↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

幼馴染のはずだった

四月。


桜の花びらが、まだ少しだけ残っている。


高校一年生になって二週間。


新しい制服にも、まだ完全には慣れていない。


「蓮ー! 待ってー!」


朝の通学路を、ぱたぱたと走る足音が近づいてくる。


振り返らなくても誰なのか分かる。


「……遅い」


俺――蓮は、足を止めた。


数秒後、息を切らした彼女が追いついてくる。


「だって今日、髪がうまくまとまらなくて……」


「知らない」


「ひどっ」


「五分前に家出れば済む話だろ」


「五分前って、朝の五分は大きいんだよ?」


「じゃあ一生遅刻してろ」


「蓮ってほんと意地悪!」


いつものやり取り。


昔から何も変わらない。


幼稚園の頃から、ずっと一緒。


家も近い。


親同士も仲がいい。


休日だって、どちらかの家で一緒に飯を食うことも珍しくない。


だから――


俺たちは、ただの幼馴染。


少なくとも、彼女はそう思っている。


「ねえ、蓮」


「何」


「今日のお昼、一緒に食べよ」


「嫌」


「即答!?」


「友達と食えば」


「えー……蓮と食べたい」


「……」


こういうところだ。


何の悪気もなく、平気でそんなことを言う。


こっちがどれだけ意識しているのかも知らずに。


「……勝手にしろ」


「じゃあ一緒に食べるってことね!」


「都合よく解釈すんな」


「はいはい」


笑いながら、彼女は俺の隣を歩く。


肩が触れそうなくらい近い。


昔から、この距離が当たり前だった。


――だから。


俺も、これが当たり前なんだと思っていた。


この先もずっと。


そう思っていた。


* * *


昼休み。


俺は教室の窓際で、友達と話していた。


正確には、友達が話しているのを聞いているだけだった。


「蓮、今日部活どうする?」


「普通に行く」


「相変わらず真面目だなー」


適当に返事をしながら、ふと廊下を見る。


すると、見慣れた姿があった。


彼女だ。


誰かと話している。


男子。


見たことのない顔だった。


「……誰だ、あれ」


思わず呟く。


「ん?」


隣にいた友達が廊下を見る。


「ああ、転校生じゃね?」


「転校生?」


「今日から来たらしい。明るいやつだって」


どうでもいい。


そう思った。


……はずだった。


「ねえ、名前なんていうの?」


「俺? 悠真。よろしく!」


「私は――」


彼女が笑っている。


楽しそうに。


悠真とかいう男子も、彼女の話を聞きながら笑っている。


「へえ、じゃあ家この辺なんだ?」


「そうそう! 蓮の家もすぐ近くだよ」


「蓮?」


悠真が首を傾げる。


「幼馴染なの!」


彼女は当たり前のように言った。


「へえ、幼馴染かぁ」


悠真が俺のいる教室を見た。


目が合う。


「……」


「……」


数秒。


悠真がにこっと笑った。


俺は何も返さなかった。


すると、彼女がこちらに気づいた。


「あ、蓮!」


手を振る。


「おーい!」


「……」


「蓮、こっち来てよ!」


「なんで」


「紹介する!」


「別にいい」


「いいから!」


仕方なく廊下へ出る。


「蓮、この子、今日から同じクラスになった悠真くん」


「どうも」


「よろしく、蓮!」


「……よろしく」


それだけ言って戻ろうとすると。


「待って待って!」


彼女に制服の袖を掴まれた。


「何」


「せっかく紹介したのに!」


「しただろ」


「もっと愛想よく!」


「無理」


「もう……」


彼女が頬を膨らませる。


悠真が笑った。


「二人って、ほんと仲いいんだな」


「そう?」


彼女が首を傾げる。


「うん。なんか、ずっと一緒にいる感じ」


「まあ、幼稚園からだから」


「すげーな」


悠真が彼女を見る。


「じゃあ、俺も仲良くしていい?」


「もちろん!」


即答。


「放課後、一緒に学校案内してよ」


「いいよ!」


――その瞬間。


胸の奥が、妙にざわついた。


「……おい」


「ん?」


「お前、今日俺と帰るだろ」


「え?」


彼女が目を丸くする。


「忘れてた」


「……」


「ご、ごめん」


「別に」


俺はそれだけ言って教室に戻った。


「蓮?」


後ろから声が聞こえる。


振り返らなかった。


* * *


放課後。


俺は部活へ向かう途中だった。


廊下の角を曲がったところで、足が止まる。


「じゃあ、また明日!」


彼女の声。


「うん。また明日!」


悠真の声。


二人が笑っている。


俺は壁際に立ったまま、黙ってそれを見ていた。


「……」


何だ。


この感じ。


別に。


ただのクラスメイトだ。


それなのに。


なぜか、面白くない。


彼女が他の男子と話している。


それだけなのに。


胸の奥が、ざらざらする。


「蓮!」


彼女が俺に気づいた。


「待ってたの?」


「……別に」


「じゃあ帰ろ!」


「部活ある」


「え?」


「今日は先帰れ」


「そっか」


彼女は少し寂しそうに笑った。


「じゃあ、また明日ね」


「……ああ」


その隣を、悠真が通り過ぎる。


「じゃあ俺も帰るわ」


「うん! またね!」


「また明日!」


二人が手を振る。


俺は無意識に眉を寄せていた。


「……何なんだよ」


小さく呟く。


自分でも分からなかった。


ただ、嫌だった。


彼女が俺以外の男子と楽しそうにしているのが。


それがどうしてなのか。


その答えに気づいたのは、その日の帰り道だった。


* * *


夜。


自分の部屋。


机に向かっているのに、全然集中できない。


頭に浮かぶのは、昼間の光景。


彼女の笑顔。


悠真との会話。


『俺も仲良くしていい?』


『もちろん!』


「……」


ペンを置く。


くだらない。


幼馴染なんだから。


彼女に友達ができるのは普通だ。


男子と話すことだってある。


それなのに。


「……なんで、こんなに腹立つんだ」


答えは分かっていた。


分かりたくなかっただけだ。


昔からそうだった。


彼女が転んだら、誰より先に駆け寄った。


泣いていたら、どうしていいか分からないくせに隣にいた。


風邪を引いたと聞けば、何となく気になってしまう。


他の男子と仲良くしていると、面白くない。


誰かに褒められて嬉しそうにしていると、なぜか腹が立つ。


ずっと。


ずっとそうだった。


ただ、それを俺は――


「幼馴染だから」


そう思い込んでいた。


でも。


今日初めて、はっきり分かった。


俺は、彼女を。


ただの幼馴染として見ていたわけじゃない。


「……好き、なのか」


口にした瞬間。


心臓が一度、大きく跳ねた。


自分でも驚くほど、すんなりその言葉が出てきた。


「……マジかよ」


ベッドに倒れ込む。


天井を見る。


今までずっと隣にいた。


近すぎて、当たり前すぎて。


だから気づかなかった。


俺にとって彼女は――


「……好きな女の子、だったんだな」


その瞬間。


スマホが鳴った。


画面を見る。


彼女からだった。


『明日、一緒に学校行こ!』


その短いメッセージを見つめる。


少しだけ、口元が緩んだ。


けれど。


すぐにスマホを伏せる。


「……ほんと、鈍感」


俺の気持ちなんて、何も知らない。


きっと明日も、いつも通り笑って話しかけてくる。


俺も、いつも通り意地悪を言う。


そうして。


何も変わらないふりをする。


――だけど。


もう、俺は知ってしまった。


彼女が、好きだ。


だからきっと。


明日からは、今までと同じではいられない。


* * *


翌朝。


「蓮ー! おはよ!」


いつもの声。


「……遅い」


「今日はちゃんと間に合ったもん!」


「ギリギリだろ」


「いいの!」


彼女が笑う。


昨日までなら、何も思わなかった。


けれど今日は。


その笑顔を見ただけで、胸が妙に騒がしい。


「……何?」


「何が」


「なんか今日、変じゃない?」


「別に」


「ほんと?」


「ああ」


彼女が俺の顔を覗き込む。


近い。


近すぎる。


「……顔赤くない?」


「赤くない」


「赤いよ?」


「うるさい」


「えー?」


彼女が笑う。


俺は顔を背けた。


――まずい。


今までなら、こんな距離。


何とも思わなかったのに。


昨日まで「ただの幼馴染」だったはずの彼女が。


今日からは。


少しだけ違って見える。


そして俺はまだ知らない。


この日から。


彼女のほうも少しずつ――


俺を「幼馴染」ではなく、


一人の男として意識し始めることを。


二人の関係が変わり始めるのは、


もう少し先の話だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。