第28話
シャルシャの町から東の大陸の北部の主要都市である東部連邦チノ共和国の首都チノへ向かう夜行列車の中。
シャルシャからチノまで二日間の工程ということと、聖書が入っているカバンから万が一盗まれでもしたら大変だということで、マーガレットたちは個室の寝台車で到着までの時を過ごしていた。
「個室なのはいいけれど、結構狭いわね」
「仕方ないですよ。広い個室は高いので」
アイが指摘するのは最もなことだ。この列車には広い個室寝台から普通の座席、雑魚寝の部屋など様々な設備が用意されている。
その中でマーガレットたちが選んだのは、個室の中では一番価格の安い二段ベッドとわずかな空間があるだけの個室だ。そうした簡素な設備の中で約二日間過ごし、列車はようやく終点である主要都市チノの近郊へと到達しようとしていた。
「さてと……チノに着いたらまた路銀稼ぎかしら。聖書があるルッシはまだまだ南の方だし」
「そうですね。北部連邦に比べて東部連邦はかなり広いですからね」
東の大陸につくより前から懸念していたことではあるのだが、北部連邦は地形だったり気候だったりの影響で人口が首都であるノース周辺にかなり偏っている。一方で、東部連邦は大陸全土において地形や気候が良く、人口が分散している傾向があるそうだ。そのため、大きな都市の間の移動というのはこうした寝台列車が主要な手段なのだという。
そもそも、二日という時間をかけて移動しても北部地域から移動できないあたり、南部にある大聖堂……もっと言えば、その先にある南の大陸を目指す旅はかなり時間のかかるものとなるだろう。
その先も西の大陸と中央の大陸があることを考えると気が遠くなる作業だと感じてしまう。
「……路銀を稼いで移動して、移動した先で路銀を稼いで……いったいいつになったら聖書は集まるのかしら?」
「そうですねー数年単位で時間がかかることは覚悟した方がいいかもしれませんね」
マーガレットがぽつりとつぶやいた言葉にアイはもっともな返答を返す。
「そうよね……なるべく早く聖書が集まるといいのだけど……」
「まぁそう焦っても仕方ないですよ。気長にいきましょう。気長に」
アイは気長にいけばいいというが、人間とエルフでは時間間隔が違うのは明らかなので、彼女が言う気長とマーガレットが考える気長には大きな隔たりがあると言えるだろう。それこそ、数十年しか生きない人間にとっての数年はとても大きいが、数千年は生きるとされているエルフにとっての数年はほんの一瞬だと考えるのが妥当だ。そんなことはいま議論しても仕方がないので口には出さないが……
「とりあえず、問題になって来るのはルッシまで行くのにどれくらいの路銀がかかるかよね……チノは大きな町だし、ルッシでの調査中の宿代とかも考慮すると、それなりに稼いでおきたいところだけど」
そう言いながらマーガレットはベッドに座り、窓の外へと視線を送る。列車はちょうど、チノに到着する前の最後の停車駅を発車しようとしているところだった。
「はてさて、あと何年かかるやら……」
マーガレットはため息交じりにそうつぶやいた。
*
東部連邦チノ共和国の首都チノ。東部連邦北部の主要都市として栄えるこの町は広い平原の中にあり、町の中心部へ行けば行くほどだんだんと建物の高さも高くなっていく。それこそ、町の中心部にある駅を出れば、北部連邦ではあまり見られない五階建てだったり六階建てだったりといった建物が並んでいて、これまでの都市とはまた違った風景を見ることができる。
「こんなに高い建物ばかり立てて、階段をいちいち上がるのは大変なんじゃないかしら?」
その風景を見て、少々心配そうな声を上げるマーガレットに対して、アイは少々自慢げに返答する。
「いえいえ。大変じゃないそうですよ。なんでも、こういう高い建物には『エレベーター』という建物の中を上下に移動できる機械がついているのだと聞いたことがあります」
「……エレベーターねぇ……それにしても、あなた東部連邦の事情についても結構詳しいのね」
「えぇ。エルフは北部連邦限定の種族ではないですからね。時々、ほかの大陸からやってくる同胞がいろいろと話をしてくれるのですよ」
「なるほど。そういうことね」
確かにエルフというのは珍しい存在ではあるものの、それぞれの大陸には一定数エルフが住んでいるとされている。さらに言えば、エルフは本来であれば歴史の記録を好む種族であり、東、西、南、中央のそれぞれの大陸においても、それぞれの歴史を細々と記録しているのであろう。そうなれば、各大陸のエルフたちが何かしらの形であったときに情報交換をし、それぞれの大陸やそこにある国、革新的な技術について情報交換をするというのは自然な流れだと言えるだろう。
「だったら、この先もよくわからないものがあったらあなたに聞けば解決するかしら?」
「えっと、全部が全部とは言いませんけれど、お力になれる範囲では頑張ろうと思います」
「そう。ありがとう」
マーガレットとアイはその後も他愛のない会話を交わしながら、チノの冒険者ギルドへと向かっていった。




