第13話 十二体来たんですが、敵より味方の火力が怖いです
「そこは言い切ってくれよ!!」
俺の叫びが石造りの通路に響いた。
視界の端では、赤い点が十二個、こちらへ一直線に近づいている。
ついさっき、一部屋なくなったばかりだというのに。
しかも、あれはまだ運がよかった方だ。
俺が咄嗟に何もない方向へ撃たせたから、第三区画の消滅だけで済んだ。
少し角度が違っていたら、近くにあった《星泪泉》まで巻き込んでいた可能性がある。
考えたくもない。
「マスター、大丈夫です!」
「何が?」
「今度こそ、ちゃんとお役に立ちます!」
「その意気込みが一番怖いんだよ!」
「えっ」
「さっきも役に立とうとしてただろ?」
「はい!」
「で、一部屋消えた」
「……はい」
「俺が撃つ方向変えなかったら、《星泪泉》まで巻き込んでたかもしれないからな?」
リュネリアが固まった。
ゆっくりと泉の方を見る。
「…………」
「今さら怖くなった?」
「マスター」
「何」
「《星泪泉》がなくなったら、私、《星浴》できません」
「そこなんだ」
「魔力を回復できなくなります!」
「いや、俺も困るから大事なんだけどさ。急に自分事になったな?」
「絶対に壊せません!」
さっきまでより明らかに覚悟が決まった顔で、リュネリアが胸の前で両手を握る。
「今度は、マスターのお役に立ちながら、部屋も泉も守ります!」
「威力調整は?」
「……できます?」
「気をつけてくれ!! ほんとに!!」
「はい!」
返事だけは頼もしい。
悪気はない。
むしろ逆だ。
本気で役に立とうとしている。
その善意が一歩間違えると施設ごと消し飛ぶから、こっちは胃が痛い。
俺は簡易地図を開いたまま入口へ向かった。
リュネリアもすぐについてくる。
「外で迎え撃たないんですか?」
「今回は中まで入れる」
「中へ?」
「試したいことがある」
森で《捕食蔓樹》を倒した時、《勝者特権》は発動しなかった。
一方、最初の牙狼はダンジョン内。
岩殻大亀も、最後はここへ引き込んで仕留めた。
まだ断定できるほど試行回数はない。
ただ、一番分かりやすい違いは場所だ。
「たぶん《勝者特権》は、ダンジョンの中で勝った時しか出ない」
リュネリアが黙った。
「どうした?」
「……ということは」
「うん」
「外で倒すと、マスターが報酬をもらえません」
「その可能性が高い」
リュネリアの表情が一気に真剣になる。
「それはいけません」
「だな。だから中へ――」
「私が全部捕まえてきます!」
「何で一番面倒な方法選んだ?」
「えっ」
「向こうからこっち来てるんだぞ。入口開けとけばいいだろ」
「……なるほど!」
「今の間で俺ちょっと不安になったぞ」
「でも、逃げる敵がいたら私が捕まえます!」
「それは助かる」
「抱えて連れてきます!」
「いや待て。大型犬サイズの鼠を抱えたら両手塞がるだろ。途中で噛まれたらどうする?」
「押さえます!」
「何で?」
「足で!」
「絵面がひどい!!」
鼠を両腕に抱えて、別の鼠を足で押さえる美少女。
異世界初日に見たい光景じゃない。
「とにかく今は向こうから来てる。余計な仕事を増やすな」
「でも、マスターのお役に――」
「入口まで誘導してくれた方が役に立つ」
リュネリアが止まった。
「……そちらの方が?」
「圧倒的に」
「分かりました!」
切り替えが早い。
「では、全部中へ入れましょう!」
「……まあ、そうなるよな」
「入ってきたところを、まとめて吹き飛ばします!」
「場所を選べばそれでいい」
「では、その後は外にいる敵も探して――」
「行かない」
「まだ戦えます!」
「知ってる」
「魔力もいっぱいです!」
「それも知ってる」
「疲れたら《星浴》できます!」
「だから止まらなくなるんだよ!」
回復施設を手に入れたせいで、働き者に休む理由がなくなってしまった。
しかも、こいつは俺が止めなければ普通に一人で動く。
俺が寝ている間に、
『マスター! お役に立とうと思って、新しい敵を倒してきました!』
とか言いながら帰ってきて、その後ろには昨日まで存在していたはずの壁がない。
……あり得る。
めちゃくちゃあり得る。
壁だけならまだマシか。
《星泪泉》がなくなってる。
入口が広くなってる。
知らない通路が増えてる。
最悪、ダンジョンそのものが半分くらい開放的な間取りになってる。
俺が寝ている間にダンジョン崩壊。
笑えない。
「……リュネリア」
「はい!」
「俺が寝てる間に、一人で敵探しに行くの禁止な」
「えっ」
「今『役に立てるのに』って顔しただろ」
「少しだけ……」
「その少しで俺の家がなくなる可能性あるからな!?」
「壊しません!」
「今日一部屋消した奴の宣言を、今日中に信用できると思う!?」
「では、起こします!」
「そうしてくれ! 勝手に戦うより百倍いい!」
「何時でも起こして大丈夫ですか?」
「頼むからお前は、ずっと働こうとすんな!!」
「でも、私がたくさん働けば、マスターのお役に立てます!」
まだ行く気か。
これは駄目だ。
普通に「休め」と言ったところで、俺が寝た後に『少しだけなら』とか言って出ていく可能性がある。
ここは命令するより、本人から休む気にさせた方がいい。
「リュネリア」
「はい!」
俺は少しだけ声を落とした。
「お前さ。今、俺の仲間って一人しかいないんだぞ」
「……はい?」
「だから、無理しすぎるな」
リュネリアがぱちぱちと瞬きをする。
「魔力があるから大丈夫とか、《星浴》すれば回復できるとか、そういう問題じゃない。お前に何かあったら俺が困る」
「マスター……」
効いた。
分かりやすいくらい効いた。
リュネリアの表情がふわっと緩む。
よし。
もう一押し。
「だから俺が休む時は、お前もちゃんと休め。勝手に外へ出たり、敵を探しに行ったりするな。何かあったら俺を起こせ」
「……私のこと、そんなに心配してくださってるんですか?」
「当たり前だろ」
嘘ではない。
嘘ではないが、今の目的の半分くらいは、俺が朝起きた時にダンジョンの間取りが変わっていないようにするためだ。
仲間は大切。
我が家も大切。
どっちも守れるなら、言い方くらい選ぶ。
「一人しかいない大事な仲間なんだから」
「……!」
リュネリアの頬が少し緩んだ。
よしよし。
そのまま『一人で勝手に動かない』までセットで覚えてくれ。
「分かりました!」
「おう」
「マスターが寝ている時は、私もちゃんと休みます!」
「よし」
「勝手に外にも行きません!」
「よし!」
「敵を見つけても、先にマスターを起こします!」
「完璧!」
勝った。
今日一番綺麗な勝利かもしれない。
《勝者特権》が出てもいい。
「その代わり!」
「ん?」
「マスターが起きたら、いっぱいお役に立ちます!」
「……まあ、それは」
「今日の分まで!」
「貯めるな!!」
休ませた分を翌日に繰り越す制度なんて採用した覚えはない。
入口の向こうから、複数の足音が響いてきた。
《敵性個体を確認》
《牙洞鼠》
《危険度:低》
暗闇の中で、いくつもの目が光る。
大型犬ほどの鼠。
灰色の毛。
口元から長い前歯が突き出している。
一体だけなら、最初に戦った牙狼より弱そうだ。
ただし十二体。
数だけなら四倍。
俺たちは入口から少し離れ、奴らが入ってくるのを待った。
一体。
三体。
六体。
途中で何匹かが足を止めたが、通路の奥に置いた赤い果実の匂いを嗅ぎつけると、またこちらへ進んでくる。
森から持ち帰った果実だ。
こいつらが何を食うかなんて知らない。
だから餌というより、匂いの強い物を置いて反応を見るつもりだった。
結果は当たり。
牙洞鼠たちは警戒しながらも、次々と境界を越えてくる。
その横で。
「……あれ、私も食べたかったです」
こっちまで釣れた。
「お前用じゃない」
「甘かったですよ」
「戦いが終わったらな!」
十二体目の尻尾が境界を越えた。
俺はすぐに扉を落とす。
退路を塞いだ。
牙洞鼠たちが一斉に振り返る。
「リュネリア。奥側」
「はい!」
「俺と入口側には絶対向けるな。壁は多少ならいい。貫通はなし」
「分かりました!」
「撃て!」
リュネリアが右手を掲げる。
光が集まった。
速い。
《星浴》する前とは明らかに違う。
一瞬で、通路の奥が昼間みたいに明るくなる。
「……待て」
明るすぎる。
「それ、抑えてる?」
「はい!」
「どのくらい?」
「マスターのお役に立てるくらいです!」
「数値で聞けばよかった!!」
ドォォォォォン!!
空気そのものが殴りつけてきた。
「うおっ!?」
牙洞鼠がまとめて浮いた。
手前の一体が後ろへ激突し、そのまま三体、四体と巻き込んで通路の奥へ飛んでいく。
ドン。
ドドン。
ゴッ。
最後だけ音が嫌だったな。
煙が流れる。
八体。
動かない。
俺はまず壁を見る。
穴はない。
天井もある。
床もある。
入口も残っている。
よし。
「全部残ってる……」
「成功です!」
「待て」
近づく。
壁の表面が赤くなっていた。
「これ赤熱してない?」
「穴は開いていません!」
「質問に答えろ」
「……少し熱いです!」
「だろうな!」
「でも壊してません!」
「お前の無傷判定、耐久試験みたいになってんだよ!」
残った四体が鳴き声を上げる。
一体はこちらへ突進。
二体は左右へ散り、最後の一体は閉じた扉へ体当たりを始めた。
リュネリアの手に光が集まりかける。
「まだ。俺ごと射線に入ってる」
「……それは駄目です!」
「分かってくれて何より!」
俺は床罠を起動する。
ガコンッ!
突進してきた牙洞鼠の前脚が沈み、身体がつんのめった。
横へ逃げた一体がそれを避けて進路を変える。
そこで扉を動かした。
逃げ道が塞がる。
二体が一か所へ固まった。
俺は横へ退く。
「今」
「はい!」
ドンッ!!
二体がまとめて吹き飛んだ。
残り二体。
扉へ体当たりしていた一体が振り返り、最後の一体と合流する。
一直線にこちらへ来る。
後ろには何もない。
俺も射線から外れている。
「まとめていい」
「任せてください!」
光が走る。
ドォンッ!!
二体が揃って吹き飛び、壁へ激突した。
沈黙。
「……終わった」
十二体。
数十秒。
早い。
最初の牙狼三体とは比べ物にならない。
あの時は扉と罠を使い、一体ずつ必死に削った。
今回は数が四倍。
俺が敵を集める。
逃げ道を塞ぐ。
射線から退く。
そこへリュネリアが撃つ。
それだけで終わった。
「マスター!」
リュネリアが駆け寄ってくる。
「私、ちゃんとお役に立てました?」
「立ったよ」
「本当ですか!」
「本当」
ぱっと表情が明るくなる。
その顔を見てから、俺はまだ熱を持っている壁へ視線を戻した。
問題はある。
かなりある。
でも、狙った方向は正確だった。
俺が場所を指定すれば、そこへ撃てる。
問題は威力と範囲。
だったら、そこをこいつに無理やり直させる必要はない。
敵を集める。
射線を作る。
壊したくないものを背にさせない。
味方をどかす。
撃っていい瞬間を作る。
リュネリアを弱くするんじゃない。
思いきり撃っても問題ない状況を、俺が用意すればいい。
「……なるほどな」
「何がです?」
「俺たち、結構いい組み合わせかもしれない」
リュネリアが目を丸くした。
「本当ですか?」
「俺が敵を動かして、お前が倒す。俺一人じゃ火力が足りないし、お前一人だと――」
俺は赤熱した壁を見る。
リュネリアも見る。
少し考えて。
「火力が余ります!」
「そこまで分かって何で嬉しそうなの?」
「たくさんあります!」
「在庫みたいに言うな!」
「マスターが上手に使ってください!」
「人に丸投げした!?」
「だって、さっき上手でした!」
「…………」
真正面から褒められた。
しかも、こいつなりにちゃんと見ていたらしい。
「……まあ、やるけど」
「はい!」
「その代わり、俺が待てって言ったら待つ」
「待ちます!」
「撃てって言ったら撃つ」
「撃ちます!」
「壊すなって言ったら?」
「頑張ります!」
「そこだけ最後まで変わらねえ!!」
リュネリアが申し訳なさそうに笑った。
でも、悪くない。
俺自身が急に強くなったわけじゃない。
相変わらず、牙洞鼠と正面から殴り合いたくはない。
それでも、俺にできることは増えている。
その時。
目の前に文字が浮かんだ。
《所属ダンジョン内における防衛勝利を確認》
「……来た」
《固有能力――《勝者特権》を発動》
「来たぁぁぁぁ!!」
「何ですか!?」
「報酬!」
「お役に立てましたか!?」
「立った立った! だからちょっと待って!」
目の前に三つの光が浮かぶ。
《以下の報酬から一つを選択してください》
一つ目。
《特殊施設・誘魔大王花》
《特殊な芳香により、周辺に生息する魔物を誘引します》
「……これ、かなり使えるな」
わざわざ敵を探しに行かなくても、向こうからダンジョンまで来てくれる。
《勝者特権》が本当にダンジョン内での勝利にしか反応しないなら、相性もいい。
「敵の方から来てくれるんですね!」
「そう。探す手間も減るし、入口に罠仕掛けとけばもっと楽になる」
「では、これにしますか?」
「いや、待て。まだ続きがある」
《設置後、誘引効果維持のため特殊臭を常時放出します》
「…………」
「…………」
特殊臭。
大王花。
嫌な予感がして詳細表示を開く。
《人間種を含む一部種族には強い悪臭として知覚されます》
「家が臭くなる」
「……次も見ましょう!」
「切り替え早いな!?」
強い。
たぶん普通に強い。
ただ、ここは防衛拠点であると同時に、今のところ唯一の家でもある。
帰るたびに臭いダンジョンは嫌だ。
二つ目。
《特殊施設・粘液沼》
《指定区画の床面を特殊粘液で覆い、侵入者の移動能力を低下させます》
「これも強いな」
「動けなくなったところを撃てます!」
「お前との相性もいい」
「では、こちらに?」
「待て待て。さっき学んだ。最後まで読む」
《効果維持中、指定区画は常時粘液環境となります》
「…………常時」
「ずっとですね」
「俺たちも通るよな?」
「通りますね」
「床、ずっとヌチャヌチャ?」
リュネリアが想像したのか、ほんの少し顔をしかめた。
「……嫌です」
「俺も嫌」
防衛設備としては優秀なんだろう。
敵が来ていない時まで家の床がヌチャヌチャしている必要はない。
最後。
三つ目。
《希少装備・万能トング》
「…………」
「…………」
俺とリュネリアが同時に黙った。
細長い銀色の器具が、光の中でゆっくり回転している。
どう見ても。
「トングだな」
「トングですね」
《物体を挟む・掴む・保持することに適した特殊器具》
《耐久性:極めて高》
《把持性能:使用者の身体能力に関係なく、対象を確実に挟み保持します》
終わり。
待ってみる。
何も増えない。
「……それだけ?」
何も増えない。
マジでそれだけらしい。
魔物を呼び寄せる花。
侵入者を鈍らせる沼。
そして。
トング。
戦力だけ考えれば、どう考えても前二つだ。
一番なんて《勝者特権》との相性までいい。
二番はリュネリアの馬鹿みたいな火力を当てるのに便利。
対して三番は、物を挟める。
すごく頑丈に。
しかも俺の身体能力に関係なく、確実に保持できるらしい。
……保持できる。
持ち上げられるとは書いてない。
嫌なところだけ妙に正確な説明だ。
「マスター」
「何」
リュネリアが一番と二番を見て、それから三番を見る。
「これなら臭くないし、汚くもないですね!」
「…………」
確かに。
俺はもう一度、三つを見比べた。
強いけど臭い。
強いけどヌチャヌチャ。
弱そうだけど清潔。
……何だ、この三択。
ここはダンジョンだ。
戦う場所だ。
同時に、今の俺にとっては家でもある。
これから部屋を増やして、飯を食って、寝床を作って、できれば風呂だって欲しい。
そのたびに悪臭に耐えるのも、粘液を踏んで歩くのも嫌だ。
それに。
トングなら持ち歩ける。
戦闘以外でも使える。
危ない物を拾う時。
手の届かない物を取る時。
罠を弄る時。
素材を回収する時。
何かしら使い道はあるだろう。
たぶん。
「…………三番」
《《希少装備・万能トング》を選択しました》
光が収束する。
ぽすっ、と俺の手の中へ細長い金属製のトングが収まった。
軽い。
握ってみる。
カチッ。
先端が綺麗に閉じた。
異世界に来て、ようやく俺自身が持ち歩ける装備を手に入れた。
それがトング。
俺は手の中の銀色の道具を眺める。
剣でもない。
魔杖でもない。
当然、俺が密かに期待していた黒炎を出してくれる気配もない。
ただ、やたら頑丈で、俺の身体能力に関係なく対象を挟んで離さないトング。
「…………」
もう一度だけ握った。
カチッ。
……まあ。
剣を渡されるより、俺にはこっちの方が使い道を思いつけそうではある。
その事実が、ちょっとだけ悔しかった。




