第26話 報復されるらしいので、攻められる前に準備します
次の一手を適当に選ぶわけにはいかない。
情報板を閉じてそう思ったところで、目の前にはまだ二つの候補が残っていた。
一つ目は、ダンジョン内部へ侵入した存在を自動で感知し、一定範囲の情報を俺へ伝えてくれる防衛設備。
三つ目は、すでに持っている設備一つを上位段階へ強化できる特殊権限。
「……毎回思うけど、二つくれない?」
《報酬を一つ選択してください》
「はいはい」
無理なのは知っている。
分かっていても、欲しいものを三つ並べて一個だけ選べと言われたら文句くらい出る。
横ではリュネリアとネイラが俺の顔を見ていた。二人には表示が見えていないから、俺が黙っていると本当に何を悩んでいるのか分からない。
「まだ決まらない?」
ネイラが先に口を開く。
「一番も便利なんだよ。侵入者を勝手に見つけてくれる」
「それなら私がいる」
「うん。そこなんだよな」
ネイラが来る前なら、一番を選んでいたと思う。
寝ている間でも侵入者を察知してくれるなら文句なしに便利だし、見張りを置く必要も減る。
ただ、今のうちにはネイラがいる。
さっきだって、俺たちが何も気づいていない段階で五人の接近を察知していた。ボルドについていた僅かな匂いから、知らない人間が近くにいたことまで見抜いている。
自動設備ならネイラが休んでいる間も働くから、完全に役割が被るわけじゃない。それでも《勝者特権》を使わなければ埋められない穴かと言われると、少し弱い。
一方で三番。
《既存設備上位化権》
対象候補には《星泪泉》も含まれている。
「リュネリア」
「はい」
「《星泪泉》が今より良くなったらどう?」
「嬉しいです」
即答だった。
「まだ何が良くなるか分かんないぞ」
「悪くなることはないですよね?」
「……まあ、それはそう」
思ったよりまともな答えが返ってきた。
何か悔しい。
「何ですか、その顔」
「いや。普通に正論だったなって」
「私だってちゃんと考えてます!」
「知ってる知ってる。たまに火力が全部持っていくだけで」
「たまにですか?」
ネイラが横から言う。
「そこは今掘らなくていい」
話がずれる。
ただ、《星泪泉》がリュネリアの《星浴》と強く結びついているのは確かだった。
これからガルガン商会と揉める可能性が高い。その後ろにいるという先行ダンジョンマスターの噂まで本当なら、一戦して終わりとも限らない。
だったら、単純な便利設備より、今ある強みをさらに伸ばした方がいい。
「……三番にするか」
俺は光へ指を伸ばした。
《第三候補を選択しますか?》
《既存設備上位化権》
「する」
《選択を確定しました》
三つの光が消え、新しい表示が浮かぶ。
《既存設備上位化権を獲得しました》
《対象設備を選択してください》
一覧にはいくつかの設備が並んでいたが、今回は迷わず《星泪泉》を選んだ。
《対象を確認》
《設備の上位化を開始します》
直後、奥の区画から微かな振動が伝わってきた。
「わっ」
リュネリアが振り返り、ネイラの耳も同じ方向へ向く。
三人で《星泪泉》のある部屋まで移動すると、泉の周囲には以前にはなかった銀色の光が漂っていた。
水面から細かな光の粒が次々と浮かび上がり、ゆっくり天井へ昇っている。もともと普通の泉とは思えない場所だったけど、今は部屋そのものが夜空の一部を切り取ったみたいになっていた。
やがて振動が収まり、表示が切り替わる。
《上位化完了》
《星泪泉》
↓
《星環泉》
《星属性存在との共鳴効率が上昇しました》
《蓄積可能魔力量が大幅に増加しました》
《共鳴対象への魔力供給効率が上昇しました》
《共鳴対象の星属性出力上限が拡張されました》
「…………」
最後まで読んでから、俺は念のためもう一度見直した。
出力上限。
見間違いじゃない。
「リュネリア」
「はい!」
「今まで以上に強い攻撃できるようになったっぽい」
「本当ですか!?」
一気に顔が明るくなる。
いや、そこそんな嬉しい?
ただでさえ壁を壊すとかいう可愛い段階を通り越して、通路そのものを吹き飛ばす奴の最大火力がさらに上がったらしい。
前回の戦いでは、俺が「左の通路ごと潰していい」と言ったら、本当に床も壁もまとめて使い物にならなくなった。
そのさらに上。
「……もう街ごといけるんじゃない?」
「街を攻撃するんですか?」
「しないよ。何で俺が急に街を滅ぼす側になるんだよ」
「でも、マスターが必要だと言うなら――」
「そこまで忠実じゃなくていいからね?」
怖い怖い。
否定する場所そこじゃないだろ。
リュネリアは少しだけ首を傾げ、それから泉を見る。
「試してみますか?」
「どこで?」
「……あ」
「そういうこと」
今まででも通路一本が犠牲になっている。
それ以上の攻撃をここで試したら、威力を確認する前に俺のダンジョンが先に泣く。
「外なら?」
ネイラが言う。
「知らない誰かの家まで消えたら嫌だから、それもなし」
「じゃあ分からない」
「今は分からなくていいよ」
必要になった時に分かればいい。
できれば、そんな時は来ないでほしいけど。
ただ、俺が三番を選んだ価値は最大火力だけじゃない。
むしろ今の状況なら、そっちよりこっちの方がありがたかった。
《蓄積可能魔力量が大幅に増加しました》
《共鳴対象への魔力供給効率が上昇しました》
ガルガン商会が次に何人連れてくるのか、今の俺にはまったく分からない。
十人なのか二十人なのか。それとも後ろ盾だという先行ダンジョンマスターまで動いて、もっと大きな戦いになるのか。
相手の規模が読めない以上、一発の威力がさらに上がったことより、リュネリアの魔力を何度も回復させられることの方が重要だった。
リュネリアは間違いなく俺たちの最大火力だ。
でも、どれだけ強くても魔力を使い切れば終わる。
一度撃って終わりなら、どこで使うかを慎重に選ばなきゃいけない。でも《星環泉》で回復させて戦線へ戻せるなら、一戦目のあとに二戦目が来ても対応できる。
敵が何人来るか分からない。
何回来るかも分からない。
そんな状況なら、回復手段が強くなっただけでも十分すぎる。
「……うん。やっぱ三番で正解だったな」
「良かったです!」
「最大火力まで上がったのは想定外だけど」
「もっとお役に立てます!」
その言葉に嘘はない。
だからこそ、俺が使い方を間違えないようにしないといけない。
リュネリアは狙った場所にはちゃんと当てられる。威力がおかしいなら、その威力を出しても困らない場所を俺が用意すればいい。
銀色に輝く《星環泉》を見ながら、これから作る迎撃区画の形が少しだけ頭に浮かんだ。
「よし。報酬終わり」
「次は?」
ネイラが聞く。
「ガルガン商会が何人連れて殴り込みに来るか考える」
「分かった」
普通に受け入れた。
もう少し嫌そうな顔してくれてもいいんだけどな。
俺たちはボルドのところへ戻った。
レイドルたちの死体はひとまず一ヶ所へまとめてある。いつまでも通路に転がしておくわけにもいかないし、その処理も後で考えなきゃいけない。
やること増えたな。
「ボルド。ガルガン商会について聞きたい」
「何からだ?」
「こいつらが帰らなかったら、いつ頃バレる?」
ボルドは少し考えてから答えた。
「早けりゃ明日。遅くても数日だろうな」
「早くない?」
「跡取りだぞ。護衛四人連れて出て、そのまま全員消えたんだ。放っておかれると思うか?」
「まあ、無理だよな」
一週間くらい気づかないでくれたら助かったんだけど。
さすがにそこまで都合よくはいかないらしい。
「じゃあ、明日いきなりここまで来る可能性もある?」
「それは低い。レイドルが俺を尾行してたことを知ってる奴はいるかもしれねえが、ここの正確な場所まで伝えていたとは思えん」
「なら最初は捜索か」
「ああ。俺の足取りを調べるか、レイドルが最後に向かった場所を探すだろうな」
それなら、まだ少し時間はある。
少なくとも次に来る連中は、ここの場所を完全に把握して攻め込んでくる軍隊ではない。
探しに来る側だ。
「ボルドはどうする?」
「戻る」
「……いや、危なくない?」
「危ないな」
「そこ即答する?」
ボルドは肩をすくめる。
「俺まで姿を消した方がもっと怪しいだろ。レイドルが俺を追ったあと、その俺まで帰ってこなかったら、何があったか想像するのは難しくねえ」
「あー……」
それは確かにそうだ。
俺でも疑う。
「それに、向こうがどう動くか見られる奴が必要だろ」
正しい。
正しいんだけど、正しいから安心できるかというと別の話だ。
「怪しまれたら戻ってこいよ」
「そのつもりだ」
「欲張って情報集めようとするなよ」
「お前、俺を何だと思ってる」
「商人」
「なら少しくらい信用しろ」
「そこは別」
ボルドが呆れた顔をする。
すると、その横でネイラが口を開いた。
「危なくなったら戻ってきて」
ボルドが少し驚いたように見る。
「お前まで言うのか?」
「群れだから」
その一言で全部説明がつくらしい。
昨日までは干し肉を勝手に取っていた相手なのに、今日からは心配する側になっている。
「……ありがとよ」
「うん」
ネイラはそれ以上何も言わなかった。
でもボルドの方は、少しだけ嬉しそうだった。
「で、ガルガン商会の戦力は?」
話を戻すと、ボルドの表情も切り替わる。
「商会そのものが軍隊を抱えてるわけじゃねえ。ただ護衛や用心棒は多いし、金を出せば冒険者や傭兵も雇える。人数なら、お前らより圧倒的に多い」
「人数の話やめない?」
「何でだ?」
「ちょっと前に別件で傷ついた」
ボルドが怪訝な顔をした。
説明する気はない。
従属個体数二体。
あれはもう忘れた。
「強い奴もいる?」
「いる。今日の護衛より上となると、商会の専属護衛か、金で腕の立つ奴を雇うことになるだろうな」
「どのくらい?」
「相手次第だ」
「リュネリア基準だと?」
ボルドがリュネリアを見る。
少し考えてから、首を横に振った。
「分からん」
「ですよね」
「何で二人して納得してるんですか?」
「いや、お前基準にしたら大体そうなるから」
普通の護衛と、通路を消す奴を比べろと言われても困る。
問題は一人一人の強さより、数だ。
リュネリアは強い。
ネイラも一対一なら相当強い。
でも十人、二十人が同時に来れば話は変わる。
リュネリアに全部吹き飛ばしてもらう手もあるけど、それをやったら敵より先にダンジョンの方が悲鳴を上げる。
ネイラも単体相手には強いが、大人数の真ん中へ突っ込ませるような使い方は違う。
なら、数を減らせばいい。
「最初から全員で来る可能性は?」
「低いな。向こうはレイドルが死んだことすら知らねえ。まずは捜索隊だろう」
「人数は?」
「そこまでは分からん。五人かもしれんし、十人かもしれん」
五人。
十人。
それくらいなら、やりようはある。
俺が考えている間に、ネイラが口を開いた。
「来たら倒す?」
「いや。最初から全部はやめとく」
ネイラの耳が少し動く。
「一人は生かして取りたい。何も聞かずに全部倒したら、向こうのこと何も分からないままだろ」
「分かった」
「……できる?」
何となく聞くと、ネイラは逆に不思議そうな顔をした。
「殺さなければいいだけ」
「その言い方すると簡単そうだな」
たぶんこいつにとっては本当に簡単なんだろう。
そこへリュネリアが身を乗り出してくる。
「マスター、私は?」
待ってましたと言わんばかりの顔だ。
「その顔で聞くな。撃ちたいの丸分かりだから」
「違います! お役に立ちたいんです!」
「分かった分かった。だから今回は最初から、お前が撃ってもいい場所を作る」
「本当ですか?」
「そこで喜ぶの、やっぱちょっと怖いな」
「どうしてですか!」
本人は純粋なんだよな。
だから余計に扱いが難しい。
でも前回みたいに、その場で「ここなら壊していい」と判断するより、最初から撃つ前提の場所を作っておけばいい。
そうすればリュネリアは迷わず撃てるし、俺も毎回心臓に悪い思いをしなくて済む。
たぶん。
「……よし」
俺はダンジョン管理画面を開いた。
残っているDP。
増設できる通路。
罠。
壁。
部屋。
今までなら、生活しやすくするとか、探索範囲を広げるとか、そんな理由で使っていた。
今回は違う。
人間が攻めてくることを前提に作る。
相手が十人で来ても、十人まとめて戦う必要はない。
通路を分ける。
進む方向を誘導する。
罠で足を止める。
リュネリアが撃てる場所だけ広く取り、その先はネイラが一対一へ持ち込みやすい幅にする。
俺自身は全体を見られる場所へ。
逃げ道として残す通路と、最初から潰して構わない通路も分けておく。
「……これなら」
画面上で一本の通路を伸ばし、途中から二つへ分岐させる。
相手から見れば、ただの分かれ道。
でも片方は罠へ。
もう片方は、俺たちが待っている場所へ。
どちらを選んでもいい。
選んだと思って進んだ先が、こっちの都合のいい場所ならそれでいい。
「何作ってるんですか?」
リュネリアが横から覗き込んでくる。
「お前が遠慮なく撃てる場所」
「本当ですか!?」
「何でそんな嬉しそうなの」
「だって今度は、壊しても大丈夫なんですよね?」
「……まあ、そうだけど」
そう言われると急に不安になる。
ただ、間違ってはいない。
最初から壊す前提なら、俺も止める理由がない。
むしろ敵ごと綺麗に潰してくれた方が助かる。
ネイラも俺の横へ来た。
「私は?」
「お前はその先。まとまった奴らをリュネリアが崩したら、外れた奴から止める」
ネイラは画面が見えないまま、俺が指している辺りを眺める。
「狭い方がいい」
「やっぱり?」
「一人ずつ来るなら楽」
「じゃあ細めにする」
そういう具体的な意見は助かる。
俺は幅を少し調整し、曲がり角を一つ増やす。
そこから先なら、敵は後ろの仲間を気にしながら動かなきゃいけない。ネイラならその隙を使えるだろう。
正面から殴り合えば、数が多い方が有利だ。
でも、ここは俺のダンジョンだ。
道を作るのも俺。
罠を置くのも俺。
どこで戦うか決めるのも俺。
だったら、相手の人数なんてまともに受け止める必要はない。
十人で来るなら二人ずつにする。
それでも多いなら、一人ずつにする。
リュネリアが撃ちやすく、ネイラが仕留めやすい形になるまで、こっちで相手を崩せばいい。
俺は画面上の分岐を確定し、その先へ新しい通路を伸ばした。
向こうがいつ来るかは分からない。
何人来るかも、どれだけ強い奴を連れてくるかも分からない。
そこは俺には選べない。
だからこそ。
相手がここへ入ってからのことくらいは、こっちの都合で決めさせてもらう。




