幕間3-1
マーガレットとアイが立ち去った後、アリスは教室の窓から外を見て小さくため息をつく。
「まったく、長い別れになるというのにあっさりと行ってしまったな」
そのようなことをつぶやいてからアリスは大きく伸びをする。頭の中にあるのは先ほどまでマーガレット交わしていた会話の内容だ。
仮にミカの聖書に書いてある内容が本当だとして、北の大陸をのぞく四つの大陸を巡る旅というのは長く困難を極めることになるのはまず間違いない。まず前提として大陸間は遠く離れており、例えば北の大陸の玄関口となっているナギサから一番近くにあるとされる東の大陸の北側の玄関口であるセイアまでは蒸気船で数週間という旅路になる。つまり、各大陸間を移動するだけでもかなりの時間を要するのだ。その先、港町から聖書がある大聖堂へ向かい、聖書を探し、それを受け取る交渉を経て初めてパズルのピースが完成していく。
この聖書を作った先人は何を考えてこのような仕組みにしたのだろうか? いや、もしかしたら、聖書を集めるという過程でその人物に試練を与え、その褒美としてどんな願いでもかなえられるという効力が存在しているのかもしれない。その時点で時間という大きな代償を支払っていると思うのだが、願いを叶える時に発生する代償というのはそれ以上のモノなのだろうか? それとも、願いをかなえようとする人物に対する単なる脅しで覚悟を見ているだけなのだろうか? そのあたりを含めても五つの聖書に関するなぞは極めて深いものとなっている。
まぁ最も、ミカの聖書の調査を行っている時点で、この事案に関してはその特殊性から基本的にはマーガレットやアイをはじめとした調査の関係者以外は聖書に触れることすらできないのでこれに関してはあくまでも仮説の域を出ることはないだろう。
そこまで考えてからアリスは小さくため息をついてアイの存在について考える。
マーガレットが言うところにはアイのところに来た依頼内容は監視でも、身柄の確保でもなく、『そばにいてほしい』というモノだった。そうなると、何かしらの理由でマーガレットが必要となり、ルイス家が彼女のことを探しているというシナリオはまず考えられなくなる。となると、わざわざ片田舎に事務所を構えるエルフの少女に大枚をはたいて依頼をしたのは誰なのか? さらに言えば、マーガレットの様子を事細かに日記帳に書いていくことに何の意味があるのか? このあたりに関してはアリスの中では一定の結論が出ている。だが、その結論が正しいのかどうかをわざわざ調べ上げるのは少々不躾だと言えるだろう。つまりはすべての事情を知っている人物が『長命であるエルフ』に『マーガレットを見守っていてほしい』という人物が純粋な気持ちで彼女に依頼したということなのだろう。それ自体はアリスの中でちょっとした美談として秘めておくことにする。
それにしても、この先マーガレットがどのような旅をし、どのような土産話を持ってくるのか今から楽しみで仕方がない。マーガレットの旅がどれだけの時間を要するものになるのかわからないが、もしマーガレットが聖書を集めきり、本当に願いを叶えて帰って来るのなら、彼女はどういった表情を浮かべて、どのような話をしてくれるのだろうか?
アリスは再び視線を教室の窓の外に向け、そこから見える二つの人影を見ながら小さく笑みを浮かべる。
「アリス教授」
背中の方から女性の声がかかったのはちょうどそんなタイミングだった。
「あぁわかっているよ」
そろそろ講義の時間で、声をかけたのは講義を受講する生徒の一人だ。アリスはもうしばらく窓の外を眺めていたいという考えを心の底へと押しやって、席を立って講義の準備を始めるために教室を去って行った。




