第37話
ルッシの大聖堂の広間で文献調査が始まってから約二週間。ようやく東部連邦に住む魔法の専門家も加わり、魔法関連の調査も順調に進み始めていた。
東部連邦には魔法使いはあまりいないとのことだったのでそこまで期待はしていなかったのだが、派遣されてきた魔法使いは三人でいずれも年配の男性だ。
マーガレットたちは彼らと力を合わせて残されている魔導書やマジックアイテムの解析を続け、ようやく終わりが見えてきていた。
そんな中で、マーガレットとアイはダニエルに呼び出され、いったん調査を離れて最初に聖書の調査について話をした個室でダニエルと対面していた。
「いやはや、これだけの量の文献調査、本当にありがとうございます」
ダニエルの口から最初に出たのは感謝の言葉だった。
「いえいえ。こちらこそ、大聖堂の歴史に関する貴重な調査に携われて光栄です」
それに対してらマーガレットは少し慎重に言葉を選びながら答える。今、ダニエルがわざわざ自分たちを呼び出したのはなぜなのか。それを見極めるようにしながらマーガレットは次の言葉を紡ぐ。
「ところで私たちをここに呼んだ理由を聞いてもいいですか?」
「そうですね。さっそく本題に入らせてもらいますと、今回の調査についてなのですが魔法関連の専門家の手配もつきましたので、お二人には謝礼金支払いの上で次の大聖堂へと向かってもらおうかと思いまして」
ダニエルの話を聞いてマーガレットは驚きの表情を浮かべる。
「いいんですか? まだ調査は終わってませんよ」
そんな言葉をかけるマーガレットに対して、ダニエルは笑顔で答える。
「大丈夫です。手配した専門家の方と今朝方話をしまして、お二人には抜けてもらっても大丈夫だとのことでしたので……それで報酬の方ですが、国と話をした結果、南東海峡に面するリモニアまでの切符と二週間分の調査の謝礼金をお渡しすることになりました」
ダニエルの言葉にマーガレットはさらに驚く。そんなに都合のいいことがあるのだりうかと。
そのようなことを考えながらアイの方を見てみると、アイも同様な感想を抱いているのか、驚きの表情を浮かべながらこちらを見ており、ちょうど二人で見合わすような形になる。
「そうですね。確かに南の大聖堂へ向かえるならありがたいですけど……」
マーガレットがそういうと、ダニエルは近くの棚から事前に用意してあったであろう切符と謝礼金が入った袋を取り出して机の上に置く。
「こちらが今回の報酬となります」
「ありがとうございます」
マーガレットは礼を言いながら、謝礼を受け取り、そのあと作業に携わっている人たちにあいさつをしてから大聖堂を後にする。
「それにしても、急な展開でしたね」
「そうね。やっぱり、何か仕掛けがあるんじゃないかとすら思えてくるわね……」
マーガレットとアイはそのような会話をしながら馬車へと乗り込んだ。
*
大聖堂があるルッシから南東海峡に面する町東部連邦リア共和国リモリアを目指す列車の中。
マーガレットとアイは二人掛けの椅子が進行方向へ向けて並ぶ車内で二人並んで座っていた。
「久しぶりに寝台じゃなくて普通の客車ね」
「そうですね。ルッシに着くまでは狭い寝台ばかりでしたからね」
寝台ではなくて椅子が並ぶ一般的な客席になったからと言って広くなったわけではないのだが、一定数ずつに区切られていない分、何となくだが開放感がある。
ダニエルが言うにはルッシからリモリアまでは列車で数時間の距離で、このまま行くとリモリアに到着後いったん宿に泊まり、その後南東海峡を越える船に乗るのが一番いいだろうとのことだった。なので、マーガレットたちはそれに従って大陸の最南端を目指す列車に乗っているというわけだ。
「それにしても、今のところはかなりことが上手く進んでいますね」
「えぇそうね。もしも、私の仮説が本当だったら、この先もこうなのでしょうけれど、そうはいかないかもしれないわね」
そう言いながらマーガレットは窓の外へと視線を送る。
「どうしてそう思うのですか?」
それに対して、疑問を呈すアイにマーガレットは視線をそのままに返答をする。
「これまでがあまりにも順調すぎるのよ。南部連邦がどんな場所が詳しくは知らないけれど、全部が全部あまりにもうまくいきすぎたら『例の本』の願いのありがたみがなくなるでしょう? まぁこれまでが偶然じゃなくて『例の本』に仕掛けられている何かしらの仕組みのおかげでうまくいっているのなら、『願い』の代償がかなり大きいという可能性も考えられるけれど……」
マーガレットは自分の頭の中を整理する意味でもアイに自分の考えを話していく。
大聖堂の調査中にも話はしたが、今までの旅程はあまりにも都合がよく行き過ぎている。北部連邦から出られないと思えば都合のいい依頼が目の前に現れ、東部連邦で路銀に困れば思いついて実行したことが思っていた以上にうまくいく……もしも、この状況が続くのならこれは単なる偶然ではなくて、聖書によって仕組まれているものではないかと……それに対してアイは少々明るい声で答える。
「大丈夫じゃないですか? 仮に『例の本』のありがたみがなくなるほどことが上手くいって、『願い』の代償があまりにも大きかったらそこで立ち止まればいいんですよ。もし、そのせいでマーガレット様が不利な立場になったとしても私はずっとついていきますよ」
アイの言葉にマーガレットは少し笑みを浮かべて返答する。
「そう。ありがとう」
そう言って、マーガレットはアイの頭をなでる。
「……子供扱いはしないでほしいのですけれど……」
「たまにはいいじゃない」
そんな会話をしている二人を乗せた列車は南へ向けてひた走って行った。




