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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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「ジョセフィーヌ、お迎えに来ました」とは、久しぶりに大神殿の中に入ったことで緊張しているのか、背筋を異常なくらいピンと伸ばしたレオが発していた。

 シバコウが露骨に機嫌を悪くしたが、レオは意志を持って敢えて「ジョセフィーヌ」と再び、呼んでいた。

「こんにちは」

 白描に隠れるようにして移動していたきなこが、ぬっと僕の前に現れている。

 泣いているのか、笑っているのか分からない表情をした白いウサギは、僕を見て、その複雑な感情が入り乱れた顔のキャンバスに、怒りの色味を加えていく。

 この時、大文殊様は既に完全な引退を公の場で発表しており、正式に僕が統一神になっていた。青梶とドチグマが、僕の横に並び立つ。

「大。悪魔に嫌われたな。自業自得だ」

 片眉を上げた青梶は嬉しそうでもあった。ドチグマはシバコウに絡みにいっている。

「こちら、きなこちゃんとレオじゃ」

 シバコウが尻尾を振る。

「神とは一線を画す、悪魔です」

 改めて力強い物言いで、僕に身分を告げてきたレオの目つきには憎悪の念が込められていた。きなこも、同様だ。

 僕と一緒に応対していたドチグマが「おっ、食っちまうぞ」と本当に食いそうな勢いで威嚇する。場の空気が異様なものになっていた。

「新技を披露するんじゃ」

 シバコウはどうか。意気揚々と縦横無尽に踊り出すものだから、更に、場の雰囲気が異質なものになった。ふらっと様子を見に来たリエルが、そっと、また元いた場所に戻っていくほどには、異常な空間が形成されていた。

「ジョセフィーヌ。あなたを連れ戻しに来たの」

 やはり、きなこもシバコウとは呼ばない。

「きなこちゃん。今は、シバコウの名でやっておるんじゃ。それに魔王もいいんじゃが、神にもなりたいんじゃ」

 静かに、きなこは隠し持っていたのだろう銃を取り出していた。

 銃口をシバコウにではなく、僕に向けている。

「その銃は、ワシの武器じゃ!」

 シバコウはダンスを続けながらも、慌てふためいている。

「絆を結んでいるのを、忘れたのかなあ?」

 乾いた口調のまま、きなこは静かにシバコウに近づき、柴犬の肩をねっとりと抱いていた。

「絆を結んでいれば、武器も共有できる。忘れたのかなあ?」

 傍から見れば、どちらが魔王かが分からないくらいには、きなこの全身から恐ろしい雰囲気が持続的に、捻出されている。

「ジョセフィーヌ。妄言を止めなければ、こちらにも考えがあります」

「ふむ、レオ。お主は、聡い。じゃがその頭脳は、もっと有意義なことに使うべきじゃ」

「とりあえず、ゆっくりと話し合いをしましょうね。今は、あなたが統一神。そのペアが、ジョセフィーヌなんだよね?」

 きなこはゆっくりと僕を見た。

 僕は黙って、首肯する。

「だったら、あなたが魔王と決別するって宣言してよ。それで、おしまい。互いに今まで通り、不干渉といこうよ」

 途端に、潤んだシバコウの目を見た。

 そのせいで僕は、すぐに首を縦に振れない。「考えさせてほしい」とだけ、言う。

「本当に、どうしようもない統一神ね」

 シバコウから頑なに、きなこは離れようとしない。

「桜井先生はどこにいるのかな。彼女と話し合いをしたいんだけど?」

 時間稼ぎではあったけれど、一番、冷静に話を聞いてくれそうな相手だとも、思い、提案していた。

「大ちゃんの言うとおり、桜井先生をここに呼ぶべきじゃ!」

 高圧的なきなこであっても、シバコウの意見にだけは耳を傾けている。

 しばらくして、無愛想な桜井先生が僕たちの話し合いの場に混じった。

 桜井先生の安定感は、異常だ。

 シバコウだけでなく、きなこの肩すら持たなかった。

 当然、僕の意見に寄り添うこともなく、至極、冷静に中立の立場を貫いている。

「とにかく魔王城が楽しくないんじゃ!」

 シバコウの言い分は理不尽そのもので、「だったら、どうすれば楽しくできるの?」と、きなこは魔王に慮るような目つきを向けている。

「私たちには絆があるの。だから、これからは魔王城でずっと楽しく暮らすんだよ?」

 神様のペアとは違い、きなこが発言している「絆」とは、ひどく重い十字架のようであると、僕には感じられていた。

 自由を愛するシバコウにとっては、それはそれは苦痛であるに違いない。

「じゃから神の世界も交えて、一緒に楽しく暮らすつもりなんじゃ!」

「うんうん。だったら、どうすればシバコウにとって楽しい暮らしができるのかな?」

 優しい口調で、シバコウに問いかける。ただ、きなこの目は笑っていなかった。

「学校みたいな感じが、いいかのう。そこに神様も加えて生活させるんじゃ!」

「うん、いいと思う」

 僕が認めると、その場で飛び跳ねるようにしてシバコウは喜びを表現し、きなこは俯いた状態のまま、静止した。

 青梶が、僕を睨んでいる。

 はっとした。統一神になった今、僕のさりげない一言であったとしても、それが神様の世界で一致した共通意見として、相手に認識されてしまう。

「やったぞい」

 不服そうな顔をしたまま、シバコウを凝視したきなこは「ねえ、どうしたら神の世界から魔王城に帰ってきてくれるの?」と魔王を睨んでいる。

 露骨にシバコウは眉間に皺を寄せ、きなこちゃんに耳打ちを、した。

「それをやれば、本当にジョセフィーヌは魔王城に戻ってきてくれるんだよね?」

「うむ。きなこちゃんが完璧に遂行できれば、じゃがのう。交換条件じゃよ」

 シバコウが僕にその計画を打ち明けてくれることは、なかった。

 念のため、僕は隠居された大文殊様の元まで出向き、シバコウが目論む学校の件について報告しにいった。大文殊様は大木の下にある湖で、ゆっくりと自由の時間を楽しんでいた。

 ちょうど、リエルと入れ違いになった。

 大文殊様とリエルの間に親密な交流があったんだと、僕は少し、驚く。

「神様を知るための学園として、魔王と一緒に学校を誕生させる。うん、新時代だ」

 ――神知学園。

 ぼそりと大文殊様は、言った。

「やっぱり大文殊様は賛成派なんですね」

「うん。反対する理由がないからね」

 そよ風が木の葉を揺らし、大文殊様は湖の中に戻っていく。


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