第10話 共通通信が解放されたんですが、まともな奴が少なそうです
《ダンジョンマスター候補者共通通信》
目の前を、文字がものすごい勢いで流れていく。
《誰か水の確保方法分かる!?》
《初期地点の外に出た奴いる?》
《こっち巨大な虫いるんだけど!!》
《食料どうしてる?》
《ゴブリン召喚したら俺の飯食われた》
《誰か日本人いるか?》
《現在生存候補者数:47,903》
最初に表示された候補者数は、四万八千二百十六人だった。
つまり、三百十三人減っている。
まだこの世界に来て、一日すら経っていない。それなのに、もうそれだけの候補者が消えたことになる。
俺は抱えていた赤い果実を床へ置き、流れ続ける文字を黙って眺めた。
「……やっぱ死ぬんだな」
分かっていたことではある。
俺だって牙狼に殺されかけたし、岩殻大亀の反射をまともに食らっていたら、たぶん今ここにはいない。
それでも数字として見せられると、妙に重かった。
三百十三人。
名前も顔も知らないし、どうやって死んだのかも分からない。それでも少し前までは、その全員が俺と同じように「死にたくない」と思っていたはずだ。
「マスター?」
リュネリアが、少し心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。ちょっと嫌な数字見ただけ」
「数字、ですか?」
「ああ」
俺は目の前の画面を指差す。当然、リュネリアの目には何も映っていないらしく、彼女は文字ではなく俺の指先を見ていた。
「他のダンジョンマスター候補者と話せる機能が解放された。今、生き残ってる人数も出てる」
「他のマスターと、お話ができるのですか?」
「そうらしい」
「何人ほどいらっしゃるのでしょう?」
「四万七千九百三人」
「…………」
リュネリアの目が丸くなる。
「多いですね!」
「その一言で処理できるの羨ましいよ」
俺なんか、数字を見ただけで少し胃が重くなった。
最初にシステムから聞かされたのは、俺が《ダンジョンマスター候補者》だということ、このダンジョンを拠点に生き残って広げていくこと、それから死ぬかダンジョンの核を失えば敗北することくらいだった。
候補者同士で争う可能性があることも聞いてはいたが、その時はまだ四万人以上という数字に実感なんてなかった。
どこにいるのかも分からない。
どんな奴なのかも分からない。
それが今、同じ画面の向こうで助けを求めたり、困ったり、すでに外へ出たりしている。
その中には、いつか俺のところへ来る奴だっているかもしれない。
味方として。
あるいは敵として。
「……とりあえず見るか」
今すぐ自分から喋る必要はない。
まずは観察だ。
こういう場所で、最初から自分の情報を全部ばら撒く奴はたぶん長生きしない。俺も昔、夜中の変なテンションで書いた投稿を翌朝見て、無言で消した経験くらいある。
まあ、あの時は命まで懸かってなかったけど。
画面を少し遡る。
《名前表示は変えられるぞ》
《マジ?》
《初期設定だと本名っぽいの出るから変えた方がいい》
「危なっ」
確認する。
俺の表示名。
《大隅 詩》
「本名じゃん!」
慌てて設定を開いた。
何か格好いい名前にするか。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎる。
昔の俺なら、《黒炎ノ魔眼》とか《終焉を視る者》とか、そういう名前を付けていた可能性がある。
二十一歳になった今なら分かる。
やめろ。
絶対にやめろ。
過去の俺が身をもって教えてくれている。
「……普通でいい」
表示名を《ウタヤ》へ変更する。
《表示名を変更しました》
「よし」
「何をされたのですか?」
「名前を隠した」
「マスターのお名前は、ウタヤではないのですか?」
「詩で合ってる。苗字まで他の候補者に見えてたから、そっちを消した」
「なるほど!」
リュネリアが素直に頷く。
俺は通信へ戻った。
表示名を変えている候補者は多い。
《鉄壁》
《セレス》
《第十三代アルバート》
《ミカン》
《東雲》
《無名》
《竜殺し》
《パンください》
最後の奴は相当困ってそうだな。
《パンください:食料交換できるの今知った》
《ミカン:DP使うぞ》
《パンください:もう残り32》
《鉄壁:何に使ったんだ》
《パンください:ゴブリン》
《ミカン:飯食われた奴お前かよ》
「こいつかよ」
さっき流れてた奴だ。
「どうされたのですか?」
「ゴブリン呼んだら、自分の飯食われた奴がいる」
「大変ですね!」
「他人事だと面白いな」
俺もリュネリアを呼んだ直後に壁を吹き飛ばされているので、人のことを笑える立場じゃない気もする。
でもこっちは強い。
めちゃくちゃ強い。
壁はなくなったけど。
さらに通信を流していく。
《セレス:皆さんの初期領域は石造りなのでしょうか?》
《鉄壁:こっちは石》
《東雲:俺も》
《第十三代アルバート:我が地は黒色の金属に覆われている》
《ミカン:何それ》
《第十三代アルバート:知らぬ》
《鉄壁:何で偉そうなんだ》
「……石じゃない場所もあるのか」
俺が目覚めたのは、狭い石造りの三部屋だった。
当然、最初はここがどこなのかなんて分からなかったし、死んだはずなのに身体はあるし、頭の中を探ってもここへ来た経緯だけが綺麗に抜け落ちているみたいで、思い出そうとしても何も出てこなかった。
その後、システムが現れて、自分が《ダンジョンマスター候補者》だということだけは分かった。
でも、本当にそれだけだ。
この地下世界がどこなのかも、俺がどうして選ばれたのかも、誰がこんなことを始めたのかも分からない。
「そういや俺、肝心なこと何も知らないまま戦ってたな……」
牙狼が来たから戦った。
死にたくなかったから必死になった。
勝ったら報酬が出て、リュネリアが来て、その後も大亀だの食料だので忙しくしているうちに、気づけば「何で俺ここにいるんだ?」なんて考える余裕すらなくなっていた。
通信はさらに流れる。
《アステラ:DPとは魔晶貨のことでしょうか》
《東雲:DPはDPだろ》
《アステラ:その文字を存じません》
《ミカン:日本人じゃない?》
《アステラ:ニホンとは国名ですか?》
「…………ん?」
俺の指が止まる。
日本を知らない?
最初は、ただ外国人なんだと思った。
でも。
《東雲:どこの国?》
《アステラ:国……という意味であれば、アルディア王国の出身です》
《ミカン:どこ?》
《アステラ:アルディアを存じないのですか?》
「……いや待て」
そんな国、聞いたことがない。
もちろん俺だって世界中の国名を全部覚えているわけじゃない。でも、会話の噛み合わなさがそれだけじゃない気がした。
《アステラ:ニホンには魔術師がおられるのでしょうか?》
《東雲:魔術師はいない》
《アステラ:……?》
《ミカン:そっち魔法あるの?》
《アステラ:あるのが当然では?》
「…………マジ?」
思わず画面へ顔を近づける。
別の国じゃない。
たぶん。
別の世界だ。
「リュネリア」
「はい?」
「この候補者……俺と違う世界から来てるかもしれない」
「違う世界、ですか?」
「ああ。俺のいたところには魔法なんてなかった。でも、向こうはあるのが普通らしい」
口にしてみると、改めて変な感じがした。
異世界に来た可能性自体は、最初から考えていた。でも俺一人が異世界に飛ばされたことと、別々の世界から何万人も集められていることは、話の規模がまるで違う。
「……何なんだよ、これ」
誰が。
何のために。
そんな疑問は当然浮かぶが、答えはない。
通信の向こうにいる連中だって、たぶん俺と同じように何も分からないままここへ放り込まれている。
その直後だった。
《東雲:俺2026年の日本》
《ミカン:同じ》
《鉄壁:2041年》
《東雲:は?》
《ミカン:未来人じゃん》
「…………は?」
今度こそ完全に止まった。
二〇四一年?
「未来?」
思わず声が出る。
「どうされました?」
「俺より十五年後くらいの日本から来た奴がいる」
「時間まで違うのですか?」
「らしい」
どういう選び方してるんだ、この候補者。
世界どころか年代までバラバラなのか。
通信欄も一気に騒がしくなった。
《東雲:2026年の首相誰?》
《鉄壁:それ言っていいのか?》
《ミカン:株価教えて》
《パンください:俺戻れたら宝くじの番号聞きたい》
《鉄壁:俺も覚えてねえよ》
「そりゃそうだ」
未来から来たからって、宝くじの当選番号を全部暗記してるわけないだろ。
俺だって十五年前に戻されても、何を買えば絶対儲かるかなんて大雑把にしか分からない。有名企業を何個か買うくらいしか思いつかない。
さらに。
《???:西暦とは何だ》
《東雲:今度はどこ出身だよ》
《???:尾張》
「…………」
また指が止まる。
尾張。
昔の日本の地名だよな。
《ミカン:何年?》
《???:天文二十二年》
「天文……?」
歴史はそこまで詳しくない。
ただ、どう考えても最近じゃない。
通信がざわつく。
《東雲:戦国時代じゃね?》
《鉄壁:マジか》
《ミカン:名前は?》
少し間が空いた。
《???:何故、貴様らに名乗らねばならぬ》
「警戒心まともだな」
むしろ、ここまで普通に年代を喋ってる奴らの方が不用心なのかもしれない。
《東雲:尾張で天文22年って織田信長いる時代じゃない?》
《ミカン:本人だったりして》
《鉄壁:それはないだろ》
《???:信長を知っているのか》
「…………」
待て待て。
たまたまだ。
尾張にいた別人で、信長を知っているだけ。その可能性はいくらでもある。
《???:面白い。未来には儂の名が残っておるらしい》
「本人っぽいこと言い出したんだけど」
「どなたなのですか?」
「昔の日本でめちゃくちゃ有名な人。たぶん」
「お強い方ですか?」
「こっちじゃ分からん」
歴史上有名だから、この世界でも最強。
そんな単純な話ではないはずだ。
俺だって現代日本人だけど、現代知識があるから無双できているわけじゃない。こっちで何の能力を与えられたか、誰を仲間にしたか、どんな場所に落とされたか、その中でどう動くか。
たぶん重要なのは、そっちだ。
それでも、あの時代を生きていた奴と殺し合いなんてしたくない。俺とは覚悟の種類から違いそうだった。
「……本人なら、できれば敵にはしたくないな」
有名人だからというより、普通に怖い。
俺は流れ続ける通信を見ながら、さっきから増え続けている情報を頭の中で整理した。
別世界。
未来。
過去。
同じ日本ですら、同じ時間から集められていない。
俺がここへ来た理由も、この地下世界の正体も、候補者が選ばれた基準も分からない。
本当に分からないことだらけだ。
それでも、一つだけ確実に言えることがある。
「……とんでもないところに集められたな、俺たち」
リュネリアが首を傾げる。
俺はそれ以上考えるのをやめて、通信へ視線を戻した。
今ここで考えても答えは出ない。それなら、まず生き残る方を優先した方がいい。
ちょうど通信の話題も、もっと実用的なものへ変わっていた。
《鉄壁:外出た奴、敵の危険度どのくらい?》
《セレス:こちらは低が多いです》
《ミカン:低でも普通に死ねる》
「分かる」
めちゃくちゃ分かる。
癒しだと思ったウサギの額から凶器が出てくる世界だからな。
《東雲:危険度中見た奴いる?》
俺の手が止まった。
岩殻大亀。
危険度、中。
しかも後から《岩殻反射》まで出てきた。
これは、たぶん価値のある情報だ。
入力欄を開く。
《ウタヤ:》
そこまで出して、止まる。
危険度中と戦ったことや倒したことくらいなら、別に書いてもいいかもしれない。
でも、聞かれれば次は「どうやって?」になる。
そこで説明すれば、俺に強い仲間がいることが伝わるし、魔法を使うことや、高魔力耐性を押し切れるほどの火力があることまで推測されるかもしれない。
そこからどこまで手札を読まれるか分からなかった。
「……やめとこ」
入力欄を閉じる。
少し離れたところでは、リュネリアが持ち帰った果実を楽しそうに並べていた。当然、俺が今何を書こうとして、何をやめたのかなんて知らない。
システム画面は、俺にしか見えていない。
情報は欲しい。
でも、自分の手札はできるだけ隠したい。
我ながら都合がいいとは思う。
「生き残るなら、それくらいでいいだろ」
小さく呟き、代わりに隠す必要のない情報だけ出すことにした。
《ウタヤ:食料は外で確保できた。危険度低でも油断しない方がいい》
送信。
一秒後。
《ミカン:それは知ってる》
「…………」
初投稿が一瞬で潰された。
「マスター?」
「俺、今ちょっと傷ついた」
「何があったのですか!?」
「初めて喋ったら『それ知ってる』って言われた」
リュネリアが少し考える。
「では、次は皆様が知らないことをお伝えしましょう!」
「前向きだな、お前」
《パンください:食える敵いる?》
《ウタヤ:いる》
《パンください:マジ!?》
《ミカン:何食った?》
俺は床に置いた赤い実を見る。
《ウタヤ:植物》
《東雲:野菜?》
《ウタヤ:襲ってくる果物》
《ミカン:何それ》
「俺もそう思ったよ」
「美味しかったですね!」
横からリュネリアが笑う。
「うまかったけどな」
そこから数分だけ通信を眺めながら、必要そうなところだけ返した。
食料のこと。
外にいる敵のこと。
候補者によって初期環境が違うこと。
くだらない話もかなり多いが、その合間には役に立ちそうな情報も混ざっている。
ただし、全部を信用できるわけじゃない。
《安全地帯見つけた。場所共有する》
そんな投稿が出た直後。
《鉄壁:場所書くな》
《セレス:他候補者を誘導する目的の虚偽情報である可能性があります》
《東雲:怖》
俺も同意だった。
誰でも書けるなら、当然嘘だって書ける。
他の候補者を罠へ誘導することも、間違った魔物情報を流すことも、自分を弱く見せることもできる。
善意で情報を出している奴もいるだろうけど、それを見分ける方法は今の俺にはなかった。
「便利だけど、危ないな」
「通信がですか?」
「ああ。誰が本当のこと言ってるか分からない」
「嘘をつく方もいるのですか?」
「いるだろ。たぶん」
むしろ、いないと思う方が危ない。
「ネットと一緒だな」
ただし、間違った情報を信じた時に失うものが命になった。
全然一緒じゃないかもしれない。
俺は通信を閉じた。
ずっと見ていたらキリがない。
「さて」
床には、今日持ち帰った赤い果実と捕食蔓があり、奥には星泪泉がある。それから少し離れた場所には、岩殻大亀の巨大な死体がまだ残っていた。
「次にやること決めるか」
「はい!」
リュネリアが元気よく立ち上がる。
水は確保した。
食料も、とりあえずすぐに困るほどではないし、外へ行けば追加で取れることも分かった。
でも、保存する場所はない。
大亀を解体する方法もない。
寝床も欲しいし、入口の守りももっとちゃんとしたい。
そして通信を見たせいで、それまでより強く思う。
敵は魔物だけじゃない。
いつか別の候補者がここへ来るかもしれないのに、穴だらけの入口をそのままにして、「どうぞ入ってください」みたいな状態で迎える気はなかった。
「DP、確認」
残量を表示する。
「……少な」
罠に使った。
扉にも使った。
保存食にも使った。
欲しいものはどんどん増えているのに、使えるDPは有限だ。
「マスター」
「ん?」
「何からいたしましょう?」
「それ考えてる」
食料庫も欲しいし、解体設備も欲しい。
寝床も、防御も、新しい部屋も欲しい。
全部必要だからこそ、順番を決めないといけない。
「まず優先順位を――」
《周辺情報に変化を確認》
「ん?」
閉じていたシステム画面が、勝手に開いた。
《所属ダンジョン周辺に未確認反応を検出》
さっきまでの軽い気分が一気に消える。
「リュネリア」
「はい」
俺の声が変わったのを察したのか、彼女もすぐにこちらへ来た。
「何か来てる」
「敵ですか?」
「分からない」
簡易地図を開く。
俺たちのダンジョンから、今日探索した森とは反対方向へ伸びる、まだ調べていない洞窟。その黒く塗られた場所に、小さな点が一つ浮かんでいた。
《反応種別:不明》
《移動中》
「……何だこれ」
敵性個体なら、そう表示されるんじゃないのか。
魔物かもしれない。
他の候補者かもしれない。
その仲間かもしれないし、この世界に元からいる何かかもしれない。
さっき通信を見たばかりだから、嫌な想像はいくらでも浮かんだ。
点は少しずつ、確実にこちらへ近づいている。
「敵でしょうか?」
「まだ分からない」
分からないから、一番困る。
俺は地図を睨んだまま立ち上がった。
「とりあえず入口片付けるぞ」
「はい!」
「あと亀も、できればどかしたい」
「私が運びましょうか?」
「持てる?」
「試してみます!」
リュネリアが巨大な岩殻大亀を見る。
俺も見る。
嫌な予感がした。
「……魔法使うなよ」
「まだ何も言っていません!」
「先に言っとかないと怖いんだよ!」
不明反応は、今も少しずつこちらへ近づいていた。




