第15話 対戦相手がどう見ても俺より主人公っぽいんですが
六時間あったはずの準備時間は、始まってみれば驚くほど早く消えた。
相手が誰なのかも、何人いるのかも、どんな能力を持っているのかも分からない以上、対策できることには限界がある。それでも入口から《模擬核》までの動線を何度も確認し、使えそうな罠の位置を覚え、どこまで下がれば何が使えるかを頭へ叩き込んだ。
リュネリアにも、それぞれの場所で撃っていい方向だけは念入りに伝えてある。
正直、俺自身の準備よりそっちの方が重要だった。
《00:00:05》
昨日までただの石壁だった場所、その中央へ細い光の筋が走り、数字が一つずつ減っていく。
「リュネリア」
「はい!」
「最初から全力で撃つなよ」
「分かっています!」
「本当に?」
「頑張ります!」
「不安になる返事やめて」
《00:00:01》
《ダンジョン接続を開始します》
低い音が響き、石壁に走った光が上下へ伸びた。そのまま壁そのものが左右へ割れ、今まで存在しなかった空間がゆっくりと姿を現していく。
その先にあったのは、見慣れた洞窟ではなかった。
石造りなのは同じなのに、床は平らに均され、壁には一定間隔で灯りが置かれている。通路にも十分な幅があり、その奥には金属製らしき扉まで見えていた。
昨日、一部屋を消し飛ばされた我が家とは大違いだ。
「…………」
もう設備で負けてる。
《接続完了》
《双方のダンジョンに《模擬核》を生成しました》
《勝利条件:敵対ダンジョンの《模擬核》を破壊》
《ダンジョン接続模擬戦――開始》
表示が切り替わるのと、向こう側から足音が聞こえてきたのはほとんど同時だった。
一人ではない。
二人いる。
先に姿を見せたのは、俺とそう歳の変わらなそうな女だった。
長い黒髪に、すらりとした長身。身体を覆う黒銀の軽装鎧は動きを邪魔しない形にまとめられていて、右手には細身の剣が握られている。
何より目につくのは、切れ長の金色の目だ。
初めて見る敵のダンジョンへ入ろうとしているというのに妙な焦りがなく、こちらを値踏みする視線にも落ち着きがある。立っているだけなのに、自分が強いことを疑っていないのが伝わってくる。
その少し後ろには、淡い金髪の女。
長い耳に、細身の弓。
しかも、綺麗なお姉さん系。
どう見てもエルフだった。
前衛には黒髪の美人剣士。
後衛には綺麗なお姉さんエルフの弓使い。
装備はまともで、二人の立ち位置にも隙がない。何より、互いに何をするのか分かっているような距離の取り方をしている。
対してこちらは、一部屋消えたばかりのダンジョンに、銀髪の美少女と俺。
ちなみに俺の武器はトング。
…………。
相手側、正規の主人公パーティーっぽいじゃねえか!!
何だよ、その完成された構成!
俺にも剣くれよ!
黒いやつ!
できれば炎とか出るやつ!!
「マスター?」
「何でもない。世界の配役にちょっと納得いってないだけ」
「?」
黒髪の女は接続地点の手前で足を止めると、まず俺を見て、それからリュネリアへ視線を移した。
銀髪も瞳の色も、明らかに普通の日本人ではない。
それでも女の表情に大きな変化はなかった。
「……その子も参加者?」
「いや。俺の仲間」
「そう」
それ以上は聞いてこない。
ただし、視線は止まっていなかった。
リュネリアの服装から手元、俺との距離まで順番に確認し、最後にもう一度俺へ戻ってくる。
何ができるのか探っている。
たぶん、かなり頭が回る。
嫌だな。
こういう相手。
「そっちは?」
「天城麻耶奈」
女は短く名乗り、その後ろで長い耳を持つ女も小さく頭を下げた。
「セシルと申します」
「大隅詩」
俺も名乗り返す。
麻耶奈の視線が、今度は俺の手元へ落ちた。
当然、何も持っていない。
「武器は?」
「ない」
「……そう」
何だ、その一瞬かわいそうな奴を見る目は。
あるからな。
トング。
言わないけど。
「麻耶奈様」
後ろのセシルが静かに声をかけた。
「油断なさらずに。あちらの二人、戦力が読めません」
「分かっているわ」
「でしたら、もう少し慎重に」
「私は十分慎重よ」
「その台詞を仰りながら敵陣へ入ろうとしております」
麻耶奈が一瞬だけ黙った。
「…………援護をお願い」
「承知しました」
羨ましい。
向こう、ドジっ子要素ゼロじゃないか。
会話までちゃんとしてる。
冷静で強そうな美人ダンジョンマスターに、綺麗なお姉さんエルフが冷静に補佐してくれる。
何その当たりパーティー。
俺は隣を見る。
リュネリアと目が合った。
「なんですか???」
心の底から分かっていない顔だった。
「…………はぁ」
思わずため息が漏れる。
するとリュネリアが、何かを察したように表情を明るくした。
「大丈夫ですよ!」
「何が?」
「緊張しなくても、私がいますから!」
「…………」
違う。
そうじゃない。
でも、満面の笑顔で胸を張っているリュネリアを見ていたら、訂正するのも何か違う気がしてきた。
「……頼りにしてるよ」
「はい!」
嬉しそうなので、まあいいか。
ドジっ子だけど。
その時、麻耶奈が剣を構えた。
直後、刀身を覆っていた黒銀の金属が動き始める。
「……は?」
液体みたいに表面が流れたかと思えば、刀身が細く、長く伸びていく。柄まで形を変え、ほんの数秒前まで剣だったものが、俺の目の前で一本の槍へ作り変えられた。
格好いい。
普通に格好いい。
《対象情報を確認》
《ダンジョンマスター:天城麻耶奈》
《固有能力:解析不能》
名前以外は分からない。
だが、今起きたことくらいは俺にも見える。
武器を変形させたのか、それとも材料そのものを作り直したのか。細かい条件までは不明でも、少なくとも状況に合わせて武器を変えられる能力なのは間違いなさそうだ。
しかも本人が前衛として戦うらしい。
見た目はいい。態度も落ち着いている。そのうえ、武器を自在に作り変える能力まで持っていて、後ろにはエルフの弓使いまで控えている。
……何だよ、その俺TUEEE系みたいな能力。
ずるくない?
俺の能力なんて勝った後に三択が出るだけだぞ。
いや、強いけど!
めちゃくちゃ嬉しい能力だけど!
戦闘中には何もしてくれない!
「マスター」
リュネリアの声で意識を戻す。
いつの間にか、麻耶奈が槍を構えていた。
さっきまでの会話の空気は、もうない。
「来るぞ」
◇
最初に踏み込んできたのは麻耶奈だった。
接続境界を越えた瞬間に一気に速度を上げ、そのままリュネリアへ向けて槍を突き出す。
「リュネリア、右!」
俺の声に反応してリュネリアが身体をずらし、鋭い穂先が脇を抜けていく。
避けたと思った直後、槍の形が変わった。
長い柄の先端から黒銀の金属が横へ広がり、そのまま刃を作る。リュネリアはすぐに後ろへ跳び、次の瞬間には、さっきまで槍だった長柄の斧が目の前を薙いでいた。
何でもありかよ。
しかも麻耶奈は、振り抜いて終わりじゃない。
斧の勢いを利用して身体ごと踏み込みながら柄を縮め、今度は片手剣へ変える。相手との距離が変わるたびに最適な形へ切り替えているらしく、ただ能力が派手なだけじゃなく、本人の動きまで普通に上手い。
「下がれ!」
リュネリアが後退する。
麻耶奈は追う。
その距離が嫌だった。
常に近い。
リュネリアに大きく距離を取らせず、何かする前に自分の間合いへ押し込んでいる。
まだ一発も魔法を見せていないのに、正体不明の相手へ好きな距離を作らせないようにしているのだとすれば、やっぱり偶然じゃない。
「マスター!」
「まだ撃つな!」
その言葉を聞いた瞬間、麻耶奈の金色の目がわずかに俺へ動いた。
まずい。
こいつ、俺の指示まで情報として拾ってる。
だったら余計なことは言えない。
麻耶奈の剣をリュネリアが避けた、その直後。
ヒュッ、と風を裂く音がした。
「危なっ!?」
反射的に首を引くと、俺の頬すれすれを矢が通過し、そのまま背後の石壁へ深く突き刺さった。
セシルだ。
もう二本目の矢を番えている。
「麻耶奈様、右から回り込まれます」
「見えてるわ。次は足を止めて」
「承知しました」
「おい待て!!」
麻耶奈が剣を構えたまま、ちらりと俺を見る。
「何?」
「二人がかりは卑怯だろ!」
「……そちらも二人でしょう?」
「俺は無力だぞ!!」
「堂々と言うこと?」
「事実だからな!」
「なら先にあなたを倒せば一対一ね」
「発想が怖い!!」
言った直後、本当に麻耶奈の向きが変わった。
こっち来た!
走る。
正面から戦う気なんて一切ない。
勝てるわけないだろ!
その俺の逃げ道を読んだように、再び風を裂く音が響いた。
横へ身体を投げると、ほんの一瞬前まで足があった場所に矢が突き刺さる。
「この卑怯者!!」
もちろん、本気ではない。
使えるものを全部使って何が悪い。
俺だって使う。
だからこそ、相手が使うのはやめてほしい。
麻耶奈が迫ってくる。
逃げるだけなら、いずれ追いつかれる。
でも、ここまで来ること自体は想定していた。
床に付けておいた目印を確認しながら後退する。
あと三歩。
二歩。
最後の一歩で、仕込んでいた場所を越えた。
「リュネリア!」
俺が横へ飛ぶのと同時に、待っていたリュネリアの手元から光が放たれた。
一直線に飛んだ光弾を見て、麻耶奈の目が見開かれる。
それでも反応は速かった。
握っていた剣を手放すのではなく、その場で黒銀の金属を一気に広げて盾へ作り変える。
轟音。
光と盾が正面から衝突し、麻耶奈の身体が後方へ押し戻された。
それでも倒れない。
盾には大きな亀裂が走っているが、確かに防いだ。
「魔法……火力型ね」
麻耶奈がリュネリアを見る。
初めて、はっきりとした警戒がその表情に浮かんだ。
俺は何も言わない。
そう思っててくれ。
「今ので壊れないんですか!?」
リュネリアが驚いた声を上げる。
「お前は余計なこと言わなくていい!」
「でも、もう少し強く撃てば――」
「それも言わなくていい!!」
危ねえ!
こいつが一番情報漏らす!
麻耶奈の目が細くなる。
何か考えてる。
まずい。
俺はわざと一歩前へ出た。
「おい、美人」
「何?」
「盾、壊れかけてるぞ」
「見れば分かるわ」
「なら次は無理じゃない?」
「安い挑発ね」
乗らない。
ちくしょう。
本当にやりづらい。
麻耶奈が盾を再び剣へ作り変え、そのまま俺へ向かって踏み込んでくる。
避けきれない。
なら。
俺は何も持っていない右手を前へ出した。
麻耶奈の剣が届く、その寸前。
出ろ。
銀色のトングが手の中へ現れた。
ガチンッ!!
金属同士が噛み合う硬い音が響く。
「――!」
挟んだ。
トングの先端が剣身へ食いつき、そのまま固定されている。
麻耶奈が反射的に剣を引いた。
「うぉっ!?」
俺の身体ごと持っていかれた。
靴底が石床を滑り、肩が抜けそうになる。
待て待て待て!
そうだった!
挟めるだけで俺の腕力が上がるわけじゃない!
「……離れない?」
麻耶奈の表情が、初めて大きく崩れた。
「そういう装備なんだよ!」
「それが?」
視線がトングへ落ちる。
「……トング?」
「言うな!!」
自覚あるんだよ!
向こうは黒銀の剣。
こっちはトング。
絵面では完全に負けてる。
だが、性能まで負けたわけじゃない。
麻耶奈がもう一度強く引く。
腕力で競えば絶対に勝てない。
なら、競わなければいい。
消す。
手の中からトングが消えた瞬間、強く引いていた麻耶奈の身体が抵抗を失い、ほんのわずかに後ろへ流れた。
俺はすぐ横へ逃げる。
その先。
麻耶奈の踏み込んだ足が、仕込んでおいた床を踏む。
カチッ。
「――!」
床の一部が沈み、麻耶奈の体勢が崩れた。
「リュネリア!」
今度こそ。
そう思った瞬間だった。
光が放たれるより先に、一本の矢が射線へ割り込む。
リュネリアが反射的に横へ避け、発射が遅れた。
その一瞬で麻耶奈は罠から抜け出す。
「セシル!」
「はい!」
二本目は俺へ飛んできた。
「うぉっ!?」
また逃げる。
強い。
普通に強い。
麻耶奈一人でも厄介なのに、セシルがその隙を綺麗に埋めてくる。俺が罠へ誘導しようとすれば矢が飛び、リュネリアに距離を取らせれば麻耶奈が詰める。俺が麻耶奈の注意を引けば、今度はセシルが俺を狙ってくる。
俺たちは昨日会ったばかりだ。
向こうの二人がどれくらい一緒にいるのかは知らないが、少なくとも今の連携では完全に負けている。
そして何より、ここは狭い。
俺たちのダンジョンだ。
リュネリアが撃つたびに、俺は敵の位置だけじゃなく、射線の先にある壁や設備、《模擬核》まで考えなきゃならない。
麻耶奈は、その事情を知らない。
知らなくていい。
だから俺は何も言わない。
攻防が続く。
俺の罠も、一度見せれば警戒される。
トングも同じだった。
二度目に右手を前へ出した瞬間、麻耶奈の踏み込みがぴたりと止まる。
「…………」
来ない。
「何だよ」
「それ、出すつもりでしょう」
「…………」
一回でバレた。
「何も出さないけど?」
「右手だけ不自然よ」
「観察力高すぎない?」
「あなたが分かりやすいのよ」
何だよ。
俺TUEEE系の能力持ってるくせに頭まで使うなよ。
その後も何度か攻防を繰り返し、少しずつ押し込まれる。
リュネリアが一発撃てば麻耶奈が防ぎ、その隙にセシルが矢を射る。俺が罠を使って流れを変えようとしても、一度見た場所へ麻耶奈は近づかない。
そして何度目かの踏み込みで、とうとう剣先が俺の肩を浅く裂いた。
「いっ……!」
熱い。
遅れて鋭い痛みが走り、反射的に肩を押さえる。
「マスター!」
「平気だ!」
息を吸う。
めちゃくちゃ痛い。
「めっちゃいてぇけど浅い!」
「それ平気なんですか!?」
「動けるなら平気!」
「基準がおかしいです!」
そう言いながら、リュネリアが俺を庇うように前へ出た。
当然、麻耶奈はそこを逃さない。
一気に距離を詰めようとする。
でも。
そこは駄目だ。
俺は麻耶奈本人ではなく、その進行方向にある床を指した。
「リュネリア、左奥!」
「はい!」
リュネリアの掌から光が走る。
狙ったのは麻耶奈じゃない。
その手前。
光弾が石床へ叩き込まれた瞬間、砕けた床材と爆風が通路いっぱいに広がった。
麻耶奈が踏み込みを止め、盾を作りながら後退する。
後ろにいたセシルも射撃を中断して距離を取った。
よし。
直接当てる必要なんてない。
リュネリアの火力なら、近づけなくするだけでも十分使える。
「もう一発いけます!」
リュネリアが嬉しそうに腕を上げる。
「お前は黙って構えろ!」
「はい!」
だから嬉しそうに返事するな。
再び光が集まり始める。
麻耶奈はそれを見た瞬間、割れた盾を捨て、今度は新しい盾を作りながらセシルの前へ立った。
完全に止まった。
俺はリュネリアの横顔を見る。
それから麻耶奈。
撃たせるか。
いや。
今はいい。
「待て」
「はい!」
リュネリアの掌に集まっていた光が、ゆっくり消えていく。
麻耶奈の眉がわずかに寄った。
たぶん、嫌だっただろう。
撃つと思ったら撃たない。
自分を狙うと思ったら床へ撃つ。
次はどこへ撃つか分からない。
しかも、一発ごとの威力は近接戦で無視できるようなものじゃない。
もちろん、こっちだって余裕があるわけじゃない。
俺は肩を斬られている。
罠もいくつか見せた。
リュネリアだって、この場所で好き放題撃てるわけじゃない。
でも。
それを教える必要はない。
数秒の間、誰も動かなかった。
麻耶奈が前へ出ようとすれば、リュネリアの掌が上がる。
俺が床や壁へ視線を向ければ、セシルの目がその先を追う。
さっきまで勢いよく押し込んできていた二人の動きが、明らかに慎重になっている。
俺たちが強くなったわけじゃない。
ただ、向こうに考えなきゃいけないことが増えた。
罠。
俺。
リュネリア。
撃つ場所。
撃つタイミング。
それだけあれば。
少なくとも、好き勝手には進ませない。
「……なるほど」
麻耶奈が小さく呟いた。
金色の目が俺を見る。
次にリュネリア。
最後に、俺たちの背後へ続く通路。
それだけで、何を考えているのか何となく分かった。
このまま進むか。
それとも。
「セシル」
「はい」
「下がるわ」
来た。
セシルは驚かなかった。
俺たちの位置と砕けた床を一度確認してから、すぐに頷く。
「同意いたします。これ以上進めば、こちらの危険が増えるばかりです」
麻耶奈の盾が細く縮み、再び剣へ戻った。
ただし、構えは解かない。
「あなたの罠を警戒しながら、その子まで相手にして進むのは効率が悪いわ」
俺は答えない。
「それに、ここはあなたのダンジョン。地形も罠も、あなたの方が把握している」
そこまで分かってるなら、そのまま帰ってくれないかな。
もちろん無理だろうけど。
麻耶奈は一歩ずつ、こちらを警戒しながら後退していく。
そして。
「籠城なら、私の方が得意よ」
ああ。
そっちか。
押せないなら、無理に押さない。
こっちを自分の得意な場所へ引き込む。
判断が早い。
しかも合理的。
俺TUEEE系ならそのまま脳筋で突っ込んでこいよ。
頭まで回るの反則だろ。
「逃げるの?」
リュネリアが首を傾げる。
麻耶奈の眉がぴくりと動いた。
「撤退よ」
「同じでは?」
「違うわ」
「そうなんですか?」
「リュネリア、そこ掘るな」
絶対面倒になる。
麻耶奈とセシルは互いを庇える距離を保ったまま接続境界まで下がる。
最後まで隙がない。
追撃しようと思えばできる。
でも、しない。
ここで無理に追えば、今度はこっちが向こうの用意した場所へ飛び込むことになる。
境界を越えたところで、麻耶奈が振り返った。
「来なさい、大隅」
「嫌って言ったら?」
「そのまま引き分けを狙えば?」
「勝利報酬なくなるだろ」
「……やっぱりそれ目当てなのね」
「大事だろ!」
報酬だぞ。
しかも勝利報酬。
さらに《勝者特権》まで発動するかもしれない。
ここまでやって手ぶらとか絶対嫌だ。
麻耶奈は呆れたように息を吐いた。
「なら追ってきなさい。今度は私のダンジョンで相手をしてあげる」
「言われなくても行くよ」
「そう」
「でもちょっと待って」
「何?」
「肩痛いから」
「…………」
「そんな顔すんなよ! お前が斬ったんだろ!」
返事はなかった。
麻耶奈はセシルと共に、そのまま奥へ消えていく。
足音が完全に聞こえなくなってから、俺はようやく肩から手を離した。
血は出ている。
でも、本当に浅い。
模擬戦が終われば元に戻るとはいえ、痛みまで消してくれるわけじゃないのが腹立つ。
「マスター、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。これくらいなら動ける」
リュネリアが心配そうに傷を見る。
その表情を見ながら、俺は接続された向こう側へ視線を向けた。
罠はある。
絶対にある。
麻耶奈本人も強い。
セシルまでいる。
しかも向こうは、わざわざ籠城を選んだ。
普通に考えれば、追うのは嫌だ。
ものすごく嫌だ。
でも。
《模擬核》を壊さなければ勝てない。
勝たなければ報酬もない。
なら。
行くしかない。
「リュネリア」
「はい!」
「追うぞ」
「はい!」
返事を聞いて、俺は境界へ向かって歩き出した。
その直前。
一度だけ、自分たちのダンジョンを振り返る。
昨日リュネリアに一部屋消された。
《星泪泉》がある。
寝床がある。
大した物はまだないけど、俺たちがここへ来てから手に入れた物が少しずつ増えている。
だから、ここでは撃たせられない。
俺まで巻き込まれるし、壊されたら困る物が多すぎる。
でも。
視線を前へ戻す。
接続境界の向こう。
あそこは違う。
あっちは麻耶奈のダンジョンだ。
俺の寝床もない。
《星泪泉》もない。
壊れて困る物もない。
「……マスター?」
俺が黙っていたからか、リュネリアがこちらを覗き込んできた。
「いや」
肩の痛みを確かめながら、境界の向こうを見る。
「ちょっと思っただけ」
「何をですか?」
俺は答えず、一歩踏み出した。
ここから先。
困るのは俺たちじゃない。




