5 決断の期限は二十夜を迎えるまで
今回はちょっと短いです
エピソードの区切り的にここで切るしかなかったのですが、上手く配分できるようになりたい…
自ら陥るとはいえ、ハラルドの先行きはあまりに暗い。
ここが王宮であることから鑑みても、国は彼を助けないだろう。
そしてエルマーティカが見放した以上、彼の命の綱を握っているのは、アンネグレートだけだった。
アンネグレートは、けっして彼を愛しているわけではない。だが、哀れみを覚えてしまうのは彼女の性格上、仕方のないことだ。
たとえそれが顔を合わせるだけで虫唾の走るほど嫌いな人物だとしても、わざわざ破滅に追いやるようなことは、簡単にはできない。
ふと見るとエルマーティカの顔色が悪かった。きっとアンネグレートも同じく青い顔をしていることだろう。
セルディーネは二人を交互に見つめて、ふっと息を漏らした。
「さすがに刺激が強かったですね。早々に息子さんの行く末を決めた事を……後悔していますか、エルマーティカ?」
「……いいえ。私の決断は間違っていないと、自信を持って言えますわ。愚息は女性にだらしのない、最低の部類の男です。国にもいらないと判断されているのでしょう? それを我が子可愛さに庇い立てても、何の益もないどころか家の汚点になりかねない。わたくしの判断は、女としても、フレンケル侯爵家夫人としてもなんら後ろ暗いところはありません」
「では、母として後悔したのならば……その後悔が他を圧倒したのならば、前言は撤回してもらって構いません。家族が必要としている人間を、我が国に送ることはありませんから。あくまで探しているのは後腐れなく連れて行ける者なので」
エルマーティカは答えずに、ただ両手を固く握った。
何か言おうと彼女が口を開くのを制止するようにセルディーネは片手を上げた。
「これを言うのは貴女がたの矜持を傷付けることになるかもしれませんが、大切なことなので言わせてもらいます。我が国では、こちらの事情で大切なご家族、または未来の伴侶を失った方々に対して見舞いの品を送る用意があります。本来ならば国外に出ることのない特大規格の魔晶石。それを、差し上げます」
セルディーネは両手を輪にして「このくらいかな?」と大きさを示してみせた。
アンネグレートはもちろん、エルマーティカにも思いもよらない大きさだったらしく、二人は同時に目を見張った。
物で釣るなんて! と反発する余地もないほどの価値に二人は咄嗟に何も言え無かった。
その衝撃が冷めやらぬうちにセルディーネが言葉を重ねる。
「お渡しする条件は、対象の人物が『月来香の館』を二十回、利用すること。そして、それまでに、秘密を明かされた者が対象者が『館』に通うのを、一度でも咎めること。……これはわたくしどもの主旨と真逆の条件のようですが、形だけでも制止したという事実がないとダメなのですよ。それによって、その人物は親しい者が止めたのに傲慢にも聞き入れなかった、と判断しますからね。だから、形だけでいい。本気で止めなくてもいい」
本気で止めなくても、いい?
アンネグレートは大きく瞬きをしてセルディーネを見つめた。
エルマーティカも怪訝そうに彼女の様子を伺っている。その顔に淑女の微笑みは無かった。
セルディーネは二人が充分に驚いているのを、どこか楽しげに笑っている。再び膝の上で両手を組んで彼女は身を乗り出した。
密やかな声は、やはりどこか楽しげだった。
「男など、言い方ひとつである程度は行動を操れる。哀れみを覚えさせて庇護させることも、苛立ちを覚えさせて反発させることも、きっと貴女たちならばできるでしょう? そこはお任せします。どちらを選んでもいい。……ああ。逆に、可哀想に思ってしまったのならば、そこで本気で止めればいいのです。止めて聞かなければ、対象者の熱が冷めるまで屋敷に閉じ込めるのでもいいし、我が国の『館』ではなく他の娼館に導くのもありです。貴女がたが下した判断を、こちらが咎めることはありません」
無理に連れていけば火種となる。
彼女は先ほどそう語った。だから無理強いはしないし、ここで即決を迫ることもしない。
それは真実なのだろう。
だけど、とアンネグレートは思った。
彼女は明らかに戸惑うアンネグレートとエルマーティカを見て愉しんでいる。
王族であるエルマーティカが、なぜ他国でこのような仕事をしているのかを、彼女は明かすつもりはないだろうし、アンネグレートも問うつもりはない。
そこを突付けば恐ろしいものが飛び出してきそうな気がするのだ。
それがどのようなものかは想像もつかないが、知らないほうがいいに違いない。
ファルバライト女王国は神秘の国である。
ライリカ王国から遠く離れた、噂も滅多に入ってこない国。
しかし、魔晶石という、大魔法の核と成りうる貴重な資源を有する権威ある国だ。
歪んだ王国の、歪んだ王族。
一介の貴族令嬢に過ぎないアンネグレートが、深く関わるには危険すぎる相手である。
アンネグレートは身震いを堪えて懸命に微笑んだ。その微笑は目の前の人物にどのように見えるのだろうか。できることならば、少しでも余裕のある笑みであってほしい。そう願いながら。
「ありがとうございます。お二人のお話を参考にして、わたくしは自分自身の決断をいたしますわ」
アンネグレートの慎重な答えに、セルディーネは軽く鼻白んだ顔で息を漏らした。
彼女がなにを期待しているのかはわからないが、確かなことはひとつ。
アンネグレートが彼女を愉しませてあげるいわれはないのだ。
アンネグレートの決断には、自身と……ハラルドの未来がかかっている。それはセルディーネを喜ばせるのよりも、格段に重いものだ。
「そうするといい。答えの期限は彼が館を二十回利用する前まで。それはエルマーティカも同様です。取り立てて決断や翻意をこちらに知らせる必要はありませんが……問い合わせたいことなどがあったら彼女を……」
言葉を切ったセルディーネの斜め後ろで、女性外交官がスッと頭を下げた。
無表情の彼女からは、感情の一片も見出だせない。
それは彼女が過去にも同様の案件に関わってきた事を示唆しているようだった。
「彼女を通して連絡してください。ハラルド氏の館の利用回数は更新される毎に彼女からの私信という形でお知らせします」
事務的な声でセルディーネが言う。
そこからは余白を削ぎ落としたような淡々としたやりとりとなった。
契約書の記入や、注意事項、軽い質疑応答。
それらをすべて終えていよいよ席を立つという時、アンネグレートは意を決してセルディーネに問うてみた。
「貴女もいずれ、子を産むのですか?」
不躾な問い。
しかし、これまでの話を踏まえれば出てきて当然の疑問。
それに返ってきたのは彼女の自嘲とも失望とも取れない笑みだった。
そこにかすかに混じる嫌悪の色に、アンネグレートはやんわりと目を細めた。
答えないセルディーネに、アンネグレートが答える。
「わたくしは産むつもりはないのですよ」
真意を測る眼差しのセルディーネに暇を告げて、アンネグレートとエルマーティカは王宮をあとにした。
抱えた秘密が重すぎてすっかり口数の少なくなった二人だったが、それでもエルマーティカは別れ際に「必要ならばいつでも相談に乗るから、思うようにしなさい」とだけ言って帰路に着いていった。
先ほどのアンネグレートの発言は、彼女の立場ならば問い質したいところだろう。
そうしなかったエルマーティカの思慮深さに、アンネグレートは改めて深い敬愛の念を抱いた。
そして、そんな人が見捨てなければならなかったハラルドという男のことを真剣に考え始めたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
次回はアンネグレートの回想になります。
回想の中の回想…
マトリョーシカ構造です




