第14話 ようやく休めると思ったんですが、次はダンジョン同士で戦うそうです
異世界に来てから、どれくらい経ったのだろう。
正確な時間を確認する方法はないが、体感ではとっくに一日分以上は働いた気がする。狼に襲われ、リュネリアを召喚し、馬鹿みたいに硬い亀をひっくり返し、食料を探しに森へ出れば植物に食われかけた。
ようやく帰ってきたと思ったら、一部屋消えた。
その直後には大型犬ほどある鼠が十二体。
そして、それを全部片づけた結果として俺が手に入れたものが――。
「…………」
銀色のトングだった。
《希少装備・万能トング》
何度見てもトングである。
先端が少し長く、銀色の表面に細かな紋様が入っていることを除けば、俺の知っているトングから大きく外れてはいない。
剣ではない。
魔杖でもない。
黒炎も出ない。
なのに《希少装備》。
「まあ……使うけどさ」
床には、さっき倒した牙洞鼠の死骸が残っている。
さすがにこのまま寝る気にはならない。
俺はトングで落ちていた牙を挟んだ。
カチッ。
軽く握っただけなのに、牙は先端へぴたりと固定された。
少し振ってみる。
落ちない。
もう少し強く振っても、やっぱり落ちない。
「おお」
地味だけど、ちゃんと性能はいい。
牙をまとめた場所へ置き、今度は血で汚れた毛皮の切れ端を挟む。これも問題なく掴めた。
魔物の素材なんて、毒があるかもしれないし、変な液体が付着している可能性だってある。正体不明の物を素手で触らなくて済むだけでも、今の俺には十分ありがたい。
「……普通に便利だな」
「よかったですね!」
振り返ると、リュネリアが赤い果実を食べていた。
戦いの前に「終わったらな」と約束したので渡したのだが、よほど気に入ったらしい。大事そうに両手で持ちながら食べている。
「でも、もう少し格好いい物が欲しかった」
「格好いいですよ?」
「本当に?」
「はい!」
「どの辺が?」
リュネリアがトングを見る。
少し考える。
「銀色です!」
「そこしか見つからなかったんだな」
まあいい。
俺は牙をもう一本拾おうとして――ふと、トングを消せないかと思った。
召喚権で呼んだリュネリアとは違うが、これはシステムから与えられた装備だ。こういう物なら、持ち歩くための何かがあってもおかしくない。
意識を向けてみる。
次の瞬間、手の中からトングが消えた。
「……お?」
視界を確認すると、《希少装備・万能トング》の表示は残っている。
もう一度、出すことを意識する。
空だった右手に銀色のトングが現れた。
「おお」
消す。
出す。
消す。
出す。
右手を軽く開いた状態から、握る動作に合わせて出してみる。
トングが手の中へ収まる。
「…………」
もう一回。
消す。
右手を前へ出す。
出す。
銀色のトングが、一瞬で手の中に現れた。
「……いいな」
「マスター?」
「これ、ちょっと格好よくない?」
「トングがですか?」
「出し方が」
剣だったら完璧だった。
いや、黒い剣だったらもっといい。
何なら右目が赤く光って、黒炎でもまとってくれれば文句なしだった。
小学生の頃なら三時間は遊べる。
……二十一歳の今でも、ちょっと楽しい。
「実用性を確認してるだけだからな」
「私、何も言ってませんよ?」
「先に言っといた」
消す。
出す。
やっぱりちょっと格好いい。
俺は三回目をやろうとして、リュネリアがじっと見ていることに気づいた。
「…………」
「…………」
「何」
「楽しそうだなと思って」
「片づけるぞ」
トングを出したまま、俺は作業へ戻った。
別に楽しくない。
ただ、出し方がいい。
それだけだ。
本当だぞ!!
◇
一通り片づけを終える頃には、さすがに身体が重くなっていた。
考えてみれば、異世界へ来てから一度もまともに休んでいない。腹も減っているし、何より眠い。
俺も赤い果実を一つ食べ、《星泪泉》の水を飲みながら周囲を見回す。
石の床に、石の壁。
ベッドなし。
毛布なし。
枕なし。
食事は名前も知らない赤い果実で、少し離れた場所には巨大鼠の死骸がまとめて置いてある。
昨日までは普通にコンビニへ行ける世界にいたはずなのに、文明からの転落速度がすごい。
「……今日ここで寝るのか」
森から持ち帰った葉と蔓を適当に重ね、少しでも石床の硬さを誤魔化す。
寝床と呼ぶには悲しい出来だったが、何もないよりはマシだろう。
そこで隣を見る。
リュネリアが壁際に座っていた。
背筋を伸ばし、入口をじっと見ている。
「……リュネリア」
「はい?」
「何で座ってんの?」
「休んでいます!」
「それ夜警っていうんだよ」
本人は本気だった。
俺が寝ている間も見張っていれば、何かあった時すぐに動けるとでも考えているのだろう。
第13話であれだけ言ったのに、こいつの中では「勝手に外へ行かない」と「休む」が別々に処理されているらしい。
「俺が寝てる間、お前も休むって約束したよな?」
「はい。ですから、ここで休んでいます!」
満面の笑顔。
駄目だ。
言葉の定義から潰さないと止まらない。
「横になれ」
「ですが、寝てしまったらマスターを――」
「命令」
リュネリアが目を丸くした。
しばらく俺を見ていたが、やがて諦めたように隣へ横になる。
これでいい。
ようやく休める。
「……マスター」
「何」
「目は開けていてもいいですか?」
「寝ろ」
「はい……」
そこで会話を切った。
石床の硬さは葉っぱ程度では誤魔化せないし、身体のあちこちも痛い。それでも疲労の方が圧倒的に勝っていたらしく、目を閉じると意識は思ったより簡単に沈んでいった。
◇
目を覚まして最初に見えたのは、昨日と変わらない石の天井だった。
身体を起こしながら周囲を確認する。
壁。
ある。
入口。
ある。
《星泪泉》。
ある。
知らない穴も通路も増えていないし、昨日消えた第三区画以外はちゃんと残っている。
「……家がある」
思わず声が漏れた。
「もちろんです!」
すぐ隣から返事が来た。
リュネリアが起き上がり、少し得意げに胸を張る。
「約束しましたから!」
「お前、やればできるじゃん」
「はい! 一度も外に出ませんでした!」
「偉い」
「敵も探していません!」
「偉い」
「魔法も撃ってません!」
「……普通なんだよ、それ全部」
昨日のこいつを知っているせいで、本気で褒めそうになった。
少なくとも寝ている間に我が家がオープンテラス仕様になる事態は避けられたらしい。
眠ったことで、頭もだいぶまともになった。
改めて周囲を見ると、問題はいくらでもある。
まず寝床。
昨日の葉っぱでは腰が死ぬ。
食料も赤い果実だけでは心許ないし、保存場所も必要になる。倉庫も欲しいし、道具も増やしたい。入口の防御も強化したいし、昨日一部屋消えたせいで生活空間そのものが足りていない。
風呂も欲しい。
あと便所。
そこまで考えたところで、異世界生活に急激な現実味が増したので一旦思考を止めた。
とにかく、今日から少しずつここをまともな家にしていくしかない。
さて、何から手をつけるか。
そう考えた瞬間だった。
《緊急告知》
視界の中央に、赤い文字が割り込んだ。
俺の足が止まる。
《全ダンジョンマスターへ通知》
《共通緊急クエストが発生しました》
同時に、共通通信の未読数が猛烈な勢いで増え始めた。
開く。
《は!?》
《なんだこれ!?》
《待て、まだ初日だぞ!》
《緊急クエストって何すんだよ》
《誰か内容読んだ奴いる!?》
《また殺し合いか!?》
流れが速すぎる。
追うだけ無駄だ。
俺はすぐ通信を閉じ、クエスト詳細を開いた。
《共通緊急クエスト》
《ダンジョン接続模擬戦》
「……模擬戦?」
続きを読む。
《参加ダンジョンを一対一で選定》
《選定された二つのダンジョンを一時接続します》
《接続後、双方のダンジョン内に《模擬核》を生成》
《勝利条件:敵対ダンジョンの《模擬核》を先に破壊》
《模擬戦終了後、戦闘によって発生した参加者・配下・ダンジョン構造物への損傷は復元されます》
そこまで読んで、少しだけ肩の力が抜けた。
少なくとも、いきなり本物のダンジョンコアを賭けて殺し合えという話ではないらしい。
ただし。
《模擬戦中に受ける痛覚・疲労・恐怖等は通常時と同様です》
「そこは再現すんのかよ」
親切なんだか不親切なんだか分からない。
さらに下を見る。
《勝利報酬:あり》
俺の目が止まった。
「…………」
もう一度見る。
《勝利報酬:あり》
その下には、俺にしか見えない固有能力。
《勝者特権》
「…………待てよ」
普通の勝利報酬がある。
そして《勝者特権》は、これまで明確な勝利を条件に発動してきた。
模擬戦でも発動するなら――。
「これ、勝ったら二重取りできるんじゃない?」
「負けたらどうなるんですか?」
いつの間にか隣へ来ていたリュネリアが、俺の顔を見上げていた。
「その話は今してない」
「大事だと思います!」
「今は勝った時の話をしてるの!」
せっかく報酬が二つも手に入るかもしれないのに、負けた時の話なんてしたくない。
縁起でもない。
俺は続きを確認する。
《対戦相手はランダムに決定されます》
《準備時間:06:00:00》
《準備時間終了後、ダンジョン接続を開始します》
六時間。
昨日と同じ狭いダンジョン。
戦力は俺とリュネリア。
相手がどんな奴なのかも、どんな固有能力を持っているのかも分からない。
しかも今回は、守っているだけでは勝てない。
相手のダンジョンへ入り込み、《模擬核》を壊す必要がある。
「マスター」
さっきまでの柔らかい表情を消し、リュネリアが俺を見る。
「戦うんですか?」
「そうなる」
「相手は?」
「別のダンジョンマスター。俺と同じ候補者だ」
リュネリアは少し考え、自分たちのダンジョンを見回した。
入口。
短い通路。
残っている部屋。
そして、昨日自分が消した第三区画跡。
「……六時間ですね」
「ああ」
「では、撃っていい場所を増やしましょう!」
「何で防御より先に射線増やそうとしてんの!?」
「だって、相手のダンジョンなら――」
リュネリアの顔が、ぱっと明るくなった。
「私たちのお家じゃありません!」
「お前それ絶対楽しみにしてるだろ!!」
「活躍できそうです!」
訂正。
こいつは一切ブレていなかった。
俺は頭を抱えかけて――止まる。
待て。
昨日まで、リュネリアの最大の問題は火力そのものじゃなかった。
撃った先に、俺たちの家があることだった。
だが今回は違う。
相手のダンジョンへ入ってしまえば。
俺はリュネリアを見る。
リュネリアも俺を見る。
「……お前」
「はい!」
「敵のダンジョンなら、かなり撃てるな」
「はい!!」
返事がでかい。
ものすごく嬉しそうだった。
駄目だ。
相手が誰か知らないけど、先に謝っておこう。
たぶん、うちの星霊族がそっちの壁を何枚か消す。




