第73話
アイが文章を読み始めてから十分ほど。アイは文章から目を離し、マーガレットの方へと向き直る。
「どうやら彼が言っていることは本当のようですね」
その言葉を聞いたマーガレットはこれでもかというほど目を丸くする。
「ルイス家は本当に没落したということなの?」
「そうですね。なんでもお金の使い過ぎで使用人への給料も滞り、最後は税金の横領の疑いが出て貴族の位を剝奪された……とここには書いてあります。ほかにも、北の大陸でマーガレット様について調査をしていた探偵はルイス家に雇われて動いていたとのことでルイス家が没落した結果、契約がなかったことになったのだとか……」
「なるほど……」
アイの手元にある文章についてはマーガレットが直接読むことは出来ないが、彼女がそう書いてあるというのならそれが真実なのだろう。なぜ、エルフの情報誌にルイス家の衰退について書かれているのかという疑問は残るが、『嘘を書くことは出来ない』ということと、『アイはマーガレットの味方である』という前提に立って考えれば、この話を信じないという選択肢は自然と消滅してくる。
「それにしてもルイス家はなぜそんな事態になるまでお金を使いこんでしまったのかしら?」
「……そこまでは書いてありませんね……ただ、推測の域を出ない話で良いのならマーガレット様の捜索にお金をかけすぎた……とかじゃないですか? 急に全世界に手配書をばらまいたり探偵を雇ったりしているわけですからかなりのお金がかかっているはずです。最も、そこまでしてマーガレット様の行方を追おうとした理由はいまいちわかりかねますけれど……」
アイの言葉を聞いてライは小さく手を叩く。
「おーアイ殿は聡明ですね。まさしくその通りですよ。私も理由までは存じ上げませんがルイス家はかなりの資金をかけてマーガレット殿を捕まえようとしていたようです。最も、彼らは最後の最後までマーガレット殿の行方をつかむことは出来なかったようですが」
「なるほど……つまり、あなたが私にしたかった話というのはこれについてということでよかったですか?」
「そうですね。それが主な話題です。それともう一つあなたに聞きたいことがありまして……少々お待ちください」
そう言ってからライは立ち上がり、部屋から出ていく。その後ろ姿を見送ったマーガレットはアイの方へと視線を送る。
「……これ以外に話したいことって何かしら?」
「うーん。そうですね……そもそも、この話を私たちにする時点で彼が何をしたいのか謎ですし、警戒するに越したことはないかもしれませんね」
「そうよね。私たちにとっては朗報だけれど、彼に取ったらどうでもいい情報だものね。わざわざ街中で私たちを呼び止めてまでするような話だとは思えないわ」
そのような会話を交わしているうちにライが部屋に戻ってきて、マーガレットたちの前に先ほどと同じような紙を差し出す。
「これは?」
マーガレットが尋ねると、ライは笑顔を浮かべて返答する。
「あなた方が集めているモノについての噂です。あくまでもエルフの間では推測の域を出ない情報とされていますけれどね。まぁルイス家のことについて伝えたのでその代わりにこの噂の真偽について尋ねたいなと思いまして」
彼が言っている『集めているモノ』というのは間違いなく聖書のことだろう。これが絡んでくると一気に話がややこしくなってくる。しかも、こちらは『ルイス家の現状についての情報』という報酬を受けった後での出来事だ。こうなって来ると、マーガレットはアイの助言に従ってここに来たことを若干公開し始める。目の前に置いてある文章にどのようなことが書かれているのかはわからないが、聖書のことが関係者以外に知れ渡ってしまうような事態に陥るのは決していいこととは言えない。
「……私たちが集めているモノですか……」
そうつぶやいてからアイは文章を手に取り、視線を落とす。その姿を横目に見ながらマーガレットは深く考え込む。
そもそも、アイが今読んでいる文章に聖書についてどれだけ細かく書かれているのかわからないが、聖書に関する情報は今でこそ世界規模での国家機密ということになっているモノの、発見当初は真偽不明の謎の存在として研究対象になっており、北の大聖堂の調査に加わった多くの研究者たちがそのぞんざいを知っている。となれば、そのうちの一人や二人からエルフにそのようなモノがあるという情報が流れていてもおかしくはないだろう。そうなると問題はエルフが聖書についてどの程度の情報を得ているかという点になって来る。もし仮に五つの大陸を巡って聖書を集めればどんな願い事でもかなうということまで知っているのなら、自分たちの旅の目的まですべて見透かされているということになるからだ。
もしも、ライから聖書に関しての何かしらの情報、もしくはそれそのものを渡してほしいようなことを言われたらどう切り抜けるべきか……そのようなことを考えるマーガレットの横でアイは淡々と文章を読んでいく。その時間は先ほどルイス家に関する文章を読んでいる時間とあまり変わりないのかもしれないが、マーガレットからすれば何倍も長く感じる。
「……なるほど。そう言うことですね」
そう言った中でアイは文章を読み切り、それを机の上に置いた。
「つまり、私たちから『集めているモノ』の詳細を聞きたいということで良いですか?」
どのような内容が書かれているのかと見守っていたマーガレットの横でアイが淡々とライに問いかけた。




