第68話
ザドの大聖堂に戻り文献調査を行った結果、闇市のことを比較的早く察知できたためか、流出した文献は幸いにもまだ少なく、また新しい司祭の積極的な協力もあり調査はスムーズに終了した。
ザドの大聖堂での調査を終えたマーガレットたちは謝礼金を受け取り、さっそくザド駅から列車に乗り込んでいた。
「いやぁそれにしても完全ではなかったとはいえ文献調査ができてよかったですね」
ザドから東へ向かう列車の中でアイがマーガレットに声をかける。
「そうね。思っていたほど流出していなかったから助かったわ。これもあなたやリア、協力してくれたエルフたちのおかげね」
そう言いながらマーガレットは昼食であるパンを口にする。現在、マーガレットたちは今回の件に関して協力をしてくれた礼をするために一路シャルロを目指していた。ついでに言えば、シャルロ周辺で再び薬を売ってある程度路銀を稼ぐつもりでもある。
「それにしてもあんなに早く情報が出回る者なのね。驚いたわ」
「そうですね。エルフは数が少数ということもあって強いつながりがありますし、ここは北の大陸と違って連絡手段も変わって来るので効果が出るまで早かったのかもしれませんね」
おそらく、アイは今回の件に関して効果が早く出た要因として、北の大陸以外で使われているとみられる電話について言及しているのだろう。電話だったら、距離が離れていても手紙とは違ってすぐに情報を伝えることが出来るのでそれを利用していち早くザド周辺のエルフに情報を流したのだろう。そう考えると、科学の発展というモノも必ずしも悪とは言えないのかもしれない。
マーガレットがそう言ったことを考えている向かい側でアイもまた昼食であるパンを口にする。南部連邦を走る列車の車内販売で売られているこのパンは価格も安く味も悪くないためマーガレットたちは南の大陸を移動しているときは重宝している。そんなパンを食べ終わったマーガレットはあることを考え始め、白い壁で構成されている家が並ぶ車窓へと視線を移して小さくため息をつく。
「……何か心配事ですか?」
そんなマーガレットの姿を見てアイが声をかける。
「心配事ね……心配っていうわけじゃないけれど、先生の……アリス教授のことを考えていたのよ」
「アリス教授ですか? それはマリーと一緒にいるから変なことに巻き込まれていないか心配……とかですか?」
アイが尋ねると、マーガレットはアイの方へと視線を移してから返答をする。
「そうね。マリーのこともあるけれど、今回の件、先生だったらどうしたんだろうって考えちゃって……数は少なかったとはいえ文献が流出したのは事実だし、多くの部外者に頼ってしまったのもまた事実でしょう? だから、先生だったらもっと上手にできたのかなって……そう考えていたの」
今回の聖書の件に関しては秘密にしなければならない部分が大部分を占める。本来だったら、大聖堂に隠し部屋があることも関係者以外に広く話すことはあまりいいこととは言えないだろう。しかし、今回は南の大陸に住む多くのエルフに大聖堂に隠し部屋があることを示唆してしまった形となる。そうした状況の中でアリス教授だったら自分と同じような選択をしたのだろうかとふと考えてしまったのだ。
そう言ったことを考えているマーガレットに対して、アイは小さく笑みを浮かべて答える。
「……アリス教授がどう動くかはわかりませんが、今回のマーガレット様の行動は提案した私が言うのもなんですが、間違ってはいないと思いますよ。無理に私たちだけで解決しようとしたところで解決できるものではありませんし、この先も誰かに頼らなければならない場面というのは出てくると思います。大事なのは『例の本』について明かさないことであって、大聖堂に多数の文献が眠っていることは少しぐらい知られても問題はないと思います。もちろん、今回ザドの大聖堂に多くの文献が眠っていることが広く知られてしまって盗難のリスクが出てしまったというのは事実かもしれませんが、それを管理するのはザドの大聖堂の仕事だと思いますし、アルベルトのような人間が管理をしない限りはこれ以上の問題は起こらないと思いますよ。まぁ私も預言者ではないので必ずしも私の言っていることは正解ではないのかもしれませんが……とにかく、私の言いたいこととしてはすでに過ぎ去ったことは取り返せないので、私たちは次に進むことと、今回の件について協力してくれた人たちにちゃんと感謝をするというのが大事なんじゃないかということですよ」
アイの返答を聞いてマーガレットも少しだけ笑みを浮かべる。
「……確かにあなたの言う通りかもしれないわね。ちょっとだけ楽になったわ」
「それならよかったです」
そう言った会話を交わすころには列車はシャルロ駅を出発し、シャルロの森の近くにあるシャルロ東駅へと近づいていく。
「さて、降りる準備をしましょうか」
「はい。そうですね」
マーガレットたちはお互いに棚から荷物を下ろして列車を降りる準備を始める。そのころには窓の向こうにシャルロの森を構成するうっそうとした森が見え始めていた。




