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僕は教室に残り、シバコウが書いた日記の最終ページを読んでいた。
夕陽が、教室に差し込んでいる。
シバコウ以外は、教室から大神殿に移っていった。
夜のパーティのために準備をしてくれているのだという。
僕は教室のありとあらゆる箇所をじっと眺め、最後に隣に座るシバコウを観察した。
また眼前の日記に、視線を落とす。
大ちゃんの一度目は四年半、生きました。
二度目は、二年でした。
じゃったら、最期の命はおそらく……。
僕は、目を閉じる。
少し、眠たいなあ、と思う。
「ところで大ちゃんは、これからどうしたいんじゃ?」
シバコウは満面の笑みで、僕に顔を近づけてくる。
すっかり食べ物や飲み物は片付けられ、いつもの教室に風景が戻っていた。
「シバコウの生き方を見てて、思ったんだ。僕も自分のために好き勝手に生きてみようかなあって」
「また大ちゃんは統一神をやるべきじゃ!」
「うーん。考えとくよ。今度は、いつになるかも分からないけどね」
「うむ。それでも絶対にまたやるべきじゃよ」
「そうかなあ。ねえ、シバコウ? 最後に尋ねておきたいんだけど?」
「なんじゃ?」
僕は日記を読み終え、念の能力によりタイムスリップをしたわけではない、と完全に理解していた。
ただ、記憶を失っていただけだった。
で、あれば。
「念なんて能力、本当はどこにもなかったんじゃないかな?」
桜井先生が苦境の時に、突如として誕生した「念」は口伝により、シバコウ、大文殊様と続き、そして僕の元にやって来た。摩訶不思議な能力だった。
念は、自由自在に食べ物を捻出できる。
「でもこれって神様の世界にいれば、誰でも可能だよね?」
衣食住は提供されている。以前、桜井先生から説明があったことだ。
シバコウは神妙な顔つきのまま、腕を組んでいる。
「念なんて本当はないけれど、念の存在だけは維持しておきたかった。だからこそ、シバコウは神様の誰かに、念の存在を託したかった。違うかな?」
銃の件について。あれは基本的に魔王であったシバコウの持ち物であったことが分かっている。悪魔のきなこが銃を持つ。
本来であれば、不可能であるが、魔王と絆を結んでいるきなこであれば、銃を共有できた。
念など、必要ない。
渋い表情をしたまま、シバコウは教室の扉の方を見ていた。
足音がしている。この早足。
ガラガラ、と教室の扉が開かれた。
やはり桜井先生だ。
「念については、私から話そう。流石、統一神だ。鋭いな。その通りだ」
元々、「念」は桜井先生が自衛をするために編み出された嘘の能力だった。
「当初は、それでよかった」
念の存在により、魔王がより恐れられ、悪魔がむやみやたらに襲撃してくることが減ったからだ。
「私の狙い通りだった。ただ、シバコウは早急に、念の存在を消す。もしくは悪魔の存在を知る外の世界に、念を託すべきだと考えていた。今の状態のままで放っておけば、いずれ念の能力を奪うことを目的に、また悪魔が魔王を襲いにくるかもしれないと、危惧していた」
魔王ジョセフィーヌは、僕の特殊な体質を知った上で、迅速に動いた。
「色々と相談していたんじゃよ。大文殊様とリエル殿にのう」
ようやく重たい口を、シバコウが開いていた。
水分を飛ばしきったかのような声音だった。
「どういうことかな?」
「大ちゃんを統一神にするよう、お願いしたのはワシなんじゃ」
シバコウはよくリエルと遊んでいた。大文殊様の元にも通っていた。
あれは、そういうことだったのか。
「大ちゃんがどうやれば、念の存在を信じ込み、いずれ念を消失しようと動いてくれるのか。ワシが知恵を借りたんじゃ。途中、リエル殿の入れ知恵があったじゃろう?」
「そこまで考えた上で、シバコウは大神殿によく遊びに来ていたの?」
「うむ。最初はもっと簡単に念を消せればと考えておったんじゃが。悪魔の襲撃が激しくなってきてのう。色々と手を打つ必要があったんじゃ。そこで目を付けたのが、大ちゃんじゃった」
きなこだけが絆であるジョセフィーヌの奪還だと考えており、その他の悪魔はみな、念の能力そのものを奪いに、大神殿にやって来ていた。
桜井先生も、重々しい首肯をした。暗澹たる事実を認めている。
「念の事情を全部、大文殊様に伝えたんじゃよ。その時点で、念を神の世界に移した、ということにしてのう」
「それで大文殊様はなんて?」すぐに僕は聞き返す。
「ああ、新時代だ、って、楽しそうじゃったよ。大ちゃんを統一神になれるよう、迅速に動いてくれたのは大文殊様じゃ。念のことも、辻褄を合わせてくれてのう。
途中、魔王と統一神がこそこそ密談をしている件を周りから怪しまれないよう、それを丸ごと全部、サプライズパーティの計画を練っていた、ということにしたんじゃ。つまり、後付けで、大ちゃんのパーティ作戦は始まったんじゃよ」
通りで僕が、統一神に選ばれるわけだ。
寿命が短い僕であれば。命が複数ある僕であれば。
魔王と仲のいい僕であれば。
「大ちゃんは、聡い。いずれ、念そのものが嘘であると気づく。分かっておった話じゃ」
「悪魔には念という存在がたしかにあった、とそれまでに強く思わせておきたかった?」
「その通りじゃ。大ちゃんは聡い。公の場で、念の秘密を喋るはずがないとも、信じておったぞい」
「じゃあ念があると悪魔に知らしめるためだけに、いつもシバコウは神知学園の中でさつまいもチップスの袋を取り出していたんだ?」
「そうじゃ。まあ大好物ではあったがのう。ワシはあんな量、いらん」
足を折り曲げ、床に頭をつけたシバコウは「騙しているようで、すまんかったのう」と、僕に陳謝してくる。
シバコウは誰よりも周りのことを考え、魔王城の未来を見据え、桜井先生が編み出した「念」という力強い嘘を取り入れ、魔王を守る盾に変えようと、必死に奔走していた。
「いいよ。それよりなんだか、本当の魔王みたいでカッコいいね。シバコウ」
モフモフの頭を、僕はゆっくりと撫でた。
シバコウは、尻尾をぶんぶんと振る。爛々とした目が、僕の方に向く。
「うむ。ワシの名はシバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ」




