第29話 待ち伏せするつもりだったんですが、先に見つけました
迎撃区画を作った翌日。
敵はまだ来ていない。
来てほしいわけじゃない。むしろ、そのまま諦めて帰ってくれるなら大歓迎なんだけど、いつ来るか分からない相手を待ち続けるのは想像以上に落ち着かなかった。
気づけば、また管理画面を開いている。罠はあるし、通路も昨日のまま。当然だ。俺が見ていない間に勝手に改装されていたら、それはそれで怖い。
「マスター」
「ん?」
「また見てます」
隣からリュネリアが画面を覗き込んでいた。
「……念のためだよ」
「さっきも念のためって言ってました」
「いいだろ別に! 見るだけならDP減らないんだから!」
そこは重要だ。
昨日の工事で結構使ったから、しばらく数字が減るところは見たくない。
俺は管理画面を閉じた。
リュネリアは《星環泉》の近くで魔力の状態を確認していて、ネイラは朝から外へ出ている。敵が来れば、まずあいつが見つける手はずだ。
ボルドからもまだ連絡はない。準備は終わっているし、今から余計なことをしても仕方がないので、俺たちにできるのは待つことだけだった。
「……こういう時間が一番嫌だな」
何か起きてからなら動けるのに、何も起きていない間はどうしようもない。
その時、リュネリアが入口側へ顔を向けた。
「マスター。ネイラさんです」
「え?」
数秒後、俺にも足音が聞こえた。
通路の奥からネイラが現れる。走ってはいないけど、普段より明らかに速いのを見て、俺はすぐに立ち上がった。
「いた?」
「いた」
「何人?」
「八人」
来たか。
昨日まで準備していたものが、一気に現実味を持った。
ネイラが見つけたのは武装した人間が八人。男七人に女一人で、大荷物はなく、聞こえてきた会話からレイドルたち五人の痕跡を探していることも分かったらしい。
しかも、何か見つけても戦わず戻って報告しろと念押しまでされていたそうだ。
「……まともだな」
「うん」
「いや、敵にまともに動かれると困るんだよ! もっとこう、何も考えず全員で突っ込んできてくれよ!」
「来たら倒す?」
「来たらな! わざわざこっちから八人に喧嘩売るほど考えなしじゃねえよ」
せっかく昨日、DPまで使って迎撃区画を作ったんだ。戦うなら当然、こっちが有利な場所でやりたい。
リュネリアがネイラの示した方角を見る。
「ガルガン商会でしょうか?」
「たぶんな。レイドルが消れた直後に五人分の痕跡を探してる八人組が偶然その辺を歩いてたら、そっちの方が怖いだろ」
問題は、向こうがどこまで知っているかだ。
俺たちの存在まで掴んでいるのか、それとも本当にレイドルを探しているだけなのか。今のところは後者っぽいし、ならこっちから状況を変える必要はない。
「もう少し見ててくれ。近づいてきたら戻ってきてくれればいい」
「分かった」
ネイラが行こうとしたところで、ふと引っかかった。
「……待った」
「何?」
「そいつら、どうやってここまで来た?」
レイドルたちが死んだ場所から、ここまでの痕跡はできる限り消してある。普通に探しただけで、こんな近くまで来られるものなのか。
ネイラは少し考えてから答えた。
「石」
「石?」
「一人が持ってた。光ってた」
「…………」
嫌な単語が出てきた。
「それ、地面に近づけたりしてた?」
「してた」
「うわぁ、絶対ただの石じゃねえじゃん……」
この世界、こういう時だけ便利な物がちゃんと出てくる。
俺にもくれよ。
いや、今はそれどころじゃない。
「ネイラ、その石が何に反応してるか見てきてくれ! 近づきすぎなくていいからな!」
「分かった」
今度こそネイラが走り出した。
「マスター、私たちは?」
「迎撃区画で待とう。準備を万全に整えておくぞ」
「分かりました!」
返事と同時に、リュネリアの周囲へ淡い光が集まり始めた。
そのまま迎撃区画へ向かう――かと思ったら、なぜか入口側へ歩いていく。
「……リュネリア?」
「はい?」
光はどんどん強くなっている。
本人はやる気満々だ。
「どこ行くんだよ」
「準備です!」
「そうだよ! だから待つんだよ! おい待て!!」
何で準備を万全にしろって言ったら、敵に近づきながらチャージ始めるんだよ!
慌てて連れ戻し、俺たちは迎撃区画へ移動した。
昨日作った場所は何一つ変わっていない。拘束罠に分岐、リュネリアが撃つための広い通路と、ネイラが潜む細い通路。
昨日は何度も試した場所なのに、外に武装した八人がいると知っただけで妙に狭く感じる。
「リュネリア、昨日の場所な」
「はい!」
「俺が合図するまでは撃つなよ!」
「分かってます!」
「よし!」
そこだけ確認できればいい。
昨日決めたことを一から説明する必要はないし、リュネリアだって忘れているわけじゃない。
たぶん。
俺は入口側へ視線を向ける。
できれば来るな。でも来るなら、ちゃんと奥まで入ってこい。入口だけ見つけて帰るとかいう、一番嫌なことだけはしないでほしい。
それからしばらくして、通路の奥から足音が近づいてきた。
ネイラだ。
今度は走って戻ってくる。
「マスター」
「どうだった?」
「血」
「……あの石が?」
「うん。血があると光る」
「最悪じゃん!」
思わず声が出た。
死体や目立つ痕跡は処理したけど、地面に染み込んだ血まで全部消した自信なんてない。そんなものまで追えるなら、俺たちが頑張って掃除した意味が半分くらい吹っ飛ぶ。
「それ、どこまで追われてる!?」
「途中まで。今は止まってる」
「止まった?」
「血がなくなったから」
「よっしゃ!!」
思わず拳を握った。
ちゃんと掃除した俺たち、偉い。
……いや、人を殺した跡を綺麗に掃除できて喜んでいるってどうなんだ。
今は考えないことにする。
「じゃあ、まだ見つかってないんだな」
「探してる」
まあ、そう簡単には帰ってくれないよな。
痕跡は途切れたけど、この辺りを探し回られれば偶然入口へ辿り着く可能性はある。
「もう少し様子を見るか。ネイラは近くで――」
「来る」
「は?」
言い終わる前に、ネイラの耳がぴんと立った。
「一人、こっちに来る」
「もう!?」
まだ何も決めてないんだけど!
「残りは?」
「止まってる」
どうやら痕跡が途切れた辺りから、一人を先に進ませて周囲を探らせているらしい。
……まともだ。
やっぱりまともに探してやがる。
「そいつ、残りの七人から見える?」
「今は見える。でも、もう少し来たら見えなくなる」
俺は入口側を見た。
一人だけ先行して、残り七人から離れようとしている。しかも、まだこっちの入口は知らない。
「……あれ?」
これ、むしろ都合よくない?
八人まとめて相手にするつもりで昨日あれだけ準備したのに、向こうから勝手に一人になってくれるらしい。しかも生け捕りにできれば、ガルガン商会が何を知っているのか直接聞ける。
「ネイラ」
「うん」
「そいつ、七人から見えなくなったら捕まえられる?」
「できる」
「殺さずにだぞ?」
「できる」
頼もしい。
こういう時のネイラ、本当に頼もしい。
「じゃあ頼む! そいつだけ先に捕まえてくれ!」
「分かった」
ネイラが音もなく走り出す。
俺はその背中を見送り、すぐリュネリアへ振り返った。
「俺たちも動くぞ! 一人消えたら、残り七人もさすがに気づく!」
「はい!」
迎撃戦をするつもりで準備していたけど、別に八人まとめて相手をしてやる義理はない。一人になってくれるなら一人を取るし、分かれてくれるなら分かれたところを狙う。
正々堂々?
知らん。
こっちは死にたくないんだよ。
俺たちは先行したネイラを追って、入口側へ走り出した。




