第10話
マーガレットたちがミカの大聖堂の調査を始めてから数日。
広場に納められていた魔導書やマジックアイテムの整理が進み、最後の謎は『ミカの聖書』だけという状況になってきた。
「マーガレットさん。アイさん。お昼をお持ちしました」
「ありがとうございます。マーガレット様の分も含めて私が預かるのです」
給仕担当のシスターがマーガレットたちに昼食を持ってきて、アイが二人分の昼食を受け取る。数日も経てば、マーガレットやアイとシスター、さらに言えばほかの作業者ともそこそこ交流関係が出来上がってきていた。中でもアイのコミュニケーション能力の高さには目を見張るものがある。あまり、人との交流を好まないマーガレットに対して、アイは周りに打ち解けるのが早く、三日目ぐらいには周りの作業者やシスターと仲良くなっていた。マーガレットは彼女のそう言った能力が少しうらやましいとは思いつつも、自らの身分を隠している関係上、あまり仲のいい人が多いというのは困りごとになってしまうので今ぐらいがちょうどいいのかもしれない。
「さてと……いったん昼食にしようか」
「はい。もうおなかペコペコなのです」
そう言ったやり取りをした後にアイは作業机とは別で用意されている机に昼食を置き、マーガレットとアイは席に座る。
「おっアイちゃんはさっそく昼食かい?」
そんなアイに声をかけたのは細身で高身長、白髪で少々日に焼けた顔は鼻筋がはっきりとしており、あご下に白ひげを生やした男性……アルヴィンだ。このアルヴィンという人物はミカに住む考古学やマジックアイテム解析の専門家で特にマジックアイテム解析の分野ではアリス教授と並び有名な人物であり、今回の調査ではリーダーを務めている。
「はい。マーガレット様と一緒に今から食べようと思っていたところです」
「そうかいそうかい。だったら、私もご一緒させてもらおうかな」
そう言って、アルヴィンはマーガレットたちが並んでいる場所から見て向かい側に腰掛け、さっそくと言わんばかりにマーガレットに声をかける。
「マーガレット君。君のほうでの調査はどうかな?」
「……今のところは順調ですよ。肝心のあの本を除けばですけれど」
そう言いながら、マーガレットはミカの聖書へと視線を向ける。
「ミカの聖書か……今のところ、君しか開けないからな。そろそろほかの本の調査も終わりつつあるし、本格的に取り組んでみていいかもしれないね」
そんなマーガレットに対して、アルヴィンは遠回しにミカの聖書の調査を依頼する。実際問題、ここでの調査が終わりつつあるのでリーダーであるアルヴィンとしては正当な判断だと言えるだろう。
「そうですね。私が担当していた場所はあらかた終わったので、昼食後はそうしてみようと思います」
そう答えながら、マーガレットはかごに入っていたサンドイッチを口に運ぶ。
「うむ。そうしてくれるとありがたい。私としてもあの中身はどうにも気になってね」
マーガレットの返答に対して、アルヴィンは笑顔を浮かべる。
「……ところでだが、マーガレット君。君は本を開くことができた。それはつまり、君があの本に選ばれたということを意味している。もし仮にだが、あの本が君の手元に来るとなったらどうする?」
仮定の話には答えられない。と言いたいところだが、そうやって無碍にするのは少々失礼だろう。そう考えて、マーガレットはある程度素直に答える。
「そうですね。本当に願いを叶える力があるのかを検証するために大陸を巡る旅に出たいですね」
「ふむ。そこまでして叶えたい願い事でもあるのかい?」
「……それに関してはお答えできません」
マーガレットの答えを聞いたアルヴィンは先ほどとは違い、獲物を捕まえたかのようにニヤリと笑う。
「何ですか?」
「答えられないということは、答えないだけで何か願い事があるということなんじゃないのかい?」
その言葉を聞いて、マーガレットは少々痛いところを突かれてしまったと考える。どうせだったら、最初から『自らの手に入るものではないから、仮定の話には答えられない』とでも言っておけばよかったのかもしれない。
「はぁ私をひっかけて何をするつもりですか?」
マーガレットがため息交じりに話しかけると、アルヴィンは前のめりの姿勢になり、自らの方へと寄ってくるようにと手招きをする。マーガレットがそれに応じると、彼は小さな声で話しかけた。
「……仮にミカの聖書が正規の手段で手に入るとしたら、それに乗る気はあるかい?」
「正気ですか? ミカの聖書は国の立派な文化遺産ですよ」
あまりにも唐突な話にマーガレットは眉をひそめる。
「私はいつでも正気さ。まだまだ現役だよ」
そう言いながら、アルヴィンは笑いながら元の姿勢に戻る。それに応じて、マーガレットが元の姿勢に戻ると、彼は先ほどの話の続きをし始める。
「いやはや、確かに君の指摘する通りこれは国の文化遺産だ。しかし、本の冒頭に書いてある文章。五つの大陸の大聖堂にある聖書を集めると願い事が叶うという部分だ。このあたりが本当かどうか試してみたいという話が来ていてね。特別に持ち出しの許可が下りそうなんだよ」
「なるほど。それで私にこういった話を振ったんですか?」
マーガレットが問いかけると、アルヴィンは笑顔のまま答える。
「あぁその通りさ。今のところ、あの本を開くことができるのは君だけだからね。まぁ最も、ほかの国と調整をしているわけでもないからすべてを集められるという確証は今のところないがね。それで、君にこの本を使ってでも叶えたい願い事があるかどうか聞いてみたんだよ。どうだい? やってみる気はないかい?」
アルヴィンからの提案にマーガレットは少々考え込む。確かにミカの聖書は喉から手が出るほしい代物だ。しかし、現状では『魔女マーガレット』が他国へと出国する手段がないため、ほかの大陸へ行くという条件が付いている時点で詰んでいる。
「わかりました。いったんフランに戻って、アリス教授と相談してもいいですか?」
「あぁ構わないとも。いい返事を期待しているよ。ただし、この調査は長期間かかる上に容易にこなせるものではないからね。断ってもらっても全然問題はないということは付け加えさせてもらうよ」
マーガレットの返答に対して、アルヴィンは笑顔を崩さずに返答する。そんな彼に対して、マーガレットは昼食を食べる手を止め、どうやって『魔女マーガレット』のままうまく出国できるか考え始めていた。




