それ、嫉妬っていうんだよ
「――葉月。あいつのこと、好きなの?」
朝。
教室に入ったばかりの葉月は、突然そう言われて足を止めた。
「……え?」
窓際の席。
蓮が頬杖をついたまま、こっちを見ている。
「誰のこと?」
「昨日の転校生」
「ああ、悠真くん?」
葉月は少し考えてから、首を傾げた。
「まだ会ったばっかりだよ?」
「だから?」
「だから……好きとか、そういうのじゃないけど」
「……ふーん」
蓮はそれだけ言って、窓の外へ視線を戻した。
「何、その反応」
「別に」
「絶対なんかあるでしょ」
「ない」
「蓮、今日変だよ」
「お前が鈍いだけ」
「……え?」
蓮はそれ以上何も言わなかった。
葉月は不思議そうにその横顔を見る。
昔から一緒にいるから分かる。
蓮は、機嫌が悪い。
でも――理由だけが分からない。
* * *
一時間目が終わる。
休み時間になると、葉月の周りには友達が集まった。
そして、その中には悠真もいる。
転校してきたばかりなのに、悠真はすっかりクラスに馴染んでいた。
「葉月ってさ、意外と天然だよな」
「え、そう?」
「うん。昨日も――」
「ちょっと、それ言わないでよ!」
葉月が笑う。
その声が、教室の反対側にいた蓮にも聞こえた。
ちらっと見る。
葉月が笑っている。
悠真も笑っている。
「……」
別に。
何もない。
ただ、話しているだけ。
そう思う。
なのに、なぜか面白くない。
「蓮」
後ろから友達に声をかけられた。
「さっきからめっちゃ見てるけど」
「見てない」
「いや、見てるって」
「……」
「もしかして嫉妬?」
「は?」
蓮は冷たい目を向ける。
「してない」
「でも――」
「してない」
即答だった。
それ以上何も言わせないような声。
友達は苦笑した。
「はいはい」
蓮は机に視線を落とす。
――嫉妬なんかじゃない。
そう思いたい。
でも。
昨日までなら気にならなかったことが、今日は全部気になる。
* * *
昼休み。
「蓮、一緒に食べよ」
葉月が弁当を持ってきた。
「……ん」
いつものように、向かいの席に座る。
「今日ね、お母さんが卵焼き作ってくれた」
「そう」
「一個食べる?」
「いらない」
「おいしいよ?」
「葉月が食べれば」
「じゃあ食べる」
葉月が卵焼きを口に入れる。
「ん、おいしい!」
「……よかったな」
「蓮も食べればいいのに」
「そのうち」
「素直じゃないなあ」
葉月が笑う。
その笑顔を見ていると、少しだけ気持ちが落ち着く。
――そのとき。
「葉月!」
悠真がやってきた。
「一緒に食べてもいい?」
「もちろん!」
葉月が笑う。
蓮の眉が、ほんの少し動いた。
悠真が椅子を持ってくる。
「昨日ありがとな。学校案内してくれて」
「ううん」
「今日も放課後、お願いしていい?」
「いいよ!」
「……」
蓮は黙ったまま弁当を食べる。
箸を動かすたび、少しだけ力が入る。
「蓮?」
葉月がこちらを見る。
「何」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「でも、なんか怖い」
「元から」
「もう!」
葉月が笑う。
悠真も笑う。
それを見て、蓮は小さく息を吐いた。
――なんで俺は、こんなことで苛立ってるんだ。
* * *
放課後。
「じゃあ、蓮。また明日!」
葉月が手を振る。
隣には悠真。
「……ああ」
蓮はそれだけ返して、部活へ向かった。
その背中を葉月が見つめる。
「蓮、やっぱり変だよね」
「そう?」
「うん。昨日からずっと」
悠真は少しだけ笑った。
「……まあ、なんとなく分かるけど」
「何が?」
「いや、なんでもない」
「?」
葉月は首を傾げた。
* * *
部活が終わった。
校門を出る。
すると。
「蓮!」
葉月がいた。
「……何してんの」
「待ってた」
「先帰ればいいのに」
「一緒に帰りたかったから」
「……」
まただ。
こういうことを、何でもない顔で言う。
「ほら、帰ろ」
葉月が隣に並ぶ。
歩き始める。
しばらく、二人の間に会話はなかった。
それでも気まずくはない。
幼い頃から、ずっとそうだった。
「……蓮」
「ん?」
「今日、私に怒ってた?」
「怒ってない」
「じゃあ、なんで悠真くんと話してるとき、嫌そうな顔するの?」
「……」
痛いところを突かれた。
「別に」
「またそれ」
葉月が頬を膨らませる。
「蓮って最近、変」
「お前が気にしすぎ」
「そうかな」
「ああ」
「……じゃあいいけど」
葉月は前を向いた。
少しだけ寂しそうに。
蓮はその横顔を見る。
言いたい。
本当は。
『お前が他の男と仲良くしてるのが嫌なんだ』って。
でも、言えるわけがない。
今までずっと「幼馴染」だった。
その関係を、自分から壊す勇気なんてまだなかった。
* * *
家に着く頃には、空が夕焼けに染まっていた。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
葉月が家へ入っていく。
扉が閉まる。
蓮はその場に少しだけ立ち尽くした。
「……俺、ほんとに好きなんだな」
昨日までは、認めたくなかった。
でも今は、もう分かっている。
葉月が笑うと嬉しい。
葉月が困っていると助けたくなる。
葉月が他の男子と話すと、腹が立つ。
そして。
葉月が自分以外の誰かを好きになることを――
考えたくない。
「……はぁ」
蓮は一人でため息をついた。
その頃。
葉月は自分の部屋で、ベッドに座っていた。
なぜか、今日の蓮のことばかり考えている。
「……なんでだろ」
怒っているように見えた。
でも。
最後に見た蓮の横顔は、少し寂しそうだった。
「……蓮」
名前を口にする。
胸が、ほんの少しだけ高鳴った。
「……変なの」
まだ、葉月は知らない。
この小さな違和感が。
いつか「好き」という気持ちに変わっていくことを。
そして翌日。
そんな二人の関係を、さらに揺らす出来事が起こる。
――悠真から、葉月への誘い。
その話を、蓮は偶然聞いてしまうことになる。




