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シバコウに関する噂が、大神殿の中で持ちきりになっていた。
「あの柴犬は、本当に魔王なのか?」
全員を見渡すようにして、青梶が問う。
「間違いありませんよ。大文殊様が認めています」
リエルが蜜柑を片手に答えている。
僕は魔王であるシバコウのおかげで、青梶の下の位、小神にまで地位を高め、大参謀の二つ名を持つリエルを従える茜のペアよりも、なぜか上の立場になっていた。
「大、そろそろペアを見つけろよ」
急に出世した僕に焦りや憤りを隠せないのか、青梶は僕の単独行動を遠回しに、何度も、何度も粘っこく非難してくるようになっていた。
「いいパートナーがいたらね」
「お、食っちまうぞ?」
ドチグマが湿っぽい息をしゅっと、漏らす。
これが笑っている表現であるのだと気づくのに、僕は多大なる時間を要していた。
シバコウの登場を機に、明らかにドチグマの喜怒哀楽の表現が豊かになっている。
そのため、以前は見せていなかった表情の機微であるのかもしれないな、とも思う。
「それよりも、大ちゃんさん。実際の魔王はどのような風貌でしたか?」
「うん。とっても柴犬だった。それに、とっても弱そうだった」
リエルが身体を仰け反るようにして、驚く。
すぐに茜が手を伸ばし、リエルを背中から支えている。
魔王との接触は和平もあるため、基本的には青梶だけの担当だった。
例外は、ある。
あまりにもシバコウが僕に懐いたため、僕も魔王との接触が特別に認められていた。
それ以外の者は、基本的には魔王との接触を避けるよう、大文殊様から厳しく命じられていた。稀にドチグマが魔王に絡まれる異常事態こそ発生するが、のんびり屋のリエルや茜は、まだ一度もシバコウとまともに会話をしたことがなかった。
「リエル。急にどうしたの?」
「いえいえ。そんなに魅力的な魔王となら、お友達になってみたいなあ、と思いまして」
大文殊様の令が無効になったのは、つい先日の話だ。
魔王がシバコウと名乗り、大神殿の中を闊歩するようになった。
最早、接触しない方が不自然になってきた背景がある。
「じゃあ、私も魔王と友達になっちゃおうかなあ」
茜やリエルは魔王の生態について、以前にも増して、興味津々になっている。
「茜さん。どっちが先に魔王と仲良くなれるか競争ですね」
「頼もう」一階から、シバコウが大声を上げている。
茜とリエルが顔を見合わせ、手を取り合った。
魔王がやって来た時にする反応では、ない。
「おい。外の警備はどうなってるんだ?」
青梶が、唾を飛ばす。
本来、神と魔王が交流するなどといった歴史は一度もなく、互いに存在だけを認識し合うものの、基本的には不干渉である。
それが、常だった。
だが、シバコウが堂々と前例を破り始めている。
統一神の大文殊様は静観を徹底していたが、その次に位の高い大神であった青梶が、とうとう痺れを切らし、大神殿の入り口付近に位の低い神を警備として、大量に配置していた。
大神殿の外で、シバコウを食い止めようとしたのである。
「頼もう!」
またシバコウの楽しそうな声が、大神殿の二階にまで届いてきている。
声が、大きくなっている。確実に、大神殿の中に入ってきている。
「僕が下の様子を見てくるよ」
青梶の武力行使が行われる前に、僕は動いていた。
「一緒に行きますよ」
リエルが、僕の肩に乗ってくる。
茜も「楽しみだね!」と、玄関までの道中、はしゃいでいる。
実際に、シバコウと対面した茜は少し緊張しているようだった。僕の身体に隠れるようにして、ひっそりと佇んでいる。一方で、リエルは僕の肩から飛び降り、シバコウと正対した。
しばらく柴犬と狸は、見つめ合う。
かと思えば、いきなり小突き合いが始まり、僕は慌てる。
だが。急に、両者は止まった。
今度は、静寂の間に包まれる。
しばらく両者、無言だ。
「ふむ、どこから話そうかのう?」
魔王のやんわりとした先制攻撃を皮切りに、リエルの目がきらりと光る。
激論となった。
途中、互いに夢中で蜜柑を貪り、最後、シバコウとリエルは肩を組む。
「いやあ、リエル殿。気が合いますなあ」
「シバコウさんこそ、魅力的なお方ですよ」
台風のような激しさを想起させる交流を経て、シバコウとリエルはすぐに仲良しになった。二匹は肩を組んだ状態で、ずんずんと一階の部屋に突き進んでいく。
そもそも、どうしてシバコウは大神殿にまで侵入できたのか。
付き添いとしてやって来ていたものの、眉一つ動かさず、遅れて大神殿の中に入ってきた桜井先生に、僕は探りを入れてみる。
「魔王には、武器がある。それを見せただけで、神の一陣は退いたぞ」
銃。シバコウとリエルは肩を組んだまま、ずんずんと二人三脚の要領で、歩調を揃えて、階段を上っていった。
茜は固まったまま、動かない。困惑しているようだ。
「魔王は、どうしても大神殿の中にいる龍の背中にまた乗りたいようだ」
相も変わらず、桜井先生は表情の機微を見せてはくれない。
「ドチグマ殿! 背中を貸しておくれ!」
遅れて、僕も二階に行く。
早速、二階の部屋では大激闘が繰り広げられている。
「あっ、食っちまうぞ?」
「そのまま柴犬を捕らえろ、ドチグマ。そろそろ、この柴犬を大神殿で拘束しておくべきだ」
今日も忍者姿でいる件に対して、「この姿だと強そうじゃろう?」とシバコウは無邪気に、青梶の手から「隠れ身の術」と叫んだ後、逃れている。
「シバコウ、姿が丸見えだよ?」
「ふむ。大ちゃん。それを言ってはいかんのう」
隠れ身の術を諦め、その場で印を結び始めたシバコウに、リエルが飛びかかっていった。
「でも、楽しそうだから、忍術を極めた方がいい。約束だよ?」
「おっ、大ちゃんに認められたぞい!」
シバコウの目がきらきらと輝いた。
リエルがシバコウの肩に飛び乗ろうとして、失敗し、その場で、ぐしゃりと崩れ、その状態のまま、じゃれ合い始めた。ようやく石化が解かれた茜もその中に、混じっていく。
ドチグマまでもが牙を見せ、その周囲でうようよと身体を揺らし始めた。
青梶だけがたった今、青汁を飲み干したような表情をしている。




