんですが、尋問を任せたのは間違いでした
ネイラを追って入口へ向かう。
正確には、追おうとしている。
「速っ……!」
もう見えない。
あいつ、俺に合わせる必要がない時は本当に容赦ないな。
隣ではリュネリアが普通に走っている。こっちも明らかに余裕があって、何なら俺より速く走れそうなのが腹立つ。
「リュネリア、先行ってくれ!」
「でも、マスターは?」
「俺は後から行く! ネイラが捕まえたら二人で話聞いといてくれ!」
「分かりました!」
リュネリアが一気に加速する。
「あ、あとネイラに、生意気な口聞いたらぶっ叩いていいって言っといて!」
「分かりましたー!」
声だけが遠ざかっていった。
まあ、ネイラなら加減くらいするだろ。
たぶん。
◇
男が気づいた時には、地面に転がされていた。
剣は少し離れた場所に落ち、右腕は背中側へ捻り上げられている。その上には黒髪の少女が座り、首筋には短剣の冷たい刃が触れていた。
「動かないで」
「ぐっ……貴様、何者だ!」
「質問するのは私」
「ふざけるな! ガルガン商会の人間にこんなことをして、ただで済むと――」
ぱんっ!
男の顔が横を向いた。
「な……」
ぱんっ!
反対側。
「き、貴様……!」
ぱんっ!
「ぐっ!?」
ぱんっ!
「ちょ――」
ぱんっ!
「…………」
ようやく男が黙った。
後から追いついたリュネリアが、少し離れたところで目を丸くしている。
「ネ、ネイラさん?」
「何?」
「叩きすぎでは……?」
「マスターが言ってた」
ネイラは男の胸ぐらを掴み、壁際へ座らせた。
「生意気な口を聞いたら、叩いていいって」
「そこまで叩いていいという意味だったんでしょうか……」
「駄目って言われてない」
「そういう問題でしょうか!?」
男は両頬を押さえながらネイラを睨みつける。
「いいのか……こんなことをして! 俺が戻らなければ商会の連中が――」
ぱんっ!
「ぐっ!」
「ネイラさん!」
「生意気だった」
「今のは最後まで聞いてあげてもよかったと思います!」
「聞かなくても生意気」
「判定が早すぎます!」
男が歯を食いしばる。
「この……ガキが……!」
ぱんっ!
「ぐあっ!」
「ネイラさん!?」
ぱんっ!
「今二回叩きましたよね!?」
「かなり生意気だったから」
「回数制なんですか!?」
ネイラの尻尾が、ゆっくり左右へ揺れている。
リュネリアはそれに気づいた。
「……ネイラさん」
「何?」
「楽しんでませんか?」
「少し」
「やっぱり!」
ネイラは否定すらしなかった。
抵抗できない相手が、それでも強がって口を開く。
そのたびに叩く。
すると少しずつ大人しくなる。
どうやらネイラの中では、逃げようとする獲物を追い詰める時と似た何かが刺激されているらしい。
「でも、もうやめましょう。可哀想です」
「どうして?」
「もう抵抗できないじゃないですか!」
「だから今のうちに分からせる」
「何をですか!?」
ネイラは男を見る。
「群れの外の家畜には、これくらいしないと分からない」
「家畜!?」
男が顔を上げた。
「誰が家畜だ!」
ぱんっ!
「だから叩かないでください!」
リュネリアが慌ててネイラの腕を掴む。
「離して」
「駄目です!」
「まだ分かってない」
「もう十分分かってます! ほら、顔真っ赤ですよ!」
「まだ喋る」
「喋らせるための尋問ですよ!?」
ネイラが止まった。
少し考える。
「……確かに」
「そうですよ!」
ようやく納得してくれた。
リュネリアは安心したように息を吐く。
男も明らかにほっとしていた。
「叩くのは可哀想です」
「じゃあどうする?」
「私がやります!」
「え?」
リュネリアが男の前へしゃがみ込む。
「安心してください。私は叩きません!」
「…………」
男は答えない。
さっきまでより警戒している。
「聞きたいことがあるんです。ちゃんと答えてくださいね?」
「……断る」
「答えてくれませんか?」
「誰がお前らなんかに――」
リュネリアの両手の間に、淡い星の光が集まり始めた。
男の言葉が止まる。
「…………」
「こうするとお話を聞いてくれるかなって」
「お、お前……何を……」
「大丈夫です!」
リュネリアは笑った。
「撃ちませんから!」
光がさらに膨らむ。
男が壁へ身体を押しつける。
ネイラも少し離れた。
「リュネリア」
「何ですか?」
「それ、危ない」
「大丈夫です! 見せるだけですから!」
「でも――」
「あ」
光が消えた。
次の瞬間。
轟音。
男の顔のすぐ横を星光が走り抜け、背後の壁へ直撃した。
石壁が一瞬で砕け、その奥までまとめて吹き飛ぶ。粉塵と小石が通路へ飛び散り、男の髪が爆風で大きく揺れた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも動かない。
壁には、人一人が余裕で通れそうな穴が開いていた。
リュネリアが自分の手を見る。
「……出ちゃいました」
「出ちゃいましたじゃない」
ネイラが即答した。
さっきまで男を何度もぶっ叩いていた少女が、明らかに引いている。
「ご、ごめんなさい! ちょっとだけ溜めるつもりだったんですけど……!」
「殺すつもり?」
「違いますよ!?」
「頭の横だった」
「当ててません!」
「壁なくなった」
「だから当ててませんって!」
「当たってたら頭なくなってた」
「…………」
リュネリアが男を見る。
男は真っ青だった。
「大丈夫ですか?」
男がものすごい勢いで頷いた。
「だ、大丈夫です!」
「よかったです!」
「よくない」
ネイラが言った。
「リュネリア、もうやめた方がいい」
「今度はちゃんとできます!」
「やめた方がいい」
「できます!」
「やめた方がいい」
ネイラが二回言った。
リュネリアは少し不満そうに頬を膨らませる。
「今のは失敗しただけです」
「次は当たるかもしれない」
「当てません!」
「でも出た」
「次は出ません!」
言いながら、リュネリアがもう一度男の前へ両手を出した。
星の光が集まり始める。
「ひっ……!」
男が壁際で震える。
「今度は大丈夫です!」
「リュネリア」
ネイラがさらに一歩離れた。
「何ですか?」
「本当に殺すつもり?」
「違いますって!!」
「じゃあ光らせなくていい」
「でも、まだ何も聞けてません!」
「もう聞けると思う」
ネイラが男を見る。
男は激しく頷いていた。
「話す! 話します! 何でも話しますから!!」
「ほら」
「まだ質問してませんよ?」
「質問してください!!」
「でも――」
リュネリアの手の光が少し強くなる。
「全部話します!! 本当に全部話しますからそれを消してください!!」
「……すごい」
ネイラが男を見る。
「さっきより素直」
「やりました!」
「たぶんやりすぎ」
「ネイラさんに言われたくありません!」
その時、通路の向こうから足音が響いた。
「お前ら速すぎんだよ……!」
ようやく追いついた俺は、膝に手をついて息を整える。
「はぁ……ちょっと待て……マジで……俺だけ移動速度おかしくない?」
「マスター!」
「遅かった」
「お前らが速いんだよ!」
息を整えながら顔を上げる。
ネイラ。
リュネリア。
捕虜。
そして――
「…………何で壁に穴開いてんの?」
誰も答えない。
嫌な沈黙だった。
「ネイラ?」
「リュネリア」
即答。
「ネイラさん!?」
「何で!?」
「出た」
「出ちゃっただけです!」
「何が!?」
聞きたくない。
でも聞かないと駄目な気がする。
俺が頭を抱えかけたところで、壁際の男がものすごい勢いで姿勢を正した。
「何でもお聞きください!」
「……え?」
「私に答えられることであれば、すべて正直にお答えします!」
「…………」
さっきネイラから聞いた時は、武装したガルガン商会の護衛だったよな?
何で数分で新人研修初日の社員みたいになってんの?
「お前、大丈夫?」
「はい! 問題ありません!」
両頬は真っ赤。
顔色は真っ青。
背筋だけは異常に真っ直ぐだ。
「何があった?」
「何もありません!」
「絶対あっただろ!」
「ありません!」
必死すぎる。
俺はネイラを見る。
「何した?」
「少し叩いた」
「少し?」
「うん」
男の頬を見る。
絶対少しじゃない。
次にリュネリアを見る。
「お前は?」
「お手伝いしました!」
背後の壁を見る。
穴が開いている。
「……何のお手伝い?」
「お話を聞くお手伝いです!」
「どうやったら話聞くだけで壁なくなるんだよ!!」
男が勢いよく手を挙げた。
「私から説明いたします!」
「お前はちょっと落ち着け!」
「はい!」
返事が良すぎる。
怖い。
「私はガルガン商会の護衛です! 今回の任務はレイドル様と同行した四名の捜索! 八名でこの付近を調査していました! ダンジョンについては何も聞かされておりません!」
「待て待て待て! まだ何も聞いてない!」
「申し訳ありません!」
「だから謝らなくていいって!」
「はい!」
「何でそんな従順なんだよ!」
本当に何したんだ、こいつら。
ネイラはいつも通りの顔をしている。
リュネリアは満足そうだ。
男だけが異常に姿勢がいい。
その時。
ネイラの耳が動いた。
さっきまでゆっくり揺れていた尻尾も止まる。
「マスター」
声の調子が変わった。
俺もすぐ入口側を見る。
「来た?」
「うん。七人」
捕虜の男が息を呑んだ。
残りが気づいたらしい。
尋問は予定とだいぶ違う形になったけど、最低限欲しかった情報は手に入った。
こいつらはレイドルの捜索隊。
ダンジョンの存在までは知らない。
なら、今のうちに動く。
「戻るぞ! ネイラ、そいつも連れてきてくれ!」
「分かった」
ネイラが男を見る。
「歩ける?」
「歩けます!」
「走れる?」
「走れます!」
「速く?」
「死ぬ気で走ります!」
「すっげえ協力的になってる……」
俺、本当に何があったか聞かない方がいいかもしれない。
俺たちは捕虜を連れ、昨日作った迎撃区画へ走り出した。
後ろから七人。
その先には、罠と通路。
そして走りながら、リュネリアの周囲へまた淡い星の光が集まり始める。
「マスター!」
「何だ!?」
「今度は本当に撃っていいんですよね!?」
「敵が指定した場所まで入ってからな!?」
「はい!」
ネイラが横からリュネリアを見る。
「今度は出さないで」
「出しません!」
「絶対?」
「絶対です!」
「さっきも大丈夫って言ってた」
「今度は本当に大丈夫です!」
「お前ら何の話してんの!?」
誰も答えてくれなかった。
嫌な予感しかしないまま、俺たちは迎撃区画へ駆け込んだ。




