幕間2-1
マーガレットと約束した時間の約一時間前。
アリスは事前に指定した教室でマーガレットとアイの到着を待っていた。普段であれば、あまりこういうことはしないのだが、『ミカの聖書』に関する報告が興味深かったため、こうして待っているという状況だ。いや、さらに言えばアイがかぶっている『マーガレットに一目ぼれしたエルフ』という皮を破るチャンスだとも考えており、それに関する戦略を練るという狙いもある。
人類と魔族での争いの後、魔法が衰退し、忘れ去られていく中で多くの魔法は人々の記憶から消えて行った。アリスの家に代々伝わる『特定の人間にしか開けない本を作る魔法』もその一つだ。だからこそ、闇オークションの事件の時、アイの日記帳を手に取っただけでそのような魔法がかかっているという判別をすることができた。人々は産業革命において置き換えられた魔法と共に魔法でしかできないことのやり方もどんどんと忘れて行っているのだ。幸か不幸か北部連邦はその傾向が薄く、悪い言い方をすれば時代遅れ、良い言い方をすれば伝統を大切にしている国という立ち位置になっている。
北部連邦は鉄道網こそ整備されたものの、生活の細かいところまで科学への置き換えが進んでいるとはいいがたい。
なぜ、北部連邦は他国に比べて科学の発達が遅く、魔法を大切にしているのか。それには諸説あるが、最もそれらしいと言われているのが『エルフが統治するメアリ王国が魔法から科学への置き換えの流れを拒否しているから』という説だ。国のトップどころか若者と呼ばれる人たちでも産業革命前から生きているエルフたちは時代の変化を嫌い北部連邦の首脳部にそれを訴えかけているからだと言われているのだ。
なぜ、それが通ってしまうのか。理由は単純でエルフは北部連邦ができるより前から貴族の隠し財産の管理から素行調査と言ったことを行っており、北部連邦首脳部の弱みを握っているからだ。つまり、北部連邦においてエルフという種族は簡単には無視できない存在なのだ。
さて、これまで考えていたことがどうして『マーガレットに一目ぼれしたエルフ』という皮を破ることに貢献できるのか。それは簡単だ。仮にアイが何かしらの理由があってマーガレットの実家から素行調査を依頼され、それに従って行動しているのであればマーガレットの素性についてある程度知っているはずである。つまり、通常時では話せないようなマーガレットの出自についての話をしたとしよう。その話に関して、ある程度知った上で近づいて来ているのならどこかでボロが出てもおかしくはない。逆に言えばそれらに関して完璧に知らないような態度を取った場合、彼女はある程度信頼できる存在になり得るかもしれないということだ。最も、彼女の演技力が高く、とっさの事態にでも対応できる柔軟力を持っていたとすれば、それすらも自らを信じさせるための行動になってしまうのかもしれないが……
さて、話をミカの聖書に移そう。
マーガレットから毎日送られてきている報告書によればミカの聖書は神の導きがある者にだけ読むことができ、他の四つの聖書と合わせることで願いを叶える力を発揮するとされている。特定の人以外には開けないという部分も特定の数を集めないと効果を発揮しないという部分も魔法で説明することは出来なくもない。こういった神聖なものにそのようなことを言うのは少々不躾かもしれないが、本という形をとっている以上は誰かが執筆をし、特定の人しか見られない魔法を始めとした何かしらの魔法をかけていると考えるのが妥当だ。そうなると、誰がどんな意図でこのようなモノを作り上げたのかという疑問が発生するが、それに関しては後々調査して明らかにしていく他ないだろう。最も、現状モノが持ち出せていない以上、アリスが直接触りそのあたりについて検証するすべはないのだが……とりあえず、ミカの聖書が思っていたよりもアリスの興味を引く代物であることには変わりない。
なぜ、聖書はバラバラに五つの大陸に置かれているのか? 本当にどんな願い事でも叶えてくれるのか? その願いに応じた代償というのはどのようなモノかのか? 考えれば考えるほど疑問は次々と湧き上がってくる。
そのようなことを考えている間にも徐々に時間は過ぎていき、気が付けば約束の時間まで三十分程となってきた。
普段であれば、こういった空き時間があれば論文でも読んでいるのだが、今はそれ以上にマーガレットたちに会うのが楽しみで仕方がない。アイは本当に無害な存在なのか、実際にミカの聖書に触れたマーガレットがどういった報告や感想を持ってくるのか。マーガレットはミカの聖書に従って、ほかの聖書を集めようとするのか……話したいことがたくさん思い浮かんで仕方がない。
「……さてと、マーガレットと話す準備をしておかないといけないな」
アリスはひとりそう呟いて手元の紙に今回の論点をメモし始めた。




