第11話 正体不明の反応が来たんですが、敵とは限らないようです
不明反応は、まだ少しずつ近づいていた。
簡易地図の上で、黒い洞窟の奥に浮かぶ小さな点が、じわじわと俺たちのダンジョンへ寄ってきている。
「リュネリア、果物を端に寄せて。蔓もまとめる」
「はい!」
「あと亀は……」
少し離れた場所に転がる岩殻大亀の死体を見る。
でかいし、邪魔だし、何より初対面の相手を迎える景色として最悪だ。入口の近くに巨大な亀の死体が転がっていて、壁には穴が開き、罠の跡まで残っている。
どう見ても治安が悪い。
「やっぱ亀どかしたいな」
「私がやります!」
リュネリアが勢いよく大亀へ駆け寄ったので、嫌な予感しかしない俺もすぐ後を追った。
「待て待て待て!! 魔法は禁止だからな!?」
「分かっています!」
「本当に!?」
「はい!」
「光ったら即中止!」
「光りません!!」
「髪浮いたら中止!!」
「浮きません!!」
「空気震えたら――」
「マスター!! 私を何だと思ってるんですか!?」
「事故の前科が多い超火力兵器!!」
「ひどいです!?」
いや、事実だろ。
リュネリアは頬を膨らませながら、大亀の甲羅の縁へ両手をかけた。
「見ていてください!」
「別に記録挑戦じゃないぞ」
「持ち上げます!!」
「だから何でちょっと楽しそうなんだよ!」
腰を落とし、ぐっと力を入れる。
「ん……っ!」
大亀はびくともしなかった。
しばらく無言で踏ん張っていたリュネリアは、やがてゆっくり顔を上げる。
「マスター」
「はい」
「重いです」
「知ってた!!!!」
何を新発見みたいに報告してるんだ。
「ですが、少しだけ強化魔法を使えば――」
「駄目!!」
「まだ提案の途中です!?」
「お前の『少しだけ』は信用ならないんだよ!! 壁に穴開けた奴が言う少しだけと、俺が思う少しだけは単位から違うんだ!」
「今回は本当に少しです!」
「前も似たようなこと言ってなかった!?」
「……言ったかもしれません」
「ほらぁ!!」
自覚があるのが一番怖い。
結局、大亀はそのままにすることにした。今から無理に動かして、別の場所を壊されても困る。
むしろ入口に巨大な魔物の死体が転がっている方が、多少は牽制になるかもしれない。
「これ見たら相手も警戒するだろ」
「では、私が倒したと説明しましょう!」
「やめろやめろ!! 警戒してる相手に『この巨大亀、私がやりました!』って自己紹介する奴がいるか!」
「でも事実です!」
「正しい!! 正しいけど今欲しいのは誠実さじゃなくて安心感!!」
「難しいですね……」
「何でそこだけ真面目に悩むんだよ!? もう何も言わなくていいから!」
リュネリアは「そうですか……」と少し残念そうにした。
何で残念そうなんだ。
簡易地図へ視線を戻すと、点はもうかなり近くまで来ていた。
「あと少しだな」
「では、迎撃準備ですね!」
「違う違う。まだ敵って決まってないから」
「敵だった場合は?」
「その時は遠慮なく頼む」
「はい!」
「ただし、いきなり撃つなよ」
「はい!」
「絶対だからな」
「はい!」
「本当に」
「はい!」
「……怒ってる?」
「怒ってません!!」
「声ぇ!!」
敵じゃなかったとしても、これだけで逃げられそうだ。
俺は入口へ続く通路の途中で立ち止まり、罠と扉の位置を確認した。もし相手が襲ってきたら細い通路で進路を限定し、リュネリアが正面を止めている間に俺が扉と罠を使う。
俺自身が前に出て殴る必要はない。というか、出たら死ぬ。
それでも最初の牙狼戦みたいに、何も分からず逃げ回るしかなかった頃とは違う。少なくとも今は、自分が何をすればいいかくらいは考えられるようになっている。
「……来ます」
リュネリアの声が落ちた。
俺もすぐに黙る。
さっきまでの騒がしさが消え、二人で通路の奥へ意識を集中させた。
「見える?」
「まだです。でも、足音がします」
耳を澄ますと、少し遅れて俺にも硬いものが石を叩く音が聞こえてきた。一定の間隔で、一歩、また一歩と近づいてくる。
速くはないし、走ってもいない。
少なくとも、今聞こえている足音は一つだけだ。
「一人……かな」
「おそらく」
「でかそう?」
「そこまでは分かりません」
「ですよねー」
「足音だけで分かる方もいるのでしょうか?」
「いたら俺が聞きたいよ。仲間になってほしいわ」
探索能力。
索敵。
追跡。
今の俺たちに思いっきり足りている気がしない。
というか、リュネリアに全部やらせようとする方が間違ってる。こいつは索敵係じゃない。砲台だ。
本人の前では絶対言わないけど。
通路の奥、暗がりの中に小さな青白い光が揺れた。
「灯り?」
魔物が発しているような光じゃない。一定の高さを保ちながら、歩調に合わせて揺れている。
誰かが持って歩いている。
「リュネリア、待てよ」
「はい」
「まだ撃つな」
「だから撃ちません!!」
「今の声だけで敵対判定されそうなんだよ!!」
「では小さな声で言います!」
「いや、そこじゃない!」
光が近づいてくる。
やがて輪郭が見えた。
小さい。
かなり小さい。
一瞬、本気で子供かと思ったが、暗がりから現れた顔には子供には絶対似合わない立派な髭が生えていた。
ずんぐりした身体に、深い茶色の外套。背中には大きな袋を背負い、手には青白い鉱石を入れたランタンを持っている。
「……ドワーフ?」
思わず口から出た。
相手も俺たちを見つけたらしく、ぴたりと足を止める。
しばらく見合ったあと、先に動いたのは向こうだった。背中の袋を床へ下ろし、片手を外套の内側へ入れる。
「リュネリア」
「はい」
彼女がすぐ俺の前へ出た。
ただし、手は上げない。
光も出ていない。
よし。
そこはちゃんと学習している。
相手もそれを見て、外套へ入れた手を止めた。
何だこの空気。
向こうも俺たちが何なのか分かってないっぽいし、こっちも髭の生えた小さいおっさんに何て声をかければいいのか分からない。
いや、とりあえず言葉が通じるかだ。
俺は少しだけ顔を前へ出した。
「おーい。あんた、言葉分かるかー?」
小柄な男の眉が、ぴくっと動いた。
「……お前の言葉なら分かる」
「おお、通じた!」
思ったより普通に返ってきた。
よかった。
最初の会話がジェスチャー大会にならずに済んだ。
「俺は詩。こっちはリュネリア」
「はい! リュネリアです!」
「……元気な娘だな」
「はい! 元気です!」
「そこ肯定するんだ!?」
「元気なのは良いことです!」
「まあそうなんだけど!!」
会話の噛み合い方が独特すぎる。
男の視線がリュネリアから俺へ移り、その次に俺たちの後ろへ向いた。
岩殻大亀の死体。
穴の開いた壁。
罠の跡。
そして、また俺。
「……ずいぶん荒れた巣だな」
「巣じゃねえよ!!」
初手から失礼すぎるだろ。
「ダンジョンだ。一応!」
「一応なのですか!?」
「お前が壁に穴開けたせいで自信なくなってんだよ!」
「まだ気にしてたんですか!?」
「気にするわ!! 俺ん家だぞ!?」
男が大亀と壁をもう一度見た。
「巣でいいだろう」
「よくねえよ!! 何でそっちが決めるんだよ!」
小柄な男はまったく気にした様子もなく、外套の内側へ入れていた手をゆっくり戻した。
「名を聞くなら、そちらも武器を収めろ」
「武器?」
「そっちの娘だ」
顎でリュネリアを示す。
「私ですか?」
「魔力を集めるな」
「集めていません!」
男が無言でリュネリアの右手を見る。
俺もつられて見る。
指先に、ほんの少し光が溜まり始めていた。
「……リュネリアさん?」
「無意識です!?」
「一番駄目なやつじゃねえか!!!!」
「ですが撃つつもりはありません!」
「じゃあ何で勝手に充填されてんの!?」
「分かりません!」
「その笑顔で言うことじゃねえだろぉ!?」
「分からないことは、はっきりお伝えした方がよいかと!」
「正しいよ!! 正しいんだけど今欲しいのは正直さじゃなくて安心できる答えなんだよ!!」
俺が慌ててリュネリアの手を押し下げると、光はようやく消えた。
男の眉間の皺が、さっきより明らかに深くなっている。
「……危険な娘だな」
「初対面でそこまで分かる?」
「見れば分かる」
「だよな!! 俺も会って数分で分かった!!」
「そんなに早かったんですか!?」
「壁吹き飛ばした時点でな!!」
「事故でした!」
「事故で壁吹き飛ばす奴を危険って言うんだよ!!」
リュネリアがものすごく傷ついた顔をした。
悪いとは思う。
でもここは譲れない。
小柄な男の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「今笑った?」
「笑っていない」
「いや絶対笑っただろ」
「知らんな」
「しらばっくれるなよ、この爺さん」
「誰が爺さんだ」
「違うの?」
「百三十二だ」
「爺さんじゃねえか!!」
「ドワーフでは若い」
「そのルール俺知らねえよ!?」
リュネリアが興味深そうに男を見る。
「百三十二歳なのですか!?」
「そうだ」
「お若いのですね!」
「お前まで即順応すんな!! 俺だけ数字に振り回されてるじゃん!」
小柄な男は軽く咳払いをした。
「俺はボルド。採掘と行商をしている」
「行商?」
「見れば分かるだろう」
「その袋だけで?」
「その袋に何が入っているか、お前は知っているのか」
「知らん」
「なら見ても分からんだろう」
「お前ちょいちょい正論で殴ってくるな!?」
なんだこの爺さん。
会って数分なのにもう少し腹立つ。
でも、話は通じる。
そこはかなりありがたい。
「この辺に住んでるのか?」
「近くではない」
「じゃあ何でこっちに?」
「通り道だ」
「この何もない洞窟が?」
「お前にとってはな」
その言葉に引っかかった。
「……この先、何かあるの?」
「情報までただで聞く気か」
「え、金取るの!?」
「行商人だぞ」
「さっきまで普通に喋ってたじゃん! 一個くらいサービスしてくれてもいいだろ!」
「なぜだ」
「ちょっと仲良くなったかなーって!」
「なっていない」
「そこ即答する!?」
リュネリアが俺の袖を引いた。
「マスター」
「ん?」
「お金を払えば教えていただけるのですよね?」
「まあ、そうみたいだけど」
「では、払いましょう!」
「ないよ!!」
「えっ!?」
「俺たち無一文だよ!!」
そこで二人とも止まった。
リュネリアはしばらく考え込み、やがて少し声を落とす。
「……DPでは駄目ですか?」
「この爺さん、たぶんDP知らない」
「では、星泪泉のお水を――」
「一番貴重そうな物を即売りに出すな!!!!」
「お水ですよ!?」
「特殊施設から湧いてるお水だよ!!」
本当に油断ならない。
ボルドが大きくため息をついた。
「貨幣も持っていないのか」
「今日ここ来たばっかなんだよ」
「今日?」
「ああ」
そこで初めて、ボルドが俺たちを少し長く観察した。
「お前たち、迷い人か」
「迷い人?」
初めて聞く言葉だった。
「違うのか」
「分からん。俺は《ダンジョンマスター候補者》って言われてる」
その瞬間、ボルドの表情からわずかに緩さが消えた。
露骨に武器へ手を伸ばしたわけじゃない。
けれど、さっきまでとは明らかに見る目が違う。
「……そうか」
「何その反応。怖い怖い」
「何がだ」
「絶対何か知ってる顔じゃん」
「顔で何が分かる」
「さっき俺の顔見て全部分かるって言ってただろ!?」
自分だけ逃げるな。
「ダンジョンマスター候補者って、ここじゃ何かあるの?」
「少しはな」
「教えて」
「ただでは言わん」
「そこだけ一切ブレねえな!!」
大事そうな情報より商売を優先しやがった。
強い。
「だから金ないって」
「物でも構わん」
「物?」
俺は反射的に後ろを見る。
赤い果実。
捕食蔓。
岩殻大亀。
今持っている物資なら、その辺りしかない。
「これとか?」
赤い果実を一つ持ち上げる。
ボルドが少し目を細めた。
「捕食蔓樹の実か」
「知ってる?」
「食える」
「それは知ってるよ!!」
「なら聞くな」
「会話の意図を読んでくれ!!」
やっぱりこの爺さん話しづらい。
俺は捕食蔓も持ち上げる。
「こっちは?」
「加工すれば紐になる。乾かせば燃料にも使える」
「燃料にもなんの!?」
そこは知らなかった。
システムには縄や簡単な装備、罠素材として使えるとは出ていたが、燃料までは表示されていない。
「それ知らなかった!」
「顔を見れば分かる」
「ほら!! やっぱ顔で読むじゃん!!」
「マスターは分かりやすいですから!」
「お前は何で爺さん側についた!?」
さっきまで俺の仲間だったよな?
「これで情報買える?」
「量による」
「どれくらい?」
ボルドが捕食蔓を一本手に取り、曲げたり引っ張ったりして状態を見る。
「悪くない。実も傷んでいないな」
「さっき取ったばっかだから」
「では実を二つ、蔓を五本。それでこの辺りの道と危険地帯を教える」
「高……いや、安いな」
「途中で考え直しましたね!?」
「知らない場所の情報なら果物数個よりずっと大事だろ。次も取りに行けるし」
「なるほど!」
「お前、何でも納得してくれるな」
「マスターのお話ですから!」
「そう言われるとちょっと怖いな!?」
疑うことも覚えてくれ。
俺は果実二つと、太めの蔓を五本渡した。
ボルドはそれを袋へ入れたあと、小さな革筒を取り出す。中から出てきたのは紙じゃなく、薄い皮のような地図だった。
「ここがお前の巣」
「ダンジョンな!!」
「ここが森」
「訂正を流すなって!」
「南へ行けば地下河。北西には鉱脈があるが、近寄るな」
「何で?」
「棘鎧蜥蜴の群れがいる」
「強い?」
ボルドが俺を見る。
「お前なら死ぬ」
「何で毎回俺基準なの!?」
「一番弱そうだからだ」
「言い方ぁ!!」
リュネリアを見る。
ボルドも見る。
「そっちは知らん」
「私、強いです!」
「そうか」
「もっと驚いてください!?」
「何でそこでリアクション要求すんの!?」
本当にこの二人、噛み合わない。
「東は?」
「俺が来た道だ。途中に崩れた坑道がある。その先に古い交易路が残っている」
「交易路?」
「この地下で暮らす連中が使う」
「……ちょっと待って」
俺は地図から顔を上げた。
「俺たち以外にも普通に人いるの?」
ボルドが怪訝そうな顔をする。
「何を当たり前のことを聞いている」
「俺には今日初めて聞く情報なんだよ!!」
この世界へ来てから、前提が壊れ続けている。
「町とかもあんの?」
「ある」
「マジで!?」
「あると言っている」
「リュネリア! 町あるって!」
「町ですか!? 行ってみたいです!」
「だよな!?」
「美味しいものもありますか!?」
「真っ先にそこ!?」
「大事ではありませんか!?」
「大事!! そこは否定できない!!」
俺もまともな飯が食いたい。
ボルドが呆れたように俺たちを見る。
「本当に何も知らんのだな」
「だから今日まで三部屋しか知らなかったんだって」
「それは……気の毒だな」
「何か初めて優しくされた!!」
同情なのにちょっと嬉しい。
「この地図くれる?」
「貸しただけだ」
「え?」
ボルドが地図を巻き始める。
「おいおいおい待て待て!! まだ全然覚えてない!」
「なら次は地図を買え」
「そこで商売に繋げるのかよ!?」
「当然だ」
「この爺さん強えな……」
俺、多分この人と値切り交渉しても一生勝てない。
「じゃあ最後に一個だけ」
「何だ」
「ダンジョンマスター候補者って、こっちじゃどういう扱いなんだ?」
今度はボルドもすぐには答えなかった。
「場所による」
「嫌われてる?」
「嫌う者もいる。歓迎する者もいる。利用しようとする者もいる」
「……思ったより普通だな」
「何を期待した」
「もっとこう、見つけ次第殺せとか、災厄の使徒とか」
「自意識が大きいな」
「違うわ!! そういうのってありがちじゃん!」
「何の話だ」
「何でもない!」
危ない。
異世界住人相手に創作あるあるを説明するところだった。
ボルドは少し黙ったあと、さっきまでより低い声で続けた。
「ただし、候補者が現れる時期は荒れる。領地を欲しがり、資源を欲しがり、仲間を欲しがる。力を得れば、それで満足するどころか、さらに次を求める者も多い」
「…………」
うわ。
それ、かなり俺に刺さる。
領地も資源も欲しいし、仲間だって増やしたい。報酬に至っては、三択なんて見せられたら毎回全部欲しくなっている。
しかも強くなれば満足できるかと言われると、たぶん無理だ。
新しい施設とか、希少種とか、特別権限とか出されたら絶対欲しい。
「マスター?」
「何でもない」
「すごく心当たりがありそうなお顔です」
「言うな!!」
ボルドが鼻で笑った。
こいつ絶対分かってる。
「全員がそうとは言わん。ただ、警戒される理由はある」
「……まあ、それなら分かる」
俺たち候補者には候補者の事情がある。
でも、この世界は俺たちが来る前から存在していて、ここで暮らしていた奴らにも生活がある。
自分たちだけのゲーム盤じゃない。
その事実は、今までよりずっと大きかった。
「じゃあ俺も警戒されてんの?」
「当然だ」
「即答かよ!」
「後ろに大亀の死体があり、壁には穴が開いている。そのうえ、そこの娘は無意識に魔力を漏らしている」
俺はゆっくりリュネリアを見る。
リュネリアも俺を見る。
「……一番最後が強いな」
「マスター!?」
「反論ある?」
「あります!」
「どうぞ」
「私は悪い人ではありません!」
「誰も性格の話してねえよ!!!!」
ボルドが肩を揺らした。
今度こそ笑ってる。
「お前、笑ったな!?」
「さてな」
「絶対笑っただろ!」
「マスター、笑っていただけてよかったですね!」
「何でお前は接客成功みたいな顔してんの!?」
ボルドは袋を背負い直した。
「俺は行く」
「もう?」
「商売がある」
「また来る?」
「売れる物があるならな」
「じゃあ地図いくら?」
「銀貨十五枚」
「だから銀貨がねえんだよ!!!!」
「なら集めろ」
「現地通貨ゼロからスタートなのに要求が雑!!」
「マスター! 私が探してきます!」
「銀貨は道端に落ちてねえよ!!」
「では鉱脈から!」
「銀そのもの掘ってどうすんだよ!!」
何でそこへ行く。
ボルドはとうとう声を上げて笑った。
「はっはっは!」
「おい!! 今完全に笑ったな!?」
「面白い連中だ」
「こっちはわりと真剣なんだけど!?」
「生きていれば、そのうち慣れる」
そう言って、ボルドは来た道とは別の脇道へ向かう。
「おーい、待って」
「まだ何だ」
「一応ありがとな」
ボルドが少しだけ振り返った。
「対価は貰った」
「それでもだよ」
しばらく俺を見たあと、小さく鼻を鳴らす。
「次に会うまで生きていろ」
「そっちもな」
青白いランタンの光が、少しずつ洞窟の奥へ遠ざかっていく。
完全に見えなくなるまで、俺とリュネリアはその場に立っていた。
「……普通に人いたな」
「はい!」
「町もあるらしい」
「はい!!」
「交易路もある」
「はい!!」
「さっきから返事しかしてなくない?」
「楽しみすぎて何から言えばいいのか分かりません!」
「じゃあそれでいいわ」
リュネリアがぱっと俺を見る。
「マスター! 町へ行ったら何をしますか!?」
「まず情報集め。あと物価見て、食料買えるなら確保して……」
「はい!」
「風呂入りたい」
「お風呂!!」
「そこだけ食いつきすごいな!?」
「入りたいです!」
「俺も入りたいよ!!」
気が合った。
最初は三部屋だった。
たったそれだけの石造りの場所で、俺はここがどこなのかすら分からなかった。
外へ出れば森があって、通信を開けば違う世界や違う時代から来た奴がいて、さらに今度はこの地下で元から暮らしている住人まで現れた。
思っていたより、この世界はずっと広い。
「……もっと見てみたいな」
口に出してから、自分でも少し驚いた。
最初はただ死にたくなかっただけなのに、今は知らない場所のことを少し楽しみにしている。
「マスター!」
「ん?」
「次はどこへ行きますか!?」
リュネリアが目を輝かせている。
「まず帰る」
「えっ!?」
「寝床作る」
「探索は!?」
「生活が先!!」
「町は!?」
「地図買う金すらないだろ!!」
「では、まずお金ですね!」
「急に旅行への熱量上がってない!?」
「楽しそうです!」
「まあ、それは分かるけど!!」
俺たちはダンジョンの奥へ戻り始める。
歩きながら、さっきのボルドの言葉が頭に残っていた。
候補者は領地や資源や仲間を求め、力を得ればさらに次を欲しがる。
どう考えても他人事じゃない。
というか、かなり俺だ。
「マスター?」
「んー?」
「どうされました?」
「俺、思ってるより危ない側かもしれない」
「そんなことありません!」
即答だった。
ちょっと嬉しくなって横を見る。
リュネリアは満面の笑みで続けた。
「マスターは、とても欲張りですが!」
「台無しだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」




