第1話
マーガレットがアイを弟子にしてから数日後。
二人の姿はナギサから北部連邦フラン共和国の首都フランへと向かう列車の中にあった。
「いやぁいいですね列車旅。産業革命前とは大違いですよね」
「産業革命ねぇ……」
さかのぼること約200年前。人類の脅威となっていた魔族を討伐したその時、魔族が持っていた技術は人類のそれをはるかに超えるものであり、人類は魔族が残した技術を解析し、そうして得た技術で人類の生活には大きな変革がもたらされた。馬車を使って長い時間をかけて行われていた都市間移動は蒸気機関車を利用した列車に置き換わり、はるかに短時間で行われるようになった。一つ一つ手作業もしくは魔法で生産されていた数々の製品も機械による大量生産が行われ始めた。それは人々に新たな手段を与えるとともに魔法の時代の終焉の始まりともいわれている。
そんなことを考えている間に列車は長い汽笛を鳴らしトンネルに入り、車窓が草原から黒い壁に変化して車内が少し暗くなる。
「……今の話はお気に召しませんか?」
マーガレットが黙ってしまったことによって機嫌を損ねたのではないかと心配したのか、アイが不安げな表情で話しかける。
「いえ、そんなことはないわ。ちょっと考え事をしていただけ」
マーガレットの返答を聞いてアイはほっと胸をなでおろす。
「ならよかったです」
そんなアイの表情を見てマーガレットは再び思考を巡らせる。いったいこの少女は何を考えて自分のもとへと来たのかと。当人は一目ぼれをして弟子になりたいと言っていたが、何となくそれを本心から言っているようには感じられないのだ。エルフという種族は長命というその特性ゆえに人間をはじめとした他種族への関心が薄く、そもそもエルフが刊行する雑誌に人間であるマーガレットの記事があるという時点で少々不自然ともいえる。といったところでエルフ通信なる雑誌がどういった基準で勝手に自分についての記事を書いたのかだとか、そもそもそういった雑誌自体が存在しているのかなど多くの疑問を投げかけたところで彼女はのらりくらりとかわしてしまうのだろう。
そこまで考えてマーガレットは小さくため息をつく。今のところ、アイが何かしらの害をもたらしてくる気配がないから気にする必要はないだろうし、そのあたりについて突き詰めたところで彼女は意地でも追いかけてくるだろう。そう考えれば、そういった疑問について考える時間は無駄なものだと言えるからだ。
「ところであなた産業革命前から生きてそうな言い方だけど何歳ぐらいなの?」
マーガレットの質問にアイは笑顔で答える。
「まぁ800歳ぐらいですね」
彼女がそう答えるころには列車はトンネルを抜け、車窓はフランの町の郊外へと変わっていった。
*
北部連邦フラン共和国の首都フラン。北部連邦のほぼ中心部に位置し、山深い山岳地帯にあるこの町は古くから魔法の研究が盛んで、今となっては数少ない魔法使いの町として知られている。
そんなフランの町の中心部にある国立フラン魔法大学校の旧校舎の一室。マーガレットとアイはある人物を訪ねてこの場にいた。
しばらくの間、窓の外の風景を見ていたマーガレットがふとアイのほうへと視線を移すと、彼女は熱心に日記帳に何かしらの記述をしていた。
「熱心ね」
マーガレットが声をかけるとアイの手がピタリと止まる。
「はい。我々エルフにとってはこういったちょっとした日常の記録も大切なのですよ」
「そういうものなのね」
マーガレットがアイを弟子にしたその日、彼女はマーガレットの動向について自らが持っている日記帳に記すことに対しての許可を求めてきた。日記帳と言っても、彼女が持っているそれはマジックアイテムとなっており、書いた量に応じてページが増えていくという特殊なモノで、ある意味マーガレットの気を引くものとなっている。といったことはいったん置いておくとして、マーガレットとアイが師弟関係になったその日、二人の間で二つの約束が交わされた。一つはアイがマーガレットの動向について特殊仕様となっている日記帳に記録していくということ、もう一つはアイを弟子にした後もマーガレットはこれまで通り気ままに趣味である魔導書やマジックアイテム収集の旅を続けるということだ。当然ながら、前者はアイからの申し出で、後者はマーガレットがアイを弟子にする条件として提案したものだ。
それにしても、エルフは記録を大事にする種族だとは聞いていたが、これほど些細なことまで記録に残していくようなものなのだろうか? 最初、この提案を受けたときは一日の出来事を日記帳に書いていくだけかと思っていたのだが、実際にその様子を見ていると、彼女は少しでも何かがあると日記帳を取り出し、筆を走らせている。その行動にどれだけの意義があるのだろうか?
そのように少々物思いにふけっていると、教室の扉がガラリという音を立てて開く。
「いやぁ待たせてしまってすまない。少々興味深い論文を読んでいたら時間を過ぎていてね」
開いた扉の向こうに立っていたのはボサボサの金髪を腰のあたりまで伸ばし、ダボダボの白衣に身を包んで少し下がった黒縁眼鏡をかけた小柄の女性だ。
「……お久しぶりです。先生」
約束の時間よりも30分ほど遅れて現れたその人物にマーガレットが声をかける。その横でアイは興味深そうにその人物へと視線を送る。
「えっと、この方がマーガレット様の師匠の……」
「えぇ私の師匠のアリス教授よ。この学校で教授として魔法を教えているの」
遅れてきたにもかかわらずゆっくりとした歩調で部屋に入ってきたアリス教授だったが、マーガレットの横に座るアイの姿を見た途端、目を丸くしてアイの姿をまじまじと見つめてからマーガレットのそばに駆け寄り、そのままマーガレットの腕をつかんで教室の外に出る。
「おい。手紙に書いてあった弟子ってまさかあのエルフか」
アリス教授が小さな声でマーガレットに声をかける。その言葉を聞いて、マーガレットはアリス教授に遺跡で見つかったマジックアイテムの解析の依頼をする文章に弟子ができたという一文を添えていたことを思い出しながら答える。
「えぇそうですよ。ナギサでずいぶんしつこく追い掛け回されまして……」
「追い掛け回されてじゃないだろ。エルフだぞ。エルフ。お前だってろくなうわさを聞かないことぐらいわかっているだろ」
「えぇまぁわかってはいますけど……あまりにもしつこかったので……それに弟子入りを断ったところで勝手についてきそうな勢いだったので……」
エルフは一般的には長命で歴史の記録を好む種族として知られている。しかし、北部連邦においてはその立ち位置は少々変わってくる。
魔族討伐の際、中央を除く東西南北の大陸にあった国家は一致団結して魔族からの攻撃に対応するため、連邦という形をとってそれぞれ東部連邦、西部連邦、南部連邦、北部連邦という枠組みを作り、現在でもその名残が残っている。そのような流れの中で、北の大陸にありながら北部連邦に参加していない数少ない国の一つにエルフが統治しているメアリ王国がある。
メアリ王国はその特殊な立ち位置から貴族の隠し資産の管理や貴族がらみの素行調査など怪しい取引に手を出しているといううわさがある。
「しつこかったかだとかそういう問題じゃないだろ。ただでさえ……」
アリス教授が言いかけた言葉をマーガレットは彼女の口をふさいで教室のほうへと目を送る。
「……そこまでにしてください。もし聞かれてたらどうするんですか」
そう言った後に手を離すと、アリス教授は深くため息をつく。
「……忠告はしたからな。まぁいい。ここでいつまでも話しているわけにもいかないから教室に戻るぞ」
そこで二人の会話は終わり、アリス教授は教室へと入って行き、マーガレットもそれに続くような形で教室へと入って行った。




