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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 近頃、シバコウと大文殊様は頻繁に話し合いをしていた。

 それも大神殿の中ではない。

 湖の近くで行われている密談を、僕は何度か目撃している。

 先日、また大神殿に悪魔の大群が押し寄せていた。

 シバコウが諫め、なんとか悪魔の侵攻は止まったが、前回より、シバコウの一言に抑止力がなく、少数の悪魔が大神殿の中にまで攻め込んできていた。

 青梶とドチグマが数少ない悪魔を一瞬でなぎ倒しこそしたが、「それは少数であるから、可能だっただけだぞ」と青梶本人から、直々に、僕は釘を刺されている。

 ただ悪魔の様子を見る限り、少し浮き足立っているような印象も受けていた。

「悪魔について、話し合っているの?」

 シバコウの背中に話しかけると、魔王はぶるっと背中を震わせた。

 すぐに湖の中へと飛び込んでいく。

「これ、魔王を驚かせちゃいかんだろう?」

 大文殊様から、理不尽な説教を受ける。釈然としないが、「すみません」と謝る。

「そうだ。倒れた悪魔の中には、レオもいたらしいよ」

 平静を取り戻し、地上に戻ってきたシバコウに向けて、僕はようやく報告をする。

「うむ。ワシが統一神のペアであることを、まだ快く思っていないのかもしれんのう。もしくは念のことかもしれんが」

 今回の襲撃に、淳ちゃんやきなこはいなかった。

 ただシバコウが仲良しだと思っていたレオは、いた。その事実はシバコウの行動を少しばかり、慎重にさせた。これを機に、さつまいもチップスをねだってくる機会が少しだけ減った。


 神知学園が完成したタイミングで、なぜかシバコウは「ドロップキックの練習をやるんじゃ」と言い始めた。

「どうして急に?」

「うむ、心変わりじゃ。桜井先生と話していて、有意義なドロップキックの使い方が見いだせたんじゃよ。大ちゃんはタップダンスを習得しておくれ」

「いや、どうしてさ?」

「あれじゃよ、感情階段の応用じゃよ」

 リエルにより、物音を同じリズムで、三度叩くだけで、感情階段が出てくる裏技が開発されていた。

「タップダンスじゃなくても、いいじゃんか」

「うるさい。ワシがドロップキックの練習をする交換条件じゃ!」

「分かったよ。約束だからね?」「うむ」

 こうして神知学園の空き部屋に移動した僕とシバコウは、練習を続けていた。

 僕の踊りも呼べない滑稽なステップを見学していたのは、主にリエルときなこだった。

「ねえ、きなこ?」

 廊下に飛び出していったシバコウを見届けてから、僕はきなこに話しかけていた。

 リエルと茜は仕事が残っているといって、先に大神殿に帰っている。

 移動方法はみな、感情階段だった。

「統一神、どうかしたの?」

「まだシバコウとは喧嘩中なのかな?」

 きなこは俯きながら、頷く。

「それもこれも統一神のせい。ジョセフィーヌが魔王城にいることが少なくなって、現場が混乱しているんだよ?」

 きなこの瞳は潤んでいた。

「魔王の世界のことはよく知らないんだけど、神の世界は、ね。前の世界で生きた寿命の分だけしか、こっちでも生きられないんだよ。それにペアの片方を失うと、残った方は神の位が一番下にまで落ちちゃうんだ」

 あまりにも唐突に、僕が神の世界について話すものだから、きなこは眉尻を上げた後、手を何度も頬に押し当て、擦っていた。

「そっちの世界の秘密を教えてもらっても、別に私の機嫌は治らないよ?」

「うん。分かってるよ。大神殿まで、大勢の悪魔を率いているのは、きなこだよね。昔みたいに、今も魔王になろうとしているの?」

 シバコウから教えてもらったと伝えるべきか、桜井先生に教えてもらったとすべきかで僕は悩み、結局、情報の出所はうやむやにしている。

「シバコウと闘って、きなこは負けたんだよね?」

「そこまで知っているのに、どうして今の魔王を横取りしようとするの?」

 きなこは虚ろな瞳のまま、雫のような声を漏らす。

「一緒にシバコウといるのが楽しいから。それだけだよ」

 大きなため息を漏らしたきなこは僕を見据え、「信じられない」とだけ、吐き捨てた。

「でも、シバコウは魔王の暮らしを全うした方がいい。それは僕もそう思う」

 水色のポーチをバッグから、僕は徐に手紙を取り出していた。

 こっそりと忍ばせていたシバコウに向けた手紙だ。それを、きなこに渡す。

「これを読んでほしい。本当はシバコウに渡す予定だったんだけど」

 冷ややかな目で一度、僕を見たきなこは、今度はその冷酷な視線を手紙に落とした。

 最も、恐れていたことは手紙を読まれずに破り捨てられてしまうことだった。

 が、予想に反し、きなこは長文の手紙を最後まで、時間を掛け、熟読していた。

「ねえ。本当に、魔王とは友達になりたかっただけなの?」

 初めて、きなこの声色には温もりが混じっていた。

「うん、本当だよ。僕の願いは、一つだけなんだ」

 シバコウには幸せになってほしい。

「そのためだったら、魔王と統一神の立場なんて関係ないよ」

 今は、僕が念を持っている。

 きなこには包み隠さず、打ち明けた。

 やはり、きなこは何も知らなかったようで、当初、難色を示していた。

「だからね。念を消失することを引き換えに、シバコウと仲直りをしてくれないかな?」

 シバコウが魔王の世界をより平和にさせようと必死であった点を話すと、シバコウの絆であるきなこの態度は軟化し、更に、僕がリエルとこっそり話し合って決めた念の使い道を打ち明けると、きなこはまた頬に手を押しつけ、最後に首を傾げていた。

「ねえ。どうして、そこまでの覚悟があるの?」

「覚悟なんてないのかも。ただ、僕はずっとシバコウと仲良く遊んでいたいだけだよ」

 しばらく目を白黒とさせたきなこは「変な統一神だね」と柔らかい声音を出した。

「勝手にこの学園を創ったのは、まだ許してないけど、でも、ちょっとは信じてみようかな。統一神と魔王のペアを、ね」

 初めて、きなこがまともに僕の目を見た気がした。

 ここで何も知らないシバコウが軽い足取りで部屋に戻ってくる。

「おかえり、シバコウ」

 きなこは満面の笑みだった。

 途端にシバコウの目が大きくなり、口の端を上げ、腕組みをして、最後に大声で、宣言する。

「うむ。ワシの名は、シバコウ。またの名をジョセフィーヌ」



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