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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 完成したばかりの神知学園の廊下をシバコウは、モフモフと邁進していた。

「それでシバコウはこれから何を目指すのさ?」

 完成したばかりの神知学園の教室に入り、尻尾を大きく振ったシバコウは「それは、決まっておるじゃろう」と胸を張った。

 食べ物の話が続くのだろうな、と僕は思っていた。

 でも、違った。

「魔王にならないように、がんばるんじゃ」

 力強いシバコウの言葉に、僕は辺りを見回す。

 もし、悪魔が近くにいようものなら、また襲撃を企てられるかもしれない、と危惧する。

「魔王にならないように頑張るのはいいけど、もう既にシバコウは魔王だよね?」

「うむ。じゃから早く、次の魔王が誕生してほしいんじゃ」

「なんとも難しそうな課題だね。ちなみに次の魔王ってどうやって決めるの?」

「魔王を倒した者だけが、次の魔王になれるんじゃよ」

 だったらシバコウは前の魔王を倒したのか、と、僕はそっとシバコウから離れる。

 自由気ままなシバコウはお構いなしに、教室のありとあらゆる椅子に、一度、座り、「ふむ。ここが一番いい場所じゃのう」と中央、後方の席で、腰を落ち着けている。

「ところで大ちゃん。魔王に関して、どこか勘違いしておらんかのう?」

「え、前の魔王を倒した悪魔、ジョセフィーヌじゃないの?」

「うむ。違うのう。当時の魔王を救ったんじゃ。それでなぜかワシが魔王になってしまってのう」

 堂々とシバコウは机の上に仁王立ちをして、教室の扉付近で突っ立っていた僕を指差している。

「ちなみに前の魔王と大ちゃんは、ばっちり知り合いじゃよ?」

「またまたあ」

「本当じゃ」

 桜井先生が教室の後ろの扉から、静かに入ってきた。

「おい」あっという間に、桜井先生はシバコウの背後にいる。

「学校の中に、変な装置を創っているらしいな?」

 シバコウが観念したかのように、頭を垂れる。

「ほれ、魔王の風格じゃろ?」

 桜井先生が、元魔王だった。

 当時、シバコウはきなこと同様に、悪魔だったという。

 魔王城の環境を淡々と説明することで、シバコウは桜井先生からの説教を免れられると考えているようだった。

 喋りを止めない。

 実際、その間、桜井先生は身動き一つしなかった。

「魔王であった桜井先生の周りは敵だらけじゃった。そんな折、とある悪魔が桜井先生の銃を盗み出してのう。次の魔王になろうとしたんじゃよ。それをワシが庇ってしまってのう。魔王になってしまったんじゃ」

 庇ってしまって、の表現がどこかおかしく、珍妙であり、僕は念じる。

 シバコウに、新たなさつまいもチップスの袋を贈呈する。

「やったぞい」

 シバコウは椅子から立ち上がり、小躍りしながらも袋を器用に開けている。

「その時、私はただただ魔王を辞めたかった。魔王城にうんざりしていたからな。銃を奪った悪魔は魔王になりたがっていたため、条件は整っていた。だが、邪魔をされた。だったら次の魔王の座はどうする?」

 桜井先生が、シバコウの背中をぎゅっとつねる。

「痛いのう、大ちゃん! いや、桜井先生じゃったか。じゃあ、痛くないのかもしれんのう。むしろ、気持ちいいくらいじゃ」

 こうして仕方なく、暫定的ではあるが、シバコウもといジョセフィーヌが魔王になった。とは、桜井先生が続けた。

「その後も魔王になりたいがあまりに暴走するきなこちゃんを止めようと、ワシはきなこちゃんからの決闘を受け入れたんじゃ。じゃが、そこで勝ったが最後、きなこちゃんには絆を迫られ、押し切られ、魔王の座も盤石なものになってしまってのう」

 それから魔王の責務に耐えきれなくなったシバコウは大神殿に行ったり、神様の世界でペアを組んだり、龍の背中に乗ったり、した。

 忍者の道を極めようとも、した。

「念を勝手に、神の世界にあげようともしていたな」

 桜井先生の非難は止まらない。

「すいませんのう。念こそが、魔王が悪魔に狙われる元凶じゃ、と考えていましてのう」

 黒板の前まで移動した桜井先生は、「念とは、魔王の執念により創り出された正体不明の能力」と殴り書きしている。

「魔王は、常に悪魔から狙われていた。大勢の悪魔から命を狙われることすら、多々あった。その際、魔王は必死に策を講じ、時には天に祈った。そんな折だ。魔王が念の力を有したのは」

 桜井先生の言葉の節々から、これはおそらく桜井先生が魔王の時に味わった実体験なのだろうとは、すぐに分かった。シバコウが慮るような視線を、桜井先生に向けている。

「魔王は念により創り出した銃を常に所持し、自衛を強化した」

 淡々と桜井先生は言った。

 色々と疑問が浮かび、質問をしたくなった。僕は挙手をする。

 が、「質問は受け付けない」と桜井先生から拒絶されてしまう。

「その際、念には条件こそあるが、機転を利かせば限界などなく、制約すらないと知った。そうだ。魔王は念の消失すらをも、自ら設定することで可能になると気づいた」

 シバコウをちらりと見る。

 関心がないようで、椅子に座った状態のまま、こくこくと居眠りを開始している。

「しばらくの間、ジョセフィーヌは魔王の地位を嫌がっていた。何より、念の能力を嫌った。悪魔にも、念の存在を勘づかれている。それにはメリットもあるが、デメリットも大きい。ジョセフィーヌは念そのものを放棄しようと画策した。魔王が大神殿に入り浸ったのは、そのためだ」

 桜井先生はじっと僕を見据えている。

「ジョセフィーヌは元々、神の誰かに念の能力を与えることで、魔王の世界がより平和になることを望んでいた。敢えて、外部からの脅威を与えて、な」

「だからこそ魔王は単独で、神の大神殿に駆け込んできたんですか」

 あの日を思い出す。

 途端に、視界が真っ暗になる。

「念を大文殊様に託したのは、そういう経緯じゃ」

 シバコウが瞬時に僕の顔に覆い被さるようにして、仁王立ちになっていた。

「おい」桜井先生の呼びかけが僕に向けてである、と分かったのは、数秒後のことだ。

 視界が晴れると同時に、僕は「はい?」と惚けた声を出してしまう。

「どうしたら、この柴犬の暴挙を止められるのか。真剣に考えてみてくれ」

「なんじゃ。桜井先生。言い方が悪いのう」

「シバコウ、うるさいぞ」

「すみませんのう」

 そっとシバコウは机の上から辞し、椅子に尻をつけた。

「ところでどうしてシバコウは桜井先生にそこまで弱いのさ?」

 前の魔王だったからかな、と推測はしている。 

「下の世界では、飼い主とペットといった関係性だったからだ」

 代わりに桜井先生が凜とした表情のまま、簡潔明瞭に答えてくれる。



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