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柴犬の名は、シバコウ。またの名を、ジョセフィーヌ  作者: 木村文彦


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 久しぶりに、悪魔から襲撃があった。

 それは、「シバコウと僕が神様の世界でペアになるのではないか」といった噂が出始めてからのことだった。忍者の衣装を脱ぎ捨て、「飽きたのう」とシバコウが大神殿の玄関口で横になり、伸びをしている時のことだった。

「相変わらず、大ちゃんは几帳面じゃのう」

 僕は脱ぎ捨てられたばかりの忍者の衣装を、水色のポーチにせっせと片付けていた。

 片付けるようになっていた。

「シバコウが雑すぎるんだよ」

「褒め言葉かのう?」

「ううん、違うよ」

「なんじゃ。残念じゃ」

 その時、玄関の扉だけが、大地震が発生したかのような勢いで、ガタガタと揺れ始めた。

 なぜか神様ではないシバコウがいの一番に扉をガチャリと開け、応対している。

「配達物なら、向こうの入り口じゃが?」

 僕は、息を呑む。悪魔の軍勢だ。

 それを見やり、「ほい。魔王の令じゃ。解散」とシバコウは大声で、大衆に告げた。

 シバコウのたった一言で、悪魔の大群は帰っていく。

 大群の中には、目を赤く充血させたきなこの姿もあった。

 全員が武装しており、また悪魔の目つきがあまりに狂暴であったために、「神の世界って、恨まれてるのかな?」と僕は、扉を閉めたシバコウに確認を入れる。

「いんや。じゃが、最近、ワシに魔王城に戻れ、とうるさい悪魔がいてのう。今、来た面子は、その意見に賛成の者ばかりじゃった」

 きなこのことだろうとは、なんとなく僕にも予想はついていた。

 ただ「大変だね」とだけ、僕は口に出した。

「ワシは自由がほしいだけなんじゃがのう」

 大神殿の玄関口で、また横になり、床と身体の接地面を広げて、ひんやり具合を満喫したシバコウは「ああ、極楽じゃ」と今度は小声で、言う。

 そもそも、どうしてシバコウは魔王の地位にまで、上り詰められたのか。

 気になる。

 ただ、ちょうど階段から急ぎ足で下りてきたリエルがシバコウの身体の上に蜜柑を積み重ねるようにして遊び始めた。

 そこで僕は素朴な疑問を頭の片隅に押しのけ、一緒に遊ぶことにする。

 シバコウの身体の上で、蜜柑を一番高くまで積み上げられたのは、茜だった。

 青梶は、不戦敗を喫している。


 大神殿の近くに住んでいるのかと、僕が疑ってしまうくらいには、頻繁にシバコウが大神殿の中で暴れ回るようになった。

「また来たの?」

「うむ」

「桜井先生は?」

「仕事で忙しそうだったから、単独で来てやったわい!」

 いつの日か、「飽きたのう」と言っていた忍者の格好をして、リエルと蜜柑を頬張り、茜の肩にまとわりつき、ドチグマの背中に乗った。

 青梶を見て、ニヒルに笑い、「さて、大ちゃん。今日は何をして遊ぼうかのう?」と、シバコウは、僕を何度も誘ってくる。

「シバコウ。大神殿をただの遊び場だと思ってない?」

「魔王城に比べ、こちらの方が快適。それは事実じゃ。ただ、遊び場とは思っておらんのう。あくまで憩いの場じゃ」

 シバコウは大神殿の入り口に来訪者がいると分かるとすぐに、外へと飛び出していった。その応対は茜とリエルに任せて、僕は来訪者の足元をすり抜けたシバコウを追っていく。

 大神殿の外は、辺り一面、大自然だった。

 歴史ある大木が大神殿を見守るようにして、どんと存在感を放っている。

 その大木の下には大きな湖があり、絶賛、シバコウが飛び込んでいった場所でもあった。

 湖の中には、大文殊様もいるはずだ。

「ドロップキックを覚えてほしいんだ」とは、僕が言った。

 湖から戻ってきたシバコウは、身体を震わせ、水気を飛ばした。

 改めて僕の元に近寄り、「どうしてじゃ?」と、その理由を尋ねてくる。

 ドロップキックの件は、突拍子に思いついた意見などではない。

「ドロップキック、なんか強そうでしょ?」

 神様の定例会で出たリエルの提案を、全員が熟考しながら協議を重ねた上で、案を発展させていた。その結論こそが、ドロップキックの習得だった。

 近頃、悪魔が大神殿に襲撃している理由が分かっていなかった。

 本当は魔王を連れ戻すために、悪魔の大軍がやって来ているのではなく、神の大神殿を乗っ取ろうとしているのではないか。

 今まで、神の世界における魔王もとい悪魔対策として、強烈な打撃技が有効であると判明していた。それは大量の悪魔を退けた実績を持つ青梶やドチグマからの証言からも間違いなかった。

「僕もドロップキックを習得するつもりなんだ。一緒に、どうかな?」

 あまりにシバコウの反応が芳しくないため、僕はすぐに言葉を継ぎ足す。

 魔王であるはずのシバコウが、前回、悪魔の大群が神の大神殿に攻め入った情報を、事前に知らなかった。

 魔王の意向とは別に、悪魔が勝手に動き始めている可能性がある。

 きなこの目つきが、気になっていた。

 間違いなく、きなこはシバコウと僕が仲良く遊んでいることを、よしとしていない。

 だからこそシバコウには自衛が必要だと思った。

「強くなってもらうために、ドロップキックを覚えてほしいんだよ」

 反応のないシバコウに、僕は迫る。

 当然、神様の中でも魔王のシバコウに自衛の手段を持たせる件については意見が二分した。リエルや茜はシバコウを「仲間」と呼び、青梶は柴犬を「敵」だと、した。

 ドチグマは意見こそしていない。ただ、おそらくはシバコウを仲間だと認めていて、僕はシバコウが大好きだった。つまり青梶だけが、シバコウを敵だと認識していた。

 多数決で、シバコウのドロップキック案が可決される。

「嫌じゃ」

 断固とした口調で、シバコウは水しぶきを飛ばすようにして、かぶりを振る。

「どうしてさ?」

「今は、忍術を極めたいからじゃ」

「分かったよ。とりあえず、シバコウ。身体をタオルで拭いてあげるよ」

「いんや。ワシは自然乾燥派じゃ!」

「そんな屁理屈をこねてたら、二度と、遊んであげないよ?」

「ワシは、やっぱりタオル派じゃ!」

 数秒で前言を撤回してきたシバコウは、僕に身体を預けてくる。

「もっと隅々まで、よろしく頼むのう」

 長い間、全身を隈なく、拭かせてくる。

「それでドロップキックは?」

「嫌じゃ。絆であるきなこちゃんを傷つけてしまう可能性があるからのう」

 後に、リエルや茜にも協力してもらったのだが、シバコウは頑なに、「ドロップキックなど、習得しないんじゃ」と強く、拒否している。

 あまりにも怒りを露わにしたシバコウを見て、「喧嘩でもしたの?」と茜に心配されるほどには、シバコウはドロップキックの習得を嫌がっていた。


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