第五話 パーツを探す男
十二月になった。
ミカは週に一度、工場を訪ねるようになっていた。
村上は毎回、作業をしながら話した。顔を上げない。手を止めない。それでも話した。ミカが来るのを、待っていたのかもしれなかった。
――――
この日、工場に入ると、いつもと違うものが並んでいた。
棚の上に、部品が置いてある。
古いシート。メーター。小さなボルトや、ゴムのパッキン。
ミカは近づいた。
「これは」
「集めたものだ」と村上は言った。作業の手を止めずに。
「どこから」
「いろんなところから」
村上はようやく顔を上げた。
「五年前から始めた。売ったパーツを、買い戻している」
――――
ミカは棚を見回した。
帳簿に書いてあった部品が、少しずつ戻ってきている。
「全部買い戻せたんですか」
「まだだ」村上は言った。「エンジンだけがまだ見つからない」
「S20が」
「ああ」
村上は立ち上がって、棚の前に立った。
「埼玉の旧車業者に売った。その業者はもう廃業している。その後、エンジンがどこへ行ったかわからない」
村上は棚に並んだ部品を一つずつ見た。
「ミッションは栃木のレースチームから買い戻した。シートは東京のコレクターが売ってくれた。メーターは大阪から取り寄せた」
「みんな、売ってくれたんですか」
「売ってくれた人間もいる。売ってくれなかった人間もいる」村上は言った。「売ってくれなかった人間には、事情を話した」
「どんな事情を」
「本当のことを話した。あのレースのことを。フレームに名前が彫ってあることを」
村上は棚から古いシートを持ち上げた。
「するとみんな、売ってくれた」
――――
「なぜ五年前に始めたんですか」とミカは聞いた。
村上は答えなかった。
しばらく作業を続けた。
それから言った。
「仲間が最後に死んだのが、六年前だ」
工場が静かになった。
「五人いたチームで、俺が最後に残った。その翌年から始めた」
村上は工具を置いた。
「チームのみんなはもう死んでいない。俺だけだ。俺しか居ない」
窓の外に、十二月の風が吹いた。
「だからコイツを起こす。俺が起こさなかったら、誰が起こす」
――――
ミカは棚の部品を見た。
五年かけて集めたものが、ここに並んでいる。
誰にも言わずに。一人で。
「なぜ誰にも言わなかったんですか」
「言う相手がいない」
「私に言えばよかった」
「お前を知らなかった」村上は言った。それから少し間を置いた。「それに、これは俺の仕事だ。人に頼む話じゃない」
「一人でできますか」
「できるかどうかじゃない」村上は言った。「やるかどうかだ」
――――
「エンジンを探すのを、手伝わせてください」とミカは言った。
村上は首を振った。
「お前には関係ない」
「祖父の車です」
「健一の車じゃない。あのハコスカはチームの車だ。健一だけのものじゃない」
「わかっています」ミカは言った。「でも祖父はフレームに名前を彫った。それだけの思いがあった車です。私にも関係があります」
村上は黙った。
ミカは続けた。
「私は旧車専門誌のライターです。旧車業者のネットワークがあります。エンジンの行方を探すのに、役に立てます」
村上はミカを見た。
長い間、見ていた。
「埼玉の旧車業者の屋号は『カネダモータース』だった。平成十五年頃に廃業している」
ミカはメモ帳を取り出した。
「それだけわかれば、探せます」
村上は答えなかった。
しかしミカがメモを取るのを、止めなかった。
――――
編集部に戻ったのは、夜になってからだった。
ミカはすぐにパソコンを開いた。
旧車業者のデータベース。廃業した業者の記録。埼玉県。カネダモータース。
三十分後、一つの手がかりが見つかった。
廃業したカネダモータースの在庫を、まとめて引き取った業者がいた。
北海道の旧車コレクターだった。
ミカは電話番号を調べた。
翌朝、電話をかけた。
呼び出し音が三回鳴った。
「はい」
老人の声だった。
「突然申し訳ありません。相沢と申します。S20エンジンについてお聞きしたいことがあります」
少し間があった。
「S20か」と老人は言った。「どのS20だ」
「昭和四十七年に、非公式のレースで走ったハコスカのエンジンです」
電話の向こうで、息を呑む音がした。
「お前さん、何者だ」
ミカは答えた。
「そのハコスカのドライバーの孫です」
長い沈黙があった。
それから老人は言った。
「会いに来い。そのエンジンなら、俺が持っている」
――――
ミカはすぐに村上に電話した。
三コール《呼び出し音三回》で繋がった。
「見つかりました。北海道です」
電話の向こうで、村上が黙った。
しばらくして言った。
「そうか」
それだけだった。
しかしミカには聞こえた。
村上の息が、少し乱れていた。
第五話 完




