↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレニア王国物語 ~花冠の女王と白き神獣~  作者: n.
第一部 花冠の女王
PR
17/21

第十六章 語り継がれた物語



───────────────


『白き花の守り手』


むかしむかし。


神々は、大地にひとつの美しい国をおつくりになりました。


森には澄んだ泉を。

山には豊かな実りを。

湖には尽きることのない水を。

そして最後に、神々はその地へ魔法を授けました。


魔法を授かった人々は、風を呼び、雨を降らせ、大地を耕し、草木を育てました。

なかでも、花を育てる魔法に長けた者が多くいました。彼らが杖を振れば、荒れた野にも若葉が芽吹き、色とりどりの花が咲きました。


春には丘が淡い桃色に染まり、夏には湖のほとりを青い花が覆い、秋には金色の花が風に揺れました。

人々は花を愛し、花とともに暮らしました。


けれど、その地にはまだ、人々をひとつにまとめる王がいませんでした。


豊かな土地には多くの人が集まり、やがて力を持つ魔法使いたちは、それぞれに人々を従えるようになりました。


誰がこの土地を治めるのか。

誰の魔法がもっとも優れているのか。

誰こそが、人々を導くにふさわしいのか。


はじめは言葉だけだった争いは、やがて魔法を使った戦いへと変わりました。

美しかった野は踏み荒らされ、咲き誇っていた花は散り、人々もまた傷ついていきました。

それでも、誰も争いを終わらせることができませんでした。


そんなある日のことです。


雲ひとつない空から、一頭の白い獣が降りてきました。

雪よりも白い毛並みを持ち、陽の光を受けるたび、その身体は淡く輝いて見えました。


争っていた魔法使いたちは、誰もが魔法を止め、その姿を見上げました。

白い獣は、ゆっくりと彼らの間を歩きました。


そして、一人の魔法使いの前で立ち止まりました。


その口には、一輪の白い花がくわえられていました。

見たこともない花でした。


白い獣は、その花を魔法使いへ差し出しました。

魔法使いは戸惑いながらも手を伸ばし、白い花を受け取りました。


その瞬間――。


空が、まばゆい光に包まれました。

昼だというのに、空には無数の星が現れました。

白く、青く、淡い金色に輝く星々が、まるで天から降り注ぐように大地を照らしました。


人々は驚き、空を見上げました。

そして、さらに不思議なことが起こりました。


傷を負っていた魔法使いたちの血が止まり、深く傷ついた身体が癒えていったのです。

立ち上がることのできなかった者が、自らの足で立ちました。


それは、どれほど優れた魔法使いにもできないことでした。


人々は知りました。

これは人の魔法ではない。

天から授けられた、神々の祝福なのだと。


白い獣から花を受け取った魔法使いは、争いを終わらせました。

そして人々は、その者を自分たちの王として迎えました。


王のもとで、人々は再び大地を耕しました。

壊れた家を建て直し、道をつくり、湖のほとりには新しい町が生まれました。

踏み荒らされた野には、もう一度、たくさんの花が咲きました。


人々はその国を、セレニアと名づけました。


そして、最初の王へ一輪の白い花を授けた白い獣を――


《白き花の守り手》


そう呼び、長く語り継いだといいます。


───────────────


リリアは、しばらく頁をめくることができなかった。

本を持つ手が、わずかに震えている。


白い獣。

白い花。

空を覆う光。

そして、昼空に現れた無数の星。


あの日、自分が見たものが、頭の中に蘇る。

リリアは震える指先で頁の端を押さえ、もう一度、最後の数行へ視線を落とした。


「……似てる」


*


紙を引っかく音が、静かな執務室に響いていた。

シリウスは机に向かったまま、羽ペンを動かし続けている。


窓から差し込む午後の光が机の端まで伸び、積み上げられた書類の影を長く落としていた。

一枚に署名を入れ、脇へ置く。次の書類を引き寄せ、また羽ペンを走らせる。


扉を叩く音がした。


「入れ」


返事をしても、シリウスは顔を上げなかった。


「失礼します」


入ってきたダリアは、片手に数枚の書類を、もう片方の手に紅茶のカップを持っていた。

机の上を見て、眉を上げる。


「増えてません?」

「増えている」

「減らしてるんですよね?」

「そのつもりだ」


ダリアは書類の山をしばらく眺め、それから空いている場所を見つけて紅茶を置いた。


「とりあえず、これを」


ようやくシリウスが顔を上げた。


「頼んだ覚えはないが」

「知ってます。朝から何杯飲みました?」

「珈琲ならば五杯だが紅茶は飲んでいない」

「あまり変わらないわね…」


ダリアは向かいの椅子へ腰を下ろした。

シリウスは銀縁の眼鏡を指先で押し上げ、紅茶へ手を伸ばす。まだ温かい。

一口飲んでから、ダリアが持ってきた書類へ目を向けた。


「それは?」

「先日の星についてです。地方からの報告が追加で届きました」


ダリアが数枚の紙を差し出した。

シリウスは受け取り、目を通していく。


「北部でも、西部でも?」

「はい。星そのものは、かなり広い範囲から見えていたようです」


あの夜、セレニア王国の各地で、多くの人々が空を見上げていた。

突然現れた無数の星について、吉兆だと言う者もいれば、不吉な前触れだと恐れる者もいる。市場ではすでに、星を模した飾り物まで売られ始めているという。


「商人はたくましいな」

「感心している場合ではありません」

「していない」


ダリアはもう一枚の報告書を机へ置いた。


「それから、少し気になる話もあります」


シリウスが視線を移す。


「北部の村で、八十を越えた女性が《白き花の守り手》の名を口にしたそうです」


羽ペンを走らせていたシリウスの手が止まった。


「幼い頃、祖母から聞かされたそうです。星が降る空と、白い獣。それから、最初の王の話を」

「ほかには?」

「西部でも似た報告が一件。こちらは九十近い男性です。細かいところは違いますが、《白き花の守り手》という名は同じです」


ダリアは椅子の背へ軽く身体を預けた。


「若い世代には、ほとんど知られていないようです。ですが、あの星をきっかけに、古い伝承を語り始める人は増えるかもしれません」


シリウスは報告書を机へ置いた。


「リゲルにも確認させろ。地方ごとにどの程度残っているのか、分かる範囲で構わん」

「すでに頼んであります」


シリウスが眼鏡越しにダリアを見る。


「早いな」

「褒め言葉として受け取っておきます」


そのとき、再び扉が叩かれた。

入ってきたのはオルディスだった。


「失礼いたします」

「ちょうどいい。座れ」


オルディスは一礼し、ダリアの隣へ腰を下ろした。

シリウスが先ほどの報告書を差し出す。目を通したオルディスの表情はほとんど変わらなかった。


「やはり、残っておりましたか」

「ああ。数は少ないがな」

「長く語り継がれてきたものならば、完全に消える方が難しいでしょう」


「問題は、ここからです」


ダリアが言った。


「王宮では、すでにリリア・ローレンについて様々な噂が流れています。今はまだ憶測にすぎませんが……よからぬことを企む者が出てくるのでは、と」


ダリアの言葉に、シリウスは銀縁の眼鏡を指先で押し上げた。


「私も懸念している」

「王太子殿下は、まだ十歳でいらっしゃいます」


オルディスが静かに口を開いた。


「リリア・ローレン本人にその意思がなくとも、利用しようとする者が現れないとは限りません」

「……そうだな」


シリウスは机上の報告書へ目を落とし、困ったようにひとつ息を吐いた。


「これ以上、余計な噂を増やしたくはない」

「彼女について知る者を、これ以上増やさないことです」


オルディスの声は穏やかだった。


「少なくとも、血筋と石碑については」

「そこはすでに制限している」


「本人には、どこまで?」


ダリアが尋ねた。


「血筋と石碑については伝えてある」

「あの言い伝えについても?」

「いや。今のところは、それだけだ」


ダリアが小さく頷く。


「殿下のお耳に、妙な形で入るのも避けたいですね」

「ああ」


ノアはまだ十歳だ。

王太子として、いずれ王となるための務めを背負っている。

そんな彼の周囲で、別の継承資格者についての噂が広がれば、何が起こるか分からない。


「宮廷の連中が余計なことを考え始める前に、こちらで手を打つ必要がある」


シリウスは言った。


ダリアが腕を組む。


「ですが、いつまでも彼女を客室に置いておくわけにもいきませんよ」

「分かっている」

「本人にも、もう少し事情を理解してもらう必要があるのでは?」


シリウスは黙ってダリアを見る。


「政治に関わらせるという意味ではありません。王家の歴史や、この国の仕組み。王宮がどういう場所なのか。自分が今、何に巻き込まれているのかを理解できる程度には」

「私も賛成です」


オルディスが頷いた。


「何も知らないことが、必ずしも彼女を守るとは限りません」


シリウスは椅子の背にもたれ、眼鏡を外した。

指先で眉間を押さえる。


「……仕事が増えるな」

「いつものことでしょう」


ダリアは、さして同情する様子もなく紅茶を一口飲んだ。

シリウスは困ったように息を吐いた。


「それもそうだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。