第12話 美少女を褒めたら一部屋なくなりました
ボルドと別れてダンジョンへ戻った俺は、改めて自分たちの生活環境を眺めていた。
水はある。
森から持ち帰った赤い果実もあるし、捕食蔓は紐や罠の材料になる。入口付近には岩殻大亀の死体まで転がっている。食えるらしいが、解体する道具も保存する場所もないせいで、今のところ大量の食料というより巨大な置物に近い。
異世界初日にしては色々手に入った方だと思う。
ただし。
「……文明がない」
「ありますよ?」
「どこに?」
リュネリアが辺りを見回した。
俺も一緒に見る。
石壁。
石床。
石天井。
少し離れた場所には、やたら幻想的に輝く星泪泉。
リュネリアが嬉しそうに泉を指差した。
「あそこです!」
「文明じゃなくて泉!!」
「でも、とても綺麗です!」
「そこだけ高級旅館みたいにされても困るんだよ! 俺が寝るのこっちだからな!?」
足元を指差す。
石。
どう見ても石。
今夜の俺を全力で痛めつける気満々の硬さをしている。
リュネリアも床を見る。
「眠れますよ?」
「何を根拠に!?」
「疲れているので!」
「悲しい方向から説得するな!!」
確かに疲れてる。
たぶん横になれば寝られる。
でも、それを受け入れた瞬間に何か大切なものまで諦める気がする。
「俺は布団で寝たいの。ふかふかのやつ。分かる?」
「では、私が下になりますか?」
「何で!?」
「柔らかいかもしれません!」
「お前を布団にして寝られるほど俺の倫理観まだ死んでないよ!?」
「では、私が上に?」
「もっと駄目!!」
「難しいですね……」
「何が!?」
寝具の話だよな!?
何で配置の話になってんの!?
というか。
こいつ、そういうのに恥じらいとかないの?
俺の下になるだの上になるだの、よくそんな顔で言えるな。
変に意識してる俺の方が思春期の男子みたいじゃないか。
「…………」
ふと、リュネリアを見る。
今まで騒いでばかりだったから、こうしてまともに見るのは初めてかもしれない。
星明かりを溶かしたみたいな銀色の髪。大きな瞳は淡い青で、光の加減によっては薄紫にも見える。
整った顔立ちは人形みたいなのに、ころころ表情が変わるせいで不思議と近寄りがたさはない。
細身の身体に、白を基調とした服。
さっきまで魔物と戦っていた奴とは思えないくらい、見た目だけなら完璧に幻想的だ。
「……めっちゃ可愛いんだよな」
「なんですか?」
「うおっ」
聞こえてた!?
リュネリアが首を傾げる。
銀色の髪がさらりと肩から流れた。
……様になるなあ。
俺が同じことやったら、たぶん寝違えた人だ。
「マスター?」
「いや、何でもない」
「そうですか?」
また首を傾げる。
俺は何となく視線を逸らし――かけて。
もう一度見た。
頭から。
顔。
肩。
そのまま下へ。
「…………」
「…………マスター?」
やばい。
普通に見すぎた。
顔を上げる。
目が合った。
リュネリアの頬が、少しずつ赤くなっていく。
「だ、駄目ですよマスター!」
「何が!?」
「今、変な想像してませんでしたか!?」
「してないしてない! ちょっと見てただけ!」
「どこをですか!?」
「全体!」
「全体!?」
しまった。
言い方が最悪だ。
「やっぱり変なこと考えてたんですね!?」
「違うって! 普通に可愛いなと思っただけで――」
「か、かわっ……!?」
リュネリアの顔が一気に赤くなる。
その瞬間。
右手から光が溢れた。
「…………」
「…………」
俺は光を見る。
リュネリアも見る。
どんどん明るくなる。
「おいおいおいおい待て待て待て待て!!」
「ち、違います! 勝手に出て!」
「勝手に出る量じゃねえだろそれ!!」
「と、止めます!」
「止めろ! 今すぐ止め――」
光がさらに膨らんだ。
無理だ。
これ、止まらないやつだ。
「リュネリア! 俺じゃない方!!」
「はい!?」
「どっか何もない方に撃てぇぇぇぇ!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
リュネリアが慌てて右腕を横へ振った。
直後。
視界が白く染まった。
ドォォォォォォォン!!
轟音。
爆風。
床が揺れる。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
その場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
しばらくして。
静かになった。
恐る恐る顔を上げる。
星泪泉はある。
俺もいる。
リュネリアもいる。
よかった。
そこまではいい。
問題は、その向こうだ。
さっきまで壁があった場所が、ない。
いや。
壁どころじゃない。
その先にあった一部屋まで、ごっそり消えている。
削り取られた岩肌の向こうには、今まで見えなかった空間が覗いていた。
星泪泉から見える景色が、めちゃくちゃ広くなっている。
「…………」
「…………」
俺の目の前に表示が出た。
《ダンジョン構造物の損傷を確認》
《対象区画:第三区画》
《損壊率:100%》
「百パーセント」
「…………」
「百パーセントだって」
「…………はい」
「それもう損壊じゃなくて消滅じゃん!!」
「申し訳ありません!!」
「可愛いって言っただけで一部屋消えたんだけど!?」
「だから急に言わないでください!」
「俺が悪いの!?」
「びっくりしたんです!」
「びっくりすると部屋なくなるの!?」
リュネリアが真っ赤な顔のまま俯く。
「……でも」
「何」
「マスターは無事です」
「比較対象が部屋一個なの怖すぎるんだよ!!」
俺はもう一度、消えた区画を見る。
広い。
すごく広い。
風通しまでよくなった気がする。
「……泉からの眺め、よくなったな」
「はい……」
「喜べねえよ!!」
異世界に来て初日。
美少女をちょっと意識しただけで、俺は死にかけた。
しかも部屋が一つ消えた。
思春期男子に厳しすぎるだろ、この世界。
「と、とにかく!」
俺は無理やり話を戻した。
「寝床。保存場所。解体道具。入口。あと今ので部屋一個追加!」
「増えましたね!」
「欲しいものじゃなくて被害がな!!」
「あっ!」
リュネリアが手を上げる。
「お風呂も欲しいです!」
「それ!!」
思わず指を差した。
「分かってるじゃん! 風呂大事だよな!」
「星泪泉があります!」
「嫌な予感するな」
「温めましょう!」
「やっぱり!!」
リュネリアは既に泉を見ている。
「《星浴》もありますし、きっと気持ちいいですよ!」
「待て待て。特殊施設だぞ!? もっとこう、神秘的な使い方があるだろ!」
「お風呂も神秘的です!」
「お前の神秘の範囲広すぎない!?」
いや。
でも待て。
星霊族が星泪泉で休むことで魔力回復を助ける《星浴》。
名前だけ聞けば、浸かっていてもおかしくない。
「……温泉になったりしないかな」
「試しますか?」
「ちょっと待って。俺が今揺らいでる」
温泉。
地下。
幻想的な泉。
かなり魅力的だ。
「いや、今は保留」
「残念です」
「何でそんな入りたそうなの?」
「お風呂、気持ちよさそうなので!」
「その感覚はちゃんとあるんだな……」
まあいい。
今は欲しいものが多すぎる。
「寝床。保存場所。風呂。解体道具。入口強化。部屋も増やしたい」
「では、全部作りましょう!」
「資源もDPも足りません!」
「……では」
リュネリアが少し考える。
そして、ぱっと顔を上げた。
「たくさん敵を倒しましょう!」
「発想が力技!!」
「勝てば報酬が出るのですよね?」
「まあ、出る時はな」
「でしたら、私がいっぱい働いて、いっぱい稼いで、お家を広くしますね!」
「…………」
「マスターには、ふかふかのベッドも作りましょう!」
「…………リュネリアさん」
「はい?」
「それ完全に俺、働く彼女に養われてる男じゃない?」
「?」
「お前が敵を倒す。お前が稼ぐ。俺が報酬を選ぶ。家が広くなる」
指を折るほど現実が重くなっていく。
「しかもベッドまで買ってもらう」
「任せてください!」
「もう駄目だ!! これは完全にヒモ彼氏の位置付けだ!!」
「ヒモ彼氏?」
「嬉しそうに聞くな!!」
「では、もっとたくさん稼ぎますね!」
「やめろぉぉぉ!! 甲斐性なしが確定していく!!」
「私、強いので!」
「知ってるよ!! 今まさに部屋一個なくなったからな!!」
そんな話をしている途中。
リュネリアがふと星泪泉を見た。
「マスター」
「何?」
「そういえば、《星浴》をまだちゃんと試していません」
「あ」
確かにそうだ。
星泪泉を選んだ時、リュネリアとの《特殊共鳴》によって追加された効果。
《星浴》。
星霊族が泉へ触れて休息することで、魔力回復を助ける。
森で戦った後だし、リュネリアもそれなりに魔力を使っている。
試すなら今だろう。
「やってみるか」
「はい!」
リュネリアが泉の縁へ腰を下ろし、両足を水へ浸した。
淡い光が揺れる。
最初は泉そのものが光っているだけかと思った。
違う。
水面を漂っていた小さな光が、一つ、また一つとリュネリアへ集まっている。
銀色の髪がふわりと浮いた。
星屑のような光がその周囲を巡り、呼吸に合わせて身体の中へ溶けていく。
「……おお」
思っていたよりちゃんと神秘的だ。
数分前、この泉の横で一部屋消滅したとは思えない。
しばらくして、リュネリアが目を開いた。
「マスター!」
「どう?」
「すごいです!」
勢いよく立ち上がり、両手を握ったり開いたりする。
「魔力がとても出しやすくなりました!」
「お、それはいいじゃん」
森で《捕食蔓樹》と戦った時、リュネリアは細い蔓だけを狙って、小さな光を何度も撃っていた。
最初こそ危なっかしかったが、最後の方はかなり上手くなっていた。
そこへ魔力まで回復したなら――
「じゃあ、さっきより細かく狙えるようになった?」
「はい!」
リュネリアが胸を張る。
「見ていてください!」
「おう」
壁際に転がっていた小石へ指を向けた。
指先に光が集まる。
速い。
森で見た時よりずっと速い。
しかも明らかに光が濃い。
「……ん?」
ドォンッ!!
「うおおおお!?」
爆風に腕で顔を覆った。
小石があった場所から煙が上がる。
いや。
小石がない。
その周りにあった石もない。
ついでに床まで抉れている。
「…………」
「…………」
リュネリアが振り返った。
満面の笑みだった。
「これが私の真の実力です!」
ものすごいドヤ顔。
「いや、求めてるの過剰な攻撃じゃねえから!!」
「えっ」
「何で範囲まで広がってんだよ!? さっき外で戦った時みたいに、もっと細かく狙ってくれ!」
「無理です!」
「何で!?」
「《星浴》で力を取り戻してしまったので!」
「取り戻さなくてよかったかもしれない!!」
「そんな!?」
「いや強いよ!? 強いんだけど! 俺たちダンジョンの中で戦うんだぞ!? 壁も床も天井も全部俺たちの財産だからな!?」
「壊さないように頑張ります!」
「頑張るじゃなくて壊すな!!」
「難しいです!」
「即答!!」
リュネリアは困ったように自分の手を見る。
「今、とても魔力が出しやすいんです」
「それはいいことなんだけどな」
「少し出しただけでも、たくさん出ます!」
「よくないかもしれない」
「威力も上がりました!」
「見れば分かる」
「範囲も広がりました!」
「それも見れば分かる」
「絶好調です!」
「俺たちのダンジョンにとっては最悪の絶好調なんだよ!!」
「でも、さっきはできたんです!」
「そうなんだよな……」
森では、捕食蔓樹の細い蔓だけを狙えていた。
最初は危なっかしかったが、何度か撃つうちに明らかに上達していた。
なのに、魔力を回復した途端これだ。
……待て。
「リュネリア。森で戦ってた時、今より魔力少なかったよな?」
「はい。かなり使っていましたから」
「今は?」
「いっぱいです!」
嫌な答え合わせができた。
「……お前、細かく撃つのが上手くなったんじゃなくて、単純に出せる魔力が減ってただけじゃない?」
「…………」
「…………」
リュネリアが固まった。
「そんな……」
「俺も悲しいよ」
「成長したと思っていました……」
「俺も思ってた」
「上手になったと……」
「俺も喜んでた」
「違ったんですか……?」
「たぶん水圧が弱くなってただけ」
「水圧」
「蛇口ひねっても少ししか出ないから扱いやすかっただけ」
リュネリアが自分の両手を見る。
そして星泪泉を見る。
もう一度、自分の両手を見る。
「では、《星浴》をすると……」
「毎回これに戻るんじゃない?」
「…………」
「…………」
「いっぱい撃てます!」
「何で立ち直る方向が火力なんだよ!!」
「だって強いですよ!」
「めちゃくちゃ強いよ!! だから困ってんだよ!!」
強い。
間違いなく強い。
広い場所で敵が大量にいるなら、たぶん笑えるくらい強い。
逆に敵を生け捕りにしたい、味方が近くにいる、壊したくない物がある、狭い通路で戦う。
そんな条件が一つ入っただけで、一気に扱いが難しくなる。
なら。
「……星浴、しばらく控える?」
「ひどいです!」
「即答!?」
リュネリアが珍しくむっとした顔でこちらを見る。
「私、星浴しないと駄目なんです!」
「そんな大事なの?」
「はい! 魔力が足りない状態が続くと、身体が重くなりますし、気持ちも落ち着かなくなります!」
「へえ」
「そのまま我慢していると、ストレスで余計に制御できなくなっちゃいます!」
「それはもっと駄目ぇぇぇぇ!!」
何だその仕様。
火力を抑えるために魔力を減らしておいたら、今度はストレスで制御不能になるらしい。
どっちに転んでも爆発物じゃねえか。
「つまり、定期的に星浴した方がいい?」
「はい!」
「元気いっぱいの状態を維持する?」
「はい!」
「馬鹿火力のまま?」
「はい!」
「最後だけ元気よく返事するな!!」
とはいえ、これは仕方ない。
リュネリアに無理をさせて魔力不足の状態を維持するなんて論外だし、何より長期的に見て危なすぎる。
今の俺には、こいつがいないと普通に詰む。
敵を倒すのもリュネリア。
危険な場所で俺を守るのもリュネリア。
そして本人いわく、これからいっぱい働いていっぱい稼いで、俺にふかふかのベッドまで用意してくれるらしい。
ヒモの俺には、稼ぎ手のリュネリアがストレスで上手く機能しなくなったら終わりだ。
なんなら今は素直に従ってくれてるけど、ストレスを溜めすぎて反抗期にでも入られたらどうなる?
『今日は戦いません』
とか言われた瞬間、俺の未来にはデッドエンドの文字しか見えない。
「……分かった。星浴は禁止しない」
「本当ですか!」
「むしろちゃんと定期的にやってくれ」
「はい!」
ぱっと笑顔になる。
うん。
健康第一。
本人の精神状態も大事。
決して俺が生き残るためだけではない。
たぶん。
「その代わり」
「はい?」
「こっちが、お前の火力前提で使い方考える」
リュネリアが瞬きをした。
「私の?」
「小さく撃てないなら、小さく撃たなくていい場所で撃てばいい。味方がいるなら俺がどかす。敵が散ってるなら集める。壊したくない物があるなら、そもそも撃つ方向を変える」
何でも一人でやらせるから困るんだ。
リュネリアの火力がおかしいなら、それをどう使うかは俺が考えればいい。
俺自身があの威力を出せるわけじゃない。
でも。
撃つ場所くらいは作れる。
「だからお前は、無理に弱くならなくていい」
「……はい!」
リュネリアが嬉しそうに頷いた。
「いっぱい撃ちます!」
「限度は守ろうな!?」
「頑張ります!」
「そこはまた頑張るなの!?」
《警告》
「ん?」
目の前に赤い表示が開いた。
《所属ダンジョン周辺に複数の敵性反応を確認》
《接近中》
さっきまで騒いでいた空気が一瞬で消える。
簡易地図へ赤い点が増えていった。
三。
五。
八。
十。
十二。
「……多くない?」
「十二体ですね!」
リュネリアは星泪泉から立ち上がったばかりだ。
魔力満タン。
体調良好。
機嫌良好。
火力最悪。
その少し先では、第三区画が跡形もなく消えている。
俺はそっちを見る。
次にリュネリアを見る。
「……リュネリア」
「はい!」
「今度こそダンジョン壊すなよ」
「頑張ります!」
「そこは言い切ってくれよ!!」




