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神知学園での一日が終わり、他の者はぞろぞろとどこかに帰っていった。
「先に、ややこしい話を片付けておきたい」
で、あるのに、僕とシバコウはまだ教室の席に座っている。
理由は不明だが、桜井先生に呼び出されていた。居残りになっている。
「どちらが上か?」
僕は、桜井先生が乱雑に書いたばかりの文字を、そのまま読み上げていた。
「そりゃ、ワシじゃろう」
机の上で、シバコウが仁王立ちになっている。
ピラミッドのような形をした図を、桜井先生は黒板に書き上げ、そこに横線を何本か、刻み込んでいった。
上から順に統一神、大神、小神、神。
最後に、ピラミッドとは別の場所に「天使」と書き、桜井先生は僕を直視してくる。
「厳密に書けば、神の地位は無数にある。が、今日は上から四つだけの職位を書いておく。加えて天使とは、神の使いのことだ。神には属さず、神に仕えている存在だ」
別のピラミッドを続けて、桜井先生は黒板に書いていった。
だがそちらは字が汚すぎて、読めない。
「ふむ。ワシは神様になって、前の世界にも行くぞい!」
「それはおそらく無理じゃないかな?」
僕はシバコウを机の上から引きずり下ろそうとする。
徹底抗戦を、食らう。
「大ちゃん。何事も最初から、無理とか言ってはいけんぞい」
結局、シバコウは机の上で、どこぞのヒーローかのような体勢を続けている。
「それでも無茶じゃないかな?」
「さっきから話しているシバコウの願いに関してだが」
桜井先生から冷たい視線を全身に浴びたシバコウの身の毛がブワッと、よだつ。
僕の指示をあれだけ無視していたくせに、シバコウはそそくさと机の上から椅子に移動しようとしている。
「不可能ではない」
シバコウが黒板に向かって、近づいていく。
モフモフの手が、すっと桜井先生の方に伸び、微笑を浮かべた桜井先生も、柴犬の握手に快く、応じている。
交渉成立とでも言わんばかりに、シバコウは桜井先生と固い握手を交わした。
手だけでなく、尻尾までをも、ぶんぶんと振っている。
意味が分からず、僕は場が流れることを、切に願う。
「さて、その条件の方はともかく、先に大問題を片付けておくぞ」
桜井先生は、僕が記憶喪失になっていることを知らないようだった。
「大問題じゃと? それはワシがあまりにもプリティーであることかのう?」
「まったく違う」
「なんじゃ。残念じゃ」
桜井先生の隣に立ったまま、シバコウは最初からそこが定位置であったと言わんばかりに、僕の方を見ては口の端を上げている。
「他のペアとは異なり、お前たちの力関係が拮抗しすぎている件だ」
「なんじゃと。ワシは大ちゃんよりも力持ちじゃ!」
「そういう意味ではない」
「大ちゃんよりも、よく食べるぞい!」
「そういう意味でもない。この世界、衣食住は保障されているがな。ああ、ややこしい。このまま双方ともに、消え失せてくれると万事解決なんだが」
この間、やはりシバコウは机の方に戻ろうとはしない。
教壇に立つことで、僕より立場が上ですよ、と暗に、あの柴犬は伝えてきている。
憎たらしい微笑が、何よりの証拠だ。
「それなら問題ありません。僕は、神様になんてなりませんから。シバコウが神になることは応援しますけど」
目を丸くしたシバコウは、ゆっくりと教壇から机の方に戻ってくる。
「それは、なぜだ?」
桜井先生が、尋ねてくる。
シバコウに恩があることを、僕は話した。桜井先生の目つきは鋭いままだ。
「話は分かった。だが、簡単には認められない。無下にありがたい権利を放棄して、どうする。それは、大馬鹿者のすることだぞ」
「恩返しをしない方が、大馬鹿者だと思います」
記憶を失おうと、本名を覚えていなかろうと、シバコウは命の恩人もとい恩のある犬であることには変わりなかった。
記憶の奪還と共に、シバコウの野望についても応援してあげようと僕は密かに、決意していた。
「そもそもシバコウは恩着せがましいただの柴犬だ。感謝する必要など、ない」
「なんじゃと、桜井先生。それは聞き捨てならんのう。恩着せがましいプリティーな柴犬だったら、どうじゃ! またの名を、ジョセフィーヌ」
桜井先生がシバコウを睨みつけ、シバコウもまた、口を開く。
激論が始まった。桜井先生は口喧嘩が強く、シバコウも一歩も引かない。
決着はつかずに、短くない時間だけが流れていく。
「その分厚いノートはなんじゃ、大ちゃん?」
ようやく日常を取り戻したシバコウが、僕に質問してくる。
暇を持て余した僕は、日課に取り組んでいた。
「日記だよ。楽しい生活の記録を全部ここにまとめておこうと思ってさ」
「ふむ。相変わらず、大ちゃんは細かいことが好きじゃのう。あっ、そうじゃ。ワシが神様になった日である、と記録しておいてくれんかのう?」
今日、一番の大声が、シバコウの口から出ていた。
相変わらず?
僕がシバコウの一言に気になった直後、あ、と、僕は、口に手を当てる。
長い間、シバコウの口に含まれていたのだろう。
さつまいもチップスの汚い破片が、近くにいた桜井先生にこれまた見事に襲い掛かっていた。
「今のは不運だっただけじゃ! 故意ではないのう!」
スーツを汚された桜井先生は、殺し屋のような素早さでシバコウの首根っこを掴み、速やかに悪の根源である柴犬をどこか、教室の外に連行していく。
それで教室の中、僕は一人きりになってしまう。
青い日記を開き、長文を書いた。
シバコウが言った「相変わらず」。
あれは、僕は過去にも日記を書いていたということだろうか。
だったら、その日記が、どこか近くにないのだろうか。
日記を書き切ったが、まだシバコウと桜井先生は戻ってこない。
じゃあ、机の中でも整理するかなあ、と僕はノートの端をぴたりと揃えていく作業に没頭した。一番上に、日記を置き、整理完了。ただそれだけで僕は満足感で、胸が一杯になる。
頭を上げた。
まだ誰も戻ってくる気配は、ない。
暇だ。
ぼけーっと前を見る。
偶然、誰かの机の中がちらりと見え、僕の思考はそれで、停止する。
この席は、僕の机から見て、左前方。
シバコウの前、きなこの席だったはずだ。
一体、どうして。
固まった思考が復活し、僕はきなこの机の中をぐいと、覗き込む。
たしかに黒い物が、机の中に入っていた。
まさかと、思う。銃。




