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鉄の墓場―コイツはまだ死んでない―  作者: 八雲 海


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9/14

第九話 組み上がるまで

十二月の後半になった。

冬至とうじを過ぎて、日が短くなった。工場に夕陽が差し込む時間が早くなった。

ミカは週に三度、工場に来るようになっていた。

気づいたらそうなっていた。

――――

村上の作業は、着実に進んでいた。

フレームの錆を落とした。防錆ぼうせい処理をした。棚に集めたパーツを一つひとつ確認して、使えるものから取り付けていった。

ミカは工具を手渡した。部品を押さえた。懐中電灯で照らした。

言葉は少なかった。

しかし作業は続いた。

――――

ある日、村上が言った。

「お前、旧車の記事を書いているんだろう」

「はい」

「エンジンの仕組みはわかるか」

「少しは」

「少しじゃ足りない」村上は言った。「教えてやる」

それからその日の午後は、作業が止まった。

村上がS20の構造を説明した。

直列六気筒。DOHC二十四バルブ。各部品の役割。組み付けの順番。どこが重要で、どこが繊細せんさいか。

ミカはメモを取った。

村上は丁寧に教えた。言葉が多い日だった。

――――

「なぜ急に教えてくれるんですか」とミカは聞いた。

村上は言った。

「お前が書くんだろう。いつか」

「記事にするつもりはまだ決めていません」

「記事じゃなくてもいい」村上は言った。「お前が書くなら、正確に書け。エンジンのことを知らずに書いた文章は、読めばわかる」

ミカは頷いた。

「わかりました」

「S20は怒らないエンジンだ」と村上は言った。「どこまでも真面目に回る。それを書く時に、なぜ真面目に回るのかわかっていなければ、ただの言葉になる」

「なぜ真面目に回るんですか」

村上はエンジンブロックに手を置いた。

「各部品の精度が高い。そして組んだ人間が、手を抜いていない。機械というのは、作った人間の仕事がそのまま出る」

村上は自分の手を見た。

「俺が組んだから、このエンジンは真面目に回る。そう思っている。おこがましいかもしれないが」

ミカは首を振った。

「おこがましくないです」

――――

年が明けた。

令和七年れいわしちねん、一月。

工場に年賀状ねんがじょうが一枚も来なかった。村上が言った。「出さないから来ない」。それだけだった。

ミカは小さな手土産を持って工場を訪ねた。くり羊羹ようかんだった。

村上は受け取って、棚に置いた。食べなかった。しかし捨てもしなかった。

翌週来ると、半分なくなっていた。

――――

一月の半ば、ミッションが取り付けられた。

村上は取り付けが終わると、その場に立ったまま少し動かなかった。

「どうしましたか」とミカは聞いた。

「見ていた」と村上は言った。

「何を」

「少しずつ車になっていくのを」

ミカも並んで見た。

フレームにエンジンが載り、ミッションが付いた。まだボディはない。タイヤもない。しかし確かに、車の形に近づいていた。

「祖父が見たら、何と言うでしょう」

村上は少し考えた。

「何も言わないだろう」と村上は言った。「ただボンネットに手を置く。それだけだ」

「それだけで十分ですか」

「健一はそういう男だった。言葉より手の方が正直だ」

――――

二月に入った。

ボディの補修が始まった。

村上は板金ばんきんの道具を引っ張り出してきた。長い間使っていなかった道具だった。

「板金もできるんですか」とミカは聞いた。

「解体屋をやる前は、板金屋だった」と村上は言った。「何でもやった。エンジンも、板金も、塗装も」

「すごいですね」

「すごくない」村上は言った。「食うためだ。昔の職人はみんなそうだった。専門だけやっていたら食えない時代だった」

村上はハンマーを手に取った。

「ただ、何でもやっているうちに、何でもできるようになった。それだけのことだ」

――――

ボディの錆を落とした。

へこみを叩いて直した。

白い塗装を重ねた。

そしてボンネットを黒く塗った。

工場に塗料の匂いが満ちた。

乾くまで、二人は外で待った。

十二月から始まって、二月になっていた。

外は寒かった。しかし空が青かった。

「村上さん」とミカは言った。

「なんだ」

「この仕事が終わったら、どうするんですか」

村上は空を見た。

「終わってから考える」

「終わらなかったら」

「終わらせる」村上は言った。「終わらせてから死ぬ」

ミカは村上を見た。

「縁起でもないことを言わないでください」

「七十歳だ。縁起でもないことを言う年齢だ」

――――

塗装が乾いた。

工場の中に戻った。

白いボディに、黒いボンネット。

昭和四十七年の春、雨のサーキットを走った車が、少しずつ戻ってきていた。

村上はボンネットに手を置いた。

しばらくそうしていた。

それから言った。

「もう少しだ」

誰に言っているのか、ミカにはわからなかった。

しかし誰かに届いている気がした。

第九話 完


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