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鉄の墓場―コイツはまだ死んでない―  作者: 八雲 海


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7/12

第七話 エンジンが戻る日

エンジンが届いたのは、翌週の水曜日だった。

朝一番に運送会社のトラックが工場に来た。

村上は早朝から工場にいた。ミカが着いた時、村上はすでにシャッターを全開にして、工場の床を掃いていた。

「珍しいですね」とミカは言った。「掃除をしているのを初めて見ました」

「知るか」

村上はほうきを棚に戻した。

――――

トラックから木箱が降ろされた。

村上は木箱の前に立った。

ふたを開けた。

梱包材の中に、S20が収まっていた。

思っていたより、小さい。

村上はしばらく動かなかった。

工場の外で、冬の風が鳴った。


たまけするぞ」


村上がチェーンブロックのフックを掛けた。

ワイヤーが張った。

エンジンが宙に浮いた。

村上はブロックの下に立ち、両手で側面を支えた。

振れを止める。

それだけの力に、腕が鳴った。

台の上に、静かに下ろした。

手を離した。

――――

ミカは村上の横に立った。

二人でエンジンを見た。

錆が浮いている部分がある。長い年月の痕跡こんせきだった。しかしブロックはしっかりしている。ヘッドカバーにゆがみはない。

「直りますか」とミカは聞いた。

「やってみなければわからない」村上は言った。「ただ、本間さんが二十年火を入れ続けた。完全に死んではいない」

村上はエンジンに手を置いた。

「コイツは生きている。俺にはわかる」

――――

その日から、村上の仕事が変わった。

解体屋の仕事は午前中だけにした。午後は全てハコスカに充てた。

ミカが週に二度、工場を訪ねた。

村上は黙って作業した。ミカは横で見ていた。時々、工具を手渡した。それだけだった。

しかし工場の空気が変わっていた。

以前は静かだった。今は何かが動いている感じがした。

――――

村上は一つひとつ部品を確認した。

棚に集めたパーツを取り出して、状態を調べる。使えるものと、使えないものを分ける。使えないものは、また探す。

「気が遠くなる作業ですね」とミカは言った。

「慣れている」と村上は言った。「エンジンを組むというのは、そういうものだ。一つひとつ確認して、一つひとつ合わせていく。急いだら終わりだ」

「昭和四十六年に組んだ時も、同じでしたか」

村上は手を止めた。

「同じだ」と村上は言った。「ただ、あの時は二十一歳だった。今は七十だ」

「何が違いますか」

「手が遅くなった」村上は言った。「でも丁寧になった」

――――

「西川さん」とミカは編集部で声をかけられた。

「例のハコスカ企画、進んでいるか」

「進んでいます」

「来月号に間に合うか」

ミカは少し詰まった。「まだ、取材を続けている段階です」

悠長ゆうちょうだな」西川は言った。「幻のGT‐Rを追う、というのが企画の売りだ。見つかったなら、さっさと書け。読者が待っている」

「もう少し、時間をください」

西川はミカを見た。「お前らしくないな。いつもは締め切りより早く出すのに」

ミカは答えられなかった。

「まさか、情に流されているんじゃないだろうな」西川は言った。「取材対象と近づきすぎるのは、ライターとしては危険だぞ」

「わかっています」

「わかっているならいい」西川は言った。「来月号は無理でも、再来月号には出せ」

ミカは頷いた。

編集長のデスクを離れた。

西川の言葉は正しかった。取材対象と近づきすぎている。客観性を失っている。プロとして失格かもしれない。

しかし、と思った。

村上が五年かけてパーツを集めた話を、締め切りのために急いで書けるだろうか。

――――

ある日、村上が棚から古い紙を取り出した。

手書きのメモだった。

「なんですか」

「S20を組んだ時のメモだ。トルクの数値。部品の順番。自分で書いた」

ミカは紙を見た。細かい数字と図が並んでいる。五十年前の字だった。

「五十年前のメモを、まだ持っていたんですか」

「捨てられなかった」村上は言った。「いつかまた使うと思っていた」

「本当に使う日が来ましたね」

村上はメモを作業台に広げた。

「遅すぎたかもしれない」

「そんなことはないです」

「七十歳だぞ」

「だから間に合ったんです」とミカは言った。「六十九歳までに来ていたら、エンジンはまだ北海道にありました」

村上はミカを見た。

それから小さく鼻を鳴らした。

笑ったのかもしれなかった。

――――

その夜、ミカは編集部で記事の下書きを書いた。

しかし途中で手が止まった。

記事にするつもりで来た。それは今も変わっていない。

しかし何かが違う気がした。

村上が五年かけてパーツを集めた話。本間が二十年エンジンを守った話。フレームに彫られた祖父の名前。

これは記事の話ではない。

ミカはパソコンを閉じた。

また明日、工場へ行こうと思った。

第七話 完


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