第9話
ミカの聖書には表紙の下の方に書いてあった『願いをかなえる方法』について書いてあった。曰く、この本を持ち願いをかなえるためには五つの大陸にある大聖堂をめぐり、各大聖堂にある聖書を集める必要があるとのことだ。叶えられる願いに関しては基本的には一つで、その願いに応じた代償を支払うことで叶えることができると記されている。
そこまで読んで、マーガレットは一旦ミカの聖書を机に戻す。
「……つまり、これは五つそろえて初めて機能するマジックアイテム……ということなのかしら?」
「そうですね。書いてあることを素直に受け取るとそうなると思います」
マーガレットが口にした疑問にアイが答える。
そこまで来て、マーガレットはミカの聖書を前にして考え込む。ここに書いてある五つの大陸というのは東西南北に位置するそれぞれの大陸と、それに囲まれるような形で存在している中央大陸のことを指しているのだろう。それぞれの大陸では同じような時期に大聖堂が作られているという歴史があり、それらを巡り、聖書を集めることによってはじめて願いが叶う……単純なようで難しい話だ。ミカの大聖堂を含む五つの大聖堂にはそれぞれの事情があり、少なくとも歴史的価値があるものであるのは間違いないし、ミカの聖書がこういった地下に隠すように置いてあったことを考慮すると、残りの四つの聖書も容易には発見できないだろう。そうなると、五つの聖書を集めるということはとても難易度が高いと言える。
そこまで考えてマーガレットは小さくため息をつく。どんな願い事でもかなうマジックアイテム。文言だけ聞けばとても魅力的だ。しかし、今回の文献調査ではミカの聖書を含む各種マジックアイテムはそのまま国によって保護されることとなっており、マーガレットが手に入れるということはできないという形になっている。つまりは、自らの目的を容易に果たすことができるマジックアイテムを目の前にしながら手を出せないという状況に陥っているわけだ。
「アイ。これはいったん置いておいてほかの調査をしましょうか」
そう言ったことを踏まえて、マーガレットは一旦気を紛らわせるためにアイにほかの文献調査を行うことを提案する。
「……ミカの聖書について詳しく調べなくてもいいのですか?」
「いったんはね。ちょっと考える時間が欲しいだけよ」
そういう会話の後、マーガレットとアイはこの広間に置いてあるほかの本について調査をし始めた。
*
ミカの大聖堂を調査し始めた日の夜。マーガレットは大通りに面した宿で窓の外を眺めながら深く深くため息をついた。
「はぁ……なんでも願いが叶う聖書ねぇ……」
仮にあの聖書に書いてあることが本当ならばマーガレットが胸の内に秘めている願いを叶えることができるということになる。その願いに応じた代償というのが少々気になるところではあるが、魅力的なマジックアイテムであることは間違いない。
「マーガレット様はミカの聖書が欲しいのですか?」
マーガレットの背後からアイが声をかける。
「……そうね。できればほしいけれど、そう簡単な話ではないでしょうね」
ミカの聖書を手に取った後、自分のできる範囲で文献調査を行ったが、常にミカの聖書のことが頭の中にあった。普段であれば、興味を強く惹かれるようなマジックアイテムや魔導書もあったのだが、それらをかき消してしまうほどミカの聖書はかなり魅力的なマジックアイテムと言えるだろう。
「マーガレット様はミカの聖書が手に入ったとして、どのような願いを叶えたいのですか?」
物思いにふけるマーガレットにアイが声をかける。それに応じて、マーガレットは振り返って窓を背にして立つ。
「……それは内緒。もし、聖書が全部手に入ったら教えてあげるわ」
そう言って、マーガレットは口元に人差し指を置き、笑みを浮かべる。
「ずるいのです。それだったらいつまでも聞けないのです」
「ふふっそうかもしれないわね」
そこで会話がいったん途切れ、二人の間を沈黙が支配する。
そうして数分がたったころ、マーガレットは再び窓の方を向いて口を開く。
「ねぇアイ。もしも、もしもの話よ。自らの力ではどうしても叶えられないような願いがあって、それを叶えるための方法も見つかっていないような状況で目の前に突然それをかなえられるようなモノが現れたらあなたはどうする?」
「聖書の話ですか? まぁ私はマーガレット様と一緒にいられればそれでいいので大した願いというのはないのですが、そうですね。私が聖書に選ばれて願いを叶える権利を得たとしたら五つ集めて叶えてみたいって思うかもしれませんね」
「そう。やっぱりあなたは素直ね」
そう言って、マーガレットは再びため息をつく。もし仮にミカの聖書が手に入ったとしよう。そうなると、自動的に五つの聖書を手に入れるための旅が始まるのだが、問題となるのは『令嬢マーガレット』の身分証はあっても『魔女マーガレット』の身分証はこの世に存在しないということだ。つまり、『魔女マーガレット』のままでは北部連邦以外の国を訪れることができないということになる。これはこれで大きな壁となることは間違いないだろう。
そこまで考えてマーガレットは考えることをやめてアイに声をかける。
「まぁ手に入らないもののことを考えても仕方ないわね。先生に報告の手紙だけ書いて明日に備えましょうか」
「はい」
そのような会話を交わした後にマーガレットはアリス教授への手紙を書くために部屋に備え付けてあった机へと向かった。




