第3話
フラン魔法大学校の校門付近。マーガレットとアイはお互いに黙ったまま学校を出ようとしていた。マーガレットの頭の中にあるのは先ほどアリス教授と間で交わされた会話についてだ。
アイはマーガレットについてある程度下調べをしているかのようなことを言っているが、アリス教授が指摘する通り、それがどの程度のモノなのかマーガレットは把握できていない。なぜ、それを把握したいのかと言えば理由は単純でマーガレットからすればあまり人に把握されたくないような秘密が多々あるからだ。はっきりと言ってしまえば『魔導書やマジックアイテムの収集が趣味の魔女マーガレット』というのは単なる着ぐるみに過ぎない。その実は家でのもろもろの出来事が嫌になって出奔している貴族の令嬢である。さらに言えばマジックアイテムや魔導書の収集も単なる趣味ではなく『ある目的』があってやっているという側面もある。もしも、アイがマーガレットの実家から依頼を受けて素行調査をしているのなら、今自分が何を思ってこういったことをしているのかという点については悟られないようにしなければならないだろう。
そのあたりの事情をアリス教授はしっかりと把握しているからこそ心配して、あのような行動に出たともいえる。
しかし、アイの意図がどのようなところにあっても彼女がマーガレットを追いかけるという点については変わらないだろうし、むしろこうして近くにいてくれた方がある程度監視をすることもできる。そういった意味では彼女を弟子にしたのは正解と言えるかもしれない。
「あの……マーガレット様」
二人がちょうど校門を出ようなというころ、アイは立ち止まってマーガレットに声をかける。
「どうかしたの?」
「私の存在は……迷惑でしょうか?」
先ほどのアリス教授との問答で思うところがあったのか、アイが少々悲しげな表情を浮かべながら質問を投げかけてくる。
「……そんなことはないわ。じゃなかったら弟子にしたりしないわよ」
「そうですか。そうならいいですけれど……」
アイはアリス教授との問答で少々落ち込んでいる様子だ。それもそうだろうあの質問の仕方は明らかにアイのことを不穏分子として疑っているようなやり方だったからだ。
「……まぁ誰が何と言おうとあなたが私の弟子だという事実は変わらないわ。そこだけは安心してちょうだい」
「ありがとうございます。マーガレット様」
マーガレットの言葉を聞いて安心したのかアイは笑顔を浮かべ、マーガレットに追いつくような形で駆け寄ってくる。
「さてと……せっかく先生が提案してくれたんだし、二人でゆっくりと街を散策してみましょうか」
「はい。わかりました」
そのような会話が交わされる頃には二人の間の雰囲気はいつも通りに戻っていた。
*
フランの町の東の方にあるフラン魔道具商店街。
この町に住む魔法使いたちが作った製品が並ぶこの商店街の中にマーガレットとアイの姿はあった。マーガレットとしてはアリス教授と知り合ってから何度も通っている場所で目新しさはないのだが、初めて訪れるアイにとっては興味深い場所なのか、彼女はあちらこちらをきょろきょろと見まわしている。
「おっマーガレットの嬢ちゃんじゃないか。アリス教授以外の人といるなんて珍しいな」
そんな中で、二人に声をかける人物がいた。がっしりとした体形で背が高いその男性の名前はオレフ。この商店街を取り仕切る商人ギルドのギルドマスターだ。
「お久しぶりです。オレフさん」
マーガレットがオレフに返事をしたあたりでアイはサッとマーガレットの後ろに隠れる。
「……えっと、私の後ろにいるのは弟子のアイです。ほら、アイもあいさつして」
アイがどうしてこのような行動に出たのか疑問に思いながらも、マーガレットはアイを自らの横へと引っ張り出す。
「あの……マーガレット様の弟子のアイです。よろしくお願いします……」
アリス教授とのやり取りが効いているのか、はたまたオレフを怖がっているのかわからないが、アイが小さな声で自己紹介をする。
「俺はこのあたりの商店街を取り仕切っているオレフだ。よろしく頼むよ」
そういってオレフは右手をアイのほうに差し出す。アイは恐る恐る手を差し出して握手をし、それが終わってからオレフはマーガレットの方へと視線を戻す。
「……それにしても、マーガレットが弟子か。明日は槍でも降るのか?」
「私のことなんだと思ってるんですか」
そう言いながらもマーガレットは心の中ではそう思われても当然だろうなと考える。実際問題この町でアリス教授の弟子として学んでいる間、極力ほかの人とはかかわらないように生きてきたからだ。それはアリス教授からのアドバイスされてというところが大きい。
初めてアリス教授に出会い、この町に連れてこられた後、マーガレットはなるべく目立たないように生きるようにというアドバイスをもらいそれに従って行動している。その目的は単純に自らの本来の身分がばれないようにという点が大きい。もし仮にマーガレットの身分がばれて実家に連れ戻されるような事態に発展すれば、マーガレットが魔女として活動している目的の達成は難しくなるし、何よりも狭苦しい貴族の社会に再び参加しなければならなくなる。なので、数年間暮らしたこの町においてアリス教授を除く主な交流相手はよく訪れる店の店主だったり、オレフのように向こうから絡んでくるような人間ばかりということになる。
そんなことを考えているマーガレットに対し、オレフは物珍しそうにアイのことを見つめている。
「それにしても、弟子がエルフとはな。ありえないとは言わないが、あまり聞かないな」
「えぇまぁアイの方から弟子になりたいと言われまして……それで、今は先生にマジックアイテムの解析を依頼して町を散策しているところなんですよ」
「なるほどな。それだったら邪魔したら悪いから俺はここで失礼するよ」
そこで会話は終わり、オレフはそのまま立ち去っていく。その後ろ姿が小さくなったころにアイがマーガレットに声をかける。
「……今の人って」
「本人が言った通りよ。あまり警戒しなくてもいいから大丈夫」
「……そうですか」
アイは何かが引っかかるのかオレフが去って行った方向をじっと見つめている。
「ほら、次行きますよ」
マーガレットはそんなアイの手を引っ張ってオレフが去って行ったのとは逆方向へと商店街を進んでいった。




